第13話 邪魔者は排除する

「……態度には気をつけろって、言ったばかり、だろ」

「あーあ、肋骨三本はイっちゃったんじゃねぇか? ちったぁ手加減してやれよ」

「あ、ああ……」


 ハンターに蹴りを食らわせた男――琢磨は、いつもとは違う手応えに戸惑っていた。


 琢磨はFランクのハンターだ。近接戦が得意で、これまでいくつものゲートの攻略に参加してきた。

 また、時々こうして弱そうなハンターを見つけては、悪友の海人とともにカツアゲまがいのことを行っている。


 今回も、ゲートから出てきた――戦闘で弱っているとおぼしきハンターに目をつけた。

 彼は魔石やクリア報酬を持っている。

 だから奪おうと考えるのは、琢磨と海人にとって当然の選択だった。


 しかしここへきて、琢磨は違和感を覚えた。

 腹部を蹴った時だ、まるで分厚い鉄板のような感覚が足の裏に伝わった。

 人の体を蹴った手応えとして、あり得ない感覚だった。


(まさか、ベテランハンターだったのか?)


 しかし、あのハンターは短剣一本しか装備していない。

 あとはただの私服だ。鎧もなければ、アクセサリーもつけていない。

 どこからどう見ても、新人ハンターの装いである。


(大丈夫。問題ない)


 琢磨は違和感をかき消した。

 その時、大の字になって仰向けに倒れたハンターが声を上げた。


「ハンター法第二条三項。ハンターはいつ何時、どのような状況であろうとも、己の武力を一般市民に向けてはならない。ただし――」


 次の瞬間、

 ――バキッ!!


 琢磨の鼻っ柱に、男の拳が突き刺さった。


「ハンターへの自衛権行使は妨げない」


 片方の男を殴り飛ばした明日斗は、もう片方の男を睨付けた。


 彼らが所属するハウンドドッグは、悪名高いギルドの一つだ。

 傷害、脅迫、強請などなど、彼らが犯した罪を上げれば切りがない。


 重大な犯罪を犯してても決して尻尾を掴ませなかったため、ギルドは長らく存続していた。

 だが、ある日を境にギルドはあっけなく消滅した。


 消滅直後は、様々な憶測が流れた。

 ハンター庁が強制捜査で全員逮捕したとか、たった一人のハンターに全員が殺されたとか。

 しかし、実際のところ何があったかは、最後まで明らかにならなかった。


 さておき、無法者が狙うのは、救ってくれる仲間がおらず、かつ絶対にやり返してこない相手だ。

 ――かつての明日斗が、そうだった。


 前回明日斗は、何度ハウンドドッグのメンバーにカツアゲされたことか……。


 殴った男が起き上がる様子はない。

 たった一撃で気絶してしまったらしい。


「あとは、お前だけだな」

「ちょ、ちょっと待て、悪かったよ、許してくれ!」

「……は?」


 ――ビキッ。

 明日斗のこめかみの血管が、激しく脈動した。


「お前は、許しを求める相手の言葉を、一度でも聞いたことがあったのか?」

「それは……」


 言葉が引き金となり、〈記憶再生〉が発動。


『もう、許してください……』

 嵐が過ぎ去るのを待つことしか出来ない明日斗。

 それを見下すハウンドドッグ。

 嘲笑、罵声、暴力、強奪。

 自尊心を完全に砕かれた明日斗は、丸裸にされ路地裏のゴミ溜まりに捨てられた。


 ――その当時の状況が、瞬く間に脳裏に蘇った。

 それが油となって、憎悪の炎が激しく燃え上がる。


 反面、自らの力をハンターに向けて使っていいのか? これは正しいことなのか?

 そんな疑問が湧き上がる。


 そもそもゲート出現により人々の生活が脅かされている現在、ハンター同士で争う暇などないはずだ、とも……。


 明日斗の手が止まった。

 それを隙だと勘違いしたか、男が腰に差した剣を抜いた。


「死ねェェェ!!」

「……はあ」


 鈍い剣を躱し、カウンター。

 男の顔面に、明日斗の拳が食い込んだ。


 男がゆっくりと、仰向けに倒れる。

 意識を刈り取ったのを確認して、明日斗は残心を解いた。


「逃げるなら見逃そうと思ったんだけどな」


 仏心を出した瞬間これだ。

 救えないにも程がある。


 倒れた二人を放置して、見晴らしの良い丘を下りる。


「なあ、あの二人、殺さないのか?」


 振り向くと、アミィがニタニタとした表情を浮かべていた。


「お前は人間をなんだと思っているんだ」


 うんざりするが、彼は人類を滅ぼす側の存在だ。

 将来、地球に侵攻するまでに、少しでも人間を減らしておこうという魂胆だろうか。


「殺人はハンターであっても犯罪だ」


 たとえ正当防衛であっても、殺害は過剰と判断される可能性が高い。

 とはいえ、ゲートが生じる世界においては、抜け道などいくらでもあるのだが。


「じゃあ、もう何もしないのかよ」

「しない。そもそもこれ以上関わり合いたくない。顔を見るのもうんざりだ」

「ははは! なら残念だったな」


 アミィが楽しそうな笑い声を上げた。


「あいつら、いつかお前んところに仇討ちに来るぜ」


 ハウンドドッグの性格上、このままでは終わらないだろうことが、簡単に予想出来る。


(面倒だから関わり合いたくないんだが……)


 明日斗はうんざりした気分で、丘を下りていくのだった。

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