第2話 必要にせまられて魔法少女 その2
「ご、ごめんなさい!」
「……ててて」
ハカセが腫らした頬に氷を包んだタオルを当てる。
「本当にごめんなさい!私、人を殴ったことなんて今まで一度もなかったのに、あの時は殴らないといけないという思いを抑えきれなくって……」
「なるほど。俺が君の初めての相手か……って、何だ、その構えは?」
A子はハッとして握りしめていた拳を下ろす。
「本当に初めてか?何度もやってんじゃないのか?」
「……その言い方やめてもらえませんか。違う意味で言ってる気がします」
「いや、なんか君、からかうの面白くてな、つい、な?」
「な、と言われても困るんですけど」
ハカセがははは、と笑う。
「あの……もう時間大分経ってますけど?」
「それは君が殴るからだろ」
「くっ……」
反撃したつもりがブーメランで返ってきて唸るA子。
「とはいえ、俺もいつまでもグダグダするつもりはない。さあ、そのブレスレットをはめて。あ、それとこのワイヤレスイヤホンも。どっちの耳でもいいからつけてくれ」
ハカセがポケットからイヤホンケースを取り出してA子に渡した。
「……わかりました」
A子がブレスレットを右腕に、ワイヤレスイヤホンを右耳にはめる。
ワイヤレスイヤホンから『接続完了』と女性の声が聞こえた。
一瞬、ブレスレットが光ったように見えたのでこのワイヤレスイヤホンがブレスレットと連動しているのだと気づく。
「今更ですけど私、魔法少女をやるような歳じゃないですよ」
ハカセがちっち、と指を左右に振る。
それを見たA子はムカっときたが我慢する。
「魔法少女っていうのはな、帰国子女みたいなものだ。帰国子女って男でもそう言うだろ。魔法少女もそうだ」
「一瞬納得しかけましたけど、やっぱり無理ないですか?」
「二十歳過ぎて魔法少女名乗ってもOK。俺が許す。ちなみに君はいくつだ?」
「……今の答えを聞いた後だと答えたくないんですけど……十八です」
「じゃ、全く問題ない。ささ、じゃあ始めるぞ」
「あの、」
A子の言葉を聞かず、ハカセは手にしたスマホをポチポチいじり始めた。
すると、
『装着者をゲストとして登録します』
そう身につけたワイヤレスイヤホンから声が聞こえた瞬間、
「痛っ!?何、今の!?」
A子がブレスレットをした腕を見る。
身につけたブレスレットの内側から針か何かが飛び出てちくっと腕を刺した気がしたのだ。
「大丈夫だ。認証用にほんのちょっと血をもらっただけだから」
ハカセは平然とした顔で言った。
ワイヤレスイヤホンからメッセージが流れる。
『血液採取完了、続いて生体認証設定中……設定中……完了。続いて身体簡易検査実施中……実施中……コレステロール値異常なし……性病なし……』
「な……」
「ん?どうした?」
「い、今とんでもないこと……」
「ん?」
「な、なんでもないですっ」
その後、色々結果報告があったが異常は見当たらなかった。
A子はハカセが自分のスマホを見ながら「異常なしだな」と呟いたのが聞こえた。
(も、もしかしてさっきの結果があのスマホに送られてる!?)
