第14話

 エレノアはリカルドと一緒に、冒険で得た研究データの読み込みを行っていた。ウォルの盾が新しく見つかるまでは冒険に出る事も出来ないので、こちらの方に集中できる。ガオウはウォルに稽古をつけてもらっているようで、この場にはいないが、二人が居てもどうしようもないだろうとは、エレノアも思っていた。

「エレノア、今回見つかった研究データだが、どうやら被験者についての経過報告書のような物が多い様だ」

「はい、私の手元の資料も大体同じようです。分かった事を整理していきましょう」

 大量の資料を前半部と後半部で分けて見ていた二人は、まずリカルドの前半部から情報をすり合わせる事にした。

「まずこの研究での成功例は10人しかいない、この時点でこの資料に載っている被験者はすべて死亡している」

 エレノアはこくりと頷く。

「初めに行われた実験は、モンスターの能力を人間に使わせる試みだった。魔法とは違うモンスター固有の能力を自在に操る事が出来れば、それは大きな武器になりうる」

「はい、父と母の研究の一部に、モンスターが持つ能力の特異性についてのテーマがありました」

「正しくそれに目をつけたのだろう、エンシェントオーガという強力な素体を用いて、モンスターの特殊能力を得た人間を作り出そうとしていた」

 リカルドは資料を指さす。

「しかしそれらはすべて失敗に終わった。人間の身ではモンスターの力は身に余った。あるものは体が弾け飛び、あるものはドロドロに溶けてしまった等、凄惨な実験結果が記されている」

 エレノアもそれに目を通す。どれもが目を背けて叫びだしたくなる程に酷い内容であった。

「それでも実験は続けられた。薬による身体強化や、魔法でのアプローチ、用途を限定した使い道の模索等、手を尽くされているようだが、結果はすべて芳しくない。中にはモンスターと人間の交配についての言及まであるが、これも言わずもがなだ」

 ここまで言い終えてリカルドも天を仰いで、大きくため息をつく、気分がいいとはとても言えない、エレノアも目頭を指で強く揉んで、頭痛を紛らわす。

「どうする?一息いれるかね?」

 リカルドの言葉にエレノアは首を横に振って否定した。

「続けましょう、次は私です。数々の失敗の末、人間の身体ではモンスターの能力を操る事が不可能だと結論付けられ、別のプランが用意されました」

 エレノアが机の上に資料を広げる。

「人間の身では行使できないのであれば、身体を改造する。エンシェントオーガの身体を使って、人体改造手術が行われました。しかし、この手術も失敗が続きます。単純な拒否反応から、成功したと思ったら体が粉々に崩壊する等の失敗例が羅列されています」

 リカルドは神妙な面持ちで、資料に書かれた文字に目を通す。そして何かに思いついたように、端に寄せていた資料を持ち出した。

「これは成功例について書かれた資料かと思い、一度避けておいたのだが、どうやら違うようだ。この資料は改造手術が成功した被験者の、その後の失敗例が書かれている」

 エレノアがそれに目を通すと、確かに手術に成功した被験者リストが載っていた。しかしその被験者の名前の横にバツ印と数字が振られている。

「この数字は失敗した被験者の状況のリスト分けだ。こっちの資料に失敗内容が載っていた。見なくていい」

 そう言ってリカルドは資料を投げた。椅子に深く体を預けて、手のひらで目を覆う。エレノアの心境も複雑だった。どんな事情があったにせよ、両親はこの計画に関わっていた。その事実がエレノアの心を押しつぶすように深く落ち込ませた。

「まあこの研究データにポジティブな内容は期待していないさ、少し趣を変えようか、ガオウの新しい変身形態はどうだ?」

「大翼の型と言って、基本的には今回戦った鷲頭のガーディアンと似通った姿形をしています。右腕の砲からは威力の高い魔力砲を撃つ事ができます。私の契約魔法を通して、短時間だけなら飛行することも可能だそうです」

「それはまた。想像するだけでとても強力だな」

「だけど長所だけではなく、他の形態より装甲が少なかったり、砲撃の威力調整が難しかったり、ガオウさんがこれまで遠距離攻撃をしたことがない事もあって、取り扱いに苦労しているようです」

