07話.[さっきぶりだよ]

「ふぁーい?」

「あ、いま大丈夫?」

「ん、大丈夫だよ、ただ食後のお菓子を食べていただけだから」


 よかった、他のことをしようとしているときに邪魔をするのは違うからだ。

 いやー、だけどまさか則君があんなことをするなんてなあ。

 というか毎日部活で、しかも家でも筋トレだってしているのにあっさり持ち上げられてしまうなんていいのか悪いのか……。


「谷田くんとのこと?」

「うん、ちょっとね」

「悪いこと?」

「いや、悪いことではないんだけど……」


 それよりもちゃんと則君とお勉強をするべきだったと後悔している。

 そのためにお家に行ったのにやったことと言えばお喋りとお菓子を食べたことと寝ることだったから。

 しかも真面目にやっていないくせに運んでほしいとかわがままを言った結果があれだったからさあ……。

 でも、できるとは思っていなかった、色々理由を作って普通にいつも通り送ってくれるだけだと思っていた。


「葉子ってお姫様抱っこされたこと、ある?」

「あるよ、西香さんにね」

「確かにしたことがあったか」


 それこそ部活の大会で勝ってテンションが上がりまくったときにそんなことをしたな、と。

 部活で使う荷物を持つのとは違って人ひとり分の体重がかかってくるわけだから翌日は酷いことになった。

 よく教えてくれる体重の話を聞く度に自分の方が重いということを思い知らされるんだけど……。


「谷田くんがしてくれたんだね、だけどどういう状態になればそんなことになるんだろう」

「……お家まで運んでくれないかなーって言ったらさ」

「それで谷田くんがしてくれたんだ、なんか意外だ」


 葉子に聞いてもらっても変わらなかった、なんとも落ち着かない時間が続く。

 あんまり力持ちではなさそうな彼にあっさりと持ち上げられてしまったのもある、単純にあんなことをされて……というのもある。

 部活以外でここまでどうすればいいのかと考えたことはなかった。

 分かっていることは大好きな部屋にいてもどうにもならないということだ。


「走ってこようかな」

「もう遅い時間だから駄目だよ、それでもしたいということなら谷田くんに頼んで」


 ぐっ、まさか葉子にこんなことを言われるなんてとは感じつつも分かったと言って電話を切った。

 とりあえずメッセージを送ってみた。

 考えてみたら今日はあまり一緒にいられていないし、最初からこうしておくべきだったのかもしれない。

 どういう態度で接してくるのかで落ち着けるかどうかが変わる。


「『分かった』か」


 迎えに来てくれるみたいだから玄関前で待っているとすぐに彼が現れた。


「こんばんは、さっきぶりだね」

「うん、あ、なんかごめん、友希ちゃんとお勉強をしていたんでしょ?」

「そうだけど、友希が『行ってきなさい』って言ってくれたんだ」


 今日聞いたばかりなのに申し訳ない。


「もしかしてさっきのことかな? 嫌だったのなら謝るよ」

「さっきのことなのはそうだけど、嫌だったわけではないよ」

「そっか、じゃあこれからもなにかがあったら運んであげるよ」


 少しぐらい慌ててくれたりしたらまた違っていたというのにこれだ。

 いや彼が悪いわけではないけど、彼と会っても変わっていないままだ。

 本当にどうすればいいんだろうか、運動ばっかりしてきたせいで考えても答えが出てこない。


「も、もう一度……してくれない?」

「いいよ?」


 分からないからもうなんでも試してみることにした。

 それで彼はしてくれたんだけど、自宅の前でなにをしているのかと自分にツッコミたくなった。


「もしかして友希ちゃんを何回も運んだりした?」

「うん、勉強とか会話とか僕の部屋でやるからさ」

「なるほどね、だから全く動じずにできるんだ」

「相手が西香だからというのもあるよ」


 私だって彼と決めているからこその発言と行動だ。

 そうか、だったらいいのかも。


「ありがとう、落ち着けたよ」

「そっか、それじゃあ下ろすね」


