第19話

 あの話し合いからもう一つ判明した事実がある。ガーディアンが研究データを守っていた意味だ。アレン博士達は、もし自らの目的が果たせなかった場合に備えて、ペンデュラムでデータを探る者が現れた時、その意思を阻止するために魔法をかけていた。研究データを得ようとする者に対して、絶対的な敵対心を芽生えさせる魔法をかけていたのだ。夫妻はデータを分散して隠す事で、リスクを減らし、自分たちが倒れても、被験者であるガーディアンが、それを守護する仕組みを作っていた。事実迷宮内で、夫妻はすべてのガーディアンを見つけて討伐する前に力尽きてしまったので、このシステムが働いていたのは、研究データを守る役目として機能すると共に、エレノア達が真実を追うと、ガーディアンとも自然と出会えるように設定されていたのだ。

「エレノア君、アレン博士達はデータを守ると共に、君に道筋を残したとも考えられるよ、僕はそう思う。きっと君なら真実を追い求めると思っていたんじゃないかな?」

 アリスがその事実をエレノアに伝えた時に、こう付け加えた。エレノアもまた、両親が自分に、意思を継ぐことを期待していたのではないかと思っていたので、アリスの言葉に同意した。

「私もそう思います。そして今、その役目を引き継ぐ覚悟を得ました。アリスさん、手伝ってくれますか?」

「勿論さ、僕だってもう君たちの仲間なんだから」

 エレノアとアリスは顔を見合わせて、にっこりと笑顔を交わした。


 ガオウはウォルと一緒に特訓をしていた。今までガオウは素手で戦ってきたので、剣を使う事に慣れておきたかった。

「大振りにならず、丁寧に!」

 ガオウの剣戟も、ウォルにしてみれば赤子同然であり、盾を使うどころか剣一本ですべていなされる。

「だりゃあ!」

 渾身の振り抜きも、最低限の動作で躱されて、逆に剣を弾かれてしまう。

「ガオウ殿、やはり一朝一夕には剣術を学ぶのは無理ですよ」

「クソッ、やっぱり駄目か…」

 ガオウは落ちた剣を手元に呼び戻す。剣は光の粒になって消えて、再びガオウの手の中へと戻る。

「それは、便利ですな」

「ああ、鬼形態の変身能力の一部だから、自在に剣を呼び出せるんだ。徒手空拳でいたい時なんかは消しておける」

 ガオウは何度か剣を出したり消したりして見せた。ウォルはそれを見ておおと歓声をあげて拍手する。

「しかし、剣術が使えないならどうすればいいんだ?」

「それは簡単です。力任せに振り抜けばいいんです」

 ガオウはあきれ顔で言った。

「さっきそれでダメだったじゃないか」

「拙者相手にはそうですけど、モンスター相手なら違います。ガオウさんの身体能力と膂力で、その剛剣を振り抜けば簡単に真っ二つですな」

 ウォルはそう言うが、ガオウには懸念があった。

「それはそうかも知れないけど、ガーディアン相手にそれが通じるか?あの騎士のガーディアンは素人目から見てもすごい剣術だったぞ?」

「通じなくても構いません、ガオウ殿、我々はチームですな。エレノア殿とアリス殿、そしてロン殿のサポートがある事を忘れてはいけません」

 ウォルに言われてガオウはハッとした。アリスの話を聞いてから、ガオウは何故か、何もかも自分の力で解決しようとしていた。

「確かにそうだ。俺は一人じゃない、皆がいるんだ。ありがとうウォル」

「いえいえ、この程度造作もありませんな。それはそれとして、剣を使う動きに慣れておくことは大切です。まだまだお相手致しますよ?」

 ウォルが盾を構えたので、ガオウも剣を握りなおす。訓練場に二人の激闘の音が鳴り響いていた。


「依頼ですか?」

「ああ、君たちパーティーに頼みたい」

 リカルドとエレノアがギルド長室で話している。先日の話し合いの際に、相談事があると言われて来たのだ。

「現在三層に挑んでいる冒険者は少ない、辿りつけたパーティーが限られているのもあるが、ラビラの迷宮はその資源の豊富さから一層二層で活動していても、ある程度生計が成り立ってしまうというのも理由だ。だから三層のモンスターの生態や、取れる素材等のデータがあまりギルドに蓄積されていないんだ」

 三層はモンスターもより強力になる、二層とは比べ物にならない程に戦闘は激化する、エレノアはさもありなんと思った。

「そこで君たちに少しばかりデータ収集を頼みたい、君たちは実力も申し分ないし、何よりアリスもいる、頼めないだろうか」

「分かりました。私たちもリカルドさんにお世話になっていますし、協力できる事があるのなら協力させてください」

 リカルドはほっとした顔を見せて言った。

「いや助かるよ、他のパーティーにも頼んではいるのだが、目的や動機がそれぞれで、迷宮についての優先度は高くないからね、君たちの旅が急ぐのも知っているが、こちらとしても迷宮の事を少しでも把握しておきたくてね」

