第10話 『週明けの殺人者』その10

 質問役は当然、僕。先輩は気取った仕種で頬杖をつき、興味があるのかないのか、底の知れない目つきで画面を見つめている。一ノ瀬は僕らのどちらも振り返らず、にこにこしながら答えた。

「被害者の自宅と勤め先、若しくは通学先だよん。大文字が住んでるところ、小文字が向かうところ。で、それぞれ同じアルファベットを結ぶ……といっても、直線じゃなく、通勤・通学路を辿って結んでみると」

 画面に四本の線が現れた。赤いマークは赤い線、青いマークは青い線という風に対応を取って結ばれる。

「ある地点を必ず通過してるんだな、これが」

 本当だ。四本の線がまとめて交差し、しばらく捻れるように一本となり、またばらけていた。地図上のそれは、駅から駅への路線と重なっている。電車で三十分ほどの距離を、四人が同じように利用していた。凄い偶然のような、至極当たり前のような。

「中仙本駅と鬼塚駅か。犠牲者はみんな、このどちらかが自宅からの最寄り駅なんだな」

「みつるっちったら、短絡的ぃ」

 こいつぅ~、みたいなニュアンスで貶されてしまった。当然、僕もむきになって反発。

「どう短絡的なんだよ」

「それには僕が答えよう」

 十文字先輩が云った。既にこの瞬間、僕は自らの敗北を悟った。

「百田君がどれほど楽に通学しているか知らないが、他人も自分と同じと決め付けるのはよくない。乗り継ぎというものがある」

「ああ……なるほど……分かりました」

 単純な思い込みを犯していた。だいたい、地図をよく見れば、犠牲者の中に乗り継ぎをしていた者もいることぐらい、すぐに分かる。恥ずかしさをごまかそうと、「なるほろ、ほろほろ鳥」なんて莫迦なフレーズが浮かんだが、さすがに自制。一ノ瀬と同じレベルの駄洒落を口にするのは堪えられない。代わりに論を進めよう。

「犯人は、この路線を頻繁に利用していると見ていいんでしょうね?」

 先輩に向けて発したつもりだったのに、一ノ瀬が反応した。

「うん、どーかん。みつるっちのさっきの見方は、犠牲者じゃなくて、犯人に当てはまる。四人全員がこの二つの駅で乗り降りしてるってことは、偶然じゃなく必然の匂いがくんくんする」

 ぷんぷんする、だと思うのだが、今日はやめておく。先輩が同席していることだし、話の腰を折りたくない。鼻をひくつかせた一ノ瀬は、得意そうに続けた。

「犠牲者を選ぶ基準は、犯人が普段乗り降りしてる駅で、同じように乗り降りしてる客。多分、あとをつけたんじゃないかにゃーって思う訳ですよ、ミーは」

 これに対し、先輩が口を開く。

「話が飛び飛びで分かりにくいが、要するに犯人は自らと同じ駅で乗り降りする客の中から、犠牲者を選び、あとをつけては殺していった?」

「ですねー。そういう想定もできるって程度かなぁ」

 途端に頼りない物言いになる一ノ瀬。ここに来てやけに慎重だ。

「ミーは詳しくないけど、この二つの駅で乗り降りする人、結構多いよね?」

「そうだな。うちの学園にも、中仙本駅の方角から来てる生徒は結構いる。鬼塚駅だって、街の規模はかなり大きい」

「だったら、ただの偶然てことも消しきれない。警察だって、これくらいは気が付いてるはず。けどニュースで流れないのは、警察が重視してない証にも思えるんだー」

「捜査のために、情報を隠す場合もあるがね」

 思慮深い調子で十文字先輩が云った。尤も、隠しているのか否かの見極めが、僕ら高校生にできようはずもなく。

「だが、ここで立ち止まっていては、努力が水の泡。とにもかくにも、犯人がこの路線を常用していたと仮定し、理屈を積み重ねてみようじゃないか」

 先輩の提案に僕ら一年生は頷いた。

「ここからは再びオフレコなり」

 黙してコンピュータの操作に専心する一ノ瀬。真剣味溢れる表情ではなく、楽しんでいる節が見え隠れする。所詮は机上の論理に過ぎないと自覚しているためだろうか。僕自身はかなり真剣なんだが。先輩だって大真面目だろう。

