第9話 ただ力を求めて

 ズキン。先ほど刺された胸が疼いた。

 胸に手を当て、幻痛を堪える。


(天才と同じステージに立つためには、これくらい……なんてことはない)


 一度深呼吸をして、明日斗はステータスボードを開いた。



○名前:結希 明日斗(20)

 レベル:11→12 天性:アサシン

 ランク:F SP:0→5

 所持G:164→165

○身体能力

 筋力:20 体力:12 魔力:1

 精神:1 敏捷:25 感覚:11

○スキル

 ・初級短剣術Lv1(1%→23%)

 ・回避Lv1(1%→17%)

 ・跳躍Lv1(52%→60%)

 ・記憶再生Lv1(6%→7%)

 ・リターンLv1(0%)



「よしっ!」


 小さくガッツポーズを作る。

 これこそが、明日斗が考えていた博打の正体だ。


 先日過去に戻ってきた時のことだ。

 スキル発動のアナウンスとは別に、もう一つウインドウがポップアップしていた。


>>メモリポイントとの距離がありすぎたため

>>ステータス情報がロストしました


 初めは何のことかわからなかったが、情報を整理していく段階で、明日斗は気がついた。


『死に戻るポイントが近ければ、身体能力のデータを引き継げるのではないか?』


 その予想が的中した。

 ステータスやスキルの値が、ゲートに入る前よりも増加している。

 おそらくは、死亡時と同等の値だ。


(これは、とんでもない能力だ……)


 どれほど格上の相手にも、死を恐れずに挑めるし、強い状態から再スタート出来る。


(これまで意味がないと思っていたスキルが、ここまで使えるとは……)


 凶悪な性能に、背筋がぞっとする。

 反面、デメリットも存在する。


「なんだ、やっと気合いが入ったか?」

「……まあな」


 内心を気取られぬよう、明日斗は表情を消してゲートをくぐった。


 もしアミィにこのスキルの効果がバレれば、なんとしても明日斗の自由を奪おうとするだろう。


 明日斗は死ねば、過去に戻る。

 言い換えれば、死なない限りは戻れない。


 もし相手に一切手出し出来ず、自死も選べない状態にされれば詰みだ。

 それを回避するためにはまず、どのような状況に陥っても『即時〈リターン〉が発動出来る程度の力』を、急ぎ身につける必要がある。


 明日斗は短剣を握る拳に力を込めた。

 前方から、コボルトが一匹現われた。

 それを、先ほどと同じように倒す。


「コボルトを瞬殺するなんて、凄いじゃねぇか」


 先ほどと同じ反応。

 その裏側にある悪意が、今ならありありと理解出来た。


 明日斗はしかめっ面になりそうになるのをぐっと堪える。

 アミィの発言を無視して、先へと進んでいく。


 今回は、前回よりはスムーズにコボルトを討伐出来た。

 ステータスが底上げされ、スキルの熟練度も上がったからだ。


(でも、これじゃまだまだ足りないな……)


 その予想通り、明日斗はコボルトソルジャーに苦戦を強いられた。


「くっ!」


 剣を回避し、攻撃。

 しかし、もう一体に防がれる。

 その隙に、痛恨の反撃を受けてしまった。


>>条件:スキル主の死亡を確認

>>スキル:〈リターン〉が発動

>>メモリポイントBにて復帰します



 先ほどは、足運びが良くなかった。

 きっちり反省して、明日斗は次に生かす。


 ソルジャーとの戦いは先ほどと同じように、相手が終始主導権を握ったまま戦闘が進んでいく。

 体力が消耗して、息が上がる。


 けれど、前とは違う点が見えてきた。


(相手の動きが、見える)


 いきなり動体視力が上がったわけではない。

 一度目は、初めての手合いということで、緊張していた。

 二度目は気合いが入りすぎて、肩に力が入っていた。


 だが三度目で、悪い力みや緊張がほぐれた。

 全体の動きを俯瞰出来るし、思考を巡らせる余裕も、若干だが存在する。


 全く同じ状況、同じ状態を比較することで、明日斗は己の成長を実感した。


 ――面白い。


 Fランクのハンターがソロで戦うには不利な相手だ。

 しかし、決して倒せないわけではない。


 上手く頭を回せば、手を動かせば、足を運べば――戦闘から完璧に学べば、勝利に手が届く。


 それがわかるからこそ、明日斗は興奮する。

 脳内に大量のアドレナリンが分泌される。

 集中力が高まり、世界がコマ送りになった。


 眼前に迫るソルジャーの剣。

 少し首をかしげて躱し――もう一体に背中から刺された。



>>条件:スキル主の死亡を確認

>>スキル:〈リターン〉が発動

>>メモリポイントBにて復帰します




 ――面白い!

 戦えば戦うほど、成長していく。

 前に出来なかったことが、出来るようになっていく。


 眼前に迫るソルジャーの剣を、少し首をかしげて躱す。

 すぐに地面を蹴る。

 背中からの突き刺しを回避した。


 一度躓いたシーンでは、二度と躓かないように。


 アドレナリンが、無尽蔵に分泌される。

 深い集中力でもって、すべての攻撃を躱していく。


(すごい……。自分の体じゃないみたいだ!)


 これまで、明日斗はまったく戦えなかった。

 レベルだって9までしか上がらなかったし、まともな戦闘をしたこともなかった。


 その自分が、これほど上手く動き、致命的な攻撃を躱し続けている。

 それが嬉しくて、明日斗は笑った。


「ははは!」


 ――強いハンターは、こんな景色を見ていたのか。

 ――こんなふうに、戦っていたのか。


 ――なんて、素晴らしいんだ!

 こんなに面白いことが、この世界にはあったなんて!!


 それはまるで目が見えない人が、初めて満開の桜を肉眼で捉えた時のような、あるいは初めて己の足で立ち上がった者のような歓喜が体中を震わせた。


 初めて見えた世界。

 初めての景色。

 熱い息、激しい鼓動、武器の重み、血の臭い。

 世界の輪郭がくっきり浮かび上がり、理解度が上がっていく。


 どこまでも行ける気がした。

 どこまでも強くなれる気がした。


 もっと遠くへ。

 ――もっと!!


 手を伸ばしたその時、明日斗の胸にソルジャーの剣が突き刺さった。



>>条件:スキル主の死亡を確認

>>スキル:〈リターン〉が発動

>>メモリポイントBにて復帰します

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