05話.[戻っちゃったよ]
「ありゃりゃ、余計なことを言ったせいでまた戻っちゃったよ」
「あれは分かりやすく失敗だったね」
「少なくとも男の子ふたりがいるところで言うことではなかったか、反省反省」
は、反省している感じは全く伝わってこない、彼女はあくまで笑みを浮かべつつ根来さんがいる方を見ているだけだ。
その根来さんは突っ伏してしまっている、八代君は男の子と友達と話しているだけで気にしている感じもない。
「葉子次第だからこれからどうなるのか気になるよ」
「根来さんが本当に八代君に集中することを選んだら僕にするの?」
「うん、別に軽い女というわけではないよ?」
「そんなことは思っていないよ」
「私は男の子と仲良くするなら付き合うつもりで動くからね」
それならこれまではあくまで友達の友達でいたということなのだろうか。
不思議なのは三年間同じクラスで、連絡先も交換していて仲良くできていたはずなのに八代君と根来さんの仲がそこまでではないということだ。
「ねえ、根来さんってもしかして八代君のことが好きだったんじゃない?」
「なんで?」
「ろーう君と呼んでいることや、連絡先を交換しているところから判断したんだ」
だけど恋愛は一方通行では意味がない、いくらアピールをしても相手である彼が振り向いてくれなければ変わらないままとなる、が、そう考えるのが一番自然だ。
まあ、単純にただ友達としていただけの可能性もあるから失敗したのかもしれないけど。
「ないから言うけどそんなことはなかったよ」
「そっか」
「あと、中学生のときは葉子、八代君を怖がっていたから」
本当に怖がっていたのであれば連絡先を交換するなんてありえない、それこそ彼が脅すとかそういうことをしない限りは逃げ続ければいいのだから。
違う土地、違う中学校で過ごしてきた人間だからなにが本当でなにが嘘なのかがまるで分からなかった。
「それでも無理やり聞いたわけではないんだぜ、根来が自分から教えてくれたんだ」
「僕はてっきり同じクラスで仲良くできていたと思ったんだけど……」
「話すことはそれなりにあったけどな、だけど西乃がいるとき以外は実際にそうだったんだ」
彼も言うということは本当のことらしい、怖がっている彼女なんて想像をすることができないな。
仮に語尾を伸ばすことで警戒をしていたとしても上手く対応できてしまいそうな強さがありそうなのに。
「ろーう君と呼んでくるようになったのはいつなの?」
「最終年の三月だな」
「じゃあそれまでになにかがあったんだね」
クリスマスに一緒に過ごしたとか、一緒に初詣に行ったとかそういうことではないだろうけど、彼が無自覚にしたなにかで影響を受けたのかもしれない。
「いや、なにもなかった、なあ西乃」
「うん、遊びに行ったこともなかったからね」
西乃さんは部活が終わって受験勉強をしなくてはならないようになってからは毎日彼女と集まっていたということも教えてくれた。
まあ、行動しようと思えばそれからでも彼と過ごせてしまえるわけだからその情報はあまり価値がない。
本人に聞けばなにもかもがはっきりとするけど、多分答えてもらえるぐらいの仲にはなっていないから当分の間はこのままとなる。
「谷田君、そんなに葉子のことが気になるの?」
「僕だけなにも知らないから気になるのは気になるよ、ただいまはまた余計なことを言ってしまったと後悔しているのもあるんだ」
いつも口にしてから後悔をしている、学習能力があるとかなんとか言っておきながらこうなるから困る。
「それなら今日も谷田君に頼もうかな」
「あ、この前のあれは根来さんが自己解決させたんだ」
「まあまあ、ほらほら」
休み時間がもう終わるということでなんとか回避することができた。
また十九時まで残ってからあんな結果になるのはごめんだ。
というかいま行っても対応すらしてもらえなさそうだからというのもある。
あと、なんでもかんでもああいうときに近くにいればいいというわけではない。
