第18話 失策

 明日斗はいつでも動けるよう、膝を軽く曲げたまま、かかとを浮かせた。

 二秒、三秒……。

 リザードマンの体が徐々に傾ぎ、崩れ落ちた。


 五秒……十秒……。

 たっぷり時間を数えてから、明日斗は相手の生死を確認。

 リザードマンは、既に事切れていた。

 そこで、明日斗はやっと残心を解いた。


「ふぅ……」


 とてつもない難敵だった。

 コボルト戦とは違い、明日斗はリザードマンの攻撃が目で捉えられなかった。


 ワンランク上の魔物に勝てたのは、もちろん神咲のバフがあったからだ。

 それに加えて、短剣や回避のスキルをきっちりレベル3まで上げたおかげもある。


 もしスキルレベルが低ければ、攻撃を躱すことも、受け流すことも出来なかったに違いない。



「お前、一体どういう特訓してきたんだ?」

「何の話だ藪から棒に」

「おととい覚醒したばっかでDランクモンスターを討伐って、どう考えてもおかしいだろ!」

「さてな。これまでの積み重ねが生きてきたんじゃないか?」

「積み重ね、ねえ……」


 アミィが疑いの眼差しを向けてきた。

 決定的なボロを出さない限り、相手が明日斗の力の秘密を証明するのは不可能だ。

 だから、こちらは堂々としていればいい。


 血振るいをして短剣を鞘に収めると、待ってましたと言わんばかりに神咲がとててと近づいてきた。


「お、お疲れ様です」

「うん。そうだ、レベルは上がった?」

「ええと……あ、はい。1つ上がりました!」

「おお、いいね」


 彼女はバッファーとして参加なので、分配される経験値は少ないはずだ。

 にも拘わらず、一匹倒しただけでレベルが上がった。

 Gランクハンターにとって、Dランクの魔物の経験値がいかに美味しいかがわかる。


(パーティメンバーのレベルが一気に上がるのは楽しいけど……)


 明日斗には、とある懸念があった。


 低レベルのハンターを、難易度の高いゲートやダンジョンに連れて行きレベルを上げる。この行為を、パワーレベリングと呼ぶ。


 大手ギルドが新人育成などで行うくらい、パワーレベリングはメジャーな手法だ。

 レベルがサクサク上がる反面、スキル熟練度が上がらず中身がスカスカになるデメリットがある。


(……あまりレベルが上がりすぎると、神咲のスキル熟練上げが大変になる)


 前回、神咲は自分の力でトップランカーにまで成り上がった。

 今回もし明日斗が手を貸して、中身がスカスカな状態の神咲を生み出してしまったら?


 ――未来が、大幅に変化するかもしれない。


(将来、神咲にはランカーになってもらわないと困る)


 天の魔物を相手に、まともに戦えていたのは彼女率いる私滅ギルドだけなのだ。

 その最大戦力の消滅は、将来天の魔物と戦おうとしている明日斗にとって最悪の未来だ。


(さて、どうしたものか……)


「結希さん、なにかありましたか?」

「あ、ごめん。ステータスを確認してた」

「そうでしたか、失礼しました」


 さすがに「君の将来を考えていた」なんて口が裂けても言えない。

 嘘をついたついでに、ステータスを確認する。



○名前:結希 明日斗(23)

 レベル:23→24 天性:アサシン

 ランク:E SP:15→20

 所持G:4→5

○身体能力

 筋力:33 体力:25 魔力:4

 精神:4 敏捷:48 感覚:24

○スキル

 ・初級短剣術Lv3(37%→45%)

 ・回避Lv3(21%→30)

 ・跳躍Lv3(7%→13)

 ・記憶再生Lv2(30%→35%)

 ・看破の魔眼Lv1(51%)

 ・リターンLv1(31%)



(さすがDランクの魔物だけあるな)


 コボルトを倒していた時とは比べものにならないほど、経験値も熟練度も上昇していた。


 非常に美味しいが、危険度もこれまでとは段違いだ。

 念のため、明日斗は今の戦闘を加味した上で、必要と思われるステータスにポイントを割り振ることにした。



○名前:結希 明日斗(23)

 レベル:24 天性:アサシン

 ランク:E SP:20→0

 所持G:5

○身体能力

 筋力:33 体力:25 魔力:4

 精神:4 敏捷:48→60 感覚:24→32

○スキル

 ・初級短剣術Lv3(45%)

 ・回避Lv3(30%)

 ・跳躍Lv3(13%)

 ・記憶再生Lv2(35%)

 ・看破の魔眼Lv1(51%)

 ・リターンLv1(31%)



 敏捷と感覚を上げておけば、先ほどよりは楽に攻撃が回避出来るはずだ。

 ステータス画面を消して、明日斗は次の獲物を探す。


 気配を察知。

 神咲を下がらせて、戦闘態勢に入る。


 前から一体のリザードマンが現われた。

 相手が攻撃してくる前に、前へ〈跳躍〉。


 ――来る!


