第39話 急変の予兆はすぐそこに

「もしかして、ギルドの関係者が入り込んでるのか?」

「その通りだね」

「どれくらい?」

「大勢」

「おいおい、ハンター協会は大丈夫なのか?」

「我が会社ながら、恥ずかしい限りだよ」


 まことががっくり肩を落とした。

 止めようとはしてるけど、止められないのだろう。

 無理もない。

 いまやハンターは強大な力を保有するようになった。


 ハンターの協力なくして、身の安全の保証はない。

 その立場を悪用されると、


『魔物に襲われても助けてやらないからな』


 相手がグレーゾーンに足を踏み込んでも、咎められない。


 ハンターが出現してからまだ五年。

 即席で作られた法律ではコントロールが効かず、力関係が歪になっている。


 その歪みを目の当たりにして、明日斗は胸がモヤモヤとする。


(そんなことしてる場合じゃないだろ……)


 十年後には、破滅の未来が待っている。

 くだらないことをしている暇があるのなら、今から全力で強くなって欲しい。


「さて、ここから外に出られるよ。この通用口は納品業者しか使えないんだけど、今回は特別だ」

「ありがとう。助かったよ」

「いいさ。そうそう、君の新しいハンター証を授けよう」

「おっ、さすが、気が利いてるな」

「惚れるなよ?」

「惚れんわ」


 まことから、Cランクと書かれたハンター証を受け取る。

 これで壁の外に出られる。


「君の大成長は、友人として大変誇らしいよ。今度、飲みの席で君の冒険譚を聞かせてくれたまえ」

「冒険譚、ってほどのもんじゃないけどな。それじゃあまた」

「ああ」


 まことに手を振り、裏口から出た明日斗は、なるべく人目の付かない道を歩いて繁華街に向かった。


 後ろから付いてくる人の気配は感じない。

 どうやらギルドのスカウトを完全に撒いたようだ。


「そんで、これからどうすんだよ?」

「外地に向かう準備をする」

「外地って、なんだ?」

「壁の外だよ」

「へえ、この世界には壁なんてあるのか」

「元々はなかったんだけどな。ゲートのせいで、作らざるを得なかったんだよ」


 第一次アウトブレイクで覚醒したのは、たった数万人。

 その人数では、日本全土を守り切れない。

 そのため、政府は最低限防衛出来る土地を壁で囲い、外の土地を切り捨てた。


 内地はゲートが発生しても、即座にハンターが攻略する。

 だが外地は、ほとんどのゲートが放置され、ブレイクし続けている。


 今後は第三次、第四次アウトブレイクによってハンターが急増。

 それにより奪還作戦が行われて、多くの土地を取り戻すことになるが、今はまだ奪還作戦を行えるほどの人材がない。


 さておき、外地に遠征するための保存食を買い込んでいく。

 食糧は味より栄養重視で購入。

 水は嵩張るので、仕方なくゴールドショップで購入した。


「お金が、ない!」


 財布の中を見て、明日斗はため息をこぼした。

 もうお札が残っていない。


「これじゃあ今日は野宿だな……」

「ん、金ならあるだろ」

「どこにだよ」

「お前、自分がなにをしてきたのかも忘れたのか?」

「んん? ……あっ!」


 アミィに指摘され、気がついた。

 先日明日斗はBランクのゲートを攻略しており、そこで手に入れた魔石はまだ、換金していなかった。


「完全に忘れてた」

「お前、時々ものすごくうっかりするよな」

「仕方ないだろ。あれだけの魔石を手に入れたことないんだから」


 長年持たざる者だった明日斗は、例えなにかを入手しても、無意識に『自分には何もない』と考える癖が付いてしまっていた。


(良い癖なんだか悪い癖なんだか。まあ、〝ないものをあると勘違いする〟よりはいいか)


 魔石が詰まった鞄を格安コインロッカーから引き出し、一路魔石買取店へと向かった。




「ふぅ……ふぅ……」

「おい、落ち着けって。もう盗人を警戒するようなレベルじゃねぇだろ」

「い、いや、わかってはいるが、大金を持ってると落ち着かないんだよ」

「これがCランクのハンターか……。情けねぇ」


 鞄を胸に抱えて周囲をキョロキョロと見回す明日斗に、アミィが心底あきれたため息をついた。


 第一次アウトブレイクから五年経った現在、ハンターのボリュームゾーンはEからFランクだ。

 Cランクともなれば、ハンターの中では上位一%未満。

 一流と呼んで差し支えない実力の持ち主である。


 たとえDランクのハンターが束になっても、そう易々と倒されるレベルではない。

 にも拘わらず、大金を手にしただけで他人からの襲撃を恐れているのだ。

 呆れるのも無理はない。


 現在、明日斗の鞄にも財布にも、札束は入っていない。

 理由は魔石の買取り金額が高額だったためだ。


 一度の買取額が十万円を超える場合、お金はデジタルマネーとしてハンター証に振り込まれる。


 デジタルになることで、ハンター側も店側も大金を持ち運ぶ労力やリスクがなくなり、国側も税金の一元管理が出来る。

 無論、金融機関に行けばデジタルマネーを現金に換えることも可能だ。


 明日斗のハンター証には現在、五百万円が入っている。

 下手をすれば、前回の日雇い労働で稼いだ総額よりも多いかもしれない。


「し、仕方ないだろ。こんな大金持ったことないんだから」

「にしても、もう弱小ハンターじゃねぇんだからよ、いい加減慣れろよ」

「む、ぐ……」


 Cランクともなれば、一度のハントでこれくらいの収入が当たり前だ。

 お金に慣れろというアミィの指摘は至極当然で、反論の余地もない。


「……努力はする」

「さいですか。んで、これからどうすんだ?」

「今日は朝が早かったし、少し早いがネカフェに行く」

「あそこか……」

「なんだ文句か?」

「いや、家を借りないのかと思ってな」

「うーん……」

「これからハンターやってくなら、自分の家は重要だぜ? 武具とかアイテムの保管場所にも出来るしよ。でも、あそこは置き場がねぇだろ? それにセキュリティもねぇ」

「たしかに。でもなあ……」

「何を悩むことがあるんだよ?」

「部屋を借りたら、ドリンク飲み放題付きがなくなるんだよ」

「どうでもいいわ!」


 明日斗のジョークに、アミィが肩を怒らせた。


 明日斗としても、このままネットカフェに居続けるつもりはない。

 いつかは部屋を借りようとは思っている。


(でも、今じゃないよな)


 少なくとも現在は、保管場所が必要なほど武具やアイテムを所持しているわけではない。

 コインロッカーでも十分間に合っている。


 おまけに現在は四月。まだまだ家賃が高止まりしている時期だ。


 あと1、2ヶ月も待てば、少しずつ値段が落ちてくる。

 いま慌てて探すよりも、少し様子を見たほうがいい。


 ――そう思っていたのだが、事態は突如急変した。

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