第17話
二層での活動の大体を終えた。失せ物探しのペンデュラムで、すべての手記を手に入れた。集めた資料は一度まとめてから読むことにしているので、迷宮探索のひと時の合間の隙間時間のようになる。ウォルはお酒をしこたま飲みに行って、アリスはロンを連れて散歩に出かけた。ガオウとエレノアは以前の事があってから、二人で手記を読むようになっていた。
静かに流れる時間に、ガオウは落ち着きのような感情を覚えていた。手記に書かれたエレノアに対する愛のあるメッセージは、読んでいるだけでガオウも嬉しくなるからだ。顔をほころばせながら手記を読み進めていると、急にエレノアが声を上げて立ち上がった。
「どうしたエレノア?」
ガオウがエレノアの顔を確認すると、エレノアは顔を青ざめて視線が定まらないように挙動不審になっている。そしてどっと冷や汗をかき始めた。
「エレノア?エレノア!」
ガオウがエレノアの肩を掴んで揺らすと、ようやく我に返ったようにガオウと視線を合わせる。
「あっ、ガオウさん。あの、もしかしたら、これガオウさんの事が書かれているのかもしれません」
エレノアは未だ顔面蒼白で、震える手で読んでいた手記をガオウに渡した。
「迷宮探索を始めて暫くが経った。被験者の討伐を急がねばならない、私たちはその為にここへ来たのだから。一層で見つけた被験者はモデル鬼の成功例で、その契約者は彼が居た孤児院での同期の女性だった。驚くことに契約者と恋仲になっていた。さらに驚くことに子まで授かっているようだ。幸せそうに赤ちゃんを抱く二人を見ていたら、とてもじゃないが今彼らに手をかける事は我々にはできなかった。問題の先送りにしかならないが、我々はこの場を去る事にした。しかし、いつかは我々の手で…」
そこに書かれている事をガオウは少しの間理解が及ばなかった。一層にいた被験者と契約者、恋仲となった二人、生まれた子供、そして被験者を討伐すると言う目的。自分が探している仇の存在はもしかしたらエレノアの両親なのかも知れない、そんな考えがガオウの頭をよぎる。上手く考えがまとまらない、先ほどのエレノアと同じように冷や汗が止まらなかった。
「ただいま帰ったぞ、ロン君が途中でお肉屋の前で座り込んでしまってね、仕方ないから買ってあげたよ、僕も中々押しに弱いね。ってどうした二人共、そんな深刻な顔をして」
ガオウとエレノア、二人共固まったまま動けずにいるところに、ロンを連れて散歩から戻ってきたアリスが、怪訝な顔をして二人を見た。ガオウは逡巡の後、アリスに今まで読んでいた手記を渡した。アリスはそれを受け取ると、あっという間に目を通す。そして状況を把握したのか、二人に対して座るように促した。
「まず、圧倒的にデータが足りていない」
アリスが少し口調を強めて言う。
「この手記に書かれている内容だけでは、正直言って何一つ理解は進んでいない事実は二人共分かるな?」
それについてはガオウもエレノアも頷いた。結局の所、エレノアの両親の目的についての手がかりはこの手記が初めてで、その動機や理由などは一つも分かっていないからだ。
「見つかる手記のページはバラバラで、順番も決まっていない、開示される情報も散発的だ。数多く残る謎を差し置いて、感情を乱すことがどれほど有益でないことか分かるな?」
アリスの言っている事はもっともだった。二人は徐々に落ち着きを取り戻していた。
「そうだな、アリスの言う通りだ。エレノア、何か変な空気になっちまってごめんな」
「こちらこそ、申し訳ありませんでした。ガオウさん、データを集めて真実を探しましょう、それがどんな残酷な事実であっても私はその咎を背負います」
「やめろエレノア、例え事実がどうあろうと、俺がお前を恨むことは絶対にない。なんたって俺達は相棒だからな」
