九話
家の一番奥の部屋。
静かな書斎部屋の向かいにあるそこが心白の部屋だった。
智絵は控えめな態度で部屋へ入る。
「お邪魔しますー……」
本人の許可を得ているとはいえ、人の部屋に入るというのは智絵にとって新鮮で、緊張することだった。
智絵はリビングと同様の部屋の内装に目を向ける。
恐らくは心白のセンスの良さが現れているのであろう、モノトーン色の様々な家具が整然と配置されているのを見て、前に住んでいた家の自室との差を感じさせられた。
「性格が出るよね」
智絵は自虐しているとも取れる言葉を呟いて、部屋にある黒い大理石調の箪笥の前へ。
一番上の引き出しを開ける。
「ひえっ」
智絵は変な声を出す。
同性とはいえ、大人な下着を直視するには勇気が必要だった。
智絵は女の子だ。いずれはこんな下着をつけてみたいという憧れがある故に、視線は釘付け。
将来の為の勉強だと思って、智絵はしっかり見させて貰う。
「こんなのと、こんなのも……え、大胆だなあ。こっちのも可愛い」
人の下着を漁り吟味する、高校一年生女子の姿がそこにはあった。
智絵は箪笥の横にあった姿見に映る、下着を片手にはしゃぐ自分の姿を見て冷静になる。これはいけないと、冷静になる。
「……左の一番奥、だったっけ」
気を取り直して、未使用の下着を取り出す。
因みに、確かに言われた場所にあったそれは黒だった。智絵は少し躊躇したが、黙って持って来た籠に仕舞う。
今度は一つ下の引き出しを開ける。
適当に着ていいからと心白に言われたものの、何を着ようか迷う。
「これもいいな。あ、でもこっちも可愛い! 大人っぽいのはこっちだけど、これも気になる……」
まるでショッピングに来た時みたいに気分が高揚して、智絵は楽しそうに服を選ぶ。
やっとこれにしようと決めた服は、シンプルなワンピースだ。
少し薄めの生地で作られたフリルスリーブの長袖の、水色で可愛らしい印象のものだ。
「可愛いなあ。心白さんが着てたら、もっと可愛いのかなあ……あたしには大きいよね」
身長差から、サイズが合わない事を思えば、智絵はちょっぴり残念な気分になった。
どうせなら可愛いく着こなして、外に出てみたい。お洒落をしてのショッピング。ああ、やってみたいなあ……。
そんな風に妄想をしていたところ、智絵は箪笥の天板の上にあった写真立てに気付く。
目線よりも十センチ程度上の位置にあったので、見上げる仕草をしてはじめて気付いた。
智絵は写真立てに入れられた写真に映った人物を見て、息を呑み、叫ぶ。
「――かあわあいい!」
写真の中央に写っていたのは幼い頃の心白だ。
歳は五歳から六歳程。いや、六歳だろう。
写真は小学校らしき校舎の校門で撮られた、入学式の日のもの。
出会って二日だからか、心白が破顔した所を見た事のない智絵からすれば、その写真に写る心白はとてもギャップのある姿だった。
花が咲き誇るような満面の笑顔。
今の心白だったら、一体どんな風に笑うのだろうと、智絵は少し気になる。
「うわっ、流石、心白さんのお父さん。凄くカッコいいっ!」
次の瞬間には、心白の左隣に写る父親へ興味が写っていた。
確かに格好良く、心白に似て整った顔立ちだ。いや、心白が似ているという方が適切だろう。
兎に角、二人はとても良く似ていた。それを見て智絵は、
「美男美女……」
と呟きながら、何故か手を合わせて拝んでいた。
何がしたいのかさっぱり分からない、奇怪な行動だ。
「って、あれ? 写真が……折られてる?」
智絵は気付く。
よく見てみれば、その写真が折り曲げられた状態で仕舞われていることに。
そしてその位置に、恐らくは誰かが写っているという事にも。
「気になるけど、勝手に見るのは、良くない、よね」
言葉と行動に矛盾が生じた。
智絵は写真に手を伸ばす。
「ちょっと、チラッとだけ――」
そうして智絵の手が写真立てに触れた――その時。
「何してるの」
「ひやっああい!」
「なに、その反応。おもしろ」
智絵の反応を楽しむ心白は、気配なく後ろに立っていた。
バクバクッと、急に高鳴る鼓動は、エンジン音の様にけたたましく智絵の胸を内側から打ち付ける。
智絵が手に取ろうとしていた写真を手にして心白は話す。
「小学校入学時に撮った写真。可愛いでしょ私」
「はい! それはもうっ」
「写ってるのは父と私ともう一人、少しだけお母さんだったけど、私は認めてなかったんだと思う。だから折り曲げてる」
「へ、へえ」
「少し面倒な家庭事情で――って、なんかごめん、こんな話」
「いえいえ、そんなこと!」
「早くお風呂であったまらないと風邪引く」
「たっ、確かに」
「ほら、入るよ」
「あ、はい……って、また一緒にですか!?」
「うん」
「ええっ、もう、ええ……分かりましたっ!」
まだ気不味い様子を隠せない智絵はそそくさと部屋を出る。
その姿を見送ってから、心白は手に持っていた写真を箪笥の上に戻さず、部屋のクローゼットを開けた。
クローゼット内にある備え付けの棚の一番上。心白が背伸びをしてやっと届く位置に写真を置いた。
「……これでよし」
クローゼットの扉を閉めて、心白は部屋を後にした。
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