魔法少女はこうあるべきだ

鳥頭さんぽ

第1話 必要にせまられて魔法少女 その1

 彼女は繁華街を彷徨い歩いていた。

 彼女の父親が借金をこさえて消息を立った。

 その額は約一億三千万円。

 

 学費と生活費を稼ぐので精一杯の彼女に支払えるはずもない。

 借金の取り立てに人相の悪い男達が毎日のようにやってくる。

 

 死んでしまおうと思った事も一度や二度ではないが、その都度、残される妹のことが頭を過ぎり、行動を思い止まらせた。

 流石に妹を道連れにする気は全くなかった。


(……とにかくお金、稼がなきゃ。やっぱり風俗とか体を売るのが手っ取り早いよね)


 大学生の彼女にあるのは一般的な技能だ。特出した才能はない。

 少なくとも本人はないと思っている。

 だが、容姿だけはそれなりにいいと思っている。実際、モテる。

 それは親に感謝している。それだけは感謝している。

 取り立てに来た者も彼女の容姿を見て、いいバイトを紹介すると来る度に言ってくる。

 身一つで稼げると言ってるので、風俗やアダルトビデオの類だろう。

 彼女ももう借金を返すにはそれしかないと思っていた。

 他にも方法があるかもしれないが、毎日のように言われ続け、思考が固まってしまっていたこともあっただろう

 だが、体で稼ぐにしても取り立て屋の紹介だけはお断りだった。

 どうせするなら自分で選ぶ。それが彼女の最後のプライドだった。

 とはいえ、自分から応募する決心はつかなかった。

 そこで、夜のお店が多い繁華街を歩きスカウトを待つ、という消極的な作戦に出たのだった。


(……いつもなら、一人くらいスカウトが声をかけて来るのに、なんでこういう時に限って誰も声をかけて来ないのよ)

 

 彼女は精神的に追い込まれていたので、繁華街に来た時はどんなスカウトにもついて行く気だったが、時間と共に冷静さを取り戻し弱腰になってきた。

 そして、今日は帰ろう、そう思ったときだった。



「君、魔法少女にならないか?」


 そう声をかけてきた男は二十代後半といったところか。

 黒いトレンチコートの前をしめ、両手をポケットに突っ込んた男が真っ直ぐ彼女を見ていた。

 容姿は悪くないが、どことなく目つきが気になった。

 

「あの、どういう意味ですか?」


 彼女の問いかけに男は不思議そうな顔を一瞬したが、笑顔でもう一度言った。


「言った通りだ。君、魔法少女にならないか?」


 彼女はそういうプレイを専門でする店のスカウトだと思い、


「いくらですか?」


 と男に直球で尋ねる。

 男は少し首を傾げ、


「お試しで十万、でどうだ?」


 と言った。


(お試しってことはテストか何かをして、合格したら正式採用って事になるのかしら?)


「私、そういうの詳しくないですけど」

「これから覚えればいい」

「……じゃあ、いいですよ」


 彼女は一瞬迷ったものの、今日はそのためにここに来たんでしょ、と自分に言い聞かせた。


「では、場所移動しよう」


 そう言ってその男は先を歩き出した。

 


 男の後をついて行くと高級ホテルの前で立ち止まった。


「ここに部屋を取ってるんだ」


 彼女はてっきり男の店に行くものと思っていたのでちょっと驚いた。


(まずは自分で楽しむってこと?それともこの人、私が援交する気だと思ってた?)


 彼女は男に確認しようと思ったが、男はスタスタとホテルに入って行く。

 流石にこんな場所で内容を確認するわけにも行かず、彼女も覚悟を決めて男について行った。

 ホテルに入るとエレベーターに直行し、男がトレンチコートのポケットから部屋のキーであるカードをエレベーターに設置された受信機にかざす。

 エレベーターが到着したのはスイートルームだった。

 一泊十万は超えるのではないかという豪華な部屋だった。



 彼女が部屋の豪華さに圧倒されていると男が話しかけてきた。


「さて、さっきの続きだが、」

「え?あ、はい」

「ああ、その前に金を渡しておく」


 そう言って男は財布を取り出すと万札を十枚抜き取り手渡した。


「あ、はい……確かに」

 

