第18話

 三層での活動もそこそこに、ガオウ達のパーティーはガーディアンに挑むことを決意した。もう答えの糸口のような物を掴みかけている、そんな予感がガオウとエレノアとアリスにはあった。ペンデュラムの強く反応するポイントまで進んでいく、道中モンスターの襲撃を何度か退けながら、とうとう反応の強い場所に辿り着いた。

「ここは少し開けてるな」

 洞窟状になっている三層の中でも、ぽっかりと広い空間が空いている場所に出た。今までと違う所は、ガーディアンらしきモンスターがすでにそこに居る事だ。

「これまでにないパターンですな」

 ウォルがそう言う、そのガーディアンは、岩の鎮座してピクリとも動かない、重厚で頑丈そうな鎧を身に纏い、身の丈ほどの大剣を地面に突き刺して、柄頭に両手を添えて沈黙している。

「恐らく研究データを手に入れた途端に襲い掛かってくるだろう、ロン君は殺気のようなものを感じているのか、毛が逆立って震えている」

 アリスも杖を構える。ガオウは変身して、ウォルは大盾を手に剣を抜く、エレノアも細剣を鞘から抜くと、皆に声をかけた。

「では行きます。皆さん気を抜かないで」

 全員黙って頷いた。それを見てエレノアはペンデュラムに魔力を込める。辺りが輝き、研究データがエレノアの手元へやってくる。それと同時に、予想通りガーディアンは静かに立ち上がると、大剣を地面から抜き、その切っ先をガオウ達に向けた。

「来るぞ!」

 それは突然の出来事だった。ガオウが攻撃が来ると言った瞬間に、ウォルが遠く吹き飛ばされていた。大剣での一撃を食らったように見えたが、そこまでしかガオウには見えなかった。

「ウォルさん!」

「無事です!しかし攻撃が重くて速すぎる!気を付けてください!」

 ウォルが立ち上がって言う、無事とは口で言うが、大盾で受けた筈なのに衝撃で膝が震えている。

「ロン君!避けに徹しろ、僕たちは遊撃に回るぞ」

『速き加護を』

 アリスはロンに補助魔法をかけて下がる、ロンは言われた通り、全神経を回避する事に徹底した。いきなり負傷したウォルのガードによるフォローを失い、前線にいるガオウとエレノアはさらに緊張感が高まった。

 騎士姿のガーディアンが大剣を構える。ガオウとエレノアは、どこから攻撃が来てもいいように集中した。じりじりと隙を伺い合う間合いから、先に動いたのはエレノアだった。

『風よ纏われ!』

 細剣に風を纏わせ、神速の一撃を入れる。騎士のガーディアンは鎧でそれを受ける。エレノアはそれが大したダメージになるとは思っていなかった。本命はガオウだ。

『猛き力よ!堅き護りよ!』

 補助を受けたガオウは真っ向から騎士のガーディアンと殴り合う。ガオウの猛攻を大剣で華麗にいなして、着実にカウンターを当ててくるが、ガオウは一切怯まない、ガオウは騎士のガーディアンをここから一歩も動かすつもりがなかった。

『岩よ尖り貫け!』

 アリスが側面に回り込んで魔法を放つ、回避や防御の姿勢を取ろうとする騎士のガーディアンをガオウの猛攻が止める。魔法は直撃して一瞬怯んだが、鎧のせいか大したダメージは入らない。

「くそ、ダメか!」

 アリスはそう言って下がる。ガオウはエレノアから補助をかけ続けてもらいながら、騎士のガーディアンへの攻撃を止めない。せめてウォルが戦線復帰するまではここで押しとめる覚悟だった。

「ぐおおお!!」

 咆哮で動きの限界を誤魔化す。大剣でいなされ、躱され、受け止められ、鎧の守りまで拳が届かない、ガオウの体に着実にダメージが蓄積していき、騎士のガーディアンの攻撃でとうとう負傷、出血した。

『その身を癒せ!』

 すぐにエレノアが治癒魔法でフォローをする。しかしガオウの攻撃が止んだ隙を騎士のガーディアンは見逃さなかった。片足を強く踏み込んで地面の岩を割ると、その礫をアリスに投げつけた。当てれば脆い、騎士のガーディアンの思考は冷静だった。