 と、そんなとき、画面に人名リストが表示された。昨日の今日でこれだけ調べ上げたとなると、一ノ瀬もまた熱心で真剣なんだなと、僕は考えを改めた。

 いや、そんなことよりも、驚くべきはリストの内容。

「おいおい、これって」

 画面を指差しながら声を出す僕に、一ノ瀬は「ビタミンしーっ」と、唇の前に人差し指を立てた。そして最前のように、文字での会話を再開させる。

『七日市学園関係者 & 中仙本-鬼塚利用者』

 ここでの&は論理積を表すらしい。七日市学園の生徒や教職員の中で、中仙本-鬼塚間を利用している者は十四名いた。中仙本から来ている者は割といるはずだが、鬼塚駅経由となるとこの程度らしい。

 僕が驚いたのは、リストの先頭に、万丈目先生の名があったことだ。急いでキーボードを引き寄せ、文字を入力する。

『万丈目 除外』

 すると一ノ瀬は心外そうに眉を寄せ(たくせに)、「ホワイ?……ト」と云った。英語でまで駄洒落を云うか、こいつは。

『被害者だから』

『論理は厳密に』

 そんなことを口でも云った一ノ瀬は、「それにね」と付け加えた。

『同じコースを通っていたからこそ、辻斬り犯の正体に気付いたのかもー』

 ああ、そうか。そう考えたら、万丈目先生の名がリストにあるのは当然だ。

 ここで、十文字先輩が文字を打ち始めた。一ノ瀬も手を引っ込める。

『万丈目先生殺害の動機は、辻斬り犯を目撃したからと考えている?』

 僕と一ノ瀬は揃って首を縦に振った。先輩も喜色を浮かべて首肯する。知らない人が僕ら三人を見たら、出来の悪い無言劇に思われそう。

『僕も同感だ』

 名探偵を自負するだけあって、一ノ瀬が思い付くぐらいの思考過程は、とっくに歩き終えていた様子。

 一ノ瀬は再び手を伸ばし、マウスを操作するやらキーボードを叩くやらのあと、大げさて手を振り上げ、最後のクリックをした。

「本番はこれからさ。仕上げを五郎二郎!」

 それは「御覧じろ」だと注意するより先に、画面上のリストに関心が向く。ここで十文字“名探偵”に追い付けるか?

『七日市学園関係者 & 中仙本-鬼塚利用者 & 竹刀所持』

 新たに付加された「竹刀所持」とは、万丈目先生殺害事件で小太刀を持ち込み得た人物、という意味と思われる。

 リストの名前は三人にまで減った。万丈目先生が残っているのは、剣道部顧問だったからか。僕が確認の質問をすると、一ノ瀬は口頭で答えた。

「そうだよん。指導してなくたって、剣道部顧問なら、竹刀持ってておかしくないっていう理屈」

「他の二人は?」

「剣道部の二年生と“週明けの鬼”」

「え?」

 週明けの鬼はおまえのことだろうと云いそうになったが、リストに目を凝らして納得。ここでは本来の週明けの鬼、つまりは鬼面先生を差す。というか、あの小テストで楽々満点を取る人間が、鬼なんて形容するなよ。

「待てよ。鬼面先生、車で通ってるぞ」

「今はね。ミーの朧気な記憶によると、鬼面っちは、二週間ほどだったかな、電車通勤してた時期があったよ」

「してたけど、あれは車の故障で、やむなくだろ。しかも、辻斬り事件が始まるひと月も前じゃないか。関係ないね」

「そお? 二週間、電車通勤をしてる間に、電車の中で嫌な目に遭ったかもしか。怒りを鎮めるべく、復讐を計画してさ、特に気に食わない人間をピックアップしておくの。自動車の修理が終わってほとぼりが冷めた頃、実行に移す」

