水巻さんちに挨拶

 化粧ばっちり、手土産オーケー。

 ピンポン♪

「あらあらあら。可愛らしい婚約者さんだこと」

 彼のお母さん。上品でマダムといった感じ。彼のお父さんはうちの両親よりも気さくな感じ。

「上がってくださいよ」

 家長の威厳はあまり感じない。奥さんが強い家庭なのだろう。

「英治さんとお付き合いさせていただいております牧村多恵です」

「息子から聞いていますわ」

 語尾に音符が付きそうなご機嫌な雰囲気を醸し出している義理の母になるはずの人。

「お嫁にしてください」

「いいわよ。ねぇ、あなた」

 旦那さんは一言。

「ああ」

 あっさり。

「本当に? あっさりしすぎでは?」

「あなたあそこの大学のご出身ですってね」

「はい」

 やはり学歴が駄目か。

「文学部の」

「私、あそこの大学の卒業生ですの。後輩にあたるのかしら」

文学部といっても多少、名前が変わったり、取れる資格が違ったりもあることだろう。卒業年が離れれば離れるほどに同じカリキュラムを学んだとは言い切れない。

そこを否定するのも失礼になるだろう。

「ええ確かに」

 歴史は長い学部である。一緒になることもあろう。

「会報、一緒に見ましょうね。ああ、教授のお話も聞かせてね」

 勉強熱心な方のようだ。

「母さん、話しすぎだよ。いくら大学の教授に成れなかったからって」

「そうなの?」

 まだまだ男尊女卑が強かった時代に大学出身で教授志望の方とは。

(素晴らしく才媛なのではないだろうか)

 部屋を見る限りとても趣味はいいらしく。

 実に私好みのご実家である。

 流石は先輩。


 にゃーお

「へ?」

 猫がそこにいた。

「このこ、にゃんもちっていうの。よろしくね」

「にゃんもちー」

 呼んでみると太ももあたりにスリスリしてきた。

背中を手で触れそうな距離であり心を許してくれているようだ。何とかうまくやっていけそうである。

「式はどのようになさるの?」

「うちの両親はウエディングドレスが見たいと」

「いいじゃない。ただうちは1か月前におおばあ様がなくなってしまっていて……」

「慶事は困りますか?」

「呼べる人はかなり限られるわ」

「残念だな。もっと盛大にできればよかったんだが」

英治さんは申し訳なさそうに提案してくれる。

「仕方ないな。写真だけでもいいからウエディングドレスを着させてあげたい」

「正式な式を挙げなくてもいいじゃない? 感染症の予防もあるし」

 義両親だけ呼んで写真撮るだけでも満足なのだ。

「そうしてくださると助かりますわ」

「相談してみますわ」

あっさりとした婚姻に際しての挨拶は終わってしまった。

これで両家の了承は取れた。また休日をすり合わせをして試着の準備である。

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