第20話

 ガオウはガストンを見舞おうとしたが、治療院で面会謝絶と言われて、門前払いを食らってしまった。命の危機だと言っていたので、それも仕方ないとは思っているが、遠くからガストンの無事を祈る事しかできない事はもどかしかった。

「あの、ガストンさんの知り合いっスか?」

 ガオウが治療院を見上げていると、急に背後から声をかけられた。声をかけてきた男は拳を握りしめながら肩を震わせていた。

「ええそうです。昔ちょっとお世話になった事があって、あなたは?」

「自分はガストンさん達とパーティーを組んでいた生き残りです。俺の事を庇ってガストンさんは、ガストンさんは…」

 ガオウはそれだけで何となく状況を察した。彼はガストンに助けられたのだろう、目立った傷もなく、動きに不自然な所もない、恐らく彼がガストンを連れて命からがら逃げてきたのだろう。

「待ってください、ここで泣いちゃだめだ。悔しい気持ちは分かるけど、ガストンさんはあなたを助けて今戦っている、俺達にできる事はそれを応援してあげる事だ」

 男は涙を堪えて鼻水をすすった。

「それより少し話を聞きたい、俺はガオウ、俺達はこれから貴方達パーティーを壊滅させたモンスターを討伐しに行く、情報をくれないか?何でもいいんだ、手がかりが欲しい」

 男は黙って頷いた。適当な店に入って、ガオウは男から事情を聞く。

「自分はタッパと言います。ガストンさん達のパーティーには最近加入しました。今まで別のパーティーに居たんですけど、三層に挑むパーティーにどうしても参加したくて」

 タッパは少しずつ事情の説明を始めた。

「自分の役割はスカウトです。敵情を視察したり、罠の設置や解除等、安全確保とかをしてました。相手の背後に回って刺したりそんな役回りっス」

「そうか、最近ガストンさんと会ってなかったから知らなかったけど、新人が加入していたんだな」

「はいっス、途中加入の自分にも、パーティーの皆さんは優しく接してくれました。実は先行して四層への階段を見つけたのは自分っス」

 ガオウはそれを聞いて驚いた。

「それはすごいですね、今こういうのはおかしいかもしれませんが、タッパさんは優秀です」

「ありがとうございます。そう言っていただけると少し気が楽になります。でも、結果はこの有様ですから」

 タッパは下を向いて涙を堪えている、ガオウは気の毒には思っているが、聞かなければならない事がある。

「それで、見つけた段階で特殊なモンスターは確認できなかったんですか?」

 タッパがガーディアンを視認や、確認を取れていれば、その脅威を正確にパーティーに伝えらた筈だとガオウは思った。

「はい、周りの様子も変わってなくて、モンスターの気配もどこにもありませんでした。罠等も無く、正直本当になんの変哲もなかったんです」

 タッパの言葉に嘘はない、これでは確かに警戒のしようがないとガオウは思った。

「それで自分は危険はなさそうだと、パーティーの人たちを呼んだんです。四層への階段を見つける事ができて皆浮かれていました。自分も一緒に大いに喜びました」

 新しい階層の発見、冒険者としての悲願でもあり名誉でもある。ガオウの目にもありありとその様子が浮かぶ、その後起こる事を思えば、それどころではないのだが。

「それは突然起こりました。自分たちは一度ギルドに四層発見の報告へと戻ろうと、冒険を中断する用意をしていました。そうしたら突然それは現れたんです。まず一人が体を両断されました。分かたれた胴体をそいつは奇妙な呪文を唱えて燃やしました。残った下半身をこちらに投げつけてきて、皆パニックになりました」

 語り始めた壮絶な体験をガオウはじっと聞いた。

「何とか動く事ができたのはガストンさんだけでした。全員に大声で正気を取り戻させ、逃げる隙を作るために魔法を唱えようとすると、そいつはガストンさんを指さしてまた聞き取れないような気持ちの悪い言葉を呟きました。そうしたらガストンさんが声を出せなくなったんです」

 ガオウはそのモンスターの奇妙さに恐怖を覚え始めていた。余りにも圧倒的で脈絡のない行動の数々は、不気味で仕方がない。

「自分はとっさに煙幕を張りました。視界を奪って距離を取ろうとしたんです。しかしその行動が、反って状況を悪化させました。そいつはこちらのパーティーを各個撃破に動いたんです。こちらが集まる前に一人、また一人とやられて、何とかガストンさんと合流できた時には二人になっていました。声を出せるようになっていたガストンさんは、自分に帰還石を渡すと、狙われている自分を庇って前にでました」

