第13話

 ガオウは岩場を飛び跳ねて鷲頭のガーディアンを追う、飛んでいる相手はガオウの届くか届かないかの位置取りで、ガオウに構う事無く光弾による攻撃をエレノア達に撃ちこむ、焦りはあるが、ガオウはエレノアの作戦通りに動いていた。

『相手がガオウさんを攻撃してこない、理由は分かりませんがチャンスです。届きそうで届かないように岩場を飛び跳ねて追い回してください』

 攻撃を当てられない焦りはガオウにある。しかしエレノアがそう言うのならガオウは信じるだけだった。

「うおっと!?」

 あまり頑丈でない岩場を強く踏み込んで飛び跳ねていたので、だんだんと脆く崩れ始める。

『エレノア崩れ始めた!』

 これもエレノアの作戦だった。念話を受けてエレノアはガオウに支持を出す。

『ガオウさん、鷲頭を誘いだします。タイミングを見てお願いします』

 エレノアはウォルに庇われながらその場から動き始める。鷲頭もそれに合わせて移動しながら攻撃を続ける。ガオウは指定された場所で待機した。ガオウはその間鷲頭の攻撃方法を観察する、片腕の筒状の先端から光弾は発射される、攻撃時にはそれを相手に向ける必要がある、鷲頭は攻撃対象を目視している、作戦が上手く決まった時、相手の弱点足りえる場所はどこか見極める必要があった。

『ガオウさん準備してください』

 エレノアからの念話がくる、作戦通り鷲頭は高度を下げ始めた。しかし、ガオウは状況を見て声を上げた。

 ウォルが倒れていて、エレノアが両手を広げウォルの前に立ちふさがっている。自身をおとりにする捨て身の作戦で、頼りの盾となるウォルが戦闘不能に陥っている、ガオウはすぐにエレノアに念話を送った。

『エレノア!すぐにどこかに隠れろ!俺が戻る!』

『いえ!ガオウさん、これでいいんです。やっぱり鷲頭は私を直接仕留めに来ました。作戦を続けてください!』

 ガオウは今すぐエレノアの元に戻りたい気持ちを抑え、踏み荒らした岩を集めた場所についた。

『やってください!』

 指示を聞き、ガオウは岩を相手目がけて大量に蹴り飛ばした。追いかけている時に踏み抜いて作った岩のかけらを四方八方から飛ばす。鷲頭はエレノアに詰め寄る為に高度を下げたので、上から無数に降り注ぐ岩を避けきる事ができなかった。

「だけどこれじゃあ降り注ぐ岩からエレノアを守る事ができない!」

 鷲頭は翼に落石をくらい、傷を負って地に落ちる。作戦ははまったが、ガオウはエレノアの安否が心配でならなかった。

『エレノア無事か!?』

 念話に返事がない、ガオウは猛スピードでエレノアとウォルの元へと駆けた。

 土煙が上がり、大量の岩が地面に広がる。視界が悪い中、エレノア達がいた場所付近に影が見えた。

「エレノア!ウォル!」

「ガオウ殿、二人共無事ですよ」

 力尽きたと思ったウォルがボロボロの大盾を構えて、エレノアを守り切っていた。

「ウォル!お前無事だったのか?」

「完全に無事とも言えないですが、まあ無事ですな。しかし盾はもう使い物になりません」

 ガオウはそんな事より気になっている事があった。

「ウォル、お前倒れていたじゃないか、どうして動けるんだ?」

「あれは私の作戦です。ウォルさんには一度眠ってもらいました」

 そう言ってエレノアが取り出したのは、ウォルが採って食べたあの果実であった。

「鷲頭は警戒心が強く、硬い守りのウォルさんを仕留めるまでは絶対に近づいて来ないと思ったんです。それであえてウォルさんは意識を失ってもらいました。それを庇うように前に出た私に、鷲頭は初めて油断すると思ったんです」