「いえ、私たちも急ぐ旅と言えど、まだまだ実力が足りません。それに迷宮について知る事は、被験者がモンスター化した事の原因究明にも繋がるかもしれません」

「そういう事なら気兼ねなく頼むことができる。よろしく頼むよエレノア」

 エレノアはリカルドと握手を交わして部屋を出た。シェラがそれに気が付いて声をかけてくる。

「ギルド長からのお話は終わった?」

「はい、暫く三層の調査をしてみようと思います」

「なるほど、リカルドさんはその事を頼みたかったのね、実際三層について分かっている事は少ないの、後続の為にも私からもお願いさせて」

 シェラの言葉にエレノアは頷く、少しの間雑談した後エレノアはギルドを後にした。


 三層に下りて調査を進める。ギルドに報告されていないモンスターとの戦闘や、見つかっていない素材や採集物等を調べて回る。

 ブラックキャットは二層にも出現するモンスターだが、三層に出現する個体は、攻撃性が高くなり、片目が結晶に置き換わっている。爪の一部も結晶になっており、魔性を帯びた攻撃はより威力が高くなっている。

「シャアアア!!」

 鳴き声と共に襲い来る爪の攻撃を、ガオウはマントを翻して防御する。爪の攻撃は届かず、飛び掛かったブラックキャットは逆にガオウに蹴り飛ばされる。壁に打ち付けられたブラックキャットをエレノアが細剣で刺して仕留める。

「確かに、言われてみると妙に強くなっている気がします」

 素材を剥ぎ取りながらウォルが言う。

「それって妙な事か?今までも下に行くほどモンスターは強くなっていたじゃあないか」

 ガオウがそれに意を唱える。

「いえ妙です。強くなるにしたって、今までモンスター達の生態は生存競争の一環に見えました。しかし三層はどこか妙です。説明は上手くできないのですが…」

 アリスはその言を補足するように言った。

「確かにウォル君の意見は一理ある。まるで三層は迷宮にモンスターが強化されているようだ」

「それ!それですアリス殿!三層で強いモンスターはすべてこの壁に生えている結晶が身についていたり、結晶そのものがモンスターになっていたりします」

 ガオウはそれを言われてようやく合点がいった。

「言われてみると確かにそうだ、こいつも二層に居るやつとは違ってる部分が多いもんな」

「ガオウ君、君は意外と観察眼がないな、ウォル君の方が鋭いなんて」

「ウォルは戦闘に特化してるだけだろ!普段はただの酒飲み何だから!」

 ウォルが照れたように頭を掻く、褒められてないのにウォルには褒められているように感じるのかとガオウは呆れた。

「でも調査していくうちに私も何だか気になってきました。迷宮はまるで意思を持ってモンスターを強くしているような…」

 エレノアがそう言うと、アリスもそれに同意した。

「確かに言えているかもしれない、採集できる素材も魔力を多く帯びている物が多い、一層二層とはちょっと変わりすぎている気がするな」

「これらを摂取したモンスターは強く育ったり、これらから生まれたモンスターはより強く生まれてくるのでしょうか?」

 エレノアとアリスが研究者のように話し合いを始めたので、ガオウは声をかける。

「話し合いの最中悪いが新手が来たぞ」

 ガオウが変身して剣を手に取ると、パーティーは全員即戦闘態勢に入った。


 ファントムバットは三層に出てくる蝙蝠型のモンスターだ、消えたり現れたりする能力を持っていて、神出鬼没な手ごわい相手だ。

「皆目と耳を守れ」

 アリスが声をかけて、ガオウはマントでエレノアと自分を覆い、ウォルは大盾で視界を塞ぎ耳に手を当てる。

『強き光と音を!』

 アリスの杖の先から強烈な光と音が放たれる。消えていたファントムバットは、驚いて姿を現す。姿が現れなかったファントムバットも強い光を受けて、壁に影が出来て居場所が分かる。

 姿を現したファントムバットをサーペントを展開したウォルが、素早くその首を絡めとって切り落とす。居場所がばれたファントムバットの方はエレノアが風の刃を魔法で飛ばして、その翼を切り落とす。落ちてきた所をロンが首を噛んで骨を折り仕留めた。

