06話.[見ているのかな]
「さあ、今日も時間を決めずにやっていくわよ」
「そうだね」
「やっぱり嘘、一時間で――誰かしら、お母さんもお父さんもノックなんかしてこないけど……」
とりあえずどうぞと面接官みたいに言ってみたら扉が開かれた。
開けてきたのは両親でも、八代君でもなく西乃さんだった。
「の、則男が呼んだの?」と聞いてきた友希に対して首を振る。
連絡先交換はどちらともできていない、また、約束なんか一度もしていないから僕としても困る結果だった。
「こんばんは、あ、妹さんがいる」
「こ、こんばんは」
一応固まらずにこちらもこんばんはと返すことができた。
友希はこちらの後ろに隠れて服を掴んできた。
誰だって初対面の相手がいきなり現れたらこうなるものだろう、対人最強の人だったら上手く対応できるだろうけどみんながみんなそうではないから。
「あー、汗をかいたから部屋に入らせてもらうのはちょっとあれだなー、だけど大事な話があるから廊下から話すというのも微妙だなー」
「気にせずに入ってよ」
「そう? それならお邪魔します」
ああ、唯一の味方である友希が出ていってしまった。
彼女は大して気にした様子もなく「残念だー」とか言っている。
「葉子が八代君と仲良くすることを決めたよ、だから私は君に集中する」
「え」
えぇ、なんでこのタイミングでなのか。
もう少し前だったらあれを聞かずに済んだし、応援もできたというのに。
どうもタイミングが悪い、流石にこれは合わなさすぎる。
「葉子がよかった?」
「そこじゃないんだ、だけど八代君が気になることを言っていたからさ」
「なるほどね、じゃあ私のことで引っかかっているわけではないんだね」
「うん、西乃さんも根来さんも僕にとっては変わらないから」
そうか、だけどはっきりしてくれることを望んだわけだからこれはいいことだ。
それでもひとりで薄暗い中歩いてきたら危ないよと注意しておいた。
残念ながら「そんなことよりも連絡先を交換しようよ」と届いている様子はなかったけど。
「よし、それじゃあ今日からよろしくね」
「うん、送るよ」
「うん、さすがにこのままは汗をかいていて嫌だからね、あっ、なるべく近づかないでねっ」
気にするのは意外と言おうとしてこれも彼女流の冗談かと片付けた。
「待った、本当に谷田君はいいの? 葉子とばかりいたから葉子の方がいいんじゃ」
「でも、根来さんは八代君と仲良くするって決めたんでしょ?」
「うん、それは嘘ではないよ」
ここで嘘をつくような子だったら僕だってそのことを受け入れたりしない。
これだって直接見ることができたわけではないからあれだけど、根来さん大好き少女がそんなことをするわけがないと信じたい。
「だったら根来さんとそういうつもりで仲良くしようとしても悲しい結果しか待っていないわけだからね」
「そっか」
ただ、これは帰ったら友希に怒られるだろうな、結局数分すらやらずにこうして出てきてしまったからだ。
なんか謝罪をするだけだと長引きそうだから帰りにコンビニでなにかを買っていこうと思う。
「ここだよ、送ってくれてありがとう」
「うん、それじゃあまた明日」
こちらは決めていた通りスイーツを購入してから家へ――の前に八代君から呼び出されて家まで行くことになった。
「よう、悪いな」
「いいよ、根来さんのことだよね?」
「ああ、本人から直接ではないがメッセージが送られてきてな」
よかった、流石に根来さんの方は変なことをしなかったみたいだ。
しかしこうね、彼としてはあんな発言をしてしまった後だから気になるだろうな。
でも、相手がそういうつもりでいてくれているのであれば馬鹿なことを言ってしまったと片付けて向き合うことができる。
一方通行にはならない、その気になれば一週間ぐらいで十分ではないだろうか。
「……簡単に変えたら恥だよな」
「でも、変えるべきだと思っているのに変えないのも恥だよ、過去みたいにもったいないことをするべきではないと思う」