 アリスは咄嗟に魔法による障壁を張る。大体を防いだが、すべてを防ぎきれない。ロンは姿勢を低くして駆ける、補助魔法もあって避ける事ができたが、紙一重であった。

 ガオウとエレノアのコンビネーションで攻撃を重ねる、ガオウが殴りかかって、その動きの隙を埋めるようにエレノアが剣戟を差し込む。それでも騎士のガーディアンの技量は圧倒的だった。捌き、躱し、当たった攻撃も全く響かない、大剣の一振りで、二人はせっかく肉薄しても下がらなければならなかった。騎士のガーディアンは常に自分の有利な間合いに持ち込めるように立ち回っている。攻め手を欠いているガオウ達は圧倒的に不利だった。

 その時、ウォルのサーペントがガオウとエレノアの間を飛んだ。それを大剣で弾いたガーディアンの微かな間に、アリスの回復魔法で動けるようになったウォルが飛び込んだ。

「お待たせしました!守りはお任せください!」

 ウォルは大盾とサーペントを巧みに操り、騎士のガーディアンの攻撃を捌く、堅い守りと変幻自在の間合いが騎士のガーディアンの攻め手を削ぎ始めた。

「ガオウ君大翼に変われ!僕とエレノア君で砲撃の威力を底上げする」

『我は命ずるその身に宿る大翼の力を目覚めさせよ!』

 ガオウは大翼形態に変わる、エレノアとアリスはガオウの背中に手を当てて、魔力を流し込む。

「よく狙って、魔力を収束させろ」

 ガオウはこの上なく集中力を高めた。流れ込んでくる魔力に集中して、そのすべてを右腕の砲撃に集めた。

「ウォル!頼む隙を作ってくれ!」

 砲撃のスタンバイはできた。後は確実に攻撃を当てるだけ、ガオウの掛け声を聞いて、ウォルは大盾ごと騎士のガーディアンに体当たりする、雑な攻撃に簡単に盾を弾かれるが、そこに居たと思っていたウォルの姿はもうなかった。ウォルは盾を捨てて、盾を影に使い死角から駆け抜けた。そのままサーペントを展開すると、それを騎士のガーディアンの足元へ滑り込ませた。足元に絡みついた攻撃は、ガオウの砲撃を当てる隙には十分だった。

 閃光。そして轟音。衝撃波が空間を揺らす。放たれた光弾は、ガオウ、エレノア、アリスの魔力を乗せて騎士のガーディアンの体を吹き飛ばした。戦闘の終わりを感じて、四人とも体から力がどっと抜ける。とてつもない戦闘力だったと全員が思っていた。動けずにいるガオウ達の前に、ロンが魔石を咥えて戻ってきた。

「あれ?二つあるぞ」

 騎士のガーディアンが残した魔石は二つだった。不思議に思いながらもガオウはそれを手にする。光り輝いてガオウの体に魔石が取り込まれると、魔導書には鬼形態のページに追加された文字が書かれていた。

『剣よ現れよ、鎧よ身を包め、更なる力をその身に宿らせろ』

 エレノアが追加された呪文を唱えると、ガオウの鬼形態に変化が起こった。手には騎士のガーディアンが使っていた大剣が握られ、体の装甲はより増えて頑強になり、生体的な見た目から、鎧を身に纏ったような装甲が全体を包んで、武装された見た目に変わった。肩の装甲からは深い赤色のマントが背中を包んだ。頭部の角はより尖り、全体的にヘルムのような見た目に変わった。

「これは、どういう事だ?」

 ガオウが全身を見て戸惑っていると、アリスが見つけた資料の中から答えを見つけた。

「驚いた。今回のガーディアンは二人だったんだ。モデル剣とモデル鎧、その二つが合わさっていた様だ。武装のような変身もあったという事か」

「今回手に入った資料も二つ分あるようです。これで多くの謎が解けるかもしれません」

 エレノアが両手一杯に資料を抱える、ガオウは変身を解いてその半分を持つ、動けなくなっていたウォルをロンが引っ張ってきて、四人と一匹は帰還石を砕いて迷宮を後にした。


 帰ってきた所で、ガオウとウォルの体力には限界が来て、二人は治療院へと運ばれた。エレノアとアリスとロンは軽傷で済んだので、一足先にマキシムの民宿に戻った。

「おかえりなさい、エレノアちゃんもアリスちゃんもロンちゃんもボロボロね。ご飯とお風呂用意してあげるから、体を休めなさい。ロンちゃんにはお肉あげるわね」

「すまないがご主人、僕のご飯は部屋に運んでくれ、これからすぐ部屋に戻って資料を読み込む。エレノア君は休んだら、ギルドへの報告と、ガオウ君とウォル君のお見舞いにでも行ってあげろ、今回の功労者だからな」

