失恋生活八日目

 ファーーーーーーーーーー!!



「ファ?」



 私とミケは思わず作業の手を止めて振り返ってしまった。何があったの? とまるでオフィスで上司が張り上げた怒鳴り声に反応するOLのように振り返った。


 何しろ今までの人生を振り返っても「ファーーー」なんて音は聞いたことが無かったから。音、と言うよりも音質的には生き物の鳴き声のように聞こえた。


 だから私たちは余計にその鳴き声が気になってしまった。




 そしてその鳴き声の主を目の当たりにして……思わず笑っちゃった。




 何しろ声の主はティラノサウルスだったのだ。それも全長13メートルはあろう巨体のそれが間抜けな鳴き声をあげていた。


 プー!! クスクス!!


 え? 恐竜ってファーって鳴くの?


 私とミケはその鳴き声がツボに入ってしまい、砂浜を転がるように大爆笑してしまった。



「ウッヒャヒャヒャヒャ!! 爬虫類ってバカっぽいーーーーーーーー!!」

「ニャッニャニャニャニャ!!」



 何々、ファーの後はソですか? それともラ?


 私はここまで腹の底から笑ったのは何時ぶりだろうか? 中学の同級生がクラスで厨二病遊びをしていたのを見た以来かな?


 私は不覚にも涙を流して姿を現した恐竜を指で指しながら大笑いしてしまった。



 すると当然ながらティラノサウルスは怒る訳で。


 彼? それとも彼女?


 私は恐竜の性別なんて外見だけで判断出来ないから断定は出来ないけど、目の前のティラノサウルスを彼と仮定しよう。


 彼は額に大きな血管を浮かばせながら再び「ファーーーーーー!!」と鳴いて私たちを威嚇してくるのだ。




 本当に止めて!! 笑い死んじゃうから!!



 

 だけどそれが悪かったのかな? ティラノサウルスは突如としてギロリと視線を変えてジーッと睨みつけてくる。彼が何を睨んでるかって?




 洗濯機だ。




 ティラノサウルスは怒りの視線を羽毛の洗濯で絶賛活躍中の洗濯機に向けていた。


 あ? テメエ、コラ。もしかして君はこの洗濯機を踏み潰そうとしてます?


 ほほー、爬虫類が生意気にも私の視線に気付いたようで、若干だけどほくそ笑みながら見下してくるのだ。そして再び視線を洗濯機に戻すと彼は突進を始めたのだ。



 ああ……、はいはい。



 分かりましたよ、完全に理解出来ました。



 コイツは私に喧嘩を売ってるのね!!



「安眠のことかーーーーーーーーーー!?」



 私は自らの安眠を求めて続ける作業を邪魔されると理解して怒りの身を任せながらティラノサウルスに立ち向かっていった。いくらアンタらの戦闘力が未知数だからって一匹程度をしばき倒すくらいは楽勝なのよ!!


 そして私は射程距離に入るなり「はああああああ……」と集中を深めて、それを終えてから掛け声と共に両手をティラノサウルスに向かって突き出した。




 走れはメ・ロ・ス。

 アンタはこ・ろ・す。




「波ッ!!」




 気が付けば私の手のひらからエネルギー弾が発射されていた。もはや条件反射のエネルギー弾だった。



「ファーーーーー!?」

「こちとら異世界転移も悪役令嬢も経験済みなのよーーーーーー!! そこで習得したエネルギー弾でも喰らってどっか行けーーーーーーー!!」

「にゃーにゃーにゃーにゃー……にゃーーーーーーーーーー!!」



 ミケも私の動きを真似てエネルギー弾を放つ。掛け声は猫の鳴き声だから伏せ字になってるけど、アレはつまり世界で最も有名なエネルギー弾の掛け声です。




 亀さんマークがトレードマークの『アレ』です。




 するとティラノサウルスは一人と一匹分のエネルギー弾にビックリしたのか、途端に静止して、踵を返すように逃げていった。


 何よ、そんなにビックリされたら恐竜にまでフラれた気分なるじゃない。


 凹むわー。


 でも、結果的に洗濯機は守れたわけだしまずは一件落着。と言いたいところだけど、私は腕を組んで考え込んでしまった。



 もうこの砂浜は拠点としては使えないと思う。何しろティラノサウルスに私と言う存在を知られてしまい、戦闘にまで発展したのだから。


 そうなっては安心してDIYに没頭出来ないわけで。


 だがウンウンと唸って悩む私を見て横にいたミケは「にゃー」と話しかけてくる。そして肉球で島の内部を指しながら何かを促すのだ。



 どうやらミケは安眠を求める私を心配してくれたようで、拠点を変えようと提案してくれたのだ。と言うよりもミケ自身も本音ではベッドを欲しいと思っているのだ。



 ミケは猫だから暖かいベッドが好き、特に私と一緒にベッドで寝ることが好きなのだ。


 私はそんなミケの提案もあって決意を固めると広げていた道具をササッと片付け始めた。そして鞄の中に握力を遺憾なく発揮してギューギューと荷物をしまっていく。



 そんな訳で私は追い出されるように砂浜から移動を開始することにした。なんか砂浜にもフラれた気分になる。


 凹むわー。



「次の拠点は3LDKくらい欲しいわね」

「にゃーにゃ」



 私が背負う鞄にミケが飛び乗るのを確認するとボヤく様にその場を後にするのだった。

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