第17話 リザードマン

 ダンジョンに入り、奥までいったところで、明日斗はマントを剥ぎ取った。


「ふぅ。強引に連れてきて悪かった」

「い、いえ……。私は大丈夫れす!」

「……れす?」

「何でもありません。そ、それよりも、来ましたね、夢見の滴が出るダンジョン」

「ああ。それじゃあ、早速攻略を始めるか」

「はい。あっ、結希さん、私に出来ることはありますか?」

「ああー、スキルは使える?」


 冷静を装い尋ねる。

 明日斗は神咲が持つスキルを知っている。


 ――大征伐。レジェンド級の、バフスキルだ。

 神咲が一気にランカーに躍り出たのは、このバフスキルのおかげである。


 今回の彼女にも、同様のスキルが与えられているはずだ。

 神が賽を振りなおさない限りは……。


「大征伐っていうスキルなんですけど」


 同じスキルで助かった。

 明日斗は漏れそうになった安堵の息をぐっと堪える。


「……効果はわかる?」

「仲間にバフ? がかかるって書いてます。効果は敵の強さと数によって変わるそうです」

「それは、凄いスキルだね」

「そうなんですか?」

「ああ。ハンターのパーティは貢献度に応じて経験値の分配が発生するんだけど、バフは仲間にかけておくだけでも、経験値が分配されるんだ」

「そう、なんですね。あっ、でも、経験値が私に入ってくると、結希さんが貰えるはずだった経験値が減りますよね?」

「そうだね。ソロよりは減ると思う」

「私は戦えないので、経験値は貰えません……」

「それはシステム上無理なんだよ」

「バフをかけなければ――」

「バフはかけてね。すっごく大事だから」

「うう……」

「経験値のことは気にしないで。神咲さんが手助けしてくれなかったら、モンスターを倒すのも一苦労だから」

「はい、すみません……」


 今回のダンジョン攻略は、大征伐のスキルが肝心だ。

 Dランクのノーマルモンスターならば、おそらくバフがなくても倒せる。

 でもギリギリだ。

 そんな状態では、逆立ちしてもボスは倒せない。


 Dランクのボスを倒すには、最低でも同ランクのハンター五名は必要と言われている。

 生命力が極端に高く、身体能力もずば抜けているからだ。


 明日斗がこのダンジョンボスを攻略するためには、神咲のバフは欠かせないのだ。


「バフは、魔物が現われてからでいいからね」

「はい」

「それじゃあ、いこうか」

「宜しくお願いします!」


 攻略を開始したところで、明日斗はすぐに、メモリポイントを確認する。


・ポイントA 2030年4月5日12:00

・ポイントB 2030年4月7日12:51


(死んだらFランクゲート攻略前まで戻るのか……。ポイントBだけでも変更出来るかな)


 メモリポイントの上書きを意識すると、スキルポップアップが変化した。


>>メモリポイントを上書きしました。

・ポイントA 2030年4月5日12:00

・ポイントB 2030年4月7日16:13 NEW


(よしっ)


 もし死亡しても、これでダンジョン攻略開始時点に戻って来られる。

 ポイントの上書きが終わったところで、いよいよ攻略を開始する。


「ゲートを攻略して、すぐにダンジョン攻略。よく働く奴だなあ」


 アミィのつぶやきを無視し、神経を研ぎ澄ませていく。

 すると、すぐに明日斗の感覚が、一体の魔物の気配を捉えた。


「神咲さん、バフをお願い」

「はい」

「それと、少し下がってて」

「は、はい」


 こちらの緊張が伝わったか、神咲が緊迫した表情で、とててと後ろに下がる。

 ある程度離れた頃、このダンジョンのモンスターが現われた。


 敵は、緑色の肌をした、トカゲの亜人――リザードマンだ。

 その手には、ショートスピアが握られている。


 殺気の鋭さが、Fランクとは明らかに違う。

 背筋がゾクゾクっと震える。


 ――これが、Dランクの魔物。


 このダンジョンにリザードマンが出てくることを、明日斗は初めから知っていた。

 未来の情報を引き出すまでもなく、ハンターサイトに掲載されている。


(槍を素早く突き出すから、足で攪乱ながら接近――)


 情報サイトの指南通り、明日斗は足を動かした。


(軽いッ!)


 体が恐ろしく軽く感じる。

 神咲のバフのおかげだ。


〈大征伐〉は、スキルレベルが1のはずだ。

 それでこれほどの違いが出るとは、思いもしなかった。

 さすがはレジェンド級スキルだ。


(これなら、行ける!)


 右に左に相手の意識を揺さぶりながら、時々フェイント、反転。


 前に踏み込み。

 短剣に力を込める。


 次の瞬間、殺気。


「――ッ!?」


 ――シュッ!!


 穂先が明日斗の頬を、半紙一枚切り裂いた。

 もし殺気に気づいて首をひねっていなければ、明日斗は今頃顔面の中心に風穴があいていただろう。


(足で、躱す? あれを?)


 バカを言え!

 明日斗はネットに攻略指南を乗せたハンターの某に、罵声を浴びせた。


 命の危機に瀕したことで、スイッチが入った。

 急激に集中力が高まり、全身が熱くなる。


 一度、深呼吸。


 すると、世界がシン……と静かになった。

 雑念が消えたのだ。


 攻撃の兆しを感じ、短剣を立てる。

 直後、穂先が動いた。

 同時に僅かに短剣を傾ける。

 すると、穂先がするりと短剣の腹を滑っていった。


 そこで一歩、明日斗は素早く踏み込んだ。

 相手が槍を引くより早く――。


「うおおおおお!!」


 ――命を、衝け!


 明日斗の短剣が、胸のど真ん中に突き刺さった。

 リザードマンが、明日斗につかみかかろうとする。


 それをバックステップで回避。

 リザードマンの胸から、心臓の脈動に合わせ、どくどくと血液が溢れ出した


(まだ、戦えるのか!?)

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