第2話 ニンニン
…………。
はて。
扉を叩いて10分が経過した。
何回もノックをしたのに誰も出てこない。
もう一回思い切り叩くか。そう思った時、重々しい音を立てて扉が開いた。
そこには、黒装束に銀髪銀髭のじいさんが立っていた。
思わず「お
「こんにちは。望月信乃といいます。どうか弟子にして下さい」
僕は深々と頭を下げた。
「入れ」
口数の少ない黒斎老人に従い門をくぐる。
中もレトロな雰囲気で、長い時を遡ったような感覚になった。
「そこに座れ」
座敷に通された僕は、畳に腰を下ろした。
「お主の座右の銘はなんだ」
「ザユウノメイ?」
自己紹介より先に質問が飛んできて、僕は戸惑った。
「……大事にしている言葉のことじゃ」
黒斎さんの目玉が鋭く光った。
「えっと、『健康第一』です」
咄嗟に、ばあちゃんの口癖で返した。
「よし、合格」
僕の答えを聞いた黒斎さんは、そう言って頷いた。
「テストだったんですか?」
「見込みのない奴を育てる趣味はないからの。あの張り紙も才能のない者は見つけることができん仕組みにしておる。お主、才も心構えも良し。今日から儂の弟子だ」
「よろしくお願いします!」
やった! 弟子入りは成功した。
「忍術にも幾つか流派があってな。我が『
黒斎師匠は満足そうにもう一度頷いた。
「さて、忍術は魔法ではない。極めて実戦的な思考と行動方式だ。天の利、地の利、人の利を読み、かつその利を創り出すことができるのが真の忍びというものじゃ」
弟子入り初日は、座学らしい。
忍者とは何かの講義が始まった。
何だか難しいけれど、天気とか地形とか相手が調子悪そう……とかを的確に判断してその場で対応する総合サバイバル術が忍術らしい。
「『忍』という字は、心の上に刃を置いている。忍者の道は1日にしてならず。信乃よ、明日から修行を始めるぞ。我心を抑え『真』を掴むのだ!」
「はい!」
返事はしたものの、ちょっと気まずい。
分身を会得して、複数の女の子と上手くやりたいという、不純な動機だからなぁ。
でも、体を鍛えるのはわりと好きな僕は、修行自体にワクワクしていた。
次の日から修行が開始したが、忍者と部活の両立は結構ハードだ。
4時に起きて準備し、始発の電車に乗る。
5時から8時まで黒斎師匠の元で武術修行。
8時半から12時まで陸上部の練習。
1時から3時は塾の夏期講習。
4時からまた黒斎師匠の元で座学を1時間。
家に帰って夕飯を食べて、学校の宿題と塾の宿題と忍者の宿題……。
さらに合間あいまに女の子たちとも会わなきゃいけない。
分刻みのスケジュールでキツいが、逆に今までどれだけの時間を無駄遣していたかがよく分かった。
修行は、時に山野を駆け巡り、時に滝に打たれるという古典的な忍者修行をしつつの筋トレ、体幹トレがベース。
座学では「孫子」や「呉子」という昔の人の言葉から戦いの心構え的なことを学んだり、人の表情やしぐさから相手の意図を読み取るようなコミュニケーション講座みたいな感じのことをやっている。
忍者としてのスキルが高まったかは分からないが、陸上部でのハイジャンの記録は伸びて顧問を驚かせた。
忙しい日々を送り、夏休みも残り一週間になった頃。
「何かやってみたい忍術はあるか?」
師匠に問われ、僕は迷わず「分身の術」を挙げた。
「影縫いや口寄せの術の方が、役に立つのではないか?」
師匠は渋ったけれど、分身は漫画を見て憧れていると言ったら納得した。
「うちの流派の場合、呪文を唱えて最大7人まで分身することができる」
「呪文!『臨・兵・闘・者……』ってヤツですか?」
「阿呆、漫画の読みすぎじゃ、あんな格好つけたことせんでいい」
「じゃあどんな呪文です?」
「『ニンニン』じゃ」
「『ニンニン』っ⁉︎」
間抜けな呪文だと思ったが、馬鹿にしたものではなかった。
「ニンニン」
体中に気を巡らせた後、下腹に力を込めて唱えると、僕の輪郭は一瞬ぼやけ、2人、3人と増えていく。
「うむ。力は分散されて戦闘力は低くそうだが、ほぼ成功じゃ」
師匠も感心するほど僕は器用に分身をこなし、直ぐに目標だった5人にまで分身を増やすことができた。
そして迎えた夏休み最後の日曜日、僕は5人の女の子と初デートをすることになった。
モモちゃんと本屋デート。
「2人で一冊の本を買おうよ」
時代劇とミステリーが合わさったような推理小説を買った。
ワカバちゃんと動物園デート。
バクの赤ちゃんが予想以上に可愛いくて、2人で赤ちゃんバクならではの白い縞模様を見て盛り上がった。
ユキちゃんと図書館デート。
休み明けテストの勉強会。
たまに筆談しながら、微笑みあう。
一度耳元にヒソヒソと話しかけられ心拍数が上がった。
ヒマちゃんとサーカスデート。
ヒマちゃんのおじさんが券をくれたのでロシアのサーカス団を見にいった。
空中ブランコや綱渡り、大きなクマが自転車を漕いでいたりしているのに大興奮、拍手喝采して楽しんだ。
アオイちゃんとカフェデート。
二人とも抹茶好きだったので和風カフェへ。
僕は宇治抹茶のかき氷、アオイちゃんは抹茶白玉あんみつ。
お互いのスイーツを味見したりする甘い時間を過ごした。
デート、夢のような時間だ。
会うたびにもっと好きになって、幸せな気持ちになる。
でも……
好きになるほどに本当にこのままでいいのかって胸の奥がチクリとするんだ。
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