第15話
ガオウは長話の最中もずっと飛び続けていた。空中でバランスを保つ事は存外に難しく、ふらふらと揺れ動いて定まらない。そうした無駄な動きをしている内に魔力が尽きて落ちる。
「ぐべぁ!」
変身しているので怪我はないのだが、痛い事は痛い。しかし修行は修行で、何かを掴めなければ意味がない、ガオウはまた飛び上がって意識を集中させる。バランス、魔力の流れを体の中で感じる。翼をはためかせて飛んでいる訳ではない、あくまで魔力で飛んでいる事を意識して、体のどこに魔力を集中させれば効率的なのかを探っていく、しかし風が吹いてバランスを崩し落ちて、虫の羽音が聞こえてきて集中力が乱れて、中々上手くいかずに何度も落下する。
「すぅーはぁーふぅー」
一度気持ちをリセットさせるべく、大きく深く呼吸をする。そうして覚悟を決めると、高く飛び上がった。ガオウは無心で集中すること以外考えないようにした。巡る魔力がどこかに集中してはならない、バランスを考えて、コントロールを意識して浮かび上がる。風や雑念はすべて意識外へ追いやった。ガオウは何度も落ちては飛んでを繰り返しているうちに、段々とコツをつかみ始めていた。飛べてる、飛べてるぞとガオウが心の中で喜んでいると、その雑念が悪かったのか急に落下し始めた。
「ぎゃふん!」
ガオウが落ちて頭をさすっていると、掘っ立て小屋の戸が開いて、アリスが外に出てきた。
「何だお前まだやってたのか?」
ガオウは鬼の形相で怒り狂う寸前にアリスは言った。
「もう十分すぎる程コントロールは学べただろう?試しに僕が飛ばす泡を撃ち抜いてみろ」
そう言って杖を振ると、ふわふわと泡が舞い上がる。とても小さくて、ふらふらと動き狙いずらい的だ。
「いいか?空を飛んでいた時の事を思い出せ、魔力の奔流、ただそれを解き放つだけでは上手くいかないだろう?よく狙って、よく絞れ、動きを読んで一点を撃ち抜くんだ」
アリスに言われて、ガオウは右腕を泡に向ける。集中して出力を絞る、小さな的に飽和攻撃を与えては無駄が多い、先ほど空で感じていた風の向きを思い出して、狙いを定める。
「そこだっ!」
放たれた光弾は極限まで小さくコントロールされて、揺れ動く泡を正確に撃ち抜いた。ガオウは明らかに自分が魔力の調整が上達しているのを感じ取ることができた。
「いいじゃないか、これなら戦力になりそうだ。仲間としてこれからよろしく頼むよ」
アリスはそう言うとすたすたと先に歩いていってしまう。
「仲間ぁ?どういう事だよ!?」
「ガオウさん実は…」
エレノアとリカルドが小屋から出てきて事のあらましを説明する。ガオウは知らぬ間に増えた仲間に驚きながらも、その後を追った。
リカルドとは途中で別れ、アリスとガオウとエレノアはウォルが待つ民宿へと戻った。
「失礼、宿の主人はいるかい?」
入るなりアリスは声を張る。
「いらっしゃいませ~、あらガオウちゃん達じゃない、帰ってきたのね」
「ただいまおばちゃん」
「ただいま帰りました。それでですね、新しく仲間に加わっていただくアリスさんです」
エレノアがマキシムにアリスを紹介する。
「どうも、さっそくで悪いが部屋は空いてるかい?」
「あらあら、せっかちな子ね、空き部屋はあるわよ」
「では話が早い、この金で一室借り上げる。どうか?」
アリスが杖を振ると、小さな鞄の中から大きなケースが飛び出てくる、マキシムの前にそれが置かれると、ぱかっと開いて大金が目の前に飛び込んでくる。
「いや、金額は十分すぎるは、こんなに受け取れないわよ」
「すまんが受け取って貰わないと困る、僕は部屋をそのままにしておけないからな、ぱぱっと改造させてもらいたい、そのための金額だ」
「ちょっと、部屋をめちゃくちゃにされちゃ敵わないわよ!?」
マキシムは慌てるが、アリスは実に冷静にそれを否定する。
