第16話
エレノアはウォルに剣の手ほどきを受けてから、何度も手合わせをしている。
「ぐっ!」
しかしエレノアは剣については初心者で、ウォルに子供の相手のようにあしらわれてしまう。
『舞い上がれ』
地面に剣先を向けて風の魔法と共に振り上げる。巻き起こった砂埃で視界を奪う作戦だったが、それに合わせてウォルも地面を蹴り上げた。互いの砂埃がぶつかり合って、エレノアの視界からウォルが消える。
「まずい!」
その場に留まるのは悪手だと思い、エレノアは一度距離を取ろうとするが、砂埃を避ける訳でも迂回する訳でもなく、姿勢を低くしてその中を突っ込んできたウォルにあっという間に距離を詰められる。
「はい、拙者の勝ち」
木刀を喉元に突き付けられて、勝敗は決する。木刀を引いたウォルの後ろで、エレノアが大きくため息をついた。
「おや、どうしましたかなエレノア殿?」
「私、まだまだ全然駄目だなって…手ごたえが感じられなくて」
ふうむとウォルが唸る。
「拙者から言わせてもらうと、戦闘センスだけで言うなら、エレノア殿はガオウ殿より数段上ですよ」
「え?どうしてですか?」
エレノアは自分でも戦闘力が劣っていると思っている。まして比べる相手がガオウで、戦闘センスなどと言われたら、とてもじゃないが信じられなかった。
「エレノア殿は、手合わせを重ねるうちに沢山別の手を考えて実行してきます。先ほどの砂埃も良い手だと思います。上手く生かせないのは単純に経験値の問題ですな」
「そ、そうですか?」
「そうです。ガオウ殿は強いですが、強いだけです。工夫がない、まあ元々必要が無かったので仕方がないのですが、それでもガオウ殿は教えられて伸びるタイプで、エレノア殿は考えて伸びるタイプですな」
「あ、ありがとうございます」
ウォルはにっこり笑って、もう一本と言って木刀を構える。エレノアも細剣を構えて、次の手を考えながら素早く一歩踏み込んだ。
ガオウは変身したまま突っ立っていた。その周りをアリスがぐるぐると回って観察する。時たま体に触れて「なるほど」と呟いたり、装甲を叩いては「そうか」と勝手に納得するだけで、ガオウは特にすることもなく立っていた。
「なあアリス、俺は本当にこのままでいいのか?」
「うん?僕は君に何かしろと指示したかい?」
ガオウは首を振って否定する。
「なら、そのままでいたまえ。しかし君は暇だろうから、僕が考えている事を説明してやろう」
アリスはガオウの体の観察を続けながら話す。
「この基本形態、名前を鬼形態とするか。こいつは他の形態と違って、目立った特徴はない代わりに、その装甲の頑強さ、身体能力の高さ、皮膜のように全身を包むモンスター由来の合成筋繊維、どれもが高い水準でまとまっている。目につく武装は腕部装甲や脚部装甲についたブレードや、爪や拳等少ないが、徒手空拳を目的にデザインされているし、頑丈で素早く力強く動ける、それだけで本来相手は成す術もないんだ」
「ふーん、鬼形態ってのは?」
「単純にこの形態が鬼に似ているからだ。モンスターとしてのデザインが鬼だったと思われる。だから鬼形態」
ガオウは自らの変身形態について深く考えた事がなかった。こうしてアリスの解説が入ると、自分がどう動くべきなのかイメージが付きやすくなるように思えた。
「エレノア君、取り込み中悪いが駿狼に切り替えてくれ」
エレノアは手合わせの最中なので、こっちに目もくれることなくガオウを駿狼形態に切り替える。
「こっちは装甲が流線形をしていて、刺々しい見た目こそしているが、より素早い動きをするために特化しているな、武装としては手甲から伸びた爪くらいだが、頭部にある狼を象った耳や鼻のようなパーツ、そして全身の刺々しい装甲が、相手の動きを読み取り、それを動きに反映させる事で優れた探知性能と反射神経に一役買っている訳だ」
ガオウは狼のガーディアン戦での苦い記憶を思い出す。あの時エレノアが攻め手を見つけてくれなければ、今自分はここには居なかったかもしれない、そう思うと身が震えた。