「……ほとぼりの使い方がやや変」

 指摘だけして、一ノ瀬の考えを胸の内で検討する。

 鬼面先生犯人説を、僕はこの間、否定したばかり。なのに、こうやって条件だけで絞っていくと、残ってしまった。イメージにない、動機が浮かばないといった理由で否定したことが間違いなのか、条件のみで詰める手法に問題があるのか……。前者に比べて、後者の方が堅牢に感じられる。被害者の万丈目先生が残ったことにも、ちゃんと理由がある。やはり尊重すべきは論理。

「僕は一ノ瀬君に賛成だ。入院して後れを取っていたが、もしそうでなかったら、僕も同じ理論展開をしていただろうからね」

 賛同を得た一ノ瀬は、ほら見ろといわんばかりに、僕に対していたずらげな笑みを向けた。

「でね、この剣道部部員はイリミネートできるんだよねっ。イルミネーションじゃないよ。イリミネート。除外」

 この唐突な発言に、僕は目を何度もしばたたいた。怪訝な顔つきをしたのは、先輩も同様。一ノ瀬を見る。

「アリバイがあるばい」

 脱力しそうな駄洒落に耐え、僕は重ねて聞いた。

「いつの間にそこまで調べたんだ? 昨日の今日でそんな……」

「だって、この人、ミーの知り合いの知り合いだからさっ。メールでちょちょいのちょいと問い合わせたら、ほどなく返信、スーパーヒーロー」

「変身違いだ」

「それでね――あ、オフレコにしないと」

 猫を思わせる手つきで、文字を打ち込んでいく一ノ瀬。

『辻斬り殺人の起きた四日間の内、二日分にアリバイ。自主トレを兼ね、他校の友人と手合わせ。記念写真あり』

 先輩が呼応して、『万丈目事件でのアリバイはなし?』と打ち込む。

『火曜 夕方 塾。アリバイ成立』

「それなら端から除外して、最終リストを見せてくれりゃいいのに」

 文字を目で追っていた僕は、途中で莫迦らしくなって声を上げた。十文字先輩も、「それもそうだな」と呟く。すると一ノ瀬は、両手を猫握りの格好のまま、頭に持っていった。

「残り二人のアリバイ確認ができてないから、まだ条件式を付け足す訳に行かないんだよー」

 先生二人のアリバイが未確認か。だが、万丈目先生は被害者なんだから、自動的に鬼面先生が犯人……?

「どうやってアリバイ確認しようかなー」

 さすがに、直接訊ねることはしたくないらしい。腕組みをして首を傾げる一ノ瀬。見た目にも分かり易い悩み方だ。

「アリバイ確認は、僕がよいアイディアを出せると思う。その前に聞いておきたいんだが、もしも唯一の容疑者にアリバイが成立したら、このやり方は失敗ってことでいいのかね」

 十文字先輩は画面を睨んだまま、質す。

「そうなったときは、きっと、前提が間違ってたと。たとえば」

 台詞の残りは、キーボードで入力する一ノ瀬。

『辻斬りと万丈目事件 犯人は別人とか』

「そんなのありか? 凶器はどうなる?」

 これまでとがらりと違う意外な説に、僕は腰を浮かせた。竹刀の中から見つかった小太刀には、辻斬り事件の被害者の血が付着していたのだ。辻斬り犯の関与は動かし難い事実。

「それについては、ミーは大胆な仮説を持ってる。みつるっちに分かる?」

「分からないから教えてくれ」

「世にも恐ろしい結論だよ。夜、眠れなくなるかも~」

「いいから」

「十文字さんは~?」

 一ノ瀬が意見を求めて振り返ると、先輩は慌てた様子もなく、ふむ、と軽く息をつく。

「見解が浮かんだことは浮かんだ。どうだろう、一緒に文字入力してみるというのは?」

「異議なし」

 彼女は笑みを浮かべて、パソコンに向かった。十文字先輩も隣のパソコンの真ん前に座る。二人は同時にキーを叩き始めた。

 それぞれの画面には瞬く間に、“結論”が示された。全く同じ主張のそれは、僕にとって俄には信じられないものだった。

『万丈目先生が辻斬り犯 正体を知った何者かに殺された』

『辻斬り犯=万丈目 真実を知った誰かが処刑』



 巡ってきた月曜日。

 辻斬り殺人は起きなかった。


――『週明けの殺人者』終わり。『気まぐれ月光』に続く

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