ひとりで考えて考えて、そうした結果本当にしたいことが分かるというものだ。
だからいい、きっと時間が経過すれば自分でなんとかしてくれるはずだった。
「今日も終わりー……って、ぎゃあ!?」
「こんにちは」
「な、なんだ谷田君か、なんで入ってこなかったの?」
「いま着いたばかりなんですよ、でも、もう閉じてしまうなら帰ります」
「だ、大丈夫大丈夫、お客さんが来てくれたのなら話は別だよ」
今日は相談に乗ってもらいたいわけではなくただ単純にコーヒーを飲みたくなっただけだった。
砂糖もいらない、あの大人の味で内側をすっきりさせたい。
「いただきます」
これで二回目だけど段々と美味しさが分かってきた。
これはいい、そこまで高くもないからやっぱり何度も足を運ぼう。
ちなみに望さんは雑誌を読んでのんびりとしている、今日はそれがありがたい。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました」
お金を払って外へ。
もう七月になるからなのか天気がよくて気分もそれに連動するようによかった。
「根来さ――」
「しっ、私が教室から出て少ししてから谷田くんも出てきて」
そういえば狙ったかのようにあのふたりがいないけどどこに行ったのだろうか。
移動教室があったというわけでもないのにいつの間にか教室から消えていた。
そして根来さんよ、少ししてからってどれぐらい待てばいいのだ。
もっとちゃんと分かりやすく吐いてからにしてほしかった、が、本人は行ってしまったから三分と決めて待機する。
「あ、やっと来てくれた」
「それで――」
「しっ、ここに入ろう」
な、なにがしたいのかが全く分からない。
誰も来ない場所というわけではないけど、ただ通りかかるだけで入ってくることもない場所に移動することになった。
「まったく、西香が変なことを言うからこうやってこそこそすることになったんだ」
「仮にふたりきりのときに言われていたとしても同じようなことになっていそうだけどね」
「ならないよ、だって谷田くんにもろーうくんにもあの話は聞かれていなかったわけなんだから」
彼女は床に座ると「谷田くんも座ってよ」と誘ってきた。
そう汚れているわけではないから気にせずに座ると結構新鮮だった、だって椅子があるのにわざわざ床に座っているからだ。
「それとね、教室で私関連のことを話すのはやめてよ」
「聞こえていたんだ」
「西香の声が大きいからね」
やっぱりあくまであれは寝たふりをしているだけか。
そこで友達の分かりやすい声が聞こえてきたとなれば気になって休めないと、そう言いたいのか。
「西乃さんと八代君がいないのはもうそういうつもりで動いているからなの?」
「違う、中学生のときから友達だった子に呼ばれて出ていっただけだよ」
「なんだ、もしそうだったらやりやすかったのに」
なかなか上手くはいかないものだ。
自分中心で世界が回っているわけではないから当たり前なんだけど、あくまで自分目線でしか見られないから尚更そう感じる。
まあでもきっと上手くいきすぎていたらそれはそれで怖く感じていただろうからこれでよかったのかもしれない。
「気にせずに私と仲良くできるから?」
「違うよ、あのふたりが仲良くするなら根来さんがまた元気がなくなるようなこともなくなるからだよ」
八代君がはっきりしてくれればこちらが引っかかることもなくなる。
そもそもこんなに複雑なことになっているのは彼がきっかけなのだ。
だから期待したのに結局いつも通りという感じでがっかりだった。
「あのときも部活をやることでなんとかしようとしたけど、駄目だったんだ」
「部活でも駄目となるとどうやって直したの?」
「西香と話すことでなんとかしたよ」
そういう存在がいてくれるのは素直に羨ましい。
「それで僕はどうして呼ばれたのかな?」
「相手をしてもらいたかった、西香とろーうくんと谷田くんとしか話せないから」
「そっか」