 枚数を確認してリュックの財布に入れる。

 それを確認して男が話を始める。


「君は最近の魔法少女界についてどう思う?」

「は?魔法、少女界?」

「そうだ」


 彼女はマジマジと男を見るが冗談を言ってるようには見えなかった。


「あの、なんの話をしているんです?」

「魔法少女の話だ」


(え!?本当に魔法少女の話?確かにそう言ってたけど……)


「どうした?」

「あ、いえ、そうでしたね」

「ああ、俺の魔法少女についての考えを聞きたいのか?」


 男は説明したそうにそわそわしていたが、子供の頃ならともかく今の彼女は魔法少女などに全く興味がなかった。

 だから彼女は素直に即答した。


「必要ないです」

「そうか?」

 

 男は凄く残念そうな表情をする。

 彼女は自分が何か大きな勘違いをしているのかもしれないと思い始め、早くこの場を去る方法はないかと考えて時計を見た。

 その行動はとてもわざとらしかったが、男は気づいた様子はない。


「すみません、ここまで来てなんですけど私、この後用事があるの思い出して……」

「ああ、大丈夫だ。上手くできれば十分もかからない」

「え!?あなたそんなに早いんですか!?」


 彼女は自分がとんでもない事を口走ったと気づき、顔を真っ赤にしながら思わず口を手で押さえる。


「ん?」

「な、なんでもないですっ」


(や、やっぱりそういうことするつもりなんだわ!で、でも十分で済むって早過ぎない?……えっと、早いのかな?集中すればそのくらいで終わるもの?)


 彼女は経験がないので考えてもわかるはずがない。

 男はそんな彼女を気にする様子もなく、


「じゃあ、さっさと始めようか」


 そういうと男はトレンチコートを脱いだ。

 その下から医者や研究者が着る白衣が現れ、その姿に彼女は呆然とする。


「自己紹介がまだだったな。俺はハカセだ。よろしくな」

「ハカセ?」

「ああ。見ての通りの天才科学者だ」


 そう言って、白衣を手でばっとはためかせた。

 どこか誇らしげな表情をするハカセに彼女は呆れながらも内心ホッとしていた。

 これは風俗のスカウトでも援交でもなさそうだ、と。


(この人のお遊びに十分付き合うだけで十万ね。金持ちの道楽か。いいご身分よね。でもこれはラッキーだったわ)


 彼女は内心微笑む。


「君のことはなんて呼べばいい?」

「……じゃあ、A子で」

「なるほど少女Aか」


 A子は小さく頷いた。



「じゃ、早速だが、これはめてもらえるか」


 そう言ってハカセは白衣のポケットからブレスレットを取り出した。


「何ですか、それ」

「魔法少女に変身するアイテムに決まってるじゃないか」

「はあ」


 魔法少女の変身アイテムは千差万別だ。

 ステッキやコンパクトやスマホ、などなど。

 ハカセのイメージする魔法少女のアイテムはブレスレットだったようだ。

 A子はブレスレットを受け取り、観察する。


 魔法少女のブレスレットと聞くとオモチャのように思うが、このブレスレットのデザインは素晴らしく、大人が身につけていても全く違和感のないものだった。

 A子はブレスレットの裏側にあったロゴを見て、


「これっ、ブランド物じゃない!お、恐らく偽物だろうけど……」

「失礼だな。本物だ」


 A子は知らず口に出していたと気づき、慌てる。


「ご、ごめんなさい!で、でも本当ですか?本物なら数十万はするんじゃないですか?」


 A子は貧乏で、ファッションにお金をかける余裕はない。

 だが、それでも年頃の女の子。ウェブや雑誌(の立ち読み)や友達の付き合いで専門店に入ったこともあった。

 

「気に入ったようだな。魔法少女になってくれたら君のものだ」


 A子の心を見透かしたように誘惑してくる男。


「……別に欲しくないし。偽物に決まってるし」

「だから本物だ」

「……本当ですか?」

「ああ、本物の変身アイテムだ」


 ハカセの満面の笑みを見た瞬間、A子はハカセの顔面を殴っていた。

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