「いや、改造と言っても僕の家と繋げるだけだ、内装その他は一切いじらない。もし何か不都合があった時のためにこれだけの金額を用意してあるだけだ」
マキシムはアリスの言っている内容は理解できなくとも、取りあえず納得した。
「では少し失礼する。部屋に案内を頼むよ」
マキシムを引き連れてアリスが階段を上がっていく、ガオウもエレノアも展開の早さにぽかんと口を開けたまま立ち尽くす。
「おや、ガオウ殿エレノア殿おかえりなさいですな!拙者もう寂しくて酒が進んでしまったのですな」
ウォルが酒瓶を片手に部屋から出てくるのを見て、二人は現実に引き戻された。
事のあらましをエレノアが、ガオウとウォルに説明する。
「なるほど、そんな事情があったんですな」
ウォルはうんうんと頷きながら相槌をうっている。
「なあ、エレノア。その話の中で出てきた被験者が俺の親父なんだよな」
「恐らくそうだと思います」
「じゃあもしかしたら、俺のお袋は親父に契約魔法を結んだ人って事はないかな?」
エレノアはガオウの指摘を受け、確かにそうかも知れないと考えた。契約魔法を結ぶ時、必ずしも異性同士である必要はないが、先ほどのリカルドとアリスの話を聞く限り、男女や好いた情を持つ者を組み合わせる事が自然だと思えた。
「それは、可能性としてとても高いと思います。迷宮内でも問題なく生活できていたのも、変身能力と契約魔法の力があったのなら納得できます」
ガオウとエレノアは顔を見合わせて頷いた。今まで見えてこなかった手がかりの糸口が、少しずつ掴めてきたように思えた。
「それで、拙者気になっているのですが、アリス殿というのはどういう方ですかな?」
ガオウとエレノアは別の意味で顔を見合わせた。ウォルにどう説明したものか悩んでいると、アリス本人が二階から下りてきた。
「どうも、僕の名前はアリス。当代無双の魔法使いにして、稀代の天才である。敬うように」
アリスの態度は尊大そのものだ。ガオウは口を開けて呆れて、エレノアは言葉が見つからず苦笑いをした。
「拙者の名前はウォルと申します。ガオウ殿とエレノア殿に受けた御恩に報いるため、仲間として共に冒険に出ています。拙者は二人の盾であり剣、アリス殿、志を共にする仲間となれば、拙者はアリス殿の盾にも剣にもなりましょうぞ」
ウォルは自然な動作で跪いて挨拶をする。
「おいおい、さっきまで酒瓶片手にべろべろに酔っぱらってたとは思えないな」
ガオウはエレノアに耳打ちした。
「すごいですねウォルさん、どうしちゃったんでしょうか?」
エレノアもガオウに耳打ちして応える。
「ふむ、ガオウ君の仲間と聞いてどんな礼儀知らずかと思っていたが、中々どうして大したものじゃないか、ウォル君、これからよろしく頼むよ」
アリスはウォルに右手を差し出す。しかしウォルはひとしきり挨拶を述べたあと動かなくなっていた。
「あれ?どうした?」
アリスが引っ込みのつかない手を引けず困っているので、ガオウがウォルを覗き込むと、ウォルはよだれを垂らして、寝息を立てていた。
「駄目だ寝てる。さっきのは酔いの限界で出た最後の煌めきだったんだな」
アリスはみるみる顔を赤くしていく、怒りが顔に現れていくのを見て、ガオウはエレノアと一緒に下がった。
「寝るんじゃないよ!僕が挨拶してやったのに!」
アリスが杖をブンと振ると、食器棚から皿が飛んできてウォルの頭を直撃した。
「何ですか!朝ですか!?」
直撃した皿は割れて、ウォルは寝ぼけた事を言っている。真っ赤な顔して怒っているアリスの後ろで、マキシムがさらに怒り顔を浮かべていた。
「あんたたち何してるの!?危ないでしょうが!」
「ぴぃぃ!」
マキシムに叱られて、アリスが悲鳴を上げる。そのままアリスとウォルはマキシムに正座をさせられて説教を受けるのだった。
アリスは皿を割った罰として、ウォルは騒動の原因として、民宿の掃除をマキシムにやらされていた。といっても、ガオウもエレノアもそれを手伝っているので、四人揃って掃除している。