「望さんから聞いたのか、谷田もはっきり言ってくれるな」
「今回も八代君次第だよ、その気がないなら断るしかないよ」
それより早くしないと友希が怖くなる。
こうして外に出てやっと出会える相手に嫌われるよりもその方が嫌だ。
「そうだな、もう同じような失敗はしたくない」
「うん」
「聞いてくれて……というか、はっきり言ってくれてありがとう」
「いいんだよ、っと、友希が怒るかもしれないから帰るね」
「おう、また明日な」
少しでも早く帰ることができるように走った。
家に着いてからものんびりとせずに部屋へ。
「あ、おかえりー」
「……お、怒ってないの?」
部屋にいるのも今日は文句を言いたいからではないのだろうか。
最低でも三十分はやるべきだった、でも、それならそれで遅い時間に西乃さんが出歩くことになったわけだからあのタイミングでよかったと考える自分もいる。
「別に則男が悪いわけじゃないでしょ? それよりそれは?」
「ああ、約束を守れなかったから機嫌を直してもらうために買ってきたんだ」
「そんなことで怒らないわよ、……くれると言うなら欲しいけど」
「食べてよ、これは友希のために買ってきたんだから」
あとまだ二十時半前だから少しだけでも約束を守るために始め――ようとしたものの、友希の方が「今日はいいわよ」と言ってきた。
「それよりあの人とのこと、教えてちょうだい」
「分かった」
食事も入浴も終えているからまだまだ付き合える。
整理したいのもあったから彼女がそう言ってきてくれたことはありがたかった。
「根来さんも露骨だなあ」
彼と決めたら分かりやすく近づく回数を増やしているのだから。
それに比べて西乃さんは友達を優先したり、根来さんと話しているだけだ。
もしかしたらこの前のあれはただの妄想、それか夢だったのかもしれない。
まあでも七月になったことでまたテスト期間がやってきたため、あくまでやらなければならないことをやっていくだけだった。
「いただきます」
それでもお昼休みだけは別だ。
回数を重ねることによってそれなりにレベルが上がってきた自作のお弁当を食べられる時間が幸せだ。
たまに温かい食堂のご飯を食べたくもなるけど、わがままは言っていられない。
「よう」
「なんかいつも豪華だよね」
「ああ、感謝しかないよ」
こちらはまだまだだから仮に友希と喧嘩をしてもご飯を作ることで仲直り、なんてことにはできない。
大体、中学校は給食制だから持っていっても変な目で見られるだけだ。
この前みたいなスイーツを買ってなんとかするというのも効果的ではないし……。
「根来さんは露骨だけど、なにか変わったことってある?」
「中学のときと違って一緒に勉強をするようになったぐらいかな」
「いいね、そういうことを積み重ねることで仲良くなれるよね」
こちらとしてはいつでも付き合ってくれる友希がいてくれているから問題ない。
テストが終わったらどこかに出かけようと思う。
ご機嫌取りのためにではなく単純にお礼としてなら甘い物を食べてもらうのも悪くはない。
「則男はどうなんだ?」
なにも答えずに西乃さんの方を指差すだけで終わりにしておいた。
あれを見ればわざわざ言葉にされなくても分かるだろう。
一緒にいる機会が増えるどころか減っている時点で話にならない。
あの発言を後悔しているということなら、いまからでも忘れる努力をする。
恋が全てではない、無難に学校生活を終えられれば僕的にはそれでいいのだ。
「本当にたまにでいいから付き合ってよ」
「則男だって友達なんだからちゃんと付き合うよ」
「望さんのためにも君がいてくれないと困るからね」
というか彼が付き合ってくれるときだけとかにしておかないとお金がなくなってしまう。
なにかがあったときに貯めておかなければならないのにこれだから困る。
「やっほー」
「根来はもう寝ているのか、部活のときにはしゃぎすぎているのか?」
「そうだね、明らかにテンションが上がるからね」
