第38話 旧友との再会

「何も起こらなかったな」


 鑑定室を後にした明日斗は、結果が書かれた紙を眺めながら、ぽつりとつぶやいた。

 鑑定の結果は、無事Cランクオーバーだった。


 システム上Cランクなのでこの鑑定は当然の結果だが、ランクの不正を疑われて取り消される可能性もあった。

 ひとまずは、結果取り消しの可能性がぐんと低くなった。


「あとはハンター証を無事受け取るだけだが……ん?」


 一階に到着した時、受付フロアが騒がしいことに気がついた。


 なにか事件があったのか?

 ゲートのブレイク、ハンターの傷害事件、魔物の襲来。

 明日斗は記憶を探るが、それらしい情報が思い当たらない。


(まあ、いっか)


 新しいハンター証をもらいにカウンターに向かった、その時だった。


「来たぞッ!!」

「結希さんだ!」

「押すな、押すな!」


 フロアに居たスーツ姿の男女が、明日斗の顔を見るなり一斉に群がってきた。


「なんだこれは?」


 状況に思考が追いつかない。

 一旦落ち着こうにも、押し合いへし合い状態で、身動きが取れない。

 まるでバーゲンセールの商品にでもなった気分だ。


「結希さん、炎の剣ギルドですが――」

「蒼天の霹靂ギルドに興味はありませんか!?」

「馬鹿野郎、横入りしてんじゃねぇよ!」


 群がった人が差し出した名刺が目に入った。

 そこで明日斗はやっと、彼らがギルドのスカウトで、自分が勧誘を受けていることに気がついた。


(すごい、こんなに勧誘を受ける日が来るなんて……)


 あらゆるギルドにスルーされた前回の人生からは、全く考えられない快挙だ。

 明日斗は胸がじんとする。


(しかし、どうして俺はいきなり、こんなに勧誘されてるんだ?)


 彼らの前で力を見せつけた覚えはまるでない。

 であるなら、情報発信源はハウンドドッグか?

 一瞬考えて、すぐに否定する。


 彼らにとって、自分たちの汚名は――表に出れば地盤が揺らぐ――真っ先に闇に葬りたいものだ。

 わざわざ明日斗の情報を、他に流すとは思えない。


 ――ではどうして?


 明日斗が考えていた、その時だった。


「明日斗、こっちこっち」


 声が聞こえ振り返ると、手招きをする懐かしい人物が目に入った。

 その瞬間、明日斗は全力で移動。

 一瞬でその人物の下に到達する。


「ここから出るよ」

「あ、ああ」


 言われるがまま、明日斗は関係者通用口からフロアを脱出する。

 その後ろでは、


「あ、あれ?」

「結希明日斗さんが、消えた?」

「くそっ、フリーの高ランクハンターを引き入れるチャンスが!」


 明日斗の移動を目で捉えられなかったスカウトたちが、きょろきょろと辺りを見回し困惑するのだった。




「大変だったね、明日斗」

「手間をかけさせて悪かった」

「気にしない気にしない」


 通用口を進みながら、明日斗はなんとも言えない気持ちがこみ上げていた。


(……まさか、またこいつに会えるとは)


 明日斗はぐっと奥歯をかみしめた。


 目の前にいる人物は、ハンター協会職員の銀山まことだ。


 まこととは中学生からの友人で、卒業後も時々連絡を取り合っていた。

 第一次アウトブレイクで両親を失った後も、ハンターになってからも、明日斗を度々支援してくれた。


 落ち込んでいる時は、お酒を奢ってくれたし、何時間でも愚痴に付き合ってくれた。

 なのに、まことは明日斗に対価を求めたことは一度だってなかった。


 もし『親友を一人上げるなら?』と答えたら、明日斗は真っ先にまことの名を上げる。

 弱い自分を素直にさらけ出せる、唯一無二の存在だ。


 前回、明日斗がハンターになってから、二年後のことだった。

 スマホにまことから電話がかかってきた。しかし当時明日斗のスマホは画面が割れていて、操作が上手く出来ずに電話を取り逃した。


 なんとか画面を操作して折り返し電話をかけてみたが、電話は繋がらなかった。

 その翌日、明日斗はまことが自殺したことを知った。


 何故自殺したのか、理由がまったくわからなかった。

 悩んでいるそぶりをまったく見せない奴だったからだ。


 でももし、あの時電話を取れていたら、まことを救えたかもしれない。

 あの時、スマホの画面が割れていなければ、せめて壊れたスマホを修理出来るくらい、お金があれば! そう、悔やまない日はなかった。


 あの日失ったまことが、いま目の前で、生きている。

 後ろから肩に手を伸ばし、しかし思い直して引っ込める。


(自分はいま、一体何をしようとしていた?)

(まさか、『あのとき自殺を止められなくてごめん』とでも言うつもりだったのか?)


 さすがにそれはとんでもない失言だ。

 まことはまだ自殺してはいないし、しようと思ってすらいないかもしれないのだ。


 それに、すぐそこにはアミィが控えている。

 おかしな行動を起こすべきではない。


 明日斗は己の迂闊な行動を反省する。


「……助かったよ、まこと。ありがとう」

「いやあ、謝るべきはこちらの方でね」

「ん、何がだ?」

「ハンター協会内部に、君のランク情報を漏洩させた不埒な輩が大勢いたんだよ」

「あー、だからギルドの勧誘があんなに群がってきたのか」

「ご名答」


 まことがパチンと指を弾いた。


 基本的に、ハンターの個人情報はハンター協会が厳格に管理している。

 外部に情報を公開する時は、本人の同意を得なければいけない。


 今回、明日斗はランクの公開に同意していない。

 完全に情報漏洩だ。


 この状況、ハウンドドッグが明日斗の居場所を突き止めた件に似ている。


「もしかして、ギルドの関係者が入り込んでるのか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る