第37話 プロローグ Cランクへ
「悪人、結希明日斗、おれと勝負っす!」
「……はい?」
真っ昼間の都内某所の、ひと気の多い通りのど真ん中。
明日斗は突如現われた青年に指を突きつけられた。
青年は全身鎧を身に纏い、左手には胸丈ほどもある大きな盾を装備している。
その防具だけで、初心者ハンターでないことがわかる。
「……なんだコイツは。お前の知り合いか?」
「いいや、顔見知りですらない」
呆れた様子のアミィに、明日斗はかぶりを振った。
顔見知りでないのは事実だが、盾男の顔と名前はよく知っている。
明日斗が死に戻る前の底辺ハンターだった頃、彼の姿はテレビやネット動画でよく目にしたことがある。
神咲真生率いる、私滅ギルドのナンバー2、館川正義。
敵に単独で突っ込んでは、あらゆる敵の攻撃を跳ね返し、アタッカーのために憎悪を稼ぎ続ける。どのような戦場でも必ず生き残った、日本最強の盾士の一人だ。
そんな彼が、何故いま明日斗に絡んできているのかが、さっぱりわからない。
「何故こうなった……」
目頭をもみながら、明日斗は〈記憶再生〉スキルで、瞬時に過去を思い出す。
○
神咲の母を救った後。明日斗は次に攻略するゲートを、福岡にある吉武高木遺跡に決めた。
今から丁度二ヶ月後くらいに、この遺跡で新たなゲートが発見される。
ここで手に入るアイテムが恐ろしく強力で、持っているだけでも有利になるスキルも付与されている。
今後、最強のハンターを目指す明日斗にとって、なんとしてでも入手したいアイテムだ。
しかしながら、アイテム獲得するためにはクリアしなければならない問題が三つある。
一つ目は、移動手段。
二つ目は、外地に出る権利の確保。
三つ目は、ゲート出現のタイミングがわからないことだ。
(一つ目の問題は簡単だが、面倒なんだよな)
第一次アウトブレイク以降、交通網はズタズタに破壊さている。そのため、車や新幹線での移動は不可能だ。
長距離移動の手段として、飛行機は残っている。しかし搭乗チケットが高額すぎて、貧乏人には手が届かない。
幸い、時間には若干の余裕がある。
特訓もかねて、歩いて行けば良いだろう。
(二つ目は目処が立ってるが……)
首都圏は外壁で囲まれており、市民のほとんどがこの中で生活している。
壁の外は常に魔物に襲われる危険があるため、Cランク以上のハンターでなければ外地に出られない。
明日斗はステータス上ではCランクなので、外地に出る基準は満たしている。
問題があるとすれば、ハンター協会でランクを更新出来るかどうかだ。
(まず不審がられるだろうな)
覚醒してから3~4日でCランク到達は前代未聞だ。
どのような疑念を持たれるか、まるで見当もつかない。
少し時間を置きたいが、三つ目の問題がそれを許さない。
(せめて出現日時さえわかっていればな……)
明日斗が知っているのは、ゲートの出現日時ではなく、アイテムの入手報告日だ。
二ヶ月はあると余裕を見ていては、ゲート出現に到着が間に合わず、他人にアイテムを獲得されかねない。
「……仕方ない。ランクアップの申請をするか」
ため息ひとつ付いて、明日斗はハンター協会へと向かうのだった。
○
第二次アウトブレイクで覚醒したハンターの登録鑑定に終わりが見えてきたラボの中。
やっと一息つけたと、技術主任は椅子に深くもたれかかった。
「主任、よろしいですか」
「どうした?」
「先日、登録鑑定でFランクだったハンターがいたのを覚えていますか?」
「うんうん、覚えてるよ。それがどうしたの?」
何の話かまるで見当が付かない。
主任は冷たくなったコーヒーを一口すする。
「先ほど、そのハンターがランク再鑑定に来まして――」
「うんうん」
「Cランクになってました」
「――ブッ!!」
突飛もない鑑定結果に、口に含んだコーヒーを吹き出した。
「主任、汚いです」
「す、すまん。で、鑑定結果は本当に?」
「はい。念のため、別のシステムでも測定しましたが、結果は同じでした」
「それはそれは……」
覚醒してからたった数日で、Cランクまで成長したハンターなど、世界でもあまり例がない。
(一体、どうなっているんだ?)
公式記録では、最も早くCランクに到達した者でも一年はかかっている。
それを、たった数日で到達したとなると、イレギュラーにしても飛び抜けすぎている。
もはや人間かどうか疑わしいレベルだ。
(機械の故障……ってわけでもなさそうだな)
ハンター協会にある設備は、システムが定義するランクの波長を読み取って鑑定する。
多少の誤差が出ることはあるが、九割型信頼出来る設備だ。
さらに別のシステムも使ってダブルチェックした結果Cランクだったのなら、理論上は鑑定結果に間違いはない。
「……となると、本当にCランクになったのか、あるいは大手ギルドに育成してもらったのか。はたまたランクを誤魔化すスキルがあるのか、だな」
「ランクを誤魔化す!? しゅ、主任、上に報告した方が良いのでは?」
「ああ、そうするよ」
「鑑定結果はどうしますか?」
「そのまま事務に出しておいて」
「でも、もしランクを誤魔化していたら――」
「それを判断するのは上だよ」
「明らかにおかしなランクが出てるのに、何もしないんですか!?」
「ボクは研究者だからね」
明らかにおかしい結果が出ても、ただそれだけで結論を出す者は、もはや研究者ではない。
モンティ・ホール問題の例にある通り、人間の感覚は当てにならない。
だからこそ研究者は、感覚で答えを出してはいけないのだ。
『お前は研究者か?』
暗に臭わせた言葉に、胸を刺されたような顔になる。そんな部下を尻目に、主任は管理室に連絡をする。
(もし結希明日斗が本当に、自力でCランクに至ったのだとすれば)
これまでの勢力図ががらりと変化する、最強ハンターの出現だ。
自分はその誕生と成長を、間近に観察出来ている。
研究者として、これほど胸躍るものはない。
(いつか、体でいろいろ実験したいなあ)
主任は怪しげな笑みを浮かべ、静かに笑うのだった。
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