03話.[分からないけど]
「はい、昨日のお礼」
「ん? 葉子なにか谷田君にお世話になったの?」
西乃さんがいてくれるのはありがたいけどあんまり効果的ではなさそうだった。
「そんなのいいよ」とかそういう風に止めてくれるのを期待していたけど……。
「うん、昨日一緒に遊んだから」
「ほー、なんか急に仲良くなっているね」
「ろーうくんが教えてくれたおかげだったけどねー」
「ほうほう」
いいや、今日は迷いなく八代君を連れてくることにした。
突っ伏していたところを悪いけど、自分のためだったら他者だって平気で使う人間なのだ。
「谷田君は八代君が好きだねえ」
「なるべく一緒にいたいと思っているよ」
「それはいいけどもう少しぐらい俺に聞いてから動いてほしいけどな」
「ごめん」
彼が来れば自然とそちらに意識を向けてくれる。
だから休むことができる、あと、お礼の件をなかったことにできる。
「ちょいちょい、葉子は取られちゃったから谷田君相手をしてよ」
「根来さんも西乃さんも優しいね、話しかけやすいからありがたいよ」
「うーん、だけど谷田君は私に対して話しかけてきてくれたことはないよね?」
「こ、今度からは行かせてもらうよ、先に友達になってもらったわけだから」
そもそもこうなったのは根来さんが変なことばかりしてくるからだ。
落ち着けばこれまで通りに戻る、きっと望さんの勘通りにはならない。
自然と八代君と過ごすようになって、西乃さんも根来さんの友達ということでそっちに行く。
「実はちょっと複雑だったりしない?」
「なんで?」
「だって昨日は葉子から誘われたんでしょ? それなのに八代君と仲良くしているわけだからさ」
異性と関われていると何故かすぐにこういう話になっていく。
その度に違うと言い続けるわけだけど、なんでだろうと考えることも多かった。
「そういうのはないよ、寧ろこの方がいいんだ」
「へえ、って、別に男の子のみんなが葉子を好きになるわけではないか」
「そもそも好きになるとかならないとかまだまだそういうところまでいけていないからね」
いまはただただ仲良くできるかどうかを考えておけばいい。
まあでもこれも相手次第だ、相手次第でいくらでも変わることだ。
「谷田くんよ、私の西香を取らないでおくれよー」
「相手をしてもらっているだけだよ」
八代君を返してもらえたから廊下に連れて行く。
なんともやりづらい、余計なことを言わなければよかったと後悔している。
あれさえ聞いていなかったら根来さんとだって気にせずに仲良くできるのに。
「なんか遠慮してないか?」
「……やりづらいのはあるよ」
「気にするなよ、あと、根来と一緒にいると望さんのあの言葉が浮かんでくるんだ」
彼は壁に背を預けてから「俺もなんかやりづらいよ」と。
長く一緒にいる相手から言われた分、引っかかってしまうということか。
よく当たるということならそうなってしまっても仕方がない。
「やりづらいからとりあえずは西乃と仲良くなれるように集中するわ」
「でも、最近の根来さんなら――」
「私がなにー? というか、ろーうくんも西香に興味があるんだ」
自然と近づいてくるから集中はできないんじゃない、そう言おうとしたのに本人が来てできなくなった。
まあでもこの時点で当たってるということだから気にする必要はない。
「いいやつだから仲良くしたいぞ」
「そっか、西香のことをよく言ってくれるのは嬉しいなー」
いいやつ――いい人なのはいいけどいきなり来るから困惑するときがある。
いつでも上手く対応できるわけではないし、なるべくふたりきりにはなりたくないというのが正直なところだ。
ただ問題なのがその度に八代君か西乃さん、または根来さんを連れてくるのは不自然だということ、そんなことを繰り返したら多分悪い方に傾く。
「じゃあはい、西香をあげるよー」
「私は物じゃないんだけど……」
「いいからいいから、それじゃあ私は部活のために休むねー」
突っ伏すことで対策、なんてのもいいかもしれない。
