八話
朝食を終えた二人は家の外に居るのだが、何故か全身がびしょ濡れになっていた。
「やり過ぎです、心白さん」
「智絵が悪い」
「何であたしなんですか……」
水を全身から垂らす二人は、季節的に早すぎる水浴びを終えて、散らかっている洗浄道具を片付けていく。
二人の傍らには、ピカピカになったアメリカンな大型クルーザーバイクが、堂々と佇んでいた。
どうやら洗車を終えたらしい。
「智絵がふざけて水掛けるから」
「違いますよっ、間違って掛けちゃったんです! それなのにやり返して来たから……あたしの所為じゃないのにっ」
「ほら、だから智絵の所為」
「きーっ!」
ああ言えばこういう心白の言葉を受け、智絵はかなぎり声を上げてしまう。
その様子を笑いながら、心白は思い出したように言う。
「そういえば、もう昼時だけど」
「あ、お昼にしますか。あたし、作りましょうか?」
「いや、昼時だけど、そうじゃなく」
心白は率直な疑問を智絵にぶつける。
「あんた、学校は?」
肩をビクッと跳ねさせ智絵はそっぽを向いた。
そんなあからさまな反応に心白は追随して、智絵を覗き込む様に問い詰めていく。
「学校、まだ二日目でしょ」
「えー……と」
「出会って間もない私が心配する事でもないけど、学校行かなくていいの。交友関係とか、乗り遅れちゃうんじゃない」
「それは〜、まあ、そうですけど……」
やはりそっぽを向く。
都合が悪いと目を合わせない、そんな智絵の癖を心白は出会って二日目にして見抜いた。
「ま、まあ、ほら、流石に家出二日目ですし。学校行くまでの余裕はちょっと、まだないかなあ、なんて」
「……へえ、結構繊細な所あるんだ」
「はい、まあ、はい」
嘘を吐く時も目を合わせないのだなと、心白は続けて見抜いてしまう。
智絵は自身の癖を次々暴かれている事も知らず、罪を重ねてしまった。
「明日は行った方がいいんじゃない。遠いなら送って行くけど」
「いや、そんなっ、自転車で大丈夫です! 流石にそこまでして貰うのは……」
「そう」
会話を切り上げ、心白はバイクを家の中に運ぶ。
家のガレージのシャッターを、腰に着けていたリモコンキーを操作して開ける。
微かなモーター音を響かせ上昇していくシャッター。
智絵はそれを眺めながら考える。
(学校……行かなきゃ、だよね)
家から逃げる事は出来た。
一時的でも離れられる事は、大分心に余裕が生まれる。
けれど、学校はそうもいかない。
学校に行かなければ家に連絡も行くし、最悪、心白に迷惑が掛かってしまうかもしれない。
そう思えばこそ、智絵は明日から学校に行かずにはいられない。
自身のそんなやるせない気持ちを押し留めて、智絵は笑顔で心白に言った。
「学校、楽しいので。流石に明日からは行きますよっ。それじゃ、お昼ご飯もあたしが作っちゃいますね!」
バイクを押して歩く心白の横を通り過ぎて家の中に入る智絵の横顔を、心白は目頭に皺を寄せ静かに見ていた。
「どうしました?」
視線に気付いた智絵がそう聞くが、心白は何でもないと言って、そのハリボテの笑顔から視線を外す。
「早く着替えないとな」
「そうですね――って、ああっ!」
「今度はなに」
忙しなく騒がしい。
そんな感想を抱きつつ心白は智絵に聞く。
バイクのスタンドを出し、車体を定位置に戻したのと同時に、智絵はどんよりした様子で話し出した。
「いえ、着替えがですね」
智絵はソファー横にあった家出セット一式が入ったバッグを開けて、その中身を確認していく。
だが、目当てのものはやはり無かった。
「下着も何も、一式しか持って来てなくて、もう無いんです」
「何で一式だけ」
「こんな事になるなんて思ってなかったからですよ! あと、お婆ちゃん家に行くのに荷物が多いと重くて大変だし、どうせなら買い足せばいいと思ってたんです」
「じゃあ、私の服着ればいい」
「え、いいんですか?」
「サイズは合わないかもしれないけど、外出はしないし、いいでしょ」
「じゃあ……お言葉に甘えて」
少しだけ心白の服を着る事に気恥ずかしさを覚えたが、寒さを感じてくちょんっと、くしゃみをした。
気にしている場合ではない、このままだと本当に風邪を引いてしまう。
「ああ、私の分も持って来て。下着はまだ使ってないものが一番左奥に入ってるからそれ使って。あとは適当に」
「はい……はい? え、下着も?」
「だって無いでしょ」
「……ですね」
心白のような美人がつけている下着を想像し、とても大人っぽいセクシーなものを思い浮かべる智絵。
そんな大層なもの、まだまだあたしには早いよおおっと、一人悶々とする。
智絵はそうしてひとり問答をしながらリビングを出て行く。
どぎまぎとした心情が歩き方に現れていて、心白はその姿に笑みを溢すのだった。
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