第43話 全幅の信頼
「ゆ、結希さん、こ、こんにちは」
白のワンピース姿の神咲真生がいた。
勧誘しに来たスカウトだとばかり思っていた明日斗は、完全に虚を突かれた。
「先日は本当に、ありがとうございました」
「う、うん」
「おかげで、母は無事快方に向かってます」
「それは、よかったね」
「はい! 結希さんから受けたご恩は、いつか必ずお返しいたします」
「あー、あんまり気にしなくてもいいよ」
神樹の朝露は、オークションに出せば数百万は下らないアイテムだ。もし神咲の母に使わなければ、明日斗の懐に大金が転がり込んでいたはずだった。
だから朝露使用の対価を請求しても、倫理的な問題はない。
しかし、明日斗が神咲から頂きたい対価は、お金じゃない。
トップランカーになる未来だ。
そのために明日斗は命をかけてBランクゲートをクリアした。
だが今のままでは、神咲の母を救っただけだ。
(なにか、神咲さんに強くなってもらう方法はないか……)
明日斗が思考を巡らせていた、その時だった。
「結希さんに尋ねるなんて情けない限りですが、もしよろしければ、助言を頂けないでしょうか?」
「助言?」
「先日、アイム……私の天使と口論をして以来、一言も口をきいていません。もし向こうから話をしてきても、口を聞くつもりもありませんが――」
次の瞬間、神咲の体から鋭い殺気が漏れた。
自分を騙した天使のアイムをどれほど憎んでいるかが窺える。
その殺気、冷たい表情たるや、前回の氷血姫を彷彿とさせた。
「これではハンターとしての指針が得られず、困っているところでして」
「ああ、なるほど。神咲さんは強くなる方法が知りたいのか」
「はい。スキルやステータスの振り方など、自己判断で進めるよりは、結希さんに意見を聞いてから決めた方がいいかと思いまして」
ハンターとしての、序盤の育成方針は、ネットで公開されている。
だが神咲の天性に合った方針は、現時点において一切情報がない。
それは彼女の天性が唯一であるせいだ。
(丁度いい)
これなら天使から一切邪魔されずに、最強ハンターへのルートを助言出来る、大義名分が得られる。
「了解。俺でよければ力になるよ」
「あ、ありがとうございましゅ!!」
「……しゅ?」
「おほん。つきましては、ス……スマホの通話アプリの友達とうりょくをしていたただければと思いましてございます!」
盛大に舌を噛んだ神咲が、両手で掴んだスマホを突き出した。
ちらり覗いた耳が、やけどをしたかのように真っ赤になっている。
まるで頭からプスプスと立ち上る湯気が見えるようだ。
「……神咲さん、落ち着いて」
「しゅみません」
「ええと……はい、俺の友達ID」
「ああ、ありがとうございます!!」
IDを交換し、神咲と通話チャットが繋がった。
<初めまして結希さん。宜しくお願いします>
<宜しく神咲さん>
<一つお願いがありまして、出来れば「さん」づけをやめて頂ければと。私の方が年下ですから!>
<ああ、確かにそうだね。じゃあ、宜しくね神咲>
<はいっ!>
氷血姫と通話アプリで繋がる日が来るなんて……。
神咲と軽くチャットをしながら、明日斗は感慨に浸っていた。
まるで芸能人と友達になったような感覚だ。
<それじゃあ最初の質問。神咲の天性を教えて>
<剣聖です>
「おお……」
わざとらしく聞こえないよう、明日斗は注意深く驚きの表情を作った。
<剣聖って、他にはいないんじゃないかな>
<そうなんです。だから、ネットでも情報が出てこなくて……>
神咲の天性が剣聖であることを、明日斗はあらかじめ知っていた。
前回、氷血姫が包み隠さずネットに情報をアップしていたからだ。
ハンター活動をする上で、情報は有力な武器である。
『自分だけ知っている攻略情報』というものには、とてつもない価値が生まれる。なぜならこれがあることで、周りを大きく突き放せるからだ。
しかし神咲は自前の情報を隠すことなく、ネット上に掲載し続けた。
自分の天性も、剣聖の育成方針も、すべて公開していた。
(自分と似た境遇のハンターを救いたかったのかもな)
さておき、神咲の育成方針だ。
これは過去に何度も見たことがある。〈記憶再生〉を使わずとも、完璧に思い出せる。
<筋力2体力1敏捷2感覚1の割合でステータスを振っていくと良いよ>
<ふむふむ...〆(.. )>
<もしゴールドに余裕があれば、スキルスクロールの013245番、005875番を確保しておくといいよ>
<はい、買いました!>
「早ッ!」
画面を見て、明日斗は思わず声を上げる。
今のはあくまで助言のつもりであり、実行するかしないかは神咲に委ねられている。
多少考慮してくれるとありがたいとは思っていたが、まさか即座に実行するとは……。
明日斗に悪意は一切ないが、悪意ある者が現われたらまた騙されるんじゃないかと不安になる。
「か、考えた方が良かったんじゃない?」
「いえ、結希さんの言葉なら間違いありませんから!」
「……全幅の信頼が怖い」
うっかり間違えようものなら、神咲の人生を駄目にしてしまいそうだ。
さすがに、そこまでの責任は負いたくはない。
(そういえば、神咲がここにいたのって……偶然、だよな?)
まるで、狙っていたかのような登場に、明日斗は反射的に疑念を抱く。
ここ数日、スカウトや記者に追いかけ回されたせいだ。
「まっ、そんなわけないか」
いくら天才ハンターでも、大都会東京の中から目的の人物を探し出す力はないはずだ。
だから、たまたまだろう。
そう、明日斗は自分に言い聞かせるのだった。
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神咲「偶然ですよ(棒」
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