人はそういうとき話しかけづらいものだ、八代君相手に毎回そう感じているからきっと他の子もそうだと思う。
「あ、そうだ」
根来さんはやっぱり声が大きいな、この賑やかな教室で、そのうえで離れているのによく聞こえる。
友達の声だから、異性の声だから、そういうのではなく単純に声が大きいのだ。
滑舌はいいから聞き取りやすくはあるけど、もう少しぐらいは抑えた方がいい気がした。
「はいこれ、谷田くんに似ているぬいぐるみ」
「に、似ているかな……?」
「似てるよー、ほら、ここら辺が――」
とにかくお礼を言って受け取っておいた。
可愛い感じでもないぬいぐるみに似ていると言われてなんか悲しかった。
「こんにちは、荷物持ちますよ」
「え、いいよ、どうせお客さんもいないからのんびり帰ることができるし」
「少し聞いてほしいことがありまして」
「なるほど、それならお願いしようかな」
何度も言うけど僕だけの話なら仲良くできた方がいいに決まっている。
なにかがあってもあのふたりもいてくれれば簡単に解決へと繋がるかもしれない。
しかも四人全員が友達だと言えるからどこで問題が起きてもそうなるのだ。
「それでどうしたの?」
「八代君があなたに言われたことを気にしているみたいなんですよ」
気にしているみたいではなく間違いなく気にしている、でも、あくまで自分の想像みたいな話し方をしなければならないのが大変だ。
「ああ、でも、私の勘は結構当たるんだよ?」
「だからこそ影響が大きんですよ、それでいまはその通りに動こうとしているのか西乃さんといるんです」
根来さんの友達なのだと説明すると「根来ちゃんっ」と望さんが大きな声を出してびっくりした。
いまのに比べたら根来さん達の声量なんて話にならないぐらいかもしれない。
「ずっと前に緑郎が連れてきた女の子も可愛かった、根来ちゃんも可愛かった」
「八代君は積極的ですね」
「いや、緑郎は逆に消極的かな」
消極的? 全くそのようには見えないぞ。
仲良くするために動いていたわけだし、今回だってちょっと望さんの発言で変化しただけで西乃さんと仲良くするために動いているわけで。
「だって小さいの頃の話だけどさ、本命の子から告白をされたのに断ったんだよ?」
「え……」
「そういう反応になるでしょ? 私も開いた口が塞がらなかったよ」
さ、流石に僕でもそんなことはしない。
申し訳ない気持ちにはなるかもしれないけど、本命の子から告白をされたということで受け入れる。
もちろん頑張って自分から告白をして受け入れてもらえるというのが一番いいけどもね。
「でもね、そういうところも含めて緑郎は可愛いんだよ、だから毎日ここに顔を見せに来てほしいぐらい」
「そうなんですか」
すぐに「谷田」と言って近づいて来てくれるところは可愛いかもしれない。
根来さん、西乃さんのふたりと関われていても忘れずにいてくれるのはありがたい話だった。
僕だったら偏らずに相手をさせてもらうなんてことができなさそうだから。
「谷田君も友達なら連れてきてよ」
「すみません、これは本人に聞かれるわけにはいかないので」
「じゃあ私と君だけの秘密か」
本当にただ聞いてもらっただけだけど秘密と言えば秘密か。
ここに数回来ているのも八代君は知らないわけだし、間違ってはいない。
「話を聞いてくれてありがとうございました」
「でもさ、谷田君が本当に言いたいのはそれじゃないでしょ?」
「え」
「ここには私しかいないよ、谷田君が来てくれていることも緑郎には言わないよ」
「あー……」
こっちとしても相手の言葉が浮かんできて引っかかっているのは事実だ。
これがなくならない限りは真っ直ぐにふたりと、主に根来さんと関わることができない。
「――ということなんです」
「なるほどね、だけど谷田君的には仲良くできた方がいいんだから気にしなくていいんだよ。緑郎だって遠慮をするなと言ってきているんでしょ? だったら後は谷田君がどう根来ちゃんや西乃ちゃんに向き合うかでしょ」