 やっぱり自分の足でちゃんと立てているときの方が安心できる。

 それとちゃんと気づけたというのもあった。


「よかったよ、ひとりで家に来たりしないで」

「葉子にも注意されちゃったからそんなことはしないよ」

「そっか、じゃあこれで帰るね」


 お礼をしっかり言って先に家に入らせてもらう。

 入浴はまだだったからささっと済ませてしまうことにした。

 最初から八代君とのことで悩んだことはなかったけど、


「ふふふ」


 まさかこうなるなんてね。

 不安がないというわけではなかったからこの状態に安心した。

 特になにかを言ったわけではないのに葉子が八代君を選んでくれてよかった。

 私はいつまでも葉子の親友として、そして少しの姉的な感じでいたかった。

 彼と一緒で友達と争いたくなんかないから、というのもある。


「西香、早く出なさい」

「あ、あれ? もしかして三十分ぐらい経過してた?」

「一時間よ」


 あらら、早く出ないと迷惑をかけてしまう。

 続きは部屋で続けようと決めて勢いよく湯船から出たのだった。




「うーん」


 一応一時間ぐらいはお互いに集中してやっていたけど先程から彼女がうーんうーんと言い始めた。

 でも、手は依然として動かしたままだから問題について言っているわけではないと思う。


「もう休憩! 部活がやりたいよお!」

「はは、根来さんと同じで部活大好き女の子なんだね」

「そうだよっ、あれをしないとやっぱり落ち着かないっ」


 心配しなくてもあと一週間も経過しない内に本番がやってくる。

 終わればまた部活生活が始まるのだからちょっとの我慢をするだけでいい。

 ただ、部活が始まるとまたこうして一緒に過ごせなくなるという点だけは微妙なことだった。


「部活ができなくて落ち着かないのもあるけど、則君とせっかくゆっくりできるときにお勉強ばかりというのも微妙なんだよ」

「それなら今日はこれで終わりにしてどこかに行こうか」

「いいの? じゃあ行こうっ」


 元々長時間やるつもりは全くなかったから緩くでいい。

 彼女との一時間と友希との一時間とかそれぐらいで十分足りる。


「こういうときはお菓子だよ、食べながらゆっくりするの」

「いいよ」


 望さんのお店に行かなくても小さな出費が増えてきているけど、まあ、無駄遣いというわけではないからいいだろう。

 自分のためだけに使うよりはマシだ、友達といるときぐらいあまりけちけちしないようにしなければならない。


「友希ちゃんに怒られちゃうかな?」

「友希は優しいから大丈夫だよ」


 と油断して何回も繰り返した結果大爆発! なんてことにならなければいいけど。

 寄り道をしたとしても十八時までには帰っていた方がいい気がする。

 もちろん彼女とも仲良くしたいけど家族である友希と喧嘩をすることになったら嫌だからね。


「また今度友希ちゃんに会いに行こうかな」

「友希があそこまで話すのはなかなかないからそうしてくれるとありがたいかな」

「うん、でも、行くなら夏休みかなー」


 夏休みか、初めての夏休みがもうくることになる。

 テスト期間が終わると流石に長時間勉強は辛いから掃除とか散歩とかで時間をつぶすか。

 友希も朝からいるわけだからこの前決めたように出かけてもいい。

「暑いから嫌」などと言われない限りは楽しい夏休みを過ごせそうだった。


「ほとんど部活! なんて強豪校みたいなスケジュールじゃないからね」

「そうなんだ」

「うん、夕方頃には終わるから毎日行きたいところだね」


 疲れてそれどころではなくて結局夏休みに全く一緒に過ごせませんでした、なんてことになりそうだ。

 それで僕も仕方がないとか、友希が相手をしてくれるから大丈夫とか言い訳をして無理やり前へと進もうとすることだろう。


「『汗をかいているからあんまり近づかないでねっ』と言われそうだ」

「もちろんお風呂に入ってから行くよ、夕方に歩くだけなら汗をかかないし」

「でも、休みたいってならない?」


 好きで自分で選んで所属しているとしても活動をすれば疲れるものだ。