『……初期設定にて登録が完了しました。今より魔法少女への変身が可能です』
「え?変身が可能?」
まだ説明は続いていた。
『ようこそゲストさん。これより私があなたをサポートします。私を呼び出す場合は、「ちょっとちょっと」と呼びかけて下さい』
「……は?何その呼びかけ??」
『これより簡単な説明を行います。魔法少女に変身する呪文は「へーん、しん、とうっ」と、なります』
「はあ!?なんなのっ!?それっ、魔法少女の呪文じゃないでしょ!」
『なお、正式登録後に変身呪文の変更が可能となります』
「うそでしょ。その変身呪文、何か間違ってない?」
ブツブツ文句を言ってるA子にハカセが満足げな顔で話しかける。
「気に入ってくれたようだな」
「今の言葉とこの表情見て本当にそう思ってるなら病院行った方がいいです」
「心配してくれてありがとう」
「嫌味です嫌味!!」
「君が魔法少女に変身した姿を見るまで俺は病院には行けないな」
A子はどっと疲れが出た。
「さあ、変身するんだ!早く魔法少女になってくれ!」
「わかりました」
「あ、ちょっと待った!」
そう言ってハカセはスマホの録画機能をオンにして構える。
「OK!」
A子はため息をつきつつ、
「へーん、しん、とうっ」
と投げやり変身呪文を唱えた。
しかし、何も起こらず、ワイヤレスイヤホンからアラームが鳴った。
『変身ポーズが登録したものと異なっています。変身するには呪文、ポーズが登録したものと一致する必要があります』
「え?変身ポーズ?」
ハカセがポン、と手を叩く。
「ああ、そうそう。魔法少女って変身する時のポーズがあるだろ」
「そうでしたっけ?」
A子はどうでもいいような返事をする。
「そうそう、初期設定はこう、」
そう言って、ハカセは録画を一旦止めると両手両足を広げたポーズをとる。
いい大人が誇らしげな顔でやるポーズでは決してない。
「……あの、私、魔法少女がそんなポーズとってるの見たことないんですけど」
「ん?君、魔法少女に詳しくないって言ってなかったか?」
「あ、はい、詳しくはないですけど、そんな魔法少女いるんですか?」
「俺も見たことない」
「……」
「ほら、その拳を下ろして。君、短気だな」
「今、余裕ないんです」
ハカセが再びスマホの録画機能をオンにして構える。
「さ、ごー」
「はいはい。……へーん、しん、とうっ」
A子は呪文を唱え終わった瞬間、自分の体に変化が起きるのを感じた。
突然訪れた解放感。肌に直接空気が触れるような感覚。
A子は、ふと頭を下げ、自分の身に何が起こったのかわかった。
服が消失していた。靴も下着も何もかも。
素っ裸だった。
「うそっ!」
両手を体に触れると直に触った感触が伝わる。
幻覚はない、トリックでもない、間違いなく裸だった。
今、A子が身につけているものは右腕のブレスレットとワイヤレスイヤホンのみ。
A子はスマホを構えているハカセに気づき、慌ててその場にしゃがみ込む。
するとワイヤレスイヤホンからアラームが鳴った。
『警告、変身ポーズではありません。至急変身ポーズをとってください』
「ふざけんな!撮るな!」
A子は屈んでハカセのスマホから必死に体を隠す。
『警告、変身ポーズをとってください。現在のポーズでは魔法少女ギアの転送が出来ません』
「無理無理!」
「警告、変身ポーズをとって下さい。現在のポーズでは魔法少女ギアの転送に失敗する危険があります』
「だから無理って!ちょっと!服を返して!」
涙目で睨むA子にハカセはスマホを向けたまま、
「そのためにはまず魔法少女に変身しないとな。ちなみに変身が中断された場合、服とかは戻ってこないぞ」
と平然とした顔で言った。
「ほら、早く早く。変身ポーズをとるんだ」
「殺す!」
「なぜ?魔法少女になるって約束だろ」
「こんなの聞いてない!」
「俺が魔法少女について語ろうとしたのに『必要ない』って言ったのは君だろう」
「そ、それは……って、何後ろに回ってるのよ!」
「いや、俺の事は気にせず変身ポーズとるんだ」
「気にするわよ!ちょっとおしり撮らないで!」