もっと自己中心、自分勝手な人間だったらとか考えて、すぐにそうではなくてよかったと安心した。
相手のことを考えればこうして悩むぐらいでいい、それでその度に周りを頼って少しずつ成長していけばいい。
「……いいんですかね?」
「いいっ、そもそも変に遠慮をされる方が緑郎は嫌だと思うよ」
「そうですか、じゃあ明日から切り替えてやってみます」
「うん、それがいいよ」
話は終わったものの、このまま帰るわけにはいかないからコーヒーを頼んだ。
この場所が好きだ、待っている間も何故か飽きない。
すぐに望さんも来てくれるし、積極的に話しかけてきてくれるから楽しい。
「お待たせしました」
「ありがとうございます、あと、ここがもう好きになりました」
「え、あー、谷田君は緑郎とは違った意味で心配になるよ……」
「いい場所じゃないですか、コーヒーやご飯も美味しいですし」
望さんが格好いいというのもやっぱり大きい。
ただこの前口にして恥ずかしくなったから繰り返すことはしなかった。
学習能力はある、同じような失敗を繰り返さない。
「ははは、そう言ってもらえるのはありがたいけど来店三回目なんだからさ」
「魅力的なんですから回数は関係ありませんよ」
あ、黙ってしまった。
でも、いまのは別に相手に関することではないから気にしなくていいだろう。
コーヒーも少し砂糖を入れさせてもらえば一気に口に合う味となる。
八代君にも望さんにも感謝だ。
「もしかして谷田君はおばさんが好きなの?」
「おばさんじゃないじゃないですか」
「ちょ、ちょっと待って、成人と未成年の恋愛とか不味いから!」
「落ち着いてください」
「はっ、若い頃に出会えていたらまた違った結果になっていたのかもしれないのに」
こ、今度は八代君を連れてこよう。
ここなら毎回呼んでも不自然ということにはならないから気楽だった。
「でね、昨日葉子が打ったアタックが顔面に直撃したんだよ」
「え、大丈夫?」
「大丈夫だよ、ほら、なにもないでしょ?」
「よかったよ」
遠慮しないと切り替えた結果、西乃さんがよく来るようになった。
八代君は突っ伏していることも増えて根来さんといることも減っている。
どうしてこう上手くいかないのか、いやまあ、遠慮をしないということは西乃さんに対してもそうだからいいと言えばいいんだけど……。
「葉子、今日は元気じゃないんだよ」
「それなら西乃さんがいてあげた方がいいと思うけど」
「あ、風邪を引いているとかそういうことではないんだよ、ただいつも通りじゃないのは確かなんだよね」
確かに彼女と話しているときもいつもより声量が小さかったか。
気になるな、関わってくれるみんなが元気でいてくれないと困る。
部活のこともあるからどうにかして放課後までに元気になってもらうことは不可能だろうか。
「谷田君、ここは意外パワーで葉子を元気にしてきてよ」
「気になるから行ってくるよ」
こちらは突っ伏しているわけではないから話しかけるのは楽だった。
「今日はなんかやる気が出ないんだよねー」
「もしかして西乃さんに当てちゃったから?」
僕も小学生の頃にドッジボールで女の子の顔にぶつけてしまったことがある。
そのときの空気は本当に最悪だったし、謝罪をしても全く反応してくれなくて困ったし、周りの男の子が「最低だな」とか言ってきて逃げたかった。
だけど逃げたら酷くなりそうだからその場では謝り倒して、それだけでは足りない
のならと放課後とか翌日とかも謝り続けた。
そうしたら面倒くさくなったのか「ちょっと赤くなっただけだからいいよ」と許してもらえたことになる。
だからもしそれが気になっているのなら西乃さんに謝れば一発解決だ。
「え? ああ、西香には申し訳ないことをしたと思っているけどそれ関連のことじゃないんだよー」
「……あのさ、八代君が来てくれないからとか?」
「なんで小声? あ、いやそれも違うけどー」
どれも違う、この時点で僕に役立てることなんてないのは分かりきっている。
どうしたのと聞き続ける度に余計に悪化させるというものだ。