「エレノア君、次は大翼だ」
丁度ウォルに剣を弾き飛ばされていたエレノアは、やはりまたこちらに目もくれず、ガオウを大翼形態に変えて自らの訓練に戻る。
「全体的に装甲が減って軽くなっているな、そして背中の翼は飛ぶためだけでなく、硬く鋭くできているから武器や防具としても使うのだろう、右腕の砲塔は、魔力の使い方によって、様々な弾を打ち出すことができる。変幻自在の遠距離武器だ。加えて頭部バイザーは視力を大幅に引き上げて、広く遠くを見渡すことができる、やり方によっては、相手に何もさせる事なく一方的に攻撃が出来るという訳か」
鷲頭のガーディアンでは、あまり活躍が出来なかった。止めこそ刺したものの、エレノアの機転とウォルの決死の防御によって相手を引きずり下ろした。だからこそ、扱いの難しいこの形態を、ガオウは使いこなしたいと強く思っていた。
「よし鬼形態に戻ってくれ」
アリスに言われて、ガオウは元の形態に戻る。
「それで、俺たちはどんな特訓をするんだ?」
「ん?特訓?」
「え?」
「え?」
アリスは観察にすっかり夢中で特訓の事をすっかり忘れていた。
「あー、じゃあ変身を解いて基礎トレーニングだ。走り込め」
「お前適当に言ってるんじゃないだろうな?」
ガオウはジト目でアリスを見る。
「失礼な、大体君は変身に頼り切りで、基礎トレーニングを行ったことなどないだろう。そう言った下地もないのに、強くなる近道があるかい?」
「な、なるほど、確かにそうだ」
ガオウが与し易い相手で助かったと思いながら、アリスは杖を振った。
「うおおお、か、体が重い!」
「それだけの負荷をかけても、君の体の中の魔石がすぐに千切れた筋繊維を治す。超回復を繰り返しながら走り続けたまえ」
よーいどんとのアリスの掛け声でガオウは走り始める。体にかかる負荷でミシミシと音をさせながら歯を食いしばってガオウは走った。
特訓後、ガオウもエレノアもその場に倒れこんで動けなくなっていた。
「え、エレノア、だ、大丈夫か?」
「が、ガオウさんも、ぶ、無事ですか?」
息も絶え絶えに二人は互いの安否を確認しあう、疲れて動けなくはなっているが、二人共無事だと分かって互いに安心する。
「特訓ばかりという訳にいきませんから、迷宮探索の方も進めていきませんとな」
「ああ、実戦での経験に勝るものはない、明日にでも迷宮に行こう。ウォル君は盾の方は何とかなったのかい?」
魔法をかけ続けていただけのアリスは別としても、エレノアと一日中動き回っていた筈なのにウォルは平気な顔をしていた。
「何とか調達する都合がつきました。ベア殿に大分無理を言ったので結構お金がかかってしまいましたが」
「ほう、いくら程だね」
「ざっと百万くらいですかな」
ガオウとエレノアは地面に伏せながらも大声を上げた。
「おい、ウォルそんな金どこにあったんだ!?」
「パーティーの共同資産がありましたからそれを」
「そ、それはもしもの時の為に積み立てていたんです!」
暫しの沈黙の後、ウォルがあちゃーと言って頭を掻く、ブチ切れのガオウは最後の力を振り絞って立ち上がってウォルをぶん殴る。エレノアは地面に伏したままぶつぶつと独り言を壊れたように繰り返していた。
「ま、暫くは依頼も同時進行でこなしながら行くしかないな」
アリスがそう言うと、ガオウは力尽きて倒れて、殴られたウォルも同様に倒れ、エレノアは体力の限界がきて気を失った。アリスが杖を一振りすると三人の体が浮き上がって、そのままアリスに連れていかれる形でマキシムの元へ戻るのだった。
四人パーティーとなったガオウ達一行は、掲示板での依頼も受けられるようになった。取りあえずの資金集めの為に片っ端から依頼を受けてこなす日々を送る。アリスは「関係性が崩れるからお金は絶対に貸さない」と言った。ガオウもエレノアもその通りだと納得したが、ウォルだけ食い下がったので、マキシムがウォルに鉄拳制裁で黙らせた。