「そう言われてもな。変身データを取りたいんだ。まだまだ実験データ足りないからな」
「嘘つけ!って、そんな近づくな!……あっ」
A子は焦って前のめりに倒れ込む。
ハカセにお尻を突き出した状態だ。
「いや、そんなサービスしてくれなくても……まあ、せっかくだから撮るけどな」
「いやっー撮るなー!」
そうこうするうちにワイヤレスイヤホンから無情な声が響いた。
『変身ポーズを確認出来ませんでした。安全のため魔法少女への変身を中止します』
全裸でうずくまってるA子の前に紙袋が置かれる。
ブレスレットとワイヤレスイヤホンはうずくまってる間にハカセが外していたので、今のA子は本当に何も身につけていない。
A子は物音に反応してゆっくり顔を上げる。
紙袋は全部で三つあった。
「……何よ?」
「服その他」
「……」
「こんなこともあろうかと代わりの服を用意しといたんだ。流石に裸じゃ帰れないだろ」
A子はハカセをジロリと睨む。その手にスマホがないのを確認して紙袋の中を覗く。
紙袋の中身はジャージの上下とコート、下着、それに靴だった。全て新品だ。
これらもブレスレットと同じく有名ブランド品だった。
「……私の服はどうなったの?」
「転送先にある。だが今日返すのは無理だな。君も今日この後用事があるんだよな」
「……」
「だから続きは後日改めてだな。これ、俺の名刺。リュックに入れとくぞ」
「……」
A子がノロノロした動作で服の封を切り、服を着た。
下着から靴のサイズまでまるで測ったかのようにピッタリだったが、そのことに疑問を持つ余裕はなかった。
「じゃあ、早めに連絡してくれ」
A子はハカセに返事をせず、部屋を後にした。
A子は帰りの電車の中で、平常心を取り戻しつつあった。
(……貞操は失わなかったけど、裸の動画撮られたし……でも、まあ、そうなることも覚悟はしてたから最悪の状況、ってわけじゃないわよね)
自分を慰めつつ、リュックの中からハカセが入れた名刺を取り出す。
(魔法少女研究所所長ハカセ、って、どこまで舐めてるのよ!)
A子はため息をついた。
(……また会いに行かないとダメ、よねぇ。お金は貰ってるから無視しても……あ、服……)
A子は自分の服装を確認する。
このブランド名が本物なら全部で十万は超えるだろう。
一方、着ていた服は定価で買ったものは一つもなく、全部合わせても一万程度だった。しかも相当使い込んでいるので、売り払ってもただ同然だろう。
(……まあ、私の写真付きで売れば、そういう趣味の人には高く売れるかもしれないけど)
そこで改めて思い出す。
ハカセには写真どころか全裸動画を撮られているのだ。これで無視したらあの動画をどう利用されるかわかったものではない。
そう思うと急に不安が込み上げてくる。
電車を降りるとすぐにハカセに連絡して、次の約束をしたのだった。
動画を拡散させないことを約束させて。
A子の家は築四十年を超える安アパートだ。
ドアを開けると、中から笑顔で妹が出迎えた。
「ねえちゃん、おかえりっ」
その笑顔を見ると嫌なこと一瞬でも忘れてさせてくれる。
「ただいま」
「ねえちゃんみてみて!」
満面の笑みで妹が手にしたものを両手で持ち上げる。
パンの耳がいっぱいに入った袋だった。
「あのね、ぱんやのおじさんがくれたのっ」
A子の目に涙が浮かんでくる。
(なんでそんなに嬉しそうな顔をするのよ)
「ねえちゃんねえちゃんっ、これでおかしつくってっ!ね?ねえちゃん?なんでないてる?」
「な、泣いてないわよ。それよりちゃんとおじさんにはお礼言った?」
「うんっ」
そんな妹を見てA子は、私は人生に負けるわけにはいかない、と思った。
「よし、今日はお外でご飯食べようか」
「ほんとっ!でもうちびんぼうでしょ?」
「大丈夫。臨時収入入ったから」
A子はリュックから財布を取り出し、万札を見せる。
「ねえちゃん、あやしいばいとしたの?」
「し、してないわよっ!そんな言葉どこで覚えたのよ!ばかっ」
A子は動揺を気づかせないようにぎゅっと妹を抱きしめた。
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