十話

 どんっ。


 巨大なヘンテコぬいぐるみが、顔面から壁に激突する。

 ぬいぐるみは力なく地面に落下した。

 壁に衝突した衝撃音で目を覚まし智絵は、眠そうに部屋を出てリビングへ。


「おはよう、智絵」

「……おはようございます」

「朝出来てるから食べな。学校でしょ」

「行きたくない、です」

「楽しいんでしょ、なら行くべきじゃない」

「そう、ですね。そうでした」


 寝ぼけている智絵は心白の言葉に少し理性を取り戻す。


 テーブルの上を見てみれば、バランスの良い朝食が作られ置かれている……のだが。


「これ、缶詰?」

「サバ缶、身体に良いよ」

「え……これだけ、ですか」

「あ、ごめんごめん」


 心白は立ち上がると、キッチンに置かれた電子レンジのスタートボタンを押す。何かを温め始めた。

 ぶーん、と。

 電子レンジの音が静かな食卓に鳴り響く。


「……なにを温めてるんです」

「なにって、米だけど」

「あれ? 米はまだまだ有りますよね」

「いや、だってほら私、料理出来ないから」

「あ〜、成る程」


 智絵は納得したのか、目の前に置かれたサバ缶に手をつける。

 普段は余り食べないが美味しかったようで、箸が進む。

 が智絵は疑問を叫んだ。


「え!? 何でですか!?」

「え、何が」

「何であんなに調理器具があるのに! しかも、料理できるオーラ凄かったのに!」

「そんなオーラ出してない」

「すみません勝手に感じてただけでした。でもじゃあ何で、そんなに調理器具が」

「全部、私の父の」

「あ……お父さんの。心白さんのお父さんは料理出来たんですね」

「いや全然」

「何で!?」


 智絵は驚きの余り立ち上がってしまう。

 

「お父さんは色々揃えたはいいけど、続かないタイプで、結局作れる様にはならなかった。何でも形から入る人だったから」

「そうなんですか……あの、一つ聞いてもいいですか?」

「なに」

「心白さんのお父さんって、今は何処に」

「土の中」

「その言い方はあんまりです!?」

「何処に居るかって言うから、ありのまま答えたんだけど」

「ありのまま過ぎますっ、もう少しオブラートに包むというか、思いやりを与えてあげて下さい、お父さんに」

「思いやってるんだけど」

「天然さんですね……」


 心白の天然ぶりを目の当たりにして、智絵は天を仰ぐ。

 しかし、暗い雰囲気にはならず、智絵も心白の反応のお陰で変に気を使う事をせずに済んだ。

 正直、智絵にはまだ、人の大切な人が死んでしまったと聞いてどう反応すればいいのか、良くわからなかった。

 もしかしたら、敢えてこんな反応をして場の空気を和ませてくれたのかもしれないと、智絵は持ち前の洞察力で智絵に振り向く。


 ――ちーんっ

 電子レンジが停止する。


「出来た……あれ、少し硬い。まあいいか」

「良くないですよ!」


 心白にはそんな考えはありそうにないなと、智絵は自身の洞察力の無さを自覚したのだった。





 学校への道のりは、入学式の日と比べて倍程の距離に伸びてしまった。

 本来なら自転車登校の範囲なのだが、家出をした身であるため申請を出す事も出来ない。

 智絵はホームルームに間に合うように計算して心白宅を出発したが、これから歩く距離を思うと憂鬱な気持ちになってしまう。

 ただでさえ行きたくないのだから尚更だ。


 交差点までやって来て、歩行者用信号が赤く点灯したので立ち止まる。

 人の行き来もまだらな通り。

 決して広くない道路だが、サラリーマンや学生がちらほら居る。

 だが智絵と同じ学生服を着る者は見受けられない。


「――あれ?」


 後ろから声がした。

 立ち止まり、信号が青くなるのを待っていた智絵はその声に振り向く。


「やっぱり、篠原さんじゃん!」

「あっ、えーっと……鷹見さん!」


 そこには、同じクラスで隣の席の鷹見凛花が立っていた。

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