それと並行して、二層での失せ物探しペンデュラムで、アレン博士達が遺した手記を集める事も行っていた。どこにヒントが隠されているか分からない現状、手がかりになりそうな物はすべて集めることを目標にしていた。
「ガオウさん!」
「おお!」
討伐依頼のあったロックワイバーンを相手取り、ガオウとエレノアが戦闘を行う。ガオウのすぐ後ろを立ち位置として、エレノアは細剣による魔法と剣戟、そして契約魔法による強化で、ガオウをバックアップする。
『硬化せよ』
ロックワイバーンが尻尾を振り回す動作に合わせて、エレノアはガオウに補助をかける。ガオウは硬化した体でエレノアの前に立ちふさがり攻撃を受け止める、その隙にエレノアは細剣でロックワイバーンの尻尾を切り落とす。
「ギャアァァ!」
悲鳴を上げるロックワイバーンは動きが止まる。
『我は命ずるその身に宿る鬼の魂を解放せよ!』
エレノアの解放魔法を受けて、ガオウは地面を蹴る。そのまま勢いに乗せてロックワイバーンの体を飛び蹴りで貫いた。戦闘が終わると、後方からアリスが拍手をしながら近づいてくる。
「いいじゃないか、すごくいい!エレノア君もガオウ君も動きが見違えるようだよ」
変身解除したガオウはエレノアとハイタッチする。
「確かに全然動きが違うな」
「はい、私も戦闘に貢献できている気がします」
アリスはうんうんと頷いて言う。
「二層のモンスターではもう相手にならないな、手記を集めたら三層に下りよう」
いよいよだとガオウもエレノアも顔を見合わせる、そろそろ手記の反応も少なくなり始めている。ラビラの迷宮三層に到達したパーティーは数少ない、そのうちの一組になれる事に、どうしたって興奮は隠せなかった。
「そういやウォルはどこ行った?」
「簡単な採取依頼だから一人で行くと言っていたぞ、ウォル君専用のお守りも渡してあるし、大丈夫じゃあないかい?」
ウォル専用お守りとは、あまりにも気移りするウォルの為にアリスが開発した魔法道具だ。どこかへ行っても探知できるうえ、危険が迫っていれば警告音がなるようになっている。
「おーいお三方ちょっと来てください!」
そんな話をしていると、ウォルが両手いっぱいに依頼素材を抱えて戻ってくる。
「どうした?何かあったのか?」
ガオウはそれを受け取って鞄に仕舞いながらウォルに聞く。
「いやそれが、見た事がない物がありましてな、判断がつかないので見てもらいたくて」
ウォルに連れられて三人はその場所に向かう、そこには岩に突き刺さった剣と、それを守るように大きな灰色の狼のモンスターが丸くなっていた。
「どうですか?何だか奇妙だと思いませんか?」
「確かに、なんだこの状況は」
ガオウとウォルが岩陰から先に覗く、それに続いてエレノアとアリスも岩陰からひょっこり顔を出した。
「大きなモンスターですね、それにあの剣を守っているように見えます」
「種類としてはウォーウルフの亜種のようだが、妙に大人しいな」
アリスの言葉にガオウが続く。
「ウォーウルフってもっと小さくて群れて行動するよな、それに気性も荒いモンスターだし、確かに変だな」
そうして話し合っていると、灰色のウォーウルフは四人に気が付いたようで、すくっと立ち上がった。ガオウは変身しようと構えたが、エレノアがそれを手で制した。
「ちょっと待ってください、何か咥えてこちらに向かってきてません?」
そう言われてよく見ると、確かに瓶のようなものを咥えていた。そして静かに四人の前まで来ると、それをそっと置いて、ウォーウルフはお座りをしてただじっとこちらを見ていた。
「何でしょうな?」
ウォルが瓶を拾い上げると、中には紙が入っていた。コルクを取って中身を取り出すと、エレノアがあっと声を上げた。
「その紙に描かれた家紋は私の家の物です!」
ウォルがエレノアにその紙を渡すと、急いでそれを広げて読み始めた。
