04話.[元気になったよ]
「あ、ここにいたんだ」
「うん、いつまでも教室にいると閉じ込められちゃうから」
さあと雨が降っている。
傘があるからなんとかなっているけど、これが葉っぱとかなら守れずに濡れていたことだろうな。
「それで僕はどうすればいい?」
「どこかゆっくり話せる場所に行きたいな」
「ゆっくり話せる場所……」
この前確認したけど望さんのお店は十七時までだ。
本当ならしっかりとした大人の女性である望さんがいてほしかったけど、残念ながら頼ることはできない。
雨も降っている、酷くなる可能性もあるからどこか屋内がいい。
「私の家か谷田君のお家しかないねー」
「いまから行って問題ないの?」
僕の家に来てもらうよりはまだマシな気がする。
仮にこれで出禁になったとしても今日のこの問題だけ解決できればそれでいい、いつかそれが足を引っ張ることになったとしてもいま動ければ十分だった。
「うん、大丈夫だよー」
「それなら根来さんの家の客間で話そう」
「分かった、それなら行こー」
こうやって一緒にいられれば分かりやすく○○さんと仲良くなりたいと答えが出るわけだからそれもいい。
根来さんや西乃さんのためだけではなく、八代君のためにもいつかはなにかをしたいと考えているからそれで少しは役に立てる……はずだ。
まあでも、その前になんとかしてしまいそうというのが実際のところなんだけど。
「ここだよー」
「あれ? まだ誰もいないの?」
「うん、お母さんが帰ってくるの二十時だから」
ご両親には申し訳ないけど丁度いい、これで出禁になることはない。
変なところで失敗をしなければ彼女から嫌われてしまうということもないだろう。
「あ、それとね、大好きな部活をやったら元気になったよ」
「そうなんだ、それならよかったよ」
ひ、必要がなかった、つまり、役に立てなかったことになる。
だけど先に言わなかったのは何故なのか、答えてくれ根来さんっ。
「じゃあそろそろ帰るよ」
「え、まだ十九時半にもなっていないけど」
「いやほら、元気になってくれたのなら僕的には目標達成だから」
これなら母作のご飯を食べて、温かいお風呂に入って、それからゆっくり友希と二十一時半ぐらいまで勉強をした方がよかった――ではなく、元気になってくれたのであればそれでいいか。
近づいていなかったのはそこからきていただろうし、明日からはまた自然とふたりでいるようになるはずだ。
「えっと、なんかごめんよー」
「気にしなくていいよ、あ、ちゃんと鍵を閉めてね」
「うん、ばいばいー」
歩いて時間をかけると虚しくなるから傘は畳んだままで走って帰った。
風邪を引く人間ではないから全く問題にはならない、それどころかゆっくり帰っていたら精神が風邪を引いていたよ。
「少し早かったわね……って、なんで濡れているのよ」
「失恋かな、お風呂に入ってくるよ」
失恋の方がまだよかった。
髪と体を洗い終えて湯船につかったタイミングで友希が来たから相手をする。
「残念だけど相手が受け入れてくれなければそんなものよ、というか、妹が受験生で勉強を頑張っているときに恋をしているのは駄目ね」
「はは、バチが当たったということ?」
「そうよ、あとは私との約束をその日できた約束で破ろうとしたからよ」
「そうだね、先約は友希だったからね」
少しだけでも守るためにもう出ることにした。
しっかり拭いて服を着て妹の部屋へ、ご飯は終わった後にゆっくり食べさせてもらおう。
「三十分でもいいからちゃんと約束は守りなさい、できないならしっかり連絡をしてからにして」
「分かった」
放課後に残ることはもうない。
今日みたいになるぐらいなら翌日に付き合わせてもらう。
そうしたら友希とのこれもしっかりできるし、翌日でも相手のために行動できるかもしれないから。
「じゃ、……じゃないわよね、いつもありがとう」
「それだけでやる気が出るよ」
「うんまあ、こういうことはちゃんと言っておかなければならないから」
