第5話 魔法少女の面接

 A子は指定された建物に向かっていた。

 そこは誰でも借りることが出来る会議室だった。

 時間前に到着すると、指定された会議室のドアを乱暴に開ける。


「よく来たな」


 A子を笑顔で迎えるハカセに対してAは怒りの形相をしていた。


「乱暴だな」


 そう言ったのはハカセの隣に座る女性だった。

 その女性は二十代後半くらいか、女性であるA子でさえ一瞬見惚れるほどの美人だったが、その表情は見る者に冷たい印象を与えた。


「まあ、そこに座りな」


 ハカセの勧めで、用意された椅子に乱暴に腰を下ろすA子。

 

「俺の隣に座る彼女は魔法少女の面接官だ」


 A子はチラリと面接官に目をやるがすぐにハカセを睨みつける。


「地味にいやらしいことするわね!妹は関係ないでしょ!」

「なんの事だ?」

「よくもまあ抜け抜けと!」


 ハカセから面接の連絡が来た時、A子はキッパリ断った。

 正直ギリギリまで悩んだが、裸を見られることに快感を覚えた自分に恐怖を抱いたのだ。このまま魔法少女をやれば人として大事なものを失ってしまうと。

 また、魔法少女お試しで貰った十万で滞っていた支払いを済ませた事も大きかった。親の借金返済の目処は立っていないが、別の方法を考える余裕が出来たのだ。

 だが、断った次の日、妹が泣いて帰って来た。

 聞けば、いつももらっていたパンの耳がもらえなかったのだ。

 別にA子としては、その行為を恥ずかしく思っていたのでこれを機会にやめさせようとしたのだが、聞けばパン屋がパンの耳をあげるのを断った理由が、「お姉ちゃんに聞いてくれ」だったのだ。

 A子はパン屋にいらないとは(まだ)言っていない。

 そこでぴん、と来た。

 ハカセが手を回したのだと。

 A子はハカセに連絡を取ろうとしたが、電話がつながず、疑惑が確信に変わった。

 そしてその後、どうやって調べたのかA子にメールが送られて来てこの場所を指定して来たのだった。


「なるほど。兵糧攻めしたのか」


 ハカセは人ごとのように言った。


「白々しい!」

「兵糧攻めは基本です」


 と答えたのは隣に座る面接官だった。


「あ、あなたがやったんですかっ!」

「ええ。では早速契約の確認をしましょうか」

「何が契約よ!私は魔法少女なんかしないって言ったでしょ!」

「おいおい。彼女を怒らせたらダメだ。この業界で生きていけなくなるぞ」


 ハカセが落ち着くようにA子を宥める。


「こんな業界で生きていけなくても全然構いません!」

「とりあえず契約だけでも見たらどうだ?気が変わるかもしれないぞ」

「そんなもの見たって……え?」


 それは一流企業の中堅社員並の給料だった。

 兼業可能で、もちろん学生もこのまま続けられる。

 条件が良すぎて逆に不安になるほどだった。


「どうだ?」


 A子からさっきまでの勢いがなくなる。


「で、でも……」


 悩んでいるA子に面接官の冷たい言葉が届く。


「嫌なら断ってもらってかまわない」

「おいおい……」

「私はこんな茶番に付き合っている暇はない。お前の代わりなどいくらでもいるのだからな」


 面接官のその言葉にカチンと来て、席を立つA子。

 

「では、他に犠牲者を探して下さい!」


 部屋を出ようとするA子に面接官の冷たい声が突き刺さる。


「まだ話は終わっていない」


 A子は振り返り面接官を睨む。


「魔法少女の話は終わったはずですけど!」

「その事ではない」

「じゃあ、なんです!?」

「お前が抱えている借金だが私達が立て替えた」

「……え?」


 A子は最近取り立てが来ないことを不思議に思っていたが、その謎が今解けた。


「今後は私達へ返済してもらうことになる」


 A子はさっきのまでの勢いはどこへ行ったのか、一気にトーンダウンする。

 

「あ、あの……」

「返済計画についてはこの部屋を出たところに黒服を待たせている。部屋を出たら彼らと相談してくれ」

「……あの、黒服って」


 A子はちらりとハカセに目をやる。

 

「だから彼女を怒らせるなって言ったんだ」

「……」

「ひとつアドバイスをするとだな、“一つ”なくても普通に生活は出来るが、だからといってお勧めしない」 

「あ、あの、それどういう意味でしょう?」

「……」

「ま、まさか、臓器売ってお金を作れ、って言ってるんじゃないですよね?」

「……」

「じょ、冗談ですよね?」

「お前が抱えた借金ほどではないだろう」

「わ、私が借金したんじゃないです!あのバカ親父が!」

「経緯に興味はない。話は以上だ」


 A子はその場に立ち尽くしたまま動かない。


「帰っていいと言っている」


 A子は涙目になりながら面接官を見た。


「……わかりました」

「何がわかったのだ?」

「やりますっ!やります魔法少女!十年でも二十年でもやります!やればいいんでしょ!」


 面接官はふう、とため息をつく。


「最初からそう言えばお互い無駄な時間を使わずに済んだのだ。私は学生のお前と違って暇ではないんだ」

「くっ……」


 A子が渡された契約書を見ると先ほどのものと異なっていた。

 給料が三十パーセント程下がっていた。

 A子が恐る恐る面接官に尋ねる。


「あの、さっきより給料が下がってるんですけど……」

「当然だ。最初とは状況が違う」

「ど、どういう意味ですか?」

「最初は私達からの依頼だったが、今はお前がどうしても魔法少女をやりたいというから契約してやるのだ」

「く……」

「高く売れる時に高く売る。機会を逃せば価値が暴落することもある。早めに社会勉強が出来てよかったな」


 呆然としているA子のに面接官は淡々と述べた。



「では、無事契約完了だな」


 その場で満面の笑みを浮かべているのはハカセのみだった。


「そうそう。契約書に書いてあったと思うが、魔法少女はみんなの夢を壊さないために彼氏を作ること、セックスすることは禁止だからな」

「……どっかのアイドルみたいですね」

「魔法少女はアイドルだぞ」


 敗北感を漂わせながらA子が呟くとハカセが不満顔で反論する。


「君はやりたい盛りだが我慢するんだぞ。あ、オナニーは馬鹿にならない程度ならしてもいいぞ」

「セクハラ!そんな事ばっかり言ってると……」

「言ってるとなんだ?」


 面接官の人睨みで萎縮するA子。


「あの、えっと……」

「今ならまだやめてもいいぞ。黒服もまだ近くにいるだろうからな」

「すみませんでした!」


 A子はその場に頭を擦り付けて土下座するのだった。

 こうしてA子は魔法少女となったのだった。



 ハカセ達が去り、一人その場に残されたA子はふと呟いた。

 

「……借金完済二十年って書いてあったけど、私、二十年も魔法少女やるの?その時、四十歳近いんだけど……」


 A子の疑問に答えるものは誰もいなかった。

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