いまはお昼休みだから問題がないと言えば問題はないものの、まだお弁当を食べられていないのは気になるところだった。
しかもいまは普通に元気みたいだし、そもそも相手をしてもらいたかっただけならこんなところで話す意味がない。
そのためお昼ご飯が食べたいということを話して移動しようとしたら全く止められずに寂しかった。
い、いやまあ、いいんだけどね、これでいつも通り食べられるわけだからさ。
「いただきます」
結構みんなもこの教室で食べるから放課後以外は常に賑やかだ。
色々な話に耳を傾けながら食べる時間も、八代君達と話しながら食べる時間も好きだった。
「ふぅ、お弁当を食べられないかと思ってひやひやしたよ」
「だな、なにもこのタイミングで来なくてもいいよな」
「でも、仕方がないんじゃないかな、十分休みだと少し余裕がないから」
なんで僕の席の前まで来て話すのだろうか。
というかこれだけ賑やかなのにひとりで食べるというのは寂しいものだな。
「あれれ、葉子がいない」
「本当だな、でも、ここにいる谷田が知っているはずだ」
「根来さんならさっき教室を出ていったよ」
もし動いていないのであればあのままあそこにいるはずだ。
今更だけどもしかしたらお弁当を忘れてしまったのではないかと考えている。
だからこそみんながご飯を食べているところを見たくなかったから移動をした、みたいな感じで。
「なんと、あの子がひとりでそんなことをするなんて」
「珍しいこともあったものだな、谷田と同じぐらい教室が好きなのに」
保護者かなにかだろうか……。
とりあえずこちらは食べ終えたので片付けた。
それから持ってきていた水筒を取り出してお茶を飲んでまったりとする。
「なにか隠していないか?」
「い、いいからお弁当を食べなよ、せっかく妹さんが作ってくれているんだから」
「ここで食べていいか?」
「いいから食べなよ」
隠していることなんてなにもないし、あくまであの子の中には西乃さんと彼のことしかないのは先程ので分かった。
それでいいんだけど友達さんはもう少し考えてほしいし、西乃さんも彼を連れて行くのはやめてほしい。
「今日はあの店に行こうぜ」
「実はこの前また行かせてもらったんだよ」
「もうファンだな、望さんもよく谷田の話をしているよ」
「それより心配になるのはお客さんが――」
「待て、それ以上はよくない」
朝早くから開店しているから僕らがいけない時間にお客さんが沢山来ているという風に考えておけばいいか。
ではなく、早くこちらの方が進展してほしかった。
「いらっしゃいませー」
最近は寄り道ばかりをしている。
西乃さんは根来さんと違ってはっきりしてくれているから助かっている。
まだ一度も出かけられていないからこちらが疲れることもない、これからもあのままでいてほしかった。
「今日はここで済ましていくつもりだからどうするかな」
「朝とかお昼用だよね」
「そうなんだよな」
さくっと済ませてどこかへ行くときならいいけど、夜ご飯のためにとなると少々僕でも物足りなく感じる量だ。
「ふたつ頼んでくれてもいいんですよ? そうしたら私も嬉しい、緑郎君もお腹がいっぱいってことになりますよね?」
「じゃあおすすめふたつで」
「かしこまりましたー……っと、谷田君はどうする?」
「それなら僕も同じ物をお願いします、いつまでも存在していてほしいお店なので」
「ありがとうございます」
正直部活がなくても十六時解散だからそこまでここでゆっくりすることはできないのが寂しいところだった。
せめてあともう一時間遅くまでやっていてくれていたら、高校が一時間早く終わってくれればと考えてしまう。
「八代君が来るとやっぱりあの人は変わるね」
僕ひとりで行った場合とか根来さんと一緒に行ったときとは違う、なんか素が出ている気がする。
僕らふたりのときが大人の女性なら彼が来てくれたときは少女みたいな感じでね。
「名前で呼んでやれよ」
「できないよ、まだ出会ったばかりなのに」