「何で僕が手を使って掃除なんか…」
アリスがぶつぶつと文句を言いながら箒で床を掃いている、その手つきはぎこちなく、拙い。
「お前掃除した事ないのか?」
「掃除何て使い魔に任せている、僕が手ずからする必要なんてないんだ!」
ガオウはそれを聞いてはいはいと適当に返事をする。
「たまにはこうして掃除するのもいいもんですな、騎士団の下っ端時代は、先輩のしごきとして散々やらされました」
ウォルは雑巾がけをしながら昔を懐かしむ。
「のんきな事言って、僕が起こられたのは君のせいなんだぞ!まったく」
そうは言いながらも、きちんと言いつけ通りに自らの手で掃除作業を行うアリスを、ガオウは案外素直な奴だなと思った。
「ガオウさん、こちらの棚を動かしたいので手伝ってください」
エレノアに声をかけられてガオウは短く返事をして、そちらに向かう。残されたウォルとアリスは、特に話すこともなく無言で作業を進める、しかしその張りつめた空気感にアリスが我慢できなくなって、ウォルに話しかける。
「お前、騎士団ってどこの騎士団に居たんだ?」
「拙者ですか?王都騎士団に所属していました。ほらこれ見てください」
ウォルが見せた金色の紋章を見て、アリスは驚愕する。
「これ!お前、何でこんなところで冒険者なんてやってるんだ?」
「だからそれは、お酒を好きに飲みたいのと、お二人に御恩を返すためですよ」
「本当にそうか?この紋章は、ただ武勲を上げた者に授与される物じゃない、そいつはエリートの中でも選ばれた者にしか与えられない物だ。お前まさか、王都のスパイなんじゃないか?」
ウォルは無言で立ち上がってアリスの元へずんずんと歩く、その迫力にアリスは小さく悲鳴を上げた。
「な、なんだよ?やるってのか?僕が本気になればお前なんか一捻りなんだぞ!」
アリスの虚勢を無視してウォルは言う。
「拙者、王都騎士には何の未練もありません、規律規律と堅苦しい生活を強いられて、ちょっと拙者が強いから嫌な任務ばかりやらされて、ほとほと愛想が尽きていました。それにお酒も自由に飲めないし。」
「おい、最後のやつはお前の問題だろ」
「まあそんな事もあって、騎士団抜けたいなって思っていたんですな、そんな時、ガオウ殿とエレノア殿に命を救っていただいて、恩義に忠を尽くす事を教えていただきました。拙者はあのお二人の重たい責務についてはよく理解していません。しかし、お二人が危険とあらば拙者が盾となり、迫りくる敵を斬り伏せる剣となる誓いは、どんな事があっても破る事はありません」
ウォルの真剣な眼差しにアリスはたじろぐ。
「それに拙者、ガオウ殿とエレノア殿が好きなんです。お二人とする冒険は楽しい、拙者は迷惑ばかりかけてますが、それでも今の自分が好きなんですな」
そう言ってにかっと笑うウォルを見て、アリスはウォルがどれだけ二人に信を置いているかを知って、少しだけ顔をほころばせた。
「まあそこまで言うなら僕も信じてやるよ、僕はまだ皆の事をよく知らない、冒険に参加するのも個人的な好奇心からだ。だけど君たちの力になる事は約束するよ」
「これは頼もしい!アリス殿が加わってくださるのであれば、百人力で怖いものなしですな!」
「ふふん、まあ任せておきたまえよ。なんたって僕は天才だからね」
そう言ってウォルとアリスが握手を交わしていると、奥からガオウとエレノアが戻ってきた。
「何だよ、結局仲良くなったのか?」
ガオウは笑いながら言う。
「別に僕たちは仲がいいわけでも悪いわけでもない、ただ挨拶を交わしただけだ!」
エレノアはふふっと微笑んでアリスに言う。
「アリスさん、改めてよろしくお願いしますね。仲間になっていただける事とても心強いです」
そんな話をしていると、玄関からマキシムが大荷物を抱えて帰ってきた。
「ほら皆手伝って!アリスちゃんが仲間に加わったのなら、歓迎会をしてあげなくっちゃ!腕によりをかけて美味しいごはんを作るわよ!」
