第40話 大きな決断
「結希さんだ!」
「結希さん、初めまして私は――」
「馬鹿どけ、俺が最初だ!」
「押すな、押すな!!」
普段使っている格安ネットカフェの前に、スカウトがごった返していた。
どうやらハンター協会から、明日斗を追いかけてきたようだ。
「うわ、まじか……」
想像していなかった事態に、頭が真っ白になる。
それでも体は自然と動いていた。
スカウトの波をひらひら躱しながら、ネットカフェの中へと入っていく。
フロントで受付用紙に名前を記入すると、受付係が困惑した表情を浮かべた。
「ああ、あなたが結希さんでしたか」
「え、はい、そうですけど……?」
「外の人達が入り口を塞いで困ってるんですよ。中には、うちに入り込もうとする人もいて……」
「それは、大変でしたね」
「結希さんのせいではないとはわかっているんですけど、他のお客様のご迷惑にもなってますし、しばらくの間、当店をご利用しないでいただけませんか?」
「なん、だと……!?」
明日斗はまるで、頭を巨大な金槌で打たれたような衝撃を受けた。
店員の言葉はかなりオブラートに包まれているが、端的に言えば入店拒否だ。
「参ったな……」
いつも使用している宿代わりのネットカフェが、使えなくなってしまった。
しかし、ネットカフェなど東京には無数にある。
「まあ、他を当たればいいか。別に、ここじゃなきゃ泊まれないわけじゃないからな」
気持ちを切り替え、なじみの店を後にする。
だが、状況は意図せぬ方向に転がり落ちていく。
「結希さん、日本で最速のCランク到達ということですが、どのようなお気持ちでしょうか!?」
「三大ギルドが勧誘に前向きだという情報が入っていますが、結希さんはどこに興味がおありですか?」
「現時点で、どこのギルドに入るか決めていらっしゃるのでしょうか?」
「結希さん、こちらに視線くださーい」
ネットカフェの前で張っていたのは、スカウトだけじゃなかった。
新聞紙や週刊誌、ネットニュースを書いている記者、それにテレビクルーもいた。
一人が明日斗を見つけたら、周りにいる記者たちが一斉に集まってくる。
「一体どうなってんだ……!?」
一斉にボイスレコーダーを向けられ、体が硬直する。
いくつも質問を投げかけられるが、頭がおいつかない。
「ケケケ。まるで有名人だな!」
「どちらかといえば犯罪者にでもなった気分だ」
自分に向けられるマイクは、さながら銃口だ。
真剣なのはわかるが、いきなりマイクを向けられた本人は良い気分はしない。
一瞬の隙をつき、全力で包囲網を突破。
明日斗は路地裏へと逃げ込んだ。
そこから明日斗は、今夜宿泊出来るネットカフェを探した。
だがどこへ行こうとも、入り口の前にはスカウトか記者が張り込んでいて、中に入れそうにもなかった。
たまに、見張りがいないお店もあった。
だがそこは既に満席で、泣く泣く店を後にした。
「人気者はつれぇな!」
「やめてくれ……」
ネットカフェから出入り禁止を食らってから、ずいぶんと時間が経った。
現在明日斗は、新宿にある花園神社の一角に身を潜めていた。
日が沈んだというのに、未だに繁華街にはスカウトと記者が張り込んでいて、迂闊に表を歩くことさえ出来ずにいる。
「そもそも、なんでこうなったんだ……」
明日斗はまだ名前も知られていないハンターだ。
実績もなければ経験も浅い。
今日までほとんどのギルドはノーマークだったはずだ。
にも拘わらず、今日、途端にスカウトに追い回されるようになったのは、銀山まことが言っていた『不埒な輩』に関係があるのだろう。
ハンターライセンスを取得する際に記入する住所欄に、明日斗はネットカフェの住所を書いていた。
スカウトが店の前で張り込んでいたのは、この個人情報がハンター協会から漏れたからだ。
「俺の情報を漏らした奴に会ったら、文句言ってやる」
打開策がひとつも見つからぬまま、明日斗は花園神社の片隅で一夜を明かすことになったのだった。
翌日。朝日が昇ると同時に明日斗は決断した。
「決めた。マンションを借りる」
「おお、やっと腹くくったか。でもなんで決断したんだ? 昨日までは、ネカフェで十分みたいな感じだったじゃねぇかよ」
「これじゃあしばらくネカフェに泊まれないだろ。もしネカフェに泊まれるようになっても、そこに人が押し寄せたら、また同じ事を繰り返すし」
自分の部屋があれば、今日みたいに外で夜を明かす心配はなくなる。
また、ハンター向けの高セキュリティマンションであれば、自宅前に侵入されるリスクを最小化出来る。
「お前に大金が払えるのか?」
「それはもう……しょうがない」
本来ならば、お金は出来るだけ使いたくはない。
だが、休憩を取らないと満足に戦えなくなる。
いくらレベルが上がったとはいえ、一日逃げ回った明日斗の体はくたくただった。
これでは下位ランクのゲートでも、不覚を取って死にかねない。
(これは先行投資……。また稼げばいいさ)
そう自分を慰めながら、明日斗は不動産屋へと向かうのだった。
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