そのため、諦めて自分の席に戻ろうとしたときのことだった。
「今日付き合って」
そう背中にぶつけられて足が止まる。
振り返ってみると真面目な顔の根来さんが見えた。
「部活は?」
「部活はやるけど、終わった後に付き合ってほしいんだよ」
「いいよ、じゃあ待ってるよ」
現時点ではなにもできなくても少し付き合うことでなんとかできるだろうか。
力になりたい、相手のために動けるなら残ることになっても構わない。
ということで今日は珍しく残ることになった。
課題は出されていないから考え事をしながら待っていることにしよう。
「もしもし?」
放課後になってから二時間が経過した頃、珍しく友希から電話がかかってきた。
「則男、いまどこでなにしてるのよ?」
「いまは学校にいるよ、友達に待っててと言われたんだ」
これからもこういうことは何回かあるかもしれない。
少なくとも八代君が動いていなければこっちに……となる可能性がある。
僕としては八代君に積極的に動いてもらいたいところだけど、とりあえずいまのところは集中するだけだ。
「帰宅時間は何時になるわけ?」
「十九時が完全下校時刻でそれからだから二十時を過ぎるかも」
「はあ? 勉強はどうするのよ」
「友希さえよければその後付き合うよ」
「則男のせいでどんどんお菓子とかを食べる量が増えるわ~」
ごめんと謝罪をしてから電話を切る。
何故なら教室の入り口のところに八代君が立っていたからだ。
「谷田は根来に頼まれて残っているんだよな?」
「うん」
「ちょっと話を聞いてくれ」
「分かった、飲み物でも買おうか」
「だな」
お昼休みなんかには突っ伏すことが増えてからも一緒にご飯を食べているのにゆっくり話せたことが新鮮なことのように感じる。
「どうすればいいんだろうな」
「八代君は根来さんの方に興味があるの?」
「いや、正直に言ってしまうと根来も西乃もあんまり変わらないんだ」
三年間同じクラスだったということは根来さん目当てで西乃さんもよく来ていたことだろう、それで話すことも多かったとなればこうなってもおかしくはない。
どちらも明るくて性格も似ているから悩んでしまうということも、ねえ。
「しかも交互に谷田のところに行くから困るんだよな」
「確かにそうだね」
何故かは分からないけど嫌な予感がする。
でも、これさえなんとかできれば彼と引き続き仲良くすることができる。
上手く対応できればいいけど……。
「谷田がはっきりしてくれないか?」
「あの人にも相談に乗ってもらったんだけど、どっちとも仲良くしたいんだよ」
「あの人って……あ、望さんか」
「ごめん、だけどコーヒーとかご飯を気に入ってさ」
「謝る必要はないだろ、それにあそこは客が少なすぎて不安になるからな、気に入ったなら月に一回だけでも行ってくれた方がありがたいよ」
余計なお世話だけど確かにそこは気になる。
当たり前なことなんてないからいつまでもあってほしいと願うのは間違っているのかもしれない。
ただ、これに関してはなにもできないというわけではないから月に数回は利用させてもらおうと決めた。
「望さんもいいよな」
「や、やっぱりそういう関係だったの?」
「いや、これまでなにかがあったというわけではないけど、唯一ずっと仲良くできた異性だからやっぱり違うんだ」
感情が変化していくということもありそうだった。
だけど絶対に大人である望さんが断ることになる。
「あ、あのさ、望さんって何歳……なの?」
「三十五歳だ、ちなみに一度も結婚したことがない人だぞ」
「そうなんだ」
彼が二十歳になっている状態で望さんが三十五歳だったのならまだ分からなかったけどこれはやっぱり駄目だな。
多分彼が後悔しないとか言っても、仮に望さんが彼のことを好きでもね。
そう考えると若いとき云々とのあれはどうしようもなく当たっていることだった。
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