08話.[食後にコーヒー]
「こんにちは」
「あ、谷田君! 好きになったと言ってくれていたのに全く来なくなって不安になっていたんだから!」
「すみません、テスト期間だったりが影響しまして」
「なるほど、それにあれだよね、お金もね」
「はい、バイトができているわけではないので」
安い方だと思うけど頑張って貯めていても頻度的になくなりそうだったから怖かったのだ、だから自分で考えて行動をする必要があった。
「あ、この子は友達の西乃西香さんです」
「おお! ふむ、あなた達の周りには可愛い子がいっぱいいますなあ」
「八代君と根来さんのおかげですけどね」
席に座らせてもらってメニューを見る。
どうしようか、コーヒーだけではなくご飯を食べるべきかどうか。
あ、ちなみに友希は「もう疲れたから家で休むわ」と言って帰った、ちゃんと家までは送ったから問題はない。
「この前のカレーをお願いします、食後にコーヒーも」
「かしこまりました、西乃ちゃんはどうする?」
ここに来たときぐらいはけちけちしないでいたいと思う。
というか自分から行っておいてそれだけとかなんか情けない。
毎回沢山使えばいいというわけではないけど、今日はテストが終わった後というのもあってご褒美ということにしてしまえばいいだろう。
「カレーがあるんですか?」
「あるよ? お肉がいっぱいだからスポーツ少女でも満足できると思う」
ま、まあ、あれを食べると動きたくなくなることからは目を逸らそう。
もういい時間だし、今日はいっぱい西香と過ごせたし、なにより友希との約束を守ることができた。
これ以上となると悪い結果に繋がるかもしれないからゆっくりでいい。
「それならカレーをお願いします、コーヒーは……また今度で」
「かしこまりました」
でも、そっち方向ではなんにもできていない気がする。
一緒にいるようにはなったけど、彼女が好きになってくれるようなことはできていないからなんとも言えない気分になる。
どうすれば分かりやすく求めてもらえるようになるのだろうか? これに関しては八代君に聞くというのも微妙だから自分で頑張るしかないけど出てこない。
「どこか難しい顔をしているね」
「うん、どうすれば西香に好きになってもらえるのかが分からなくて」
「時間を重ねるだけじゃ駄目なの?」
「逆に聞くけど、西香はそれだけで変わってくれるの?」
「うーん、どうだろうねえ」
そうだよな、これ! という感じのなにかがなければなあ。
友希なら家族ということもあって色々やりやすい、だけど相手が西香ということなら話は変わってくる。
「お待たせしました」
「「ありがとうございます」」
今日も大きいお肉がよく見える、見ているだけで力を貰えそうだ。
いい匂いとビジュアルのよさで複雑な気持ちが少しだけどこかにいった。
「それで聞こえていたんだけど、谷田君、根来ちゃんじゃなくて西乃ちゃんに振り向いてほしいんだね」
「はい」
力が入っていたのか、僕も無自覚に声が大きくなっていたのかもしれない。
静かな場所だから単純に聞こえやすかったというのもあるのかもしれない。
「ははは、それを本人に言うなんて面白いね」
「でも、余計に分からなくなりました」
「そうだね、西乃ちゃんにとってなにが正解かなんて谷田君には分からないもんね」
そう、分からない。
仮に経験者で経験値が高くても自分だから変わっていなかったと思う。
そもそも意識して行動するようになってから時間もあまり経過していないため、いますぐにどうこうしようとしているのがおかしいのか。
「じゃあいまみたいになんでも言っていくのがいいかな」
「隠すタイプではないですからね」
「うん、谷田君はそういうところが強いから出していくしかないね、強そうな西乃ちゃんにもきっと影響を与えられるさ」
「ありがとうございます、やっぱり望さんは格好良くて頼りになる大人の女性です」
「まあ、一応君の倍は生きていますからね、あ、ごゆっくり」
そして長くいるわけでもなく離れるタイミングも上手だ。
「則君、早く食べなよ」
「そうだね」
いただきますを忘れずに、スプーンを持って山を崩していく。
ぐちゃぐちゃに混ぜるタイプではないのと、なるべくライスにルーをつけたくないから丁寧にだ。
「それより則君、これまで連れて行ってくれていなかったのはあの人と裏で仲良くやりたかったからなの?」
「違うよ、それに西香は途中まで僕のことはあくまで友達の友達としてしか見ていなかったでしょ?」
「別にそんなことはなかったけど、則君が葉子とばかり行動していたからだよね?」
「あ、うん、確かに八代君といないときは根来さんといたか」
「なんてね、ごめん、変な絡み方をして」