部活が大好きということが分かっているからそういう彼女は容易に想像することができる、が、逆に西乃さんはどういう風にやっているのだろうか。
常に冷静でテンションを上げすぎた彼女が怪我をしないように見ているのかな。
教室では保護者みたいな感じだから部活のときもそうだということにしておこう。
「おーい」
「八代君なら隣にいるけど」
「わざと言っているでしょ、もしかして拗ねているの?」
「違うよ、お弁当も食べ終えたからお茶を飲んでまったりとしているだけだよ」
あまり汗をかかない人間でよかった。
何回もお風呂に入らなくて済むし、何回も着替えをしなくて済む。
窓が少し開いていればそれこそあの彼女みたいに気持ち良く寝ることができる。
学校では寝転んだりできないのが微妙な点かな。
「ちょっと飲み物を買ってくる、なにかいるか?」
「僕はいいよ」
「私も大丈夫」
「そうか」
いや、空き教室の椅子を数個利用させてもらえばそれも可能か。
窓際に並べてそこで寝てしまえばいい時間が過ごせる。
そうとなれば早速実行だ、まったりしている場合ではない。
「谷田君も眠たかったんだ」
「夏の風が好きなんだよ、扇風機とかエアコンの風と違って気持ちがいいから」
命を狙われるわけでもなし、目を閉じて予鈴までの時間を楽しむ――はずがすぐに目を開けることになった。
「いまならまだ間に合うよ、あの発言をなかったことにね」
「やっぱり拗ねてるじゃん」
拗ねているのではなくこれまた露骨だったからそうしたいのかと聞きたくなるというだけのことだ。
それと曖昧な状態だとどう接していいのか分からないから困る。
「どうするの?」
「なかったことになんかしないよ」
それこそたまにでいいから付き合ってもらえればそれでいい。
ひとりならひとり流で過ごすけど、なるべく誰かといられた方がいいから。
お喋り大好き人間なのにひとりだと抑えることになってしまうからね。
「則男君と則君、どっちがいい?」
「任せるよ」
「それなら則君にするよ」
椅子に申し訳ないのと背中が痛くなってきたのもあって起きることにした。
彼女がここにいる限りはそもそも寝ることができないから意味がない。
友希とやるのは二十時からだから家に帰ったら窓前で休むことにしよう。
「私のことは呼び捨てでよろしく」
「西香、一緒に勉強をやろうよ」
「葉子は八代君に取られちゃったんだから当たり前だよ、むしろ付き合ってくれなかったら泣いてるところだったよ」
「ははは、それは嘘だね」
あ、なんか物凄く不満といった顔をしている。
まあでも、やることは変わらないから気にしないようにしておいた。
「こんにちはっ、いつも兄がお世話になっていますっ」
笑っているように見えて目が笑っていない、だけど歓迎されていると判断したのか西香も同じようなテンションで返していた。
この前しっかり説明しておいたからだと思う、だからこそ友希なりに上手くやろうとしてくれているのだ。
「ささ、ここに座ってください」
「それより友希ちゃんはどうして則君のお部屋にいるの?」
「そんなの兄妹なんですから当たり前じゃないですか」
「私、相手が妹でも女の子と仲良くしてほしくないなあ」
「ま、まあまあ、別に邪魔をしようとか考えていませんから」
いまは勉強をしていくだけだ。
窓際でお昼寝はできなくなってしまったものの、早めにやっておけば寝るまでの時間を他のことで楽しめるから悪くはない。
「則男はいつも真面目よね、私も見習わないといけないわ」
「いやいや、友希の方がそうでしょ、頼まれていなかったら今回みたいにテスト期間でもない限りだらだらしているだけだよ」
「それはないわね」
これも僕のために言ってくれているのだろうか。
まあでも多分、こういうことで西香はなにかを変えたりはしないだろう。
ありがたいけどいまは勉強をやるべきだ、一時間でもやればまた変わる。
「なんか部活がないと違和感しかないなあ」
「いつも終わるのが十九時だからね」