ガオウはエレノアと目を合わせて笑う。どんな事実が待ち受けようとも、一緒に戦って冒険したその事実が変わる事はない、ロンが心配そうにエレノアの足元にすり寄っていった。
「ありがとうロン、私は大丈夫」
アリスはエレノアがロンと戯れている内に、ガオウに耳打ちをする。
「ガオウ君、君も確かにショックだろうが、一番ショックを受けているのは間違いなくエレノア君だ。僕もフォローするけど、君も頼んだぞ」
「分かってるよ、アリスありがとな」
ガオウがアリスの頭を撫でると、アリスは顔を真っ赤にした。
「レディーの頭をそう簡単に触るんじゃないよ!まったく君は」
「お前がレディーだぁ?ほーん?」
「ロン君!ガオウ君に噛みつけ!首筋を狙えよ!」
三人と一匹が笑い合っていると、酒瓶を片手に酔っぱらったウォルが帰ってきた。
「あれぇ?楽しそうですな、拙者も混ぜてください」
「いいぞ、ロン君、標的はウォル君に変更だやってしまえ」
ロンがウォルに飛びついて顔をべろべろと舐める。倒れて狼狽するウォルを見て、三人はまた笑った。
ガオウ達のパーティーは、いよいよ三層に下りる事になった。
ラビラの迷宮の三層に辿り着いたパーティーは、ガストン達を含めてあれから何組かが到達することが出来た。それでも、一層変わるだけでモンスターの強さは大きく変わり、攻略難易度は大きく跳ね上がる。三層を見ただけで、一層二層専属冒険者に戻ってしまうパーティーも多くいる。
環境はこれまでとは大きく異なり、洞窟のようになっている。空は見えず常に薄暗い、頼りになるのは持ち込んだ松明か、明かりの魔法を使える魔法使いぐらいだ。道は狭く、連携は取りにくくなる。さらに洞窟の壁から突き出ている魔法結晶は、貴重な資源でもあるが、常に溢れ出ている魔力に晒され続けると、魔力酔いを起こしてしまう危険もある。そんな中強力なモンスターを相手にしなければならない、その事実だけで三層に下りるリスクがどれほど高いのかが窺い知れる。それでもガオウ達は進まなければならない、追い求める真実は迷宮の奥にしかないのだから。
三層に下り、ガオウ達はモンスターと戦っていた。相手はマジックゴーレム、魔石から生まれた硬くて魔法攻撃にも強い、手ごわい相手だ。
「拙者が前にでます!」
マジックゴーレムの振り下ろした腕をウォルが大盾で受け止める。重い一撃に、膝が沈む、受けきる事を諦め衝撃を巧みに受け流す。
「ウォル隙間開けろ!」
ガオウの声に反応してウォルは体を少しだけずらす。その隙間からガオウとエレノアが飛び出す。
『強き腕力を!』
エレノアの補助を乗せた一撃をマジックゴーレムに叩き込む、ガオウの拳はマジックゴーレムにめり込むが、痛みを感じないマジックゴーレムは怯まない、上から両手をガオウにふり下ろす。エレノアがシールドを発生させるガントレットに細剣を向けて、盾の枚数を増やす。七枚張ってすべて割られたが、勢いを殺す事には成功する。
「三人とも避けろ!」
後方で魔力練り上げていたアリスが準備ができた事を告げる。三人は一斉に避けてアリスの前を空ける。
『穿ち爆ぜろ!』
アリスの杖の先から稲妻が走り、ガオウの拳が叩き込まれた場所に刺さる。マジックゴーレムの体の内部で、魔力が爆発して、脆くなっていた傷跡からバラバラに砕け散った。
「ふう、やっぱり手ごわいな」
ガオウは変身解除して言う、エレノアも一息つく、ウォルはマジックゴーレムの破片を嬉々として集めていた。
「思ったより魔法の威力が出なかった。やはり魔法結晶の影響が強いな」
ロンに乗ったアリスが戦闘を終えた三人に近寄る、調子が悪いのか、何度か目頭を押さえている。
「大丈夫かアリス?」
「ああ、少し頭痛がするだけだ。僕は三層と致命的に相性が悪いらしい」