 リカルドはなるほどと言って、棚から資料を取り出してパラパラとめくり始めた。そしてあるページを開いてエレノアに見せた。

「この人物は魔法使いとしての実力も高く、魔法研究者としても博学多才で、新しい魔法を数々開発している。冒険者としても少し活動していたんだが、まあ少し性格に難があってな、パーティーから抜けてしまったんだ。しかしこと魔法の知識において彼女の右に出る者はいない、ガオウのその形態での戦い方や、君の契約魔法について何か知見をくれるかもしれない、私から紹介してあげるから会ってみないか?」

 そのページに書かれていた情報はエレノアには驚く事ばかりであった。まずその幼い容姿に驚いて、実際の年齢にも驚いた。十二歳、そしてその齢にして数々の魔法学の勲章を持っていて、リカルドの情報に違わぬ傑物であると分かった。

「紹介していただけるのでしたら是非お願いします!」

「分かった。そしてエレノア、もしよかったら、この研究データを彼女に見てもらってもいいだろうか?私たちだけでは、読み解く事は叶わないと思うんだ」

 その言葉にエレノアは少しだけ固まった。確かにデータを読んでいるだけで、進展らしい進展はない、契約魔法も今回見つかったページを加えれば、少しはガオウの力になれるかもしれないが、エレノア自身では全く解明できていなかった。エレノアのためらいは、父と母の目的の解明に役に立たないと、エレノアは決心した。

「分かりました。それもお願いします」

 リカルドはエレノアの返事に黙って頷いた。


 リカルドに連れられて、ガオウとエレノアは都市郊外を歩いていた。

「リカルドさん、一体どこに向かうんだ?俺もこの辺は来た事ないぜ」

 ガオウは先頭を歩くリカルドに聞いた。

「まあ本当に郊外だからな、正直私もあまり来ない」

 そう言いながら着いた場所は、迷宮都市ラビラの端、郊外も郊外の場所だった。小さな掘っ建て小屋が建っていて、生活感は感じられないとガオウは思った。

「本当にここに人が住んでるのか?」

「ああ、だが気難しい性格だからあまり変な事を言うなよ、特にガオウ」

 憤慨するガオウを無視して、リカルドは戸をノックする。

「アリス、私だリカルドだ。約束の時間だぞ、開けてくれ」

 リカルドの声を聞いて扉は自然と開いた。リカルドに促されて二人は中へと入った。そして部屋の中を見て驚愕する。

 掘っ立て小屋のような貧相な見た目とは違って、部屋の内装は実に豪勢であった。絢爛豪華な装いに華美な調度品、そして巨大すぎる程の本棚の前の机に、ちょこんと小さな少女が座っている。長い髪の毛は足元近くまで伸びていて、赤色を基調とはしているが、青や水色緑や黄色と色とりどりに混ざり合っている。美しく可愛らしい顔立ちは、よく出来た人形か彫刻のようだ。