「この手紙が、私たちの娘に渡っている事を願います。愛しいエレノア、あなたを置いていってしまった事を後悔しない日はありません。この贖罪の旅に連れていける訳がないけど、それでもあなたの事を毎日思っています。この子はウォーウルフというモンスターだけど、体が大きく、毛の色が違っていて、群れから追い出されてしまったはぐれ者。怪我をしている所を助けて、世話をしている内に懐かれてしまった。ロンと名付けたその子を、やっぱり連れて行く訳にはいかなくて、私たちはその子にこの剣を守る事と、この手紙をいつかあなたが来たら渡してとお願いした。残酷なお願いになってしまうかも知れないけれど、それでも連れて行く訳にはいかない。ロンはお利口だから律儀に私たちの言いつけを守る事でしょう、よかったら仲良くしてあげて。その剣は、とても特殊な物で、この迷宮で手に入れた物、あなたに仲間がいるのなら役立てて、使い道がないのなら売ってしまって構いません。この剣は特殊な機構があって、通常は剣として使えて、切り替えると節々が分かれて伸びる鞭のようになる、特殊な武器。銘をサーペントと言います。もし私たちの後を追うような事があれば、役立ててください。そしてロンの事もお願い、賢い子だから従属の首輪さえあれば味方になってくれると思う、独りは寂しいだろうから、お願いします。」
エレノアが手紙を読み終えると、ガオウは剣を抜いてアリスに見せる。
「なるほど、これはすごい剣だ、僕も見た事がない。鍔に埋め込まれた魔石を通じて刀身に魔力を流し、鞭と剣を切り替えるようだ。ウォル君、君にうってつけだ」
そう言ってアリスはウォルに剣を渡す。
「エレノア殿、拙者が頂いてもよろしいですかな?」
「ええ勿論!ウォルさんに使っていただければ、きっと剣も喜びます!」
「ありがとうございます。必ずやお役に立てて見せます」
ウォルはそう言うと剣を受け取り、一二度振ってその感触を確かめた。
「なあエレノア、従属の首輪って何だ?」
ガオウは手紙の最後のに書いてあった。従属の首輪が気になってエレノアに聞いた。
「モンスターの中にも、稀に人間に恭順の意を示す個体がいます。そのモンスターを使役する為に作られたのが従属の首輪です。私の両親が開発した物です。王都ではすでに実用化されていて、ワイバーンが荷車を引いたり、軍馬としてタロスホースが使われていたりしますね」
「あれはアレン博士達の発明品の中でも実に有用な物だ。僕も魔法の研究の為に何度か使わせてもらったよ」
エレノアとアリスが話している間に、いつの間にかロンが首輪をどこからか咥えて持ってきていた。それをガオウの前に置いて、また静かにお座りをする。
「うお、いつの間に。こいつ静かで大人しくて本当に賢い奴だな。これ普通につけていいのか?」
「はい、首に巻いてあげれば自動で大きさにフィットするようになっています。従属の首輪をしているモンスターは、迷宮を出る事もできますよ」
ガオウがロンの首に首輪をつけてあげると、ロンは満足げな顔をして、ガオウの手に頭をこすりつけてきた。ガオウがそのまま撫でてあげると、ごろんと転がってロンはされるがままに撫でられた。
「しかしロンは本当にでかいな、アリスなら背中に乗れるんじゃないか?」
「お、それはいいアイデアだぞガオウ君、僕のか弱い足腰では迷宮の移動が辛かったんだ。ウォーウルフのロンならどんな悪い足場でも軽く歩ける」
アリスはロンを呼ぶ、さっと素早く近づいて地面に伏せをする。
「乗っても構わないかいロン君?」
アリスはロンに優しく声をかけて、その背中を撫でると、そっと乗った。ロンはアリスが乗ったのを確認すると、すくっと立ち上がる。
「おお、すごい!ウォーウルフに乗ったのは初めてだ!ははは、ロン君はいい子だな、後でご褒美をあげよう」
アリスはロンの背中を甚く気に入り、ロンの首を撫でて喜んだ。ロンもアリスを気に入ったようで、背に乗せたままくるくると回って見せた。思いがけない場所で、エレノアの両親の遺産を手に入れた四人、そして心強い仲間として一匹のはぐれウォーウルフが加わり、また一つ謎の解明の旅路を進めるのだった。
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