ロンがアリスを気遣うように顔を向ける、アリスはそんなロンの頭を撫でて心配ないと言った。
「しかしこのマジックゴーレムの欠片は、とてもいいお金になります!アリス殿の魔法のお陰で沢山集まりますな!」
ウォルは満足げな顔で欠片を集めると鞄にしまう、こんな時でも緊張感が欠けているように見えるが、その実、戦闘と戦闘以外のスイッチの切り替えが一番上手なのはウォルだった。
「ウォル君は普段は頼りにならないが、頼もしいな」
「そんな褒めてもお酒しかでませんよ?」
ロンに吠えられてウォルは窘められる、そんな様子を見て皆は緊張をほぐしていた。
「どうする?もう少し探索を進めるか?」
ガオウの提案にエレノアが同意する。
「アリスさんが大丈夫ならもう少し進んでみましょう、三層は情報も少ないですから、自分たちで集められるだけ集める必要があります」
アリスはそれに頷く。
「僕はロンに乗っているから、体力の消耗も少ない。駄目そうなら僕から言うから、判断は任せるよ」
そうしてガオウ達は歩みを進める。といっても、一層二層のように軽快な足取りとはいかなかった。
結晶トカゲは群れで襲い掛かる、大きさはそれほどでもないが、背中に生えている魔法結晶から得た魔力で、身体能力を強化しているので、動きは素早く、攻撃は強い、一撃もらえば群れは畳みかけるように一斉に襲い掛かる。
『我は命ずるその身に宿る狼の力を目覚めさせよ!』
ガオウを駿狼形態に変えて、エレノアはその後ろに下がる。駿狼形態なら、結晶トカゲの素早い動きも見逃さない、素早い爪の攻撃に結晶トカゲは警戒して近づけない。
「動きを止めるのは悪手ですな!」
ウォルがサーペントを鞭状に変形させる。思いがけない位置からの攻撃に一匹、まら一匹と切り裂かれて絶命する。瓦解した群れは脆い、ガオウとエレノアは距離を詰めて残党を切り裂いた。
「ここがペンデュラムの反応する場所だ」
ペンデュラムは強い反応ではなく、弱く淡い光を放っている。今回はエレノアの頼みで、手記探しを優先して行う事になった。エレノアがペンデュラムに魔力を込めると、三枚の手記が手に入った。
「もう何か所も回りましたから、これで最後にして一旦戻りましょう」
ウォルの言葉に皆が頷いた。ガオウが帰還石を砕くと、四人は迷宮探索を終えて街に戻った。
ウォルとアリスで、素材の清算に向かう事になった、ロンもそれに付き従う。ガオウとエレノアは、適当にベンチを見つけて二人でそこに座った。一刻も早く手記の内容を確認したい、二人共そう考えていた。
「ガオウさんこれ」
エレノアが読んでいた手記をガオウに渡す。
「あの一層で見かけた夫婦の仲睦まじい姿を見ていると、私は決意が揺らいでしまう。何の根拠もない希望的観測で、やってはならないと分かっているのに、私たちは彼らの討伐を諦める事にした。一縷の望みがあれば、彼らは普通に暮らしていけるのではないだろうか?私たちは一層で見つけたモデルドラゴンの被験者を討伐し、その魔石を回収すると、塵と消える彼への祈りの為に小さな墓を作った。慰めにはならないが、祈った事を忘れないように手記を残していく事とした」
読み終えてガオウはエレノアに聞く。
「なあ、エレノアの両親って研究者だったんだろ?ガーディアンに勝てる実力ってあったのか?」
「私もそれが気になっています。父と母がそんなに実力者だったとは思えません、研究ばかりしていた人たちですから」
そうだよなとガオウは呟く、実際にガーディアンと相対してきた自分たちだからこそ分かる。生半可な実力では勝てる相手ではない、やはりまだ知らない謎があるとガオウは思った。そして自分が持っている手記へ目を落とす。そしてそこに書かれた内容に驚愕した。
「エレノア!こ、これ、これ読んでくれ」