温かいご飯も、温かいお風呂も、温かい言葉も全部力を貰える。
家族と仲良くできているのもいいことだった。
家族と不仲だったらきっと外でも近くにいる子と仲良くできていなかった。
幸せだ、幸せで勉強をしなければならないのに眠たくなってくるぐらい。
「眠たいの?」
「ちょっとね」
「はぁ、じゃあもう今日はいいわ、傷ついているだろうから寝なさいよ」
「いや、ちゃんとやるよ、友希とのこの時間も好きなんだ」
やればやるほど自分のためになるわけだから集中しよう。
あと嘘をついたことを謝罪しておいた。
「その人はなんでそんな無駄なことをしたのよ」と言われてしまったものの、何故かは本人ではないから分からなかった。
「自分から誘ったからなのかもね、ま、それにしたって意味が分からないけど」
「ははは……」
また望さんに協力をしてもらおうか。
飲み物とか食べ物を頼んでおけば頼るだけにはならないからいいはずだった。
「やっと着いた」
食堂利用をやめるためにお弁当を朝から作ったら想像以上に時間がかかって走ることになってしまった。
慣れないことをするなら早起きが必要だというのに、ゆっくり七時ぐらいまで寝てしまったことになる。
「遅かったな」
「おはよう、今日はお弁当を作ってこんな時間になったんだよ」
彼から距離を作りたいとかそういうことでもないし、昨日よく分からないことをしてきた根来さんから逃げたいというわけでもない。
僕なりに負担を減らしたかっただけだ、友希のためにお金を使ってほしいから少しずつでも減らしていく。
まあこうして高校に通っている時点で、バイト禁止の校則がある時点であまり意味もない抵抗みたいなものだけど。
「え、じゃあ食堂に行かないのか?」
「うん、どこかで静かに食べるよ」
「まじか、これからひとりかあ……」
申し訳ないけどこれからは変えていくからそうなる、お弁当を持ち込んで食堂で食べるというのも微妙だから仕方がない。
静かな場所も好きだからどこかいいところを見つけて食べることにしよう。
教室と別の場所という風に順番に場所を変えてもいい。
「「おはよー」」
「「おはよう」」
毎朝朝練をしなければならないというのは大変だろうな。
中学のとき自分も早くから練習をしていたけど、あのときは毎日眠たかった。
早寝早起きが当たり前になっている人だけが気持ち良くできることだろう。
「根来も弁当持参派だよな?」
「いつもというわけではないけどねー」
「それなら今日食堂に行こうぜ、谷田が弁当を作って持ってきたからひとりなんだ」
彼女に受け入れてもらえて彼は嬉しそうだった。
今日は元気みたいだから心配する必要はない、このまま彼に任せよう。
最近は当たり前のように相手がいてくれて変だったから元に戻すのだ。
「あれ、谷田君もお弁当派になったんだ」
「うん、少しでもお金を浮かせようと思ってね」
「ふふ、そっか」
それからそう時間も経過しない内にSHRの時間となった、これに関しては本当にいつも通りだから休憩時間みたいなものだと言える。
終わったら水を飲むために廊下へ、無料で飲める水で喉を潤したら適当なところで足を止めた。
ネガティブな思考をするわけではないけど、いまの不自然な状態を変えるためにはひとつひとつの行動を変えていくのが必要だと思う。
部活で疲れているのもあってあのふたりはあまり教室から出ないから楽だ。
「谷田くん」
「今日は大丈夫?」
「うん、朝から好きな部活ができて嬉しいぐらいだよ」
雨も降っていないから気持ち良く過ごすことができるはずだったのに、何故かこういうことになる。
ただ普段は教室でばかり過ごしている人間というのもきっと影響しているだろうからやっぱり教室で過ごそうと思う。
自作のお弁当もそこで食べればいい、移動が面倒くさいから食べ終えたら休むことにしよう。
「今週の金曜日は何故か部活がお休みだから望さんのところに行こうよ」
「そうなんだ、じゃあ金曜日はそういうことにしよう」