いやでも、今日のこれは失敗ではない。
なにも悪いことはしていない、だから彼女をここに連れてこられた。
それなら気にしなくていいだろう、謝罪も悪い方に傾きそうだから必要ない。
「美味しいね」
「はは、西香、じっとしてて」
上手いな、器用だ。
その後、気にせずに「美味しいっ」と言いながら食べていくところもよかった。
「今日はちょっと早く終わるから待っててくれないかな」
「いいよ」
「ありがとう」
どうやって時間をつぶすかと考えていたら八代君が「よう」と。
「あっという間に終業式の日がきたね」
「だな、もう夏休みだもんな」
「こっちにもすぐに慣れたし、本当にあっという間だったよ」
もっとも、もう引っ越しなんかはしたくない、引っ越してその土地に慣れるというのはそう簡単にはいかないからだ。
実は過去にも一度経験があるけど、そのときは本当に時間がかかった。
時間がかかったのにここに引っ越すことになったから分かったときは微妙だったなあと。
「根来さんとはどう?」
悪いけど気になるからすぐにこういう話にさせてもらう。
それで会話の中からさり気なく参考にさせてもらおうと期待していた。
どうやったら西香を振り向かせられるのかが分からない、でも、何故か彼に聞いて動きたくないという考えがあるからこういうことになる。
「根来とはあんまり変わっていないな」
「別に隠さなくてもよくない? わざわざ名字で呼ばなくても……」
揶揄したりなんかしない、寧ろどんどん自慢をしてくれていい。
というかそうでないと困る、彼は結構なんでも教えてくれるからこういう会話からのソレを期待しているのだ。
もしこのまま隠すようだったら僕はこの夏、特に変われずに終わるだろうな。
「え、なにか勘違いしていないか? 俺はいまでも根来呼びだし、正直あれから大して変わっていないぞ」
「ありえないっ、だって八代君なんだよっ? 本命からの告白をわざと断って後悔した八代君がそんなことするわけ――あれ、どうしたの?」
先程までこちらを見ていたのにもう別の場所を見ていた。
喋りかけても反応しないから肩に触れてみると「則男って俺のこと嫌いだよな」と言われて困った。
「え、全くそんなことはないけど」
「そ、そうか、無自覚なら尚更質が悪いな」
「えぇ、なんでそんなことになるの」
しかもそのまま歩いていってしまった。
待つか、色々なことを考えて過ごそう。
完全下校時刻もかなり早めになっているからぼうっとしているだけで、
「はっ!?」
ではなく、寝ているだけであっという間に時間はやってくるから。
急いで外に出て、またあのときのように校門で待っていた。
「あ、谷田くんだー」
「なんか久しぶりだね」
「久しぶりー、あ、西香ならまだ出てこないよー、バレー部の男の子に誘われていたから」
教えてくれてありがとうとお礼を言って引き続き待っていることにした。
大丈夫、どうせずっとはいられないからすぐに帰ることができるだろう。
「はあっ、はあっ、もう最悪っ」
「お疲れ様」
「待ってもらっておいて自分勝手だけど早く帰ろうっ」
「分かった」
夏の中、走ったから流石の僕でも汗をかいた。
横を走る彼女の横顔からはまだ怒っていることが伝わってくる。
部活をやってきたのもあって僕以上に汗をかいていた。
「ストップ!」
「部活は楽しかった?」
まずはそこだ、部活大好き女の子だからまずはいいことから入った方がいい。
それにしてもなにを言われたのだろうか、それとも単純にそういう意味でも誘われたというだけなのだろうか。
お祭りに行こうとか、プールに行こうとかそういうことかもしれない。
「それは楽しかった! でもね、その後のことで気分が最悪だよ」
でも、それだけなら断ればいいわけだから最悪な気分になんかならないはずだ。
「男の子に誘われたんだよね? 根来さんが教えてくれたよ」
「はあ~、あれならなにも聞かずに葉子と一緒に出ればよかったっ」
これは今回も知ることができずに終わりそうだった。
まあ、翌日に持ち込んでくれたりしなければそれでいいか。
明日も部活があるだろうし、そういう感情を正しく燃やしてくれればいいけど大抵は上手くいかないから。
「『最近仲良くしている男子』と言われた時点で嫌な予感がしていたんだよね、で、……思い出したらまたイライラしてきた」
「八代君ではないから僕のことか、はは、もしかして『あんな男子より俺の方がいいぞ』とでも言われたの?」
「そうだよ!」
ち、力強いな、銃が発砲されたような音が聞こえた気がする。
「ああもうむかつくっ、アタックでボールを顔面にぶつけてやろうか!」
「落ち着いて」
そのことで怒ってくれているのであれば尚更のことだ。