ガオウとウォルは歓声を上げて、エレノアはマキシムを手伝うと言ってキッチンへと向かう、アリスは自分を歓迎する温かな空気を感じて、少しだけ頬を赤らめた。
「まず第一にお前たち二人の戦闘は非効率的だ」
訓練場にて、戦闘スタイルの確認を行うために集まった四人だったが、アリスがまずガオウとエレノアに言った。
「何だよ非効率的ってのは?」
「ガオウ君の実力はもっと高くていいはずだ。少なくとも研究データだけを見るならもっと動けてもいい」
「しかし、ガオウさんはもう結構な実力者だと思いますが」
エレノアがそう言うと、アリスははっきりと言った。
「いや、まだまだだ。そしてその理由は、エレノア君、君にあるんだ」
「私に?」
エレノアはどういうことかと尋ねる。
「契約魔法は二対一体、二人の距離が近ければ近いほど効力を発揮する。戦いの最中に、契約を通じてエレノア君からガオウ君に常に魔力が流れて、身体能力が強化されている。それが遠くなると効率が悪くなるんだ」
「あの解放せよって呪文は距離とか関係なさそうだけどな」
ガオウの指摘にアリスも頷く。
「契約魔法について調べてくうちに、少しずつ分かってきたことがある。単純に補助や強化に回復を行うものと、モンスターとしての力の解放を促すものがある。前者は近い方が効率的で、後者は距離は関係なく、ガオウ君の核となったモンスターとしての力を解放するための呪文だ」
「形態変化についてはどうですか?」
「形態変化は、混ざり合った魔石から、それぞれの特色を引き出す命令のようなものだな、恐らくガオウ君に取り込まれた魔石は体の中で融合していると思われる」
ガオウは自分の体を触って言う。
「俺としては変化とかもないけどな、それに俺自体は改造手術とか受けてないのに、ほんとに魔石とか埋め込まれてるのかな?」
「それについては解剖でもすれば判明するかもな」
「何冗談言ってんだよ…冗談だよね?」
アリスはそれならそれでもいいと言う顔をしている。ガオウは慌てて話題を変える。
「それで、俺達二人はどうやって戦うのがいいんだ?」
「簡単だ、二人は常に傍にいて戦うんだ」
ガオウはそれは危険すぎるんじゃないかと言おうとした時、エレノアが言った。
「分かりました。これからは私も前に出て戦います!」
エレノアの宣言にガオウは慌てる。
「な!?エレノア、待ってくれ。それは危険じゃないか?」
「どうしてですか?ガオウさんは常に前に出ていてもっと危険です。なら相棒の私も前にでなくちゃ」
「そうかもしれないけど、でもモンスターの攻撃を受けるんだぞ!俺は頑丈だけどエレノアは」
二人の言い争いにアリスが割って入った。
「まあまあ痴話喧嘩はその辺にしたまえ、僕が考えも無しに提案するわけがないだろう。ちゃんと君たちの戦闘スタイルについて考えてきたさ」
アリスが杖を振る。鞄の中から一本の細剣が出てきた。
「エレノア君、その細剣は僕が開発した。魔力をよく伝える金属と魔石を使って、杖としても剣としても使えるものだ。それを装備したまえ」
エレノアが剣を手に取って鞘から抜くと、澄んだ青色の刀身が輝きを放っている。
「ガオウ君が前に出て、エレノア君はその少し後ろ。ガオウ君は強化された能力で攻撃も防御もこなしてエレノア君を守れ、エレノア君は適切な強化をガオウ君にかけながら、その細剣でガオウ君の隙を埋めろ。魔法も剣戟も覚える必要があるが、やるかい?」
「やります!」
エレノアは食い気味に言った。ガオウも固い決意のエレノアを見たら、それ以上何か言うのも野暮だと思った。
「分かった。俺もそれでいい」
「いい覚悟だ、ならエレノア君はウォル君に教われ。ガオウ君は僕とだ」
こうして二人の戦闘スタイルを模索する特訓が始まった。
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