そんな緩いやり取りを数回繰り返した頃、望さんが料理を運んできてくれた。
この前と違ってフライというわけではなくお肉の主張が激しかった。
「男の子でもお腹いっぱいになれるお肉たっぷりのカレーです」
「お、おいおい、これならふたつもいらなかったな……」
「大丈夫大丈夫、緑郎君なら大丈夫ですよ」
今日は彼に対して敬語を使うように徹底しているみたいだった。
冷めたらもったいないからいただきますと挨拶をしてから食べさせてもらう。
美味しい、お肉も大きくて食べごたえがある、が、僕の場合はこれだけでも夜ご飯が食べられなくなりそうという不安もあったけど……。
「それより谷田君、この前のことは解決したの?」
「んー……という感じですね」
「そっか、根来ちゃん関連のことなのは分かったんだけど余計なことは言わないようにしようと決めていたからこの前は黙っていたの」
「ありがたかったですよ、あのときは大人の味のコーヒーを飲みたくて来ただけでしたからね」
まあ、あくまで西乃さんとか彼がいなかったときだけ相手をしてほしいということが分かったからこれからはあんなことになることもない。
「谷田はなにか根来関連のことで隠しているからな」
「いや、僕としては君に怖がっていたというのが信じられないんだ」
「何度聞かれても同じだぞ、本当に根来は俺を怖がっていたんだ」
話をされると困ると言っていただけでそのことを話してくれたわけではなかった、聞こえていたはずなのに触れないのは敢えてなのだろうか。
「中学生のときに連れてこなかったのはそういうことなんですね」
「敬語はやめろって」
「谷田君には全く怖がっていなかったからあのときの緑郎が怖かったというだけか、うーん? 緑郎はいまのままだったんだけどなあ」
「俺も分からない、西乃はいまみたいに話しかけてきていたけどさ」
やっぱりなんらかの能力があって考えていることが分かるとか……ないか。
まあいいや、美味しいカレーを食べて帰ることにしよう。
あと地味に出費が続いているから気をつけなければならない。
「ごちそうさまでした、今日はこれで帰ります」
「いつもありがとう」
「いえ、それではこれで」
走る必要はないからゆっくり歩いていると八代君が走って追ってきた。
「そういうのもあったから望さんは根来はやめておけと言ったのかもしれないな」
「八代君のしたいように行動するべきだよ」
「それならどっちとも違うな、あと、なんかいま動くのは違う気がするんだ」
「そっか」
本人がそう決めたのであればごちゃごちゃ言うべきではない。
西乃さんも冷静に行動できるだろう、根来さんは……分からないけど。
ただもし彼を狙っていたのであれば上手くいかなくなったということになる。
恋なんてそんなものか、友希が言っていた通りだな。
「じゃ、俺はこっちだから」
「うん、また明日」
ゆっくり歩いて家へ、着いたらそのまま部屋へ向かう。
今日はまだ友希がいないみたいだから少しの間は退屈な時間だ。
ご飯もあくまで自分としては問題ないだけで家族に食べてもらうレベルには達していないからできないし、掃除も毎日しているからやるところがない。
幸いなのが寄り道をしたのもあって十七時近くだということか。
「則男、いる?」
「いるよ」
ではなく、ただ部屋にいただけみたいだ。
扉を開けて入ってきたのはあくまでいつも通りの友希だった。
「やっぱりこっちの方が落ち着くわ、慣れすぎてしまったのよ」
「別にいないときでも落ち着くということなら休んでくれていいよ?」
「そ、それだとイケないことをしているみたいじゃない」
「え、そう? まあ、僕的には問題ないから遠慮なく休んでよ」
僕もやっと部屋に戻ってこられたから休憩をさせてもらう。
ベッドに寝転んで目を閉じると気持ち的にはいますぐにでも夢の世界にいけそうな感じがしたのだった。
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