第42話 天秤にかけて……

「至誠ギルドは、結希明日斗くんに幹部の椅子を用意している」







「――ッ!?」

「我がギルドに加入してもらえるなら、君を幹部として迎え入れる。どうかな、至誠ギルドに加入してもらえないかな?」


 氷室の言葉に、全身が熱くなる。

 マスター自ら明日斗を――それも幹部として至誠ギルドに勧誘してきたのだ。

 それほど評価してもらえたことが、明日斗は嬉しかった。


 しかし、その熱は急速に失われる。


(十年後、至誠ギルドは魔物の軍勢と戦わなかった)


 どのような理由から、あの戦いに現われなかったのかは、わからない。が、いずれにせよ将来至誠ギルドは、天の魔物とは戦わない。


 ギルドに入れば、明日斗が自由に動けない可能性が高い。

 天の魔物に挑むなら、加入するわけにはいかない。


「大変ありがたいお申し出ですが、すみません。至誠ギルドには加入出来ません」

「理由を聞いても?」

「…………」


 将来天の魔物が現われた時に、至誠ギルドは戦わなかったから。

 ――なんて、言えるはずがない。


 明日斗は口をつぐむ。

 それをどう受け取ったか、氷室が続けた。


「たくさんのギルドから勧誘を受けているそうだね」

「ええ、ありがたいことに」

「もしかして、別の大ギルドからも勧誘を受けているのかな?」

「いえ、大手は至誠ギルドだけです」

「うーん。だとすると、うち程の条件を持ち出せるギルドはいないはず」


 すごい自信だが、間違ってもいない。

 至誠ギルドの条件を、そうそうに越えられる中小ギルドがあろうはずもない。


「もしかして、自分でギルドを立ち上げるつもりなのかな?」

「……」


 ギルドを立ち上げるという言葉を聞いて、一瞬、明日斗は神咲を思い出した。


 今回の彼女が、前回の氷血姫のように強くなるかわからない。

 ならば、ギルドを作って、その中で育て上げるのはどうだろう?

 そんな考えが、頭をよぎる。


 しかし、それはさすがに干渉しすぎだ。

 強くなるどころか、さらに弱くなる可能性もある。


 強さとは、与えられるものではなく、自ら望んで手に入れるものだ。

 無理矢理育てるよりも、彼女が望んだ時だけ手を貸す方がいい。


「ギルドを作る予定もないです」

「つまり、しばらくはフリーでいると?」

「そうですね」

「今回の条件を、次も出せるとは限らない。それでも、至誠ギルドに入るつもりはないのかな?」

「すみません」

「……きっと後悔するよ?」

「…………」


 目が合うこと、五秒。

 氷室がため息を付いて、かぶりを振った。


「わかった。きみの勧誘は諦めよう」

「すみません」

「いいよ。もし気が変わったら、すぐにここに連絡をしてほしい。それじゃあ、また会える日を楽しみにしているよ」


 名刺を差し出し、氷室が玄関から出て行った。

 その姿を見送ってたっぷり十秒数えた明日斗は、その場に大の字に倒れ込んだ。


「はあ……疲れたあ!」


 日本のトップランカーたる氷室青也を前にして、恐ろしく気力を消耗した。

 悠然と佇んでいるだけなのに、まるで隙がなかった。

 また、一瞬でも気を緩められぬほどの威圧感もあった。


(あれが、トップランカーか……)


 まるで、太刀打ちできる気がしない。

 それでもランカーの頂が――かなり遠いが、確かに見えた。


 前回はあまりに高すぎて、見ることさえ出来なかった。

 その頂が、見えただけでも成長が実感出来る。


「おい明日斗、奴の勧誘を断って良かったのか?」

「ああ。俺みたいな貧乏人が、大ギルドの幹部なんて柄じゃないからな」

「あいつ、きっと根に持つタイプだぜ」

「そんなわけないだろ。大ギルドのマスターが、俺みたいな木っ端を恨んでも、なんの益もないだろ」

「いいや、断言してもいいぜ。奴はきっと、お前に報復する」


 アミィの言葉に、明日斗はぞっとする。

 こわばった顔に満足したか、ケタケタ笑いながら部屋を飛び回るのだった。




          ○




 マンションの一室を借りてから、遠征の準備を終えるのに二日もかかってしまった。

 街にはまだスカウトや記者がうろついており、自由に闊歩出来る状態ではないためだ。


 また、マンションに入居したばかりということも、準備が遅れた理由の一つだ。

 何もない部屋で一晩眠った明日斗は、体中が痛くなってしまった。


 ベッドもなければ布団もないのだから、当然だ。

 またティッシュやトイレットペーパーがないのも問題だ。

 初めて一人暮らしということもあり、諸々の買い出しに時間がかかってしまった。


「必要最低限のものを買うだけでも、こんなにかかるのか……」


 ネットでハンター証の残高を見ながら、明日斗は重たいため息を吐いた。

 数日前まで七桁あったのに、いまや五桁にまで減ってしまった。


 これならば、ネットカフェで暮らしていた方がまだマシだと思ってしまう。


(まあ、ネカフェに入れなかったから、仕方ないんだけどな……)


 街中をとぼとぼと歩いているときだった。

 ふと、こちらに近づく人の気配を察知した。


「またか……」


 いい加減、スカウトにも記者にもうんざりだ!

 振り返った明日斗は、予想外の人物の姿に目を丸くした。


「神咲、さん?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る