「リカルド君、約束の時間だと言ったが三秒ほど遅刻だ。この埋め合わせはどうするつもりかね?」

「アリス、君の家の時計は実に豪華で希少だが、手入れが足りないな。秒針の遅れに気付かない君ではあるまい?」

 アリスが手に持った杖を振ると、三人はいつの間にか彼女の目の前にまで移動する。

「やはり君との会話は面白いな、秒針は先ほど僕が止めた。この嫌味に上手く返してくる変人は君くらいのものだよ」

 アリスは楽しそうに笑っている。突然の出来事の数々に驚き戸惑うガオウとエレノアには目もくれない様子だ。

「紹介しようアリス、以前話したガオウとエレノアだ。彼が変身を使い、彼女はそれを契約魔法で制御する。ある目的があって迷宮にて冒険を行っている」

 ガオウは会釈程度に頭を下げ、エレノアは名前を述べて深々と頭を下げる。

「エレノア君初めまして、アリスだ。そこのペットには躾が足りないようだが、君は礼儀正しく気に入ったよ」

「ペット!?」

 ガオウが食って掛かろうとすると、アリスは杖を下にくいっと振る。途端にガオウはべたっと地面に押さえつけられて動けなくなった。

「ガオウ君、僕は手間が嫌いでね、変身してごらんよ。そうすればその程度の魔法だったら抵抗できるだろ?」

 ガオウは地面に押さえつけられながら変身した。そうして立ち上がるが、それでも尚強い力で地面に押し付けられる力が働いている。

「ふうん、なるほどね、確かにこれは見たことがない。そして素晴らしくよく出来ているな、これがもし完成していたとしたらと思うとゾッとするね」

 アリスは魔法で動けずにいるガオウの身体を、ぺたぺたと触りながら調べている。

「よし、君の特訓は思いついた。エレノア君、大翼の型に変えてくれ」

「え、あはい」

 エレノアはアリスに言われるがまま、ガオウの形態を大翼形態に変えた。それと同時にアリスもガオウにかけた魔法を解く。

「ぜぇはぁはぁ、お前、何しやがる、んだ」

 ガオウは息も絶え絶えにアリスに文句を言う。

「手間が嫌いだと言ったろ?君の実力をある程度見させてもらった。変身についても大まかには理解した。その大翼形態を使いこなすために、僕たちが話している間外でずっと飛んでいたまえ」

 アリスが杖を振ると、ガオウは外に移動していた。そして耳元にアリスの声が聞こえてくる。

「契約魔法を使って空に飛ばす。それを維持する事が特訓だ。恐らく魔力が切れて落ちるだろうが、落ちるたびにまた飛ぶように魔法をかけておくから、多少痛くとも頑張りたまえ、では」

「あ、おい!」

 ガオウが何かを言う前に、今度はエレノアの呪文が耳元から聞こえてくる。

『我は命ずるその身に宿る翼の力を目覚めさせよ…ごめんなさいガオウさん、頑張ってください』

 ガオウは空へと浮かび上がる。腑に落ちない点はいくつもあったが、エレノアに免じて我慢する事にした。魔力のコントロールを覚えなければならないと感じていたのは、ガオウも同じだったからだ。

「ちなみに高く飛ばないと強制的に落とすようにしたからな、さぼらないように」

「誰がさぼるか!修行が上手くいかなかったら覚えとけよ!」

 耳元で聞こえるアリスの声にがなり立てて、ガオウは高く飛び上がった。


「まあ彼なら大丈夫だろう、では本題に移ろうか」

 アリスは改めてリカルドとエレノアに向き直る。

「僕は魔法使いであり魔法研究者でもある、そして数々の魔法を開発した者でもあり、各国の研究所で表彰されている。まあ肩書はどうだっていい、僕にとってはくだらない事だ、でも僕なら君たちの疑問にある程度答えを示してあげられるかも知れないよ」

「頼む、専門外の事も多いと思うが、アリスなら問題ないだろう」

 リカルドは持ってきた鞄を開いて、今まで集めてきた資料を取り出す。

「あの、それとこの魔導書を見て欲しいんです。私では、まだ十分に力を引き出せなくて、アリスさんなら何か見つけられるかと思いまして」

 アリスが杖を振ると、リカルドとエレノアの手から資料と魔導書が浮かび上がり、アリスの手元まで飛んでいく、それを手に取ると、アリスがもう一度杖を振る。するとリカルドとエレノアの背後に豪華なソファーが現れ、すとんと座らせられる。アリスが杖をくるくる回すと、リカルドとエレノアの眼の前にお茶の入ったカップが現れた。

「それを飲んで少し待っててくれ、すぐに読んでしまうから」

 リカルドがいつもの事だとでも言うように、リラックスしたお茶を口にしているので、エレノアも怒涛の展開に置いてけぼりになりながらも入れられたお茶を飲んだ。

 外からガオウの悲鳴が度々聞こえてきたが、アリスの無視しろとの指示に従って、黙っている他なかった。

「まだまだ!行くぞぉ!」

 ガオウは悲鳴と気勢を上げて、空に上がっては落ちていた。


 アリスが資料と魔導書を読み終えるまでさほど時間はかからなかった。

「リカルド君、エレノア君、もういいぞ」

「早いな、で、どうだ?」

 リカルドがアリスに聞く。

「正直、モンスター関連の事はさっぱり分からんな、専門外だし、しかしその過程で生み出されたものや、目指したものについての検討はついた」

「本当ですか!?」

 エレノアが身を乗り出して聞いた。

「ああ、まあ多分に推測が盛り込まれているがね、それでもヒントにはなるだろう」

「それで、この実験は一体どういうものなんだ?軍事兵器開発というのは分かっているが、今のところただの狂気の記録としか思えん」

 リカルドの言葉にアリスは頷いた。

「見つかっている資料だけみればそうだろう、しかしこの発明は、とんでもなく危険で、完遂されていたら間違いなく全世界が悲劇に見舞われていただろう。エレノアの両親レオン・アレン博士とエミリア・アレン博士は、その悲劇に抗うために秘密裏に準備を進めていた」