「そして近づいてきた時に、ガオウ殿の落石攻撃を受けさせ、エレノア殿は拙者を状態異常を回復するポーションを飲ませて、落石を防ぎ切ったという訳ですな」

 ガオウは、エレノアの捨て身の作戦と、落石を防いだウォルに感嘆した。それと同じくらい怒りもした。

「それなら俺にも言っておけよ!」

「すみません、上手くいく保証もありませんし、ガオウさんに伝えたら、その」

 エレノアは言いにくそうに言い淀む。

「要はガオウ殿が作戦を知っていたら、態度に出てしまって、鷲頭に警戒されてしまうのですな。敵を騙すにはまず見方から、エレノア殿は見事ですな」

 ウォルがエレノアの言いにくそうに濁した部分をすべて説明する。苦笑いをするエレノアをガオウはジト目で睨んだ。

「そんな事より、まだ仕留めてませんな。ガオウ殿、討伐は任せますな」

 ウォルが指さす先には、羽はボロボロで満身創痍の鷲頭のガーディアンがいた。傷だらけでも戦う意思を失ってはいないようだ。

「ああ、ここからは俺がやる。二人は下がってな」

 ガオウは拳を握りなおし低く構える、鷲頭も光弾砲の先をガオウに向けて狙いを定める。

「いくぞ鳥野郎、仕切り直しだ」

 互いに咆哮を上げながらガオウと鷲頭は戦闘に入った。


 ガオウは放たれる光弾をジグザグと交互に動いて避ける。距離を詰めて殴り掛かると、鷲頭は強靭な脚力でバックステップをしてガオウから離れる。互いの得意な間合いを把握している二人は、当てるために詰め、当てるために下がりの膠着状態になった。

 しかし、ダメージを負っている鷲頭と違い、ガオウはこの戦闘に入った時点でノーダメージだった。次第にガオウのスピードが勝り、攻撃が当たり始める。苦し紛れの光弾も、ガオウが鷲頭の腕を蹴り上げてまともに撃たせない、そうしてできた大きな隙をガオウは見逃さない、鷲頭の脇腹をガオウは抉り抜いた。夥しい出血に、鷲頭がガクリと崩れる、ガオウは鷲頭の右腕と両翼を腕部のブレードで切り落とす。片腕を地につけ体勢が下がったところで、ガオウは鷲頭のガーディアンの首を刎ね飛ばした。

 力尽きたガーディアンの体は、灰か砂のようになって風に乗って消える。その後には狼のガーディアン討伐時に見つかった魔石だけが残っていた。

「やりましたねガオウさん!」

 エレノアとウォルがガオウに駆け寄ってくる。

「お見事でした。ガオウ殿」

 ガオウは変身を解いた。

「少しは訓練の成果があったかな?」

「文句なく合格点ですな」

 ガオウとウォルは互いに手を上げると、ぱちんとハイタッチをして笑った。

「ガオウさん、魔石です」

 エレノアは落ちていた魔石を拾ってガオウに差し出した。ガオウはそれに手を伸ばし、しっかりと掴んだ。その瞬間、駿狼形態の時と同じように魔石は光輝き、ガオウの体に吸収されていった。その後、エレノアの持つ魔導書が光り輝き、追加された一ページが開かれた。

「大翼の型」

 エレノアの呟くような読み上げと共に、ガオウは新たな形態に変身を始める。変身完了後は、やはり今までと大きく姿かたちが異なっていた。

 鷲頭のガーディアンと同じように、右腕前腕部に筒状の砲塔が搭載され、背部には翼状の装甲が追加された。全体的に装甲は減り、肘や膝、脛に胸部のみになり、頭部の眼部分はバイザーのような透明な物で覆われている。色は深緑色を基調とし、装甲部は黄緑色、翼部は灰色をしていた。

「どうですかガオウさん?」

「うん、駿狼より体が軽いって感じはしないな、魔導書にはどう書かれている?」

「はい、補助魔法により短時間ではありますが飛行する事が可能なようです。砲塔から魔力で出来た光弾を撃つことが出来て、遠くを見渡す力に優れているそうです」

 ガオウは右腕を岩に向けて意識を込める、すると光弾が発射されて岩に大穴を空けた。

「うぉうすごい威力だ!」

 ガオウは一度変身を解いた。

「色々試したい所だけど、まずは手に入った研究データを持って戻ろう、俺は大丈夫だけど、今回は二人がボロボロだ」

 エレノアも細かい傷が多く、ウォルに至っては大盾も壊れてしまっている、大きな怪我はなくとも引き上げるのが無難であると判断した。鷲頭のガーディアン討伐はエレノアの作戦と、ウォルの奮闘によって達成された。