 僕だったら迷いなく解散となったら休みたくなる。


「君のお家で休めばいいでしょ? だって力持ちなんですし」

「もしかして僕に簡単に運ばれてむかついている?」

「いや、そういうのはないけど鍛え不足だなあとはちょっと考えたよ」


 とはいえ、あれを後悔しているわけではないから似たようなシチュエーションになったらやっぱり運ばせてもらうだけだ。

 というか僕でも持ち上げられるということは軽いということなのだから気にする必要はないと思うけど。


「ごちそうさまでした、お菓子って最高ー!」

「お菓子大好きな友希と仲良くできるよ」

「いまからお菓子のことを語りに行こうかな」


 もし行く気があるならもう行動した方がいい、が、冗談みたいで「今日は帰るよ」と彼女は言ってきただけだった。

 それならといつものように送って、それ以上は寄り道をせずに家に帰る。


「部屋か」


 まあ、来ない限りはゆっくりしていればいい。

 西香が気になることを言っていたからではなく、僕が単純にあまり行くべきではないと考えているだけだった。


「ふぅ……う」

「のり……お」


 こっちにいたのか。

 これも自分が許可したことではあるけど、誰もいないという考えで中に入ったときに誰かがいるといっ、と大声を出してしまいそうだった。

 しかも気持ち良さそうにベッドに寝転んで寝ている友希。

 起こすのも悪いからささっと着替えて床に寝転がる。

 窓も開いているからこれでも涼しくて十分休めるというものだ。


「ぎゃあ!? あっ、なんだ夢か……」

「なにか怖い夢でも見たの?」

「って、ぎゃあ!? も、もう帰ってきていたのねっ」

「うん、いまね」

「はぁ、だけど則男がいてくれてよかったわ、いますごい怖い夢を見たから」


 転校に受験勉強にと僕だったら不安になることばかり、それだというのに文句も言わずに頑張っている友希はすごい。


「テストが終わってからか夏休みになってからでの話なんだけど、どこかに出かけようよ、その日はお金を払わせてもらうからさ」

「そんなのいいわよ、でも、出かけるのはいいわね」

「うん、だから行きたいところを考えておいて」


 なるべく屋内がいいな、それが無理ならプールとかがいい。

 エアコンの風とかはあまり好きではないけど一緒に行動している彼女の体調が悪くなる可能性は下がるからだ。


「それはもちろん三人でよね?」

「え? 僕は友希とだけ――」

「ないないっ、ありえないっ、なんで西香さんがいるのに誘わないのよ!」


 と、ということらしいから西香も誘わせてもらうことにしよう。




「いえーい、夏休み前に友希ちゃんと会えたー」

「いえーい、西香さんと会えて嬉しいです」


 彼女がいるとすぐにキャラを作ろうとするのは何故だろうか。

 敬語を使っているのも違和感しかない、いやまあ、年上には敬語を使うべきというルールがあるから守っているだけだけど。


「それで海に泳ぎに行くんだよね? 友希ちゃんも待ちきれませんでしたか」

「暑い毎日なのでどうしても水に触れて遊びたかったんです、プールだと人と人との距離が近くて恥ずかしいので海ということにしました」

「うんうん、メンバーの内の誰かがなにかを気にして楽しめないということになったら嫌だからね、その方がいいよ」


 水着を買ってくるとかそういうことは言われなかったけど大丈夫なのだろうか。

 まあでも、海で本格的に泳ごうとはしないだろうからなんでもいいか。

 初心者ならちょっと触れる程度がいい、せっかく遊びに来ているのに事故になんてなったら嫌だから。


「電車に乗ってまで行く価値があるよね、あそこは奇麗だから」

「そうですね、普段だったらもったいないから行きませんけどね」

「私なんてなるべく自力で行けるところなら電車とかは使わないよ、ちょっとでもお金を浮かせたいんだ」

「すごいですね、私なら車で行けないなら諦めますよ」


 僕は特にそういうのはないけど全く遠いところに行きたいとはならない。

 そしてそういう欲がない変わりに小さなことで色々と出費をしていくことになる。

