第16話 見張りの目を誤魔化し侵入せよ

 武具販売店を出た明日斗たちは、新宿御苑にやってきた。

 ここは、江戸時代には高遠藩内藤家の下屋敷があった敷地だ。その後植物御苑になり、誰でも利用出来る国民公園へと移り変わる。


 そんな都会のオアシスの一角に、地面にぽっかりと穴が開いている。ここが、新宿御苑D――ハウンドドッグ支配下のダンジョンだ。


 ダンジョンの入り口前には、ギルドのメンバーだろう見張りが三人いる。

 明日斗の感覚的には、戦って倒せない相手ではない気がする。しかし、ダンジョンに入るために彼らを倒せば、必ず他のメンバーが応援にやってくる。


 そうなれば、ダンジョン攻略どころではなくなってしまう。

 力任せに見張りを突破するのは、やめておいた方がいい。


「それで、私は何をすればいいですか?」

「ちょっと待ってて。いまアイテムを出すから」


 ショップを開き、アイテムを検索。

 目的のアイテムを見つけ、カートに入れて素早く購入した。



○ハイディング・マント

 説明:身に纏うと気配が消えるマント。その効果は、感覚値の低い者であれば目の前から消えたと思わせるほどだ。ただし、一度使うと効果は消える。

 あなたが人として生きていきたいのなら、不埒な使い方をしてはいけない。約束だぞっ!


>>所持G:1504→5



(たっか……)


 命がけで溜めたゴールドが、ほぼゼロ。

 マントの値段に、涙がこぼれそうだ。


「おいおい、ゴールドは溜めておくんじゃなかったのかよ?」

「いいんだよ。先行投資だ」

「使い捨てマントに先行投資もなにもねえだろ。それとも、その女にそれだけの価値があるってのか?」

「……いや」

「ははーん、さてはお前――」


 まさか、未来の神咲を知っていることがバレたのか?

 アミィのにたりとした笑みに、明日斗の心が凍り付く。


「この女に惚れたな?」

「……はっ? 俺は別に――」

「おっと、みなまで言うな。恋愛感情は誰にも止められねぇからな!」

「いや、別に俺は神咲を好きになったわけじゃなくて――」

「恋心を隠したい人間は、みんなそう言うんだよな。授業で習ったぜ!」

「なんの授業だよ!」

「ともかく、オイラは、お前を応援してるぜ!」


 全く話を聞きやしない。


 神咲は現在16か17才くらいだったはずだ。

 対して明日斗は23才だが、その内面の年齢は33才だ。

 そんな明日斗にとって、16才の少女はただの子どもだ。

 恋愛なんて、始まるはずがない。


 だが、そう説明出来るはずないし、説明したところでアミィには聞く耳がない。

 これ以上なにを言っても無駄だ。

 明日斗は深々とため息をつき、気持ちを切り替える。


 インベントリから購入したばかりのアイテムを取り出す。

 すると、看破で見えるアイテムウインドウに、数字が見えた。


『59……58……』


「看破の魔眼は効果時間のカウントも見えるのか」


 これは運が良い。

 うっかり時間を浪費して、敵前で姿を現したなんて状況を回避出来る。

 明日斗はマントに体をかくし、腕を広げる。


「これは姿を消すマント。これがあれば、あいつらに邪魔されずに中に入れる」

「そうなんですね」

「マントを使う時は、声を出さず、足音も気をつけて」

「え、はい」

「それじゃあ行こうか」

「ええと、他のハンターさんはまだ集まってないみたいですけど?」

「他にハンターはいないよ」

「えっ!?」

「それより時間がない。こっちに来て」

「あ、う……」


 押し問答をするとすぐにカウントがゼロになる。

 それでは、貴重な1500ゴールドが水の泡だ。


 明日斗は腕に神咲を引き込み、全身をマントで覆った。


「なるほど、そう来たか……策士だなお前」


 アミィが神経を逆なでするような声を発したが、気にしてはいけない。

 いま明日斗たちはハイド状態にある。ここから声を上げれば、いくらマントがあってもこちらの居場所が察知される。


 明日斗は呼吸を殺しながら、じわじわとダンジョンに近づいていく。

 すぐ傍にいる神咲は、氷血姫の名が嘘のように、顔が真っ赤になっている。


(息苦しいのか?)


 ただ、さすがに今は新鮮な空気を取り入れられない。


(少しだけ我慢してくれ……)


 彼女の忍耐力に祈りを捧げる。

 一歩、また一歩と、ダンジョンに近づいていく。


 そして、見張りに最接近。

 相手の息づかいまで聞こえてくるほど、見張りとは目と鼻の先だ。

 だが、彼らは誰一人、明日斗たちの接近に気づいていない。


(よし、そのまま気づくなよ……)


 そろり、そろり進んでいく。

 ダンジョンの中まであと少しという時だった。


「おいッ!!」


 背後で怒声が響いた。

 その大声に、明日斗と神咲の肩が跳ね上がった。


(まさか、気づかれたか?)


 声を上げそうになった神咲の口にとっさに手を当て、後ろを振り返る。


「居眠りしてんじゃねぇよ。殺すぞ」

「おお、すまんすまん。なんもないと、眠くてな」

「どうせ今日見張り番だってこと忘れて、夜更かしでもしてたんだろ」

「だとしてもだ、抜き打ちでも来てみろ。お前、ぶっ殺されるぞ」

「わぁってるよ」


 どうやら、見張りの一人が居眠りをしていたようだ。

 こちらに気づかれたわけではなかった。


(ああ、びっくりした……)


 明日斗はほっと胸をなで下ろすのだった。

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