「こいつらは速攻がよく効くな、時間が経てば居場所が掴みにくくなる」

 ガオウは変身を解いてファントムバットを解体する。取れる素材は高値で売れる他、強力な装備に使えるとベアが喜ぶ。

「しかし拙者たちも強くなったものです。他の三層冒険者に引けを取らないのでは?」

「どうだろうなぁ?あんまり数が居ないって言うしそうかもな」

 そこでガオウは思い出したかのように言う。

「そういえばガストンさん達は、真っ先に三層に辿り着いたパーティーだった。この前話した時には、四層への階段が見つかったかもしれないと言っていたぞ」

 エレノアはそれを聞いて嬉しそうに言った。

「本当ですか?やっぱりガストンさん達はすごいです!」

「そのパーティーに比べたら俺達はまだまだじゃないか?ウォルは特に、未だにふらふらしてるしな」

「面目ない、気になる物はとことん気になってしまう質でして」

「まあそんなウォル君のお陰で見つかった採集ポイントも多いのだから、良し悪しと言ったとこじゃあないかい?」

 そんな話し合いをしながら、三層の調査を続けていき、一度報告に戻ろうと言う事で帰還石を砕いた。


 アリスがまとめた報告書を手に、ガオウとエレノアはギルドに向かっていた。アリスは資料を纏め終えると後は任すと言ってロンと仮眠をとりに部屋へ戻り、ウォルは難しい事はお任せしますと言って、さっさと酒場へと行ってしまった。ただ報告へと赴くだけならば人数もいらないだろうと、ガオウとエレノアでギルドに向かう事になった。

「エレノア、見つかってない被験者は後何人いるんだ?」

「手記と研究データを照らし合わせて、私たちが討伐してきたガーディアンは4人、父が討伐したか分かっていないモデル竜、炎、魔法、呪いの被験者で4人、そして研究データに載っていなかったモデル名が明記されていない被験者が1人ですから、最低でも5人残っている事になります」

 被験者ではないが、ガオウを含めてこれで10人の成功例が判明したことになる。そしてエレノアの両親であるアレン博士達が、討伐に成功した数が分かれば、残りが判明する筈だった。

「研究データはもうないから、俺達が探し出す必要があるんだな」

「はい、そういう事になります」

 あの広い迷宮を手がかりもなしに探せるだろうかとガオウは思った。エレノアもまた同じように考えていて、何か手段を模索する必要があると考えていた。

「あれ?何かギルドが騒がしくないか?」

 ガオウ達は喋りながら歩いていたら、いつの間にかギルド本部前まで来ていた。そしていつもより、何か慌ただしい雰囲気を感じ取って、ガオウは言った。

「本当ですね、何かあったんでしょうか?」

 エレノアも、ギルド内部が混雑している様子を見てとって言った。二人は不思議に思いながらも人の波をかき分けて本部内に入った。


 本部内も依然慌ただしい様子なのは変わりなく、冒険者達で混雑していて、受付もざわめいていた。二人は身動きが出来ずに困っていると、シェラが姿を見つけてくれて、声をかけてきてくれた。

「ガオウさん!エレノアさん!よかった探してました」

「シェラさんどうしたんだ?この慌ただしさ、何かあったのか?」

 ガオウが聞くと、シェラの顔が深刻な色を帯びた。

「詳しくはギルド長の方からお話させていただきます。こちらについてきてください」

 そう言うと、シェラは関係者だけが立ち入れる場所を使って、二人をギルド長室へと案内した。ガオウとエレノアがドアを開けて中に入ると、リカルドが沈痛な面持ちで書類を睨みつけていた。

「あのリカルドさん、失礼します」

 ガオウが声をかけて、やっとこちらに気が付いたリカルドは、早く部屋に入ってくれと手招きをした。

「どうしたんですか?何か問題でも起きましたか?」

 エレノアが聞くと、リカルドが答えた。

「大問題だ。君たちはガストンという冒険者を知っているね、君たちのテストに同行してくれた人だ」

 二人は勿論だというように頷いた。

「彼らのパーティーが、今まで確認されていなかった四層へと下りる階段を見つけた。とうとう三層を攻略するパーティーが現れた訳だ」

「流石ガストンさん達だ、でもそれでどうしてこんな騒ぎに?」

 ガオウが聞くと、リカルドから衝撃的な答えが返ってきた。

「四層へと下りる階段の手前で、彼らは見た事もないモンスターに襲われたそうだ。人のような姿をしたモンスターで、そいつに彼らのパーティーが壊滅させられた。生き残ったのはガストンを含めて二人だけで、当の本人も重症で今にも命の危険がある」

 ガオウもエレノアも顔から血の気が引いたのを感じた。

「その、もしかして、人型のモンスターって…」

 エレノアが声を必死に絞り出す。この場にいる全員がもう見当がついていて、その事実に混乱と恐怖を覚えていた。

「話を統合するに、四層への道をガーディアンが塞いでいる」

 リカルドの口にした言葉で、一気に緊張感が高まった。ガストン達手練れのパーティーの壊滅、迷宮を守る謎のモンスターの存在、その事実が他の冒険者達をざわめかせていたのだ。

「君たちにその実力があるか、まだ正直判断しかねる。挑めとは言いたくない、しかしあえて口にしなければならない。ガオウ、エレノア、君たちのパーティーで四層への階段を塞ぐガーディアンを討伐しろ」

 リカルドは沈痛な面持ちだったが、二人の答えは決まっていた。

「俺達」「私達」でそのガーディアンを討伐します」

 二人は声を揃えて意思を表明した。挑むべき相手がいる、仇討ちの相手がいる、二人の心は静かに冷静に燃え上がっていた。

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