 友達と遊んでいるときに使うなら~などとこの前は言ったものの、いいのかどうか分からなくなってきた。

 ちなみに今日のこれが終わったら望さんのお店に行こうと決めている。

 あのコーヒーは中毒性がある、またカレーを食べるのもいいかもしれない。


「じゅあーん! 私の水着姿だよ則君!」

「髪、下ろしているの初めて見た」

「えぇ、水着よりそっち……」


 いつもまとめているから新鮮だった。


「あ、ちょっと焼けているから真っ白い水着がいいね」

「そ、それもなんか褒められているわけではない気がする……」


 健康的な運動少女という感じだ、対するこちらは……。

 とりあえずまだやって来ていない友希を待っているとゆっくり歩いてきた。


「……あともうちょっと後ならもう少しは無駄な肉を減らせたのに、なんで私はこのタイミングを選んだのか……」

「全く問題ないよ、水着もよく似合ってる」

「本当? 西香さんを見た後でよくそんなことを言えたわね」

「関係ないよ、大丈夫だから楽しもう」


 ダークモードから変わってくれてほっとした、が、何故か腕をつねられているからどうしようもない。

 頑張って見てみると笑みを浮かべているのに笑っていない感じがする西香。


「似合ってるって言ってほしかった」

「言うまでもないかなって、分かりきっていることだから」

「じゃあなんで友希ちゃんには言ったの?」

「不安そうにしていたからだよ、お世辞で似合っていると言ったわけではないけど」


 友希はもう水に触れて遊んでいるから彼女の手を掴んで近づく。

 いまのは普通に失敗だったか。

 こちらの手をかなりの力で握ってきている彼女がいなくても分かる。


「よし、満足できたから日陰にいるね」

「「え」」

「帰るわけではないので大丈夫です」


 ああ、行ってしまった、やっぱり気になってしまったのだろうか。

 まあいいか、まだ帰らなくて済むというだけで十分だ。


「西香、ここである程度遊んだら望さんのお店に行こう」

「の、のぞみさん……?」

「あ、八代君の知り合いの女性が経営しているお店なんだ、コーヒーが美味しいからおすすめだよ」


 そうか、西香はまだ行ったことがなかったのか。

 ひとりでか八代君、または根来さんと行っていただけだから忘れていた。


「ああ、葉子が確か『谷田君と行ってきた、美味しかった』と言っていたのを思い出したよ」

「西香にも知ってほしいんだ、いいかな?」

「うん、ある程度遊んだら行こうか」

「ありがとう」


 って、脱いだのはいいけど入るのは怖いな。

 遊べるというほどでもない、これならプールの方がよかったかな? ではない。

 友希が決めたところに行く、決めていたのだから文句を言うべきではないのだ。


「則君、私は君と決めたことを後悔していないからね」

「どうして急に?」

「それどころかあのお姫様抱っこの件でよく分かったんだ」

「せ、西香?」

「私はいい決断をしたよってね」


 ひ、ひとりで満足していないでしっかり答えてほしかった。

 正直、こういうことを言われると逆に不安になるからやめてほしい。

 天邪鬼だったか、無自覚なだけでこれから色々な自分が見つかるのだろう。


「というわけで写真を撮りましょう」

「いいけどカメラとかは……」

「スマホで十分だよ、容量に余裕がある限り残し続けることができるんだから」


 友希を除けば初めて異性とふたりきりで写真を撮った。

 集合写真とかだったら何回か経験はあるけどこれは少し恥ずかしい。

 繰り返して慣れていくというのも微妙だ、なんかそれだとバカップルみたいだ。


「至って健全な感じっ、うんっ」

「というかスマホはどこに……」


 入れていたのだろうか。

 僕のそんな反応をスルーして西香は「則君のスマホにも送るからね」とハイテンションだった。

 楽しそうにしてくれているのであれば十分だからこのままでいいかと内で呟いたのだった。

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