「ガストンさんが?」

 ガストンは魔法使いで、前衛ができる人ではない、それでも尚仲間を守るために一歩前に踏み出したのだと分かると、ガオウはガストンの覚悟を理解して心が熱くなった。

「そうしてガストンさんは、自爆覚悟で至近距離で爆破魔法を使って、相手を遠くに吹き飛ばしました。自分はボロボロになったガストンさんを抱えて帰還石を砕きました。これが事の顛末です」

 タッパは話し終えると、堪えていた涙がぽろぽろと目の端から零れ始めた。それでもガオウを真っ直ぐに見据えて、力強く言った。

「ガオウさん、お願いします。皆の仇を取ってください。こんな事会ったばかりの貴方に頼むのは筋違いなのは分かってます。だけどお願いします」

「タッパさん、言われるまでもないよ。俺もそいつに用事があってね、この借りは何十倍にもして返してやる。絶対に許さない」

 ガオウは心の奥底で闘志を燃え上がらせた。ガーディアンの討伐は勿論の事、ガストンの意思を継いで戦う事を固く決意した。


 ガオウ達は集まって作戦会議を開いていた。今回のガーディアンは、今までと違って多様な攻撃をしてくる事が、タッパの話から分かった事を共有した。

「ガストンさん…」

 エレノアは話を聞いて落ち込んでいた。魔法を習ったり、相談事をしていたりと、交流を重ねていただけに、ショックは大きかった。

「話を聞くに、どうも今回のガーディアンはガオウ君と似ているように感じるな」

 アリスがそう切り出したので、ウォルが聞き返す。

「ガオウ殿に似ているとは?」

「うん、残りガーディアンはモデル竜、炎、魔法、呪いだ。エレノア君の両親については謎が多いから省くが、今回のガーディアンはそれぞれの力のどれかを使っているような気がするんだ」

 アリスは説明する。動きの俊敏さや人を両断するほどの力は竜、燃やした力は炎か魔法、ガストンの魔法を封じたのは呪いの力をそれぞれに使っているのではないかと推測した。

「俺みたいにガーディアンを倒して力を取り込んだのかな?」

「そこまでは分からないが、もし、ガーディアン同士が鉢合わせて、争いにならないとは限らない、そして勝った方が魔石を取り込むなんて事もあったんじゃないか?」

 確かに魔石を取り込めるのが自分だけとは限らないとガオウは思った。意図的でないにしても、そう言ったことが起きる可能性はあるだろう、そうなると今回の相手は複数の能力を持ち合わせている事になる。

「対応が難しくなりそうだな」

「でも幸い、それぞれのモデルの能力は判明しています。これまで集めた研究データのお陰で、情報のアドバンテージはこちらにあります」

 エレノアが力強く言うのを、アリスも同意した。

「モデル竜は力強さや頑強さ、そして高い魔力耐性を主にしたガオウ君の鬼形態に近い、白兵戦となればガオウ君とエレノア君のコンビネーションで対応する」

「拙者はいかがしますか?」

「ウォル君には僕が魔法の補助を大盾にかける、モデル炎はひたすらに火力を追い求めた力で、その炎による攻撃は苛烈極まる。モデル魔法は、魔法攻撃の多彩さが特徴で、火力は劣るが攻撃のバリエーションは多い。ウォル君は大盾を使って、守りに徹してもらう。攻撃は考えなくていいから相手の攻撃を絶対に通すな」

 ウォルは黙って頷いた。

「モデル呪いは、様々な状態異常を操る力を持っています。動きを止めるものや、ガストンさんがかかった魔法を封じるもの、こちらの行動を制限してくる厄介な力です」

 エレノアがモデル呪いについて説明する。

「それについては僕が受け持つ、ロン君に乗って動き回りながら、呪いを使う暇を与えさせないように魔法による飽和攻撃を行う」

 ロンはそれを聞いて「ワン!」と力強く吠えた。アリスはロンの頭を撫でると、ガオウに聞いた。

「結局致命傷を与えられるのはガオウ君とエレノア君達にかかっている。一番きついポジションだが、二人なら大丈夫だな?」

 ガオウとエレノアは顔を見合わせて言った。

「勿論!」

 こうして全員の決意は固まった。挑む相手は恐らく今までで一番の難敵になる、そんな予感は全員の心にあった。しかし全員の心には迷いはなかった。それが倒すべき相手である事を全員で共有した。

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