第8話 合同訓練 その1
合同練習初日、ラディは体調不良で欠席した。
そのため、合同練習に参加する魔法少女はドラ、コオ、ラックの三人だった。
後は見るからに高価なカメラを肩に担いだハカセで、今日も魔法少女を撮る気満々なのは誰の目にも明らかだった。
そんなハカセにラックが冷めた視線を送るが、ハカセが凍りつく様子はない。
ラックがドラに視線を向ける。
「あの、ドラ、酔いを醒まして来た方がよかったんじゃない?」
ラックの常識的な意見をドラは鼻で笑った。
「何言ってんだ?この歳で魔法少女なんかシラフでやってられるかよ!」
その言葉に思わず頷きかけるラックだが、
「いや、でも、酔っ払って魔法少女の武器扱うのは危ないですよ?ねえ、ハカセ?」
ラックはハカセが同意するものと思っていたのだが、
「いや、大丈夫だ」
と想定外の答えが返ってきた。
「いやでも……」
「大丈夫だって。ドラ、みんな心配してるから見せてやってくれ」
「ったく。しょうがねえなあ。お姉さんが手本を見せてやるからよーく見てろよ!」
ドラが右腕にはめたブレスレットを左手で軽く叩いて一回転させてから右腕をぐっと天に向かって上げる。
「いくぞワイン!来やがれビールにウィスキー!」
これがドラの変身呪文のようでドラの変身が始まった。
ドラが一糸まとわぬ姿になり、変身時間経過と共に赤く染まっていた表情に変化が起きる。
酔っ払って赤かった顔色が元に戻る。
と、思ったのも束の間、再び顔が赤く染まる。
「いやーっ見ないでーっ」
ドラのかわいい悲鳴が訓練場に響き渡る。
「……さっきと真逆の事言ってる」
コオが呟き、ラックが頷く。
ドラの顔が再び赤く染まったのは酔いではなく羞恥心からだった。
さっきまでとは別人のように泣きそうな顔になりながら体を両手で覆い、迫るハカセのカメラから必死に体を隠そうとする。
コオとラックにはもはや慣れた光景なので、ハカセを止めるという考えが浮かばなかった。
それよりドラの変化が気になった。
「どうしたのかしら?さっきまでの強気な態度はどこいったの?」
「もしかして変身で酔いが醒めたのか?」
「その通り!」
ラックとコオのやりとりにハカセが割って入る。
当然カメラはドラに向けたままだ。
「変身中はバリアを発生させるだけでなく、状態異常も回復するんだ!その効果で酔いも一気に醒めるってわけだ。今の彼女ならアルコール検査にも引っかからない!」
「へえ」
「ハカセ、凄いな」
「当然じゃないか。魔法少女は美しく清潔でなければないらないんだからな!」
「だったらお酒飲んでるのもどうかと思うけど」
当然、ラックのツッコミはスルーされる。
結局、ドラは変身ポーズが取れず、変身に失敗した。
全裸少女を囲む者達。
この場面だけ見れば皆、即連行される状況である。
「ハカセ、どうするんですか?」
「大丈夫。ドラは一回で変身に成功した事ないから」
「……それ、大丈夫じゃないですよね」
ドラが丸まりながら瞳に涙をいっぱい溜めてハカセを睨む。
「ハカセっ、お酒を飲ませてあたしと交渉するのやめて下さいっ」
「ドラ、逃げちゃダメだ。どちらも君だよ。両方受け入れるんだ」
「ハカセは酔っ払ったあたししか受け入れてませんよねっ!?」
「俺は君ならシラフでも魔法少女を受け入れてくれると信じている」
「絶対無理ですぅっ」
「そう言いながらもう三回変身してるじゃないか。大丈夫だ。確実に一歩一歩前へ進んでいるぞ」
「……進んじゃいけない道じゃない、それ」
ラックの突っ込みはそのまま自分へも突き刺さる事に気づいていない。
「じゃあ、ドラの服が戻ってくるまで時間があるからボクらが変身しよう。な、ラック」
魔法少女として誇りか、単に羞恥心がないのか、はたまた露出狂なのか、コオは次は自分の番だとワクワクした表情をしていた。その勢いの押されながらラックが頷く。
「そ、そうね」
ハカセがドラにカメラを向けたまま二人に注意する。
「変身は一人ずつな。二人とも画面に入れることはできるが詳細がよく見えないから」
「見えなくて全然大丈夫です!」
「じゃなかった、正しいデータが取れない」
ハカセの失言にすかさずラックが食いついてくる。
「やっぱり!データと言いながら趣味で撮ってたのね!」
「ただの言い間違いだ。趣味がゼロとは言わないが変身データは必要だ」
「変身失敗した後は撮る必要ないでしょ!」
「データは多いに越したことはない。不要なら後で捨てればいい。要らないと思っても後で必要になる事はよくある事だ。君もわかる時が来る」
「く、……正論ぽくて反論できない」
「まあまあ、落ち着きなよ、ラック。ハカセは何を言ってもやめないよ」
「その通り」
「……」
「どうせ撮られるなら綺麗に撮って欲しいよボクは」
「コオ、あなたはポジティブね……」
「ははは。じゃあ、ボクから行くよっ」