本人も連れて行くことになってしまったけどいいか。
もう解決したわけだし、こっちが片付けてしまえばいいことなのだから。
それに気分転換にもなるからこれはありがたい提案だった。
「あ、そういえば昨日はごめん、校門のところで言っておけばよかったね」
「謝らなくていいよ、昨日も言ったように根来さんが元気でいてくれているならそれでいいんだ」
「そうなんだ」
「友達だからね、友達が元気なさげに近くにいたら心配になるからさ」
……なんか彼女と話していたら自作でもなんでもいいからお弁当を食べたくなってきてしまった。
残念な点は温かくないということで貰えるパワーが半減するということだけど、それでもゼロではないから助かる。
それにしても食いしん坊キャラというわけでもないのに何故なのだ……。
「谷田君、私の葉子を取らないでよー」
「それじゃあ返すよ」
無自覚に悪い方に傾きかけていたのをいまの会話でなんとかすることができた。
根来さんにも感謝だ、本当にありがたいことをしてくれた。
となれば廊下で過ごすなんて馬鹿なこともやめるだけ、いつも通り教室でのんびりとさせてもらうことにしよう。
「谷田、俺は決めたぞ」
「うん」
「妹に弁当を作ってもらうっ、それで俺も仲間外れじゃなくなるよな?」
「ははは、そうだね」
「おう、それに妹は弁当も作りたがっているから迷惑をかけるというわけでは――」
生意気とか言っていたけどやっぱり仲のいい兄妹みたいだ。
友希はあんな感じだけど彼の妹さんはどんな感じなのだろうか……って、望さんとの件もあるから聞けはしないけど。
「……あと、谷田ばかり根来や西乃と仲良くできるのはずるいからな」
「これからは変わるよ」
「本当だな? って、嘘だけどさ」
僕は僕らしく相手をさせてもらう。
これからどうなるのかはやっぱり分からないけど、そこだけは変わらないことだから楽だった。
「やっぱりやめよう」
「あ、あれ……」
さあ行くぞと動こうとしたところでこれだから出鼻をくじかれた形となる。
この前のこともあるから一気に不安になってきた。
「あ、望さんがやっているお店に行くのはやめよう」
「そういうことか」
一緒に行動すること自体がなくならなくてよかった。
何故よかったのかはそれこそこの前のことがあったからだ。
早く上書きしたいときに彼女の方から誘ってくれたことで嬉しかったというのも影響している。
「じゃあどこに行く?」
「今日は谷田君のお家に行ってみたい」
「分かった、行こう――」
「俺も行くわ」
「私も気になるから行こうかな」
友希ももう帰ってくるし、なにより人数が多い方がありがたい。
僕の家を知っている彼はふたりと話しながら前を歩いていた。
途中で僕の家ではなく彼の家に向かっているのかなんて考えになったけど、間違いなくいつもの道だから切り捨てた。
「おかえ――えぇ、なにたくさん連れてきているのよ」
友希がそう言いたくなる気持ちも分かる。
僕だって友希が急に家に三人も連れてきたら間違いなく困惑するから。
とりあえず三人には上がってもらったけど、これは説明する必要があるということで廊下に残った。
「あの髪の短い子がこの前話した子だよ」
なんとなくあの伸ばす話し方的に長髪の方が合う気がするものの、長めなのは西乃さんの方だ。
ウィッグとかを被ったらどうなるのだろうか。
気になったけど持っているわけでもないし、また、自分が見たいからって頼んだらあれだからできない。
「ああ、意味の分からないことをした人ね」
「そう、もうひとりの女の子はあの子と同じ部活の子なんだ」
「あの大きい人は?」
「入学式の日に話しかけてきてくれた友達だね」
そういえば僕なんかより友希の方が大変だよな、三年生になるというタイミングで引っ越すことになったのだから。
あと一年待つことは……できなかったのだろう。
また、仮に待ててもそのタイミングで転校となったらどっちにしてもあそこから離れることになるのだから意味がない。