「うん、だけどこういうときしか則君とゆっくりできないからね」
しゅ、集中しようとすると話が始まって相手をすることになる、無視をすることなんてできないからこうなってしまうのは当然だと言える。
おまけにそこに友希も乗っかって、気づけばお菓子を食べたりジュースを飲んだりしながらの会話のための時間みたいになってしまった。
「いやー、まさか友希ちゃんがこんないい子だったとは」
「いえ、私としては西香さんがいい人でよかったです」
「則君は女の子関連でなにか失敗をしちゃったの?」
「いえ、初めてのことなので心配になっただけです」
受験生の妹にそういうことで心配をされる兄なんてださすぎる、でも、なんて言えばいいのかは分からなかったから黙って見ていることにした。
これでもまだまだ完全下校時刻付近にはなっておらず、まだ時間があることだけはいいことだと言える。
「友希ちゃん、私は男の子と仲良くするときはお付き合いをするつもりで仲良くしたいんだ」
「でも、これまでもいたんじゃないですか?」
「挨拶とか軽い話ぐらいならしていたけど仲良くはしていなかったよ」
「徹底しているんですね、だけどどうして則男なんですか?」
普段はお菓子を我慢しているから美味しくて手が止まらなかった。
ただ、このままだとこちらが太ってしまうからある程度のところで無理やり手を掴んで止めた。
女子トークを続けているふたりを放置して一階へ、まだ食べてもらえるレベルではないとか言い訳をしていないでご飯を作ろうと思う。
「ただいま、いい匂いがすると思ったら則男が作ってくれていたんだね」
「おかえり、うん、たまにはね」
そんなに悪い感じではなかった、まあ普通のことだ。
変なアレンジなどをしなければ無難な感じに仕上がる。
遅いけどこれまでやらないことを正当化していたみたいで恥ずかしくなってきた。
「それより女の子の靴があったけど友希のお友達が来ているの?」
「違うよ、僕の友達なんだ」
「え? それなのにご飯を作っていたら駄目でしょ」
「友希と楽しんでいるからいいんだ、っと、できた」
できたから後は任せてソファに座らせてもらう。
テスト期間に数人で集まるのは危険だということが分かった。
でも、西香との約束も友希との約束も守りたいというわがままな自分がいる。
「則男、ひとりにしないでよ」
「はは、ご飯ができたよ」
「西香さんはどうするの?」
「どうしようか――連れてくるよ」
母の期待したような目を見たらそう言うしかなかった。
部屋に行ってみたら友希のクッションを抱いて彼女が寝ていた。
「んー、もう動きたくないなー、誰かがお家まで運んでくれないかなー」
「いいよ、お姫様抱っこで行こう」
「え」
今日は守れなかったけど明日はしっかり彼女と勉強をやろう。
丁度やりやすかったから荷物を持たせてから実行した。
リビングにいたふたりに送ってくると一応言ってから外へ。
自分から頼んできたのもあって暴れたりしなかったから大して苦ではなかった。
「着いたよ、また明日ね」
「ちょ、冗談……だったんだけど」
「でも、楽ができてよかったでしょ? また明日も一緒にやろう」
「う、うん」
明日は学校でそれなりに彼女とやってから帰ろうと決めた。
そうしたら自然と解散になるし、いつも通り食事と入浴を終えてから友希との約束を守ることができる。
「ただいま、さあご飯ご飯」
「則男、さっきのって……」
「頼まれたからしただけだよ」
そうでもなければ触れたりしない、そんな人間ではない。
だからこの話は終わりだ、明日、機嫌が悪かったら謝罪をしようと決めてご飯を食べ始める。
「則男は意外と力持ちよね」
「友希を何回も部屋まで運んで鍛えたからね」
「えぇ、なんか複雑……」
「はは、冗談だよ」
でも、余裕だからこれからまたあのようなことになっても困ることはない。
そのため、友希にありがとうと言っておいた。
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