「OK」
ハカセがカメラをコオに向ける。
こうしてコオ、ラックの順に変身した。
「見たかいドラ。彼女らの変身を。堂々と変身してただろう?」
「……お酒下さい」
二人の変身を目にして勇気?をもらったドラは戻って来た服を着て、再び変身に挑戦して今度は成功した。
ドラの魔法少女ギアは黄色を基調としている。
防御特化型で武器はメイスとシールドだ。変身完了時は共に背中にマウントしている。
「いいぞ!」
ご機嫌でカメラを向けるハカセ。
ドラはシラフに戻り、魔法少女の格好が恥ずかしくて顔を真っ赤にしていたが、カメラの視線に耐え切れず、背中のシールドを外すと前に構える。そして、
「シールド展開っ!」
ドラがそう叫ぶとシールドが展開して広がり、ドラの全身を覆った。
シールドが展開を完了すると酒樽になった。ドラは酒樽の中である。
「……ドラ、殻に閉じこもっちゃったけど?」
「ハカセがしつこく撮るからですよ!」
「彼女は魔法少女中、最強の防御力を誇るんだ」
ハカセはラックの抗議を聞き流し、誇らしげに説明する。
「それはいいんですけど……」
「メイン武器はちらっと見えたかもしれないが、ビール瓶状のメイスだ。盾も含めて全て彼女をイメージしたデザインだ」
ハカセはどこか誇らしげに説明する。
「確かにドラのイメージには合ってるかもしれないけど、魔法少女のイメージには合ってないような……」
「酷いぜハカセ!」
「ん?」
「そうよね、流石に……」
「ドラだけでカスタムし過ぎじゃないか!」
「えー?コオ、指摘するとこそこ!?」
「まあまあ。君達も要望があれば聞くよ」
「ホントかっ」
「じゃあ、変身時間を0.3びょ……」
「それは却下だ」
「何でよ!?」
理由をハカセではなく、コオが答えた。
「変身シーンは魔法少女の見せ場の一つだよ。尺の都合以外でカットなんてありえない」
「コオまで!?大体尺って何よ!尺って!それを言ったらモロ見せは逮捕されるわよ!」
「だから本番での変身は誰もいないところでするんだ。安易にどこででも魔法少女に変身しない処置でもあるって言っただろ」
「……納得いかない」
「そのうち慣れるよ」
「慣れたくないわ!」
「「……」」
「な、何よ?」
「別に」
「うん、何でもないよ」
さっきハカセがカメラを向けたとき抵抗なく変身したところを思い浮かべ、「もう十分慣れてるよ」と二人は思ったが口には出さなかった。
ドラは樽の中から出てくる気配は全くない。
中からは、「この歳で魔法少女ってありえないですぅ!毎回変身で裸見せるって無理ですぅ」とブツブツ声が聞こえる。
「で、どうするんですか?このままじゃ合同練習出来ないですよ」
ハカセがカメラを止め、ふむ、と顎に手をやる。
「そういえば神話に似たような話があったな」
「……それって天の岩戸ですか?」
「閉じ籠った神様を外に出すために宴会したってアレかな?」
「そうそう」
「それ逆効果じゃないですか」
「何故?」
「アレって確か裸踊りとかしたんじゃなかったですか?」
「君達にピッタシじゃな……痛っ」
ラックにハカセは殴られたが、初期設定によりパワーダウンしていたので大したダメージはない。
「ドラは魔法少女の姿もそうですが、変身で全裸になるのも嫌がってるんですよ」
「ここまで嫌がってるのによくつれて来れましたね」
「実は一番苦労してるんだ。彼女だけは魔法少女になる動機がないからな」
「動機ですか」
「そう。コオは魔法少女好きだから問題ないだろ」
「ああ」
「ラックは借金返済するまでやるしかない」
「……不本意ながらね」
「ラディは病気の治療もあるが、魔法少女をする事が今の彼女の生きがいになっている」
「はあ、そうなんですね。もっといい生きがいを見つけて……」
「で、ドラだが、その容姿が魔法少女向きだからとこちらから誘っただけだ。シラフの彼女は気が小さく大人しくてね、魔法少女に興味もなければ弱みも握っていないのでラックのように脅す事も出来ない」
「おいっ」
「じゃあ、どうやって説得してるんだ?」
「それは毎回礼儀を尽くして」
「本当に?」
「……お酒を添えて」
「酷い!それ酷い!」
「いやいや、彼女もわかって来てくれてると思うんだ」
「……怪しい」
「俺に出来る事はここまでだ。後は君達が彼女と友情を育み魔法少女の素晴らしさを教えてあげてほしい」
ハカセは強引に話を断ち切り彼女達に丸投げする。
「おお、いいじゃないか!そういうエピソードありそうだな」
「だろ?」
相変わらずポジティブなコオと対照的なラックは深いため息をついた。
「私も魔法少女の素晴らしさ知らないですけど……」
結局、ドラは樽から出て来ず、第一回合同訓練は終わった。
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