 首をひねり、最低限の動きだけで攻撃を躱す。


(前より見える!)


 攻撃直後で硬直したリザードマンの懐に入り込み、胸に短剣を突き出す。

 一撃必殺に見えた攻撃は、


 ――カギッ!!


 しかし、相手の肉体に刺さらず弾かれた。


(しまった、鱗かっ!)


 明日斗は慌ててバックステップ。

 硬直が解けたリザードマンが追撃を繰り出してくる。

 それを躱し、受け流しながら、距離をとる。


「ああ、惜しい。リザードマンの鱗に阻まれたな。倒し方は鱗の――」

「うるさい、黙ってろ」


 失敗の原因も、改善点も、言われずともわかっている。

 助言は必要ない。

 逆に話しかけられると集中力が乱れる。


「……ケッ!」


 ぞんざいな扱いを受けたアミィが、見るからにふて腐れた。

 少しきつい言い方をしてしまったか。

 申し訳ないとは思ったが、いまは構っている余裕はない。


 前回の戦闘で明日斗は、リザードマンに一撃で致命傷を与えられた。

 だから、相手に強力な鱗があることを失念していた。


 リザードマンの体には、鱗がびっしり生えている。

 これにより、ハンターの攻撃が弾かれることがある。


 攻撃が弾かれない方法は、大雑把に三通りある。

 一つは、鱗すら切断出来る武器を使うこと。

 一つは、鱗がない弱点を狙うこと。

 最後の一つは、鱗の隙間を狙うことだ。


 前回は運良く鱗の隙間に刺さったが、今回はその鱗に弾かれた。


(大丈夫。冷静に……)


 心を乱せば窮地に陥る。


〈リターン〉がある明日斗は、最悪失敗してもやり直せる。

 しかしながら、死はなるべく避けて通りたい。


 事切れるまでは死ぬほどの激痛があるし、まだまだ強烈な恐れを感じる。

 戦うことで何かが得られるなら別だが、無駄死にだけは勘弁だ。


 明日斗は深呼吸を行い、仕切り直す。


 リザードマンの攻撃。

 穂先を躱す。


「くっ!」


 今回は、肩を浅く斬られた。

 相手が明日斗の動きに対応してきているのだ。


 軽傷を負った代わりに、相手の懐に深く潜り込んだ。

 ――今度こそ。


 短剣を突き出す。

 今度は、鱗の隙間を意識的に狙った。

 だが、


 ――ガギッ!


 またもや鱗に弾かれた。

 相手の僅かな動きで狙いが狂ったのだ。


(もう少しだったのに!)


 痛恨のミス。

 しかしそれが、明日斗を燃やした。


「おいおい、ミスばっかだな。さっさと倒した方がいいぜ」

「……」


 アミィの茶々は、もはや耳に入らなかった。

 それだけ明日斗は深く集中していた。


 ――次こそは!


 簡単に上手くいかないからこそ、夢中になれる。

 着実に進んでいる実感があるからこそ、集中出来る。

 難しい課題をクリアするからこそ――面白い!


 斬って、突いて、蹴って、殴って、

 回避、フェイント、バックステップ。


 何度も何度も、明日斗はリザードマンに攻撃を仕掛ける。

 リザードマンの体に、徐々に傷が増えていく。

 相手の命を奪うまで、もう少しだ。

 それがわかり、さらにギアが上がる。


 徐々に、相手の動きになれてきた。

 回避行動も、予測出来るようになった。

 あとは短剣のスキル次第。


 何度目の交錯になるか、明日斗はついにリザードマンの胸に、短剣を深々と突き刺すことに成功した。


 今回は、運良く刺さったわけではない。

 自らが狙って刺したのだ。


(よしっ!!)


 明日斗は拳をぐっと握りしめる。

 今回はかなり時間がかかってしまったが、コツは掴んだ。

 次はもう少し短い時間で倒せるはずだ。


 血振るいをして、短剣を鞘に収めようとした、その時だった。


「っ…………」


 背後からか細い声が聞こえ、明日斗は即座に振り返る。

 そこには


「あ…………」


 胸から短槍が突き出た、神咲の姿があった。

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