ガオウからエレノアが手記を受け取ると、それを読んだ。
「私たちは数多くの過ちを犯してきた。その中でもこれは飛び切りの過ちだ。一層の彼らが死んだ。幼い子を残して逝ってしまった。私たちは非情になるべきだったのだ、例え子と離すことになったとしても、私たちの手で送ってあげるべきであった。悲劇は防げたのに、判断を誤った。彼は自分の妻に手をかけて、その後微かに残した自我で自ら命を絶った。その爪で自らの体を引き裂き、自らの行いを嘆きながら死んでいった。そして直後の現場を目撃した子供は両親の亡骸に縋った。その時に信じられない事が起きた。彼の亡骸の魔石がその子供に吸収されたのだ。この現象を私は何と表現していいか言葉が見つからない、力の譲渡なのか、遺伝が成せる奇跡なのか、あの子ならば、もしかしたら…」
エレノアが手記から顔を上げると、そこにはもうガオウが居なくなっていた。
「ガオウさんっ!」
エレノアは名前を呼んで走る。どこへ行ってしまったのか分からない、でもショックを受けて傷ついたことは分かる。かける言葉が見つからなくとも、今ガオウと一緒にいなければ、エレノアはそう思って走った。
「ガオウさんっ!ガオウさんっっ!!どこですか!?」
声をかけながら必死に探す。上がる息も、落ちる汗も全く気にせずに探す。
「おやエレノア殿、どうしました?」
道中、ウォルに出会ったエレノアはガオウを見ていないかを聞く。
「拙者は見ていません。一緒に探しましょう、何かあったんですね?アリス殿の所へ行って、ロンの力を借りてください」
ウォルも一緒になって走り回って探してくれることになった。エレノアはウォルに言われた通りアリスの元へ行き、ロンを借り受ける。
「僕も探すから、心配するな。見つかるさ、きっとどこかへ行ったりしない」
「ありがとうアリスさん、ロンさんガオウさんの匂いを追って!」
ロンを追いかけてエレノアは走る。見つけなければ、お願いだから見つかってくれと祈って走るエレノアに、ロンが一鳴きして知らせる。
ガオウは街で一番高い場所にある展望台付きの公園にいた。エレノアはふらつく足取りでガオウに近づいて声をかける。
「ガ、ガオウさん、急に居なくならないで」
「ごめんエレノア、俺も気がついたらここにいたんだ。でも念話を使えばよかったのに、そんなに走り回って」
「当たり前ですよ!ガオウさんが、急に居なくなるから!それに、傷ついてるだろうし、私、何も言ってあげられないけど、でも相棒なんですよね!?私たちは相棒なんです!だから傍に居なくちゃダメなんです…」
言葉の途中からエレノアの眼からは涙がぽろぽろとこぼれた。ガオウはその涙をそっと拭って「ごめんな」と言った。
「ごめん、俺も頭の中ぐちゃぐちゃで訳わかんなくなってるんだ。親父たちの死の真相がこんな形で分かるなんて思わなくて、それに内容も分からない事だらけで、気がついたらエレノアから離れてた」
ガオウはエレノアをそっと抱きしめるともう一度ごめんと呟いた。
「探しに来てくれてありがとう、エレノアの姿を見たら俺も落ち着いた。相棒だからかな?」
「知りません!私は怒っています」
エレノアはそう言いながらガオウの胸に顔を埋めた。
「エレノア、まだ謎が残ってる。ガーディアンに挑んで、研究データを手に入れよう。アリスもいるんだ、きっと何か分かるはずだ」
「はい、分かっています。ガオウさん、もう離れないでください、傷ついた時に私を頼ってくれないと嫌です。相棒なんですから」
夕暮れが二人の姿を赤く染める、解かれていく謎に、増える謎を追い求めて、二人はまた迷宮へと歩みを進めるのであった。
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