「友希、なんかごめん」
「え? あ、いきなり友達を連れてきたことを気にしているの? そんなの気にしなくていいわよ」
「違う、三年生になるタイミングで転校をすることになってさ」
「い、いや、則男のせいじゃないでしょ……」
いやまあ確かにそうなんだけど謝罪をしたくなってしまったから仕方がない。
でも、連れてきておきながらいつまでもここにいるわけにはいかないからリビングに移動することにしよう。
友希は部屋に戻るみたいだったから後で飲み物とお菓子を持っていこうと決める。
「あれ、妹ちゃんはー?」
「部屋に戻ったよ、勉強をしてくるんだって」
「そっか、話したかったけど仕方がないねー」
それよりもだ、何故ふたりはもう寝ているのか。
しかも床で、距離は作っているけどそう時間も経過していないのにすごすぎる。
「ちょいちょい」
「うん」
誘われたから近づいてみたら腕を引っ張られた。
それでソファに座ることになったわけだけど、別に逃げようとしているわけでもないからする必要はなかったというか……。
今日だってこうして付き合っている時点でというか、家に連れてきている時点で逃げていないということの証明になっていると思う。
「部活は大好きだけど谷田くんと一緒にいられる時間も好きだよ」
「根来さん、できれば伸ばしてほしいんだよね、なんかその方が根来さんって感じがするから」
「でも、いつでもあれをするわけではないから、それにあれは落ち着かない気持ちとかを隠すためでもあるんだよ」
信用したら云々というやつは本当だったのか。
適当にそのように考えただけだけど、本当にその通りということが分かると困惑するんだな。
「私でもほとんど関わったことのない子が相手のときは怖いから」
「え、それなら好きとか言っていたら駄目だと思うけど……」
「谷田くんになら問題はないよ、だってもう一ヶ月になろうとしているところなんだから」
なるほどなるほど、みんなに対して言っていくというスタイルか。
好きだと言われて嫌だと感じる人間は少ないだろうし、誰も損はしない。
僕だってたったそれだけで自分は特別とか考える人間ではないからいいか。
「ただね、ろーうくんもいいんだよ」
「それはそうだよ、だって中学生のときから友達なんだから」
「大好きな部活はちゃんと真面目にやりたい、でも、お友達との時間も大切にしたいんだよ」
難しい話だ、それでもひとつ分かっているのはこちらにできることはなにもないということだろう。
今日みたいに部活が休みになったり、日曜なんかに彼女が行動するしかない。
「一緒にいたいということなら付き合うぞ、それは谷田も西乃も同じだ」
「そうだよ葉子、時間を調節すれば日曜日とかだって遊べるでしょ」
「ろーうくん、西香」
飲み物を出していなかったことを思い出して移動した。
もう遠慮はしないけど、僕はいまでも彼に積極的に動いてほしいと考えている。
ふたりでいる時間が増えればお互いになにかが変わっていくはずだ。
「葉子が八代君に集中するなら私は谷田君に集中しようかなあ」
「「え」」
「だって優しい子だから、それに色々と知りたいんですよ」
「ちなみに根来が谷田に集中したら……」
「そうしたら八代君だね、いまは同じぐらいだから」
友達と争いたくないというのはみんなそうなのだろう。
「根来はどうなんだ?」
「え、え……」
いきなりそんなことを言われてもそのような反応になるのが普通だ。
というか西乃さんとふたりきりのときにそういう話をするのはいいけど、異性がいるところでするべきではないと思う。
だからあれだ、あくまで普通のことだけど西乃さんはタイミングを誤ったな。
「帰る」
「それなら私も帰るよ」
「じゃあ俺も」
結局全員帰るのか……。
残念ながらひとり寂しくリビングに残ることになったのだった。
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