 アリスの発現にエレノアは生唾を飲み込んだ。

「どういうこと何ですか?」

「実験の目的は、モンスターの特殊能力を武力として、自在に行使する兵士を生み出すこと、そして大切な人たちを人質に取られていたいたアレン博士たちは、狂気の実験の果てにある物を作った。変身者に埋め込まれている魔石と契約魔法だ」

 魔石、ガオウが取り込むごとに、そのガーディアンの力を自らの力へと変える不可思議なパワーを持つ石、そして変身者を制御し、支援や回復、力の解放を手助けする契約魔法。それらが両親によって作られた。エレノアは言葉を失い、アリスの話を聞いていた。

「モンスターの力と人間の身体は、相性が著しく悪かった。そこで多数の犠牲の末、人体をモンスターに近づける改造手術が編み出された。しかし、それではまだ足りない、能力を行使するには、力の核となる物が必要だった」

「それがあの魔石だな」

「そう、エンシェントオーガをバラして、その力にそれぞれ特徴を持たせた魔石を作り、それを体に埋め込む、こうして一人で何千何万を殺す兵士が完成した訳だ」

 リカルドがちょっと待てと声を上げる。

「しかし、完成とは程遠いのではないか?変身者は理性を失い、モンスターのような獰猛な性格になる。これでは兵士としての運用は」

「そこだよ、リカルド君、そこなんだ。アレン博士たちの抜け道は、それが一つめだ。恐らくアレン博士達は、もっと完璧に近い形で変身者を兵士として完成させられた筈だ」

 リカルドもエレノアも驚きの声を上げる。

「何故そんな事をしたんですか?」

 エレノアの疑問にアリスが答える。

「変身者にあえてモンスターの野性を残す事で、どれだけ強くて、有用な戦力も計算に入れられなくなった。これでは計画としては破綻してしまう、しかし能力は本物だ、恐らくこの結果には相当に意見が割れただろう」

「読めたぞ、アレン博士は計画の頓挫を狙った訳だな」

 リカルドの指摘にアリスは頷く。

「しかしこれだけではまだ隙がある。恐らく変身者を制御するためのなにかの開発を迫られただろう、それが契約魔法だ」

「契約魔法がどうしてこの話に繋がってるんですか?」

「契約魔法はその実変身者の制御に使えるように思えるが、二対一体の運用を強制させられる。それに契約の仕方もユニークだ。体液の交換、粘膜接触は、兵士に余計な情を抱かせる可能性をもつ、縛り付けるにしては余りにも心許ない鎖なのさ」

 エレノアは頭を捻る、リカルドが少し補足を入れる。

「契約魔法を結ばなければ兵士としての運用はできない、兵士としては帰属意識を植え付けにくい、とても有用でも曖昧な状況を作り出したのさ」

「な、なるほど…?」

「まあ理解が及ばなくても構わないよ、とにかくこれで変身者についての計画は優先順位としてはとても低くなった筈だ。そこで被験者の脱走という不祥事が重なって、まあ破綻したんだろう」

「つまりこの計画は、エレノアの御両親アレン博士達に、いいようにやられてしまったという事だな」

 リカルドは不敵な笑みを浮かべる。

「アレン夫妻は人知れず世界を守ったんだ。エレノア、君の御両親がやった事は許される事ではないかもしれないが、それでも僕は敬意を表するよ」

 アリスの言葉にエレノアは思わず涙ぐみそうになる。しかし、まだ疑問が残っていることを思い出して、ぐいっと涙を拭いてエレノアは話す。

「ならば私のお父様とお母様が遺した手紙に書かれていた贖罪とは何なんでしょうか?鬼を救うとは一体何を指しているのでしょう?」

 アリスは杖を振ると、マントと帽子が浮いて飛んできた。マントを羽織り、帽子を被ると、丈夫そうなブーツがぴょんぴょんと跳ねてアリスの足にすぽりと履かれて紐が結ばれた。

「それについてはこれからの冒険で明らかになるだろう。エレノア、僕も冒険の仲間に加えてもらうぞ、何僕が付いていれば百人力だ!」

 アリスは胸をとんと拳で叩いて自慢げに言う、頼もしい四人目の仲間が加わったと思ったら、外でガオウのぎゃふんと言う声が聞こえてきた。

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