 そう言ってアリスは大量の資料を魔法で運んで部屋に篭もった。エレノアは自分が読むより早くて、意図も正確に読み取る事のできるアリスに任せることにして、お言葉に甘えて一足先に休むことにした。


 マキシムが作ってくれた温かなご飯を食べて、用意してくれた湯に浸かって体の疲れを癒す。エレノアは疲れが溶け出していくようなリラックス感を、ゆっくりと味わいながら、今回手に入ったデータがどんな真実もたらすのか、そのことに少しの期待と多大な不安を感じていた。どんな事があってもその事実を受け止める覚悟はある。それでも恐ろしい事は恐ろしい、不安をかき消すように湯に沈んだ。

 十分に休憩が取れたエレノアは、ギルドへと足を運んだ。リカルドを訪ねたが、不在だったため、シェラに言伝を頼んでギルドを後にする。その足で治療院へと向かうと、幸せそうに眠るウォルと、窓から外を眺めているガオウが居た。

「ガオウさん、もう傷は大丈夫ですか?」

 エレノアが声をかけると、ガオウはもうすっかり治ったとアピールするように腕を振った。

「俺の方は大丈夫、おかげ様で頑丈にできてるからな。ウォルの方も心配いらないってさ、傷は治したから今は疲労で寝てるだけだって」

「そうですか、よかった。今回もウォルさんには本当に助けてもらいましたから」

 エレノアは心の底から安堵した。ガオウもウォルも無事である事、それが何よりであった。

「ああ、ウォルはすごいよ。今回正直一番最初にやられた時はもう終わりかと思った」

「ガオウさんと私で何とか押しとどめて、アリスさんが牽制とフォローに回ってくれなかったら、どうなっていたか想像したくありませんね」

 ガオウは頷く、しかしそう事は深刻な事ばかりではない。

「だけど今回のガーディアン討伐で、一気に二個も魔石が手に入ったし、研究データも大量に入手できた。十分挑戦した価値はあったんじゃないか?」

「ええ、それはその通りだと思います。それで相談なんですが、新しく手に入った力を少し試してみませんか?」

 エレノアの提案を受け入れて、ガオウは一緒に訓練場に向かった。


「魔導書に追加された呪文は駿狼と大翼にも追加されているんです。だけど、駿狼は鎧だけ、大翼は剣だけしか使えないようです」

 ガオウはまず鬼形態に変身する。見た目もさることながら、装甲もより厚くより強固になっているのを実感する、纏われたマントは敵の攻撃を防ぐためにも使える、普段は柔らかくはためくマントは、攻撃を防御するときだけ堅くなり、魔法攻撃をかき消す。大剣は切れ味鋭く、その刀身は黒く、そこを血のように赤い筋が脈打つように光輝いている。

 駿狼形態になると、腕部脚部胸部の装甲が追加されて、より荒々しい見た目になっている。首には白いマフラーが追加され、吹く風にたなびき、走る姿にひらめく。

 大翼形態には、左腕に短剣が追加されて、翼はより硬く鋭くなった。遠近ともに隙が無く、対応の幅が広がった。

「なるほどな、今回手に入った力はそれぞれの形態を強化するものだったんだ」

「そうみたいですね、一番強化されたのは鬼形態のようですが、どの形態もとても有用そうです」

 新しい力を手にして、戦いの幅も広がると二人で喜んでいたら、ロンが手紙を咥えて走ってきた。エレノアがそれを受け取って開けると、アリスからの手紙には「読了、すぐに帰ってこられたし」とだけ書かれていた。


 マキシムの宿屋に帰ってきて、アリスの部屋のドアを開けると、そこは前に尋ねたアリスの家の部屋そのままだった。

「来たか、リカルド君も来ているぞ」

「エレノア、言伝ありがとう。あの後そこのおりこうさんからも手紙が届いてな、私も同席させてもらうよ」

 リカルドがロンを指さすと、ロンは部屋の一角で用意されたクッションで眠っていた。

「働き者だなあいつ、ウォルにも見習わせたいよ」

「そんな事言っちゃ可哀想ですよガオウさん、ウォルさんだって頑張ってるんですから」

「ウォル君の働きぶりについての議論はまた今度にしよう、まずは座ってくれ」

 アリスに促され、ガオウとエレノアは、リカルドと同じように席に着く。

「今回見つかった資料を読んだ。そしてエレノア君の両親が言っていた贖罪の意味がようやく分かったよ、エレノア君、話してもいいかい?」

「はい、お願いします」

 エレノアは両手をギュッと握りしめた。

「まず被験者達の脱走を手引きしたのはエレノア君の両親であるアレン博士達だ、逃がした場所はラビラの迷宮、被験者達の変身能力があれば、迷宮に身を隠すのは悪くない選択だろう」