一応自分も関係している話だから止めなければならないところでは動かなければならない。
「……ごめん、今日は止まらないから則君のお家で休ませてもらうね」
「え? あ、自宅じゃなくていいの?」
「則君といないと気持ち良く寝ることもできないよ」
それなら家でゆっくり休んでもらうことにしよう。
布団ぐらいなら貸してあげられる、必要と言うならその場所に残ってもいい。
明日からは彼女の気分次第でいられるかどうかが変わるから過ごせる内に過ごしておくべきという考えもあった。
「はいどうぞ、布団を敷いておいたから」
「ありがとう、あ、ここにいてね」
「分かった」
それならこちらも休ませてもらうことにしよう。
まだ十五時半とかそれぐらいだから寝すぎてしまっても問題にはならない。
というか、少しでも長くいるためにその方がいいのかもしれなかった。
「いや待った、確かに寝すぎてしまった方がいいのかもしれないとか考えたけどさ」
それでも翌朝まで寝てしまうというのは問題だろう。
しかも西香いないし、ひとり寂しくここで馬鹿みたいに寝ていたということか。
「則男、起きてる?」
「友希か、西香は何時に帰ったの?」
その時間によっては相当アレなことになる。
というか、そうやって一緒の部屋にいる存在が動いたときに起きられないなんてどれだけ眠たかったのだろうか。
自覚していないだけでそういうことは沢山あるのか、自分のことなのにちゃんと把握できていないなんて怖いな。
「え、帰っていないわよ? 昨日の十八時ぐらいに起こしてご飯を食べてもらった後にお風呂に入ってもらったの、その後はさすがに付き合ってもいないのに同じ部屋で寝させるわけにはいかないから私の部屋で寝てもらったのよ」
「そうだったんだ」
「あとね、ここだけの話だけど西香さん、昨日はすごい慌てていたんだから」
慌てた? あ、もしかして僕の目の前で爆発してしまっていたからだろうか。
感情を表に出しすぎた後は僕も恥ずかしくなるから、それなら気持ちは分かる。
それかもしくは部活後で汗をかいていた状態なのに寝てしまったから……とかかもしれない。
「ちなみに歯ブラシとか着替えとかも一緒に取りに行ったのよ? 途中で西香さんのお家に泊まろうかと思ったけど則男を思い出してやめたけどね」
「なるほどね、邪魔してしまってごめん」
なんで起きなかったのか、どれだけ安心して寝ていたのかという話だ。
どんな小さなきっかけからだろうと結果的に恥ずかしいことになっている。
「いいわよ、則男は私に対して謝りすぎ!」
「そうだよ! 則君が悪いことなんてなにもないよ!」
「あ、朝だからもう少し静かにね」
「「あ、ごめんなさい……」」
まあいいか、って、いいのかなあ。
一度家に帰ったという話だからこのことを知らないわけではないだろうけど、付き合ってもいないのに泊まらせることになってしまったから。
寝ている間に友希がそうしたものの、この家に僕がいることには変わらないからあまり変わらないというか……。
「そ、それより本当に申し訳ないことをした、汗だって思い切りかいていたのにお布団で寝てしまったことを謝罪したい」
「気にしなくていいよ、どうせそろそろ引っ張り出して洗おうとしていたところだからね。一回も利用されていないのに洗うことになるより西香に使ってもらってから洗うことになった方が洗剤の無駄遣いという感じもしないからさ――っと、まだ眠たいのかな?」
「あ、私は部屋の片付けでもしてくるわね」
「うん、行ってらっしゃい」
うーん、いまのは正直微妙だった、結局汚れたから洗おうとしているみたいになってしまった。
こうして触れてきたのだってあのときみたいに友希が去ってからつねりたいからかもしれない。
「……あの子の前で則君といちゃいちゃしたいぐらいだよ」
「あれ、まだ引っかかっていたんだ」
「当たり前だよ、だって則君が馬鹿にされた――」
「それで西香が怒ってくれるのは嬉しい、だけど疲れちゃうのはちょっとね。今日も部活があるんだからここで終わりにしよう」
足が速かったりスポーツ全般ができる男の子は大体格好良かった。
小中学生のときにそういう子達といっぱい出会ってきたからイメージができる。
多分その子は容姿が整っていて、運動もできるからこそアピールをしたのだと。
「ふぅ、分かった、だけど言い忘れたことがあったからこれだけは言わせて」
「なに?」
「則君が好きっ、言いたいことも終えたから友希ちゃんのところに行ってくる」
「あ……」
どうせなら言い逃げはやめてほしかったけど。
でも、今日も朝からいい気分で過ごせそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます