第8話 何度でも繰り返す決意
先ほど戦った相手は、コボルトだった。
だから、このゲートは普通のコボルトが出てくるものとばかり思っていた。
しかし現在目の前にいる2体のコボルトは、それぞれ武器を手にしていた。
「コボルトソルジャー……」
頭が真っ白になった。
だがすぐに気を取り直し、考える。
(いくらソルジャーといっても、身体能力はコボルトのままのはずだ)
先ほどの戦闘では、まだ若干の余裕があった。
さすがに二対一だと分が悪いが、明日斗にはまだステータスポイントが残っている。
これを適切に割り振れば、倒せない相手ではない。
決断し、明日斗はステータスポイントをすべて分配する。
○名前:結希 明日斗(20)
レベル:11 天性:アサシン
ランク:F SP:10→0
所持G:164
○身体能力
筋力:15→20 体力:12 魔力:1
精神:1 敏捷:25 感覚:6→11
○スキル
・初級短剣術Lv1(1%)
・回避Lv1(1%)
・跳躍Lv1(52%)
・記憶再生Lv1(6%)
・リターンLv1(0%)
この際、体力は捨てた。
一撃で倒す力、それに敵の攻撃を察知する感覚を上げればなんとかなる。
その予想は、的中した。
二匹のコボルトソルジャー相手に、明日斗は上手く立ち回る。
短剣を駆使して、攻撃を受け流す。
反対側からの攻撃を回避。
ステップを踏んで回り込み、刺突。これは防がれた。
相手の攻撃を受けるか、回避しながら、隙を見ては攻撃を繰り返す。
だが、あと一歩が届かない。
(くっ!)
攻撃力は足りている。敏捷も、コボルトを上回っている。
だが、倒せない。
身体能力は十分。
足りないのは、スキルだ。
相手のスキルが、明日斗のそれを上回っているのだ。
相手が明日斗の攻撃パターンを覚えたか、徐々に完全にガードされることが多くなってきた。
「はぁ……はぁ……!」
呼吸が熱い。
肺が焼けるように苦しい。
額から、汗が止めどなく流れ落ちる。
「――ッ!?」
気がつけば、明日斗の背中が壁に付いていた。
もうこれ以上、下がれない。
「くっ、くそおおおお!!」
こんなところで終わってたまるものか。
明日斗は獣のような雄叫びを上げ、飛びかかる。
壁を利用した跳躍。
速度は十分。
相手の虚を突いた。
片方の胸に、短剣を深々と突き刺した。
「よしっ――――がはっ!!」
しかし、それまでだった。
味方の死にも動じず、もう片方のソルジャーが錆びた剣を明日斗の胸に突き刺した。
――熱い熱い熱い熱い熱い!!
傷口に熱した鉄を突っ込まれたようだ。
激しい痛みに、気が遠くなる。
外側から、視界が欠落する。
その視界の片隅で。
「くっくっく。少しおだてたらあっさり犬死にしやがった。お前、マジ頭弱すぎだろ。もしかして、ちょっとおだてられただけで、自分が強くなったなんて勘違いしやがったのか? 底辺のゴミが勘違いする姿は、見ていて痛々しいな……クハハハハ!!」
明日斗が死ぬとわかった瞬間に、アミィが本音を吐き出した。
なるほど、明日斗をおだてた理由は、自滅が狙いだったのか。
歪に笑うアミィが、明日斗を見下した。
「おま……え……」
「下級生命体ごときが調子に乗るな。さっさと魔物の臭ぇ口の中でくたばれよ。ゴミらしくな!」
「く……そっ……」
――絶対に、忘れないからな。
明日斗の胸の中に、アミィへの激しい怒りがわき上がる。
だが、その感情も数秒で消えた。
コボルトソルジャーに首筋をかみちぎられ、明日斗は死んだ。
>>条件:スキル主の死亡を確認
>>スキル:〈リターン〉が発動
>>メモリポイントBにて復帰します
○
「おい、何やってんだよ。さっさとゲートに入ろうぜ?」
「…………」
「おい、どうした?」
「……あ、ああ、いや、なんでもない」
明日斗は胸を押さえながら、アミィの言葉に辛うじて反応を返した。
(ここでバレたら水の泡だ)
アミィへの〝殺意〟を悟られぬよう、必死に感情を落ち着ける。
スキル〈リターン〉が発動し、明日斗は無事過去に戻った。
十年後の未来で死亡して、十年前に戻ってきたことから、戦闘で死亡してもメモリポイントに戻れることはわかっていた。
だが、本当に上手くいくかどうか、半信半疑だった。
この方法を決行したのは、たんなる博打だ。
なにもここまでしなくても、と思わなくもない。
いくら死に戻りスキルがあるといっても、死ぬのは痛いし、恐ろしい。
スキルが発動しない未来を想像すると、臓腑が凍り付く。
無事死に戻って来たって、恐怖がすぐに消えるわけじゃない。
今だって、死の恐怖と胸の幻痛でクラクラする。
けれど、スキル〈リターン〉の活用をやめるつもりはない。
前回、明日斗は負け犬だった。
どこにもコネがなく、ギルドにも入れず、成長するチャンスすらほとんど得られなかった。
どれほど努力を重ねても、ちっとも成長出来なかった。
明日斗には、ハンターとしての才能がなかったのだ。
明日斗と同じ境遇のハンターがいた。
同じタイミングで覚醒したハンターだ。
彼女には、コネがなかった。ギルドにも入れず、チャンスも得られなかった。
けれどそのハンターは、明日斗とは違い天才だった。
わずかな時間で大きく飛躍した。
そして十年後には、最強のハンターの一人になった。
その姿を見て、明日斗は絶望した。
同じスタートラインに立っていても、才能の有無でこれほど将来が変わるものなのか、と……。
皆は言う。
『底辺にいる奴は怠け者だ』
でもそれは違う。
どれほど努力しても、成果が出ない人間もいるのだ。
実際、血反吐を吐くくらい努力をしても、明日斗は底辺の壁を越えられなかった。
じゃあ、無才を受け入れそのまま黙ってやり過ごすか?
――答えは否だ。
明日斗は、人は、死ぬためだけに生まれるわけじゃない。
何かを成すために生まれて来るのだ。
どれほど努力を重ねても、底辺の壁が越えられないなら、次は命を燃やせばいい。
たとえ何度死のうとも、強くなれるのなら構わない。
――この力で、誰よりも強くなる!
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