「王都からの追求も、迷宮にはあまり及ばない、私が目を光らせているのもあるが、王都は基本的に迷宮の資源にしか興味がないから、介入したがらないという理由もある」

 リカルドの補足にアリスが頷く。

「冒険者達は働き蟻で、せっせと運んでくる貢物を享受する、そんな形式が気に入っているんだ王都の偉い方は、この迷宮都市ラビラを作ったのも、王都と迷宮の身分差を分けるために作られた物だ」

 冒険者達は、その身を危険にさらしてモンスターとの命のやり取りをする。その中では行儀の悪い、素行に問題のある者も多くいる、戦闘のストレスから、攻撃的な性格になる人も多く、王都の治安悪化を避けるために、明確に分けているのだ。

「そうして迷宮に逃げ込ませた被験者達を隠しながら、計画の破棄に尽力していた博士達は、被験者達に施した改造手術に致命的な欠陥があることを見逃していた」

「致命的な欠陥?」

 ガオウが怪訝な顔をして尋ねる。

「迷宮にはまだまだ謎が多い、だからこれは予想がつかなかった。人間をモンスターに近づける改造手術の結果、迷宮に居れば居るほど、その精神構造がモンスターに近づいて変わっていくことが判明した」

「それって、もしかして…」

「被験者たちは、その身をモンスターに変える。そしてその精神構造までもモンスターに変格する、気づいた時には存在そのものがモンスターになる。これが判明した時にはもう殆どの被験者はモンスターに変わっていた」

 聞いていた三人は絶句する。

「アレン博士達はその事実を知り、自分たちの手で討伐する事を決意した。被験者に施した術の殆どが二人が作り出した物だったからな、けじめをつけなければいけない、そう考えたんだろう」

「お父様とお母様の贖罪とは、そういう事だったんですね」

 エレノアは俯いたままぽつりと呟いた。

「元に戻す事は出来なかった。改造手術や魔石は完成されすぎていた。被験者は迷宮でいつしかモンスターと化し、契約者を襲った。契約魔法を失った被験者は理性がなくなり、よりモンスター化が加速する。こうして悲劇は始まった訳だ」

 アリスはさらにとんでもない事実を口にした。

「モンスター化した被験者を討伐するために、アレン博士は自らに改造手術を施した。旦那は変身能力を身につけ、妻は契約魔法でそれを補助する。そうして戦う力を得た二人は、迷宮で戦いの日々に身を投じたんだ」

「アレン博士達はそこまでの覚悟で迷宮に挑んだのか」

 リカルドも二人の壮絶な覚悟に言葉もないようだった。

 ガオウは自らの両親の最期について考えていた。失われていく理性の中、とうとう自分の愛する妻に手をかけてしまった父は、搾りかす程の自我で、自らの体を引き裂いた。我が子にまで手をかけてしまうその前に、自死という選択を取った。

「ちなみに研究データはこれで最後の様だ。これの扱いについてだが、エレノア君、どうする?」

 エレノアは聞かれて困ったようにガオウとリカルドの顔を見る。

「私としては、封印してしまうのがいいと思う、この技術は危険だ、勿論エレノアがどうしたいかが一番ではあるがね」

 エレノアは悩んだ、両親の研究成果が世に出るのはもってのほかだ、しかし薄くつながっていた両親との絆が途切れてしまう気持ちがある事、それもまた事実だった。そうして悩んだ末、エレノアはアリスに切り出した。

「アリスさん、研究データは残りガーディアンの情報以外はすべて封印します。手伝ってもらえますか?」

「ああ、勿論だ」

「父と母が果たせなかったガーディアンの討伐は、私たちが果たします。私が二人の意思を継ぎます!」

 ガオウとアリスは頷いた。リカルドもまたそれを支援する事を約束した。判明した事実を胸に、新たな覚悟を持って、少女はまた迷宮を歩むのだ。

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