 迷宮から戻ったガオウ達はギルドに報告に行く前に、一度マキシムの民宿に戻って休む事にした。エレノアとウォルは一度治療院に寄ることにして、ガオウだけ一足先に戻る。

「おばちゃんただいま!」

「あらガオウちゃんおかえりなさい、エレノアちゃんにウォルちゃんは?まさか大怪我したんじゃないでしょうね!?」

「違う違う、軽傷だけど治療院で手当てしてもらってるんだよ。ガーディアン討伐してきたぜ」

 マキシムはその報告を聞いてぱっと顔を明るくする。

「なら御馳走を作って待っててあげなくちゃ!ほらガオウちゃん、あんた怪我もしてないんだから買い物いってきなさい」

 マキシムはパパっと買い物メモをしたためると、それをガオウに渡して外へ放り出す。ガオウは仕方ないとお使いをこなすために店へと向かった。


「あら、ガオウさん戻っていたんですか?」

 市場で野菜を手に取っていたガオウに声をかけてきたのは、いつもの制服姿とは違う私服姿のシェラであった。普段纏めている長い髪は下ろされている。

「ああ、ついさっき戻ったとこ、報告はまた改めて行くよ」

「それは大丈夫だと思います。リカルドさんはせっかちな方ではないですから」

 シェラはガオウに近づいて買い物の籠を見る。

「一杯買ってますね、お使いですか?」

「ああ、マキシムおばちゃんに頼まれてね、シェラは普通に買い物か?」

「オフですから、何か作ろうかと思いまして、一人で食べるだけだから簡単なものですけどね」

 ガオウはそれを聞いて思いついたように言う。

「ならマキシムの所に一緒に来ないか?おばちゃん気合入れて料理作るって言ってたから、シェラが来てくれたら喜ぶと思う」

「え?お誘いは嬉しいですけど、お邪魔しても構いませんか?」

「邪魔なんかじゃないよ、来てくれたら嬉しいよ」

 ガオウがさらりと言う言葉に、シェラは少し赤面する。しかし、ガオウが無自覚にこう言う言動をする事を知っているシェラは、ため息をついて言う。

「じゃあお邪魔させてもらいます。お買い物も手伝いますよ、後は何が必要なんですか?」

「助かるよ!実はどれがどれなのか分からないのもあってさ」

 シェラはガオウから買い物メモを受け取って、必要なものを手際よく揃えていく、ガオウが関心しているとシェラはジト目で睨んだ。

「ほらガオウさん、選ぶのは私がやりますから、荷物持ってください!」

 そう言われて慌ててガオウは荷物を抱える、シェラはその様子を楽しそうに笑いながら見つめた。


 ガオウとシェラが一緒に戻ると、エレノア達もすでにマキシムの民宿に戻っていた。

「おかえりなさい、ガオウさん!と、あれ?シェラさん?」

「こんにちはエレノアさん、私もお呼ばれされてね、参加してもいい?」

「勿論です!嬉しいです。お話してみたかったんです」

 エレノアがシェラと手を取り合って喜んでいるのを横目に、ガオウはキッチンまでマキシムから頼まれた物を届ける。

「おばちゃん、市場でシェラに会ったんだ。呼んじゃったけど構わないよな?」

「あらあらシェラちゃん!勿論よ!いいわよいいわよ」

 何か手伝うかとガオウが声をかけると、マキシムは無言でしっしと手で追い払う、戦力外通告を受けたガオウはキッチンから出て皆の所へ戻ると、ウォルはもうお酒を飲み始めていた。

「いやあガオウ殿、綺麗な花がお揃いでお酒も進みますなあ!」

「お前はどんな所でもお酒さえ飲めれば天国だろうが」

 すでに出来上がっているウォルの前の席にガオウは座る。

「怪我の方は大丈夫か?」

「拙者もエレノア殿も大した怪我はありません、ただ盾が壊れてしまったので、それを何とかしないとダメですな」

 ガオウは改まってウォルに頭を下げて礼を述べた。

「ウォルが居てくれなかったらガーディアンは討伐できなかった。あれだけの猛攻を防ぎきってくれてありがとう」

 ウォルは赤ら顔をしながら、恥ずかしそうに鼻の頭を触った。

「いやいや、拙者が役に立てる事と言えばこの程度ですから。それよりガオウ殿に拙者はお礼が言いたいのですな」

「何だよ礼って?」

「拙者騎士団では戦いに勉強に礼節にと、楽しかった事が一つも無かったのです。唯一好きなお酒を飲めば怒られるし、懲罰を受けるし散々でした。いくら拙者が戦闘で名を上げて、勲章を貰おうが一つとして嬉しくなかったです。でも、拙者には他に能が無いのも事実でした」

 ウォルはいつも以上に酔っているのか、口からぽろぽろと言葉が漏れ出てくるように話した。

「拙者自分の生活に嫌気が差してました。そんな時、ラビラの迷宮二層にはえもいわれぬ絶品の霊酒が湧くという噂を聞いて、我慢できずに飛び出していました。今となっては霊酒が飲みたかったのも騎士団から抜けたかったのも、どちらも拙者の強い願いだったんですな」

「それで岩に挟まったと」

「いやー、あれは死ぬところでしたな!拙者、命を救われた上仲間として迎い入れてもらい、このように刺激的な冒険に連れ出してくれたお二人に感謝しているのですな、拙者の命ある限り、お二人の事は拙者がお守りさせていただきます」

 ウォルのその言葉に、ガオウは空のグラスに水を注いでウォルの前に差し出した。そしてウォルはガオウのグラスに自分のグラスをカチンと当てて、互いに飲み干した。

「ガオウ殿はお酒は飲まれないのですか?」

「飲めないんだよ、めちゃくちゃ弱いんだ」

 そう言うと二人は笑い声をあげて、肩を組んで陽気に騒ぎ始めるのだった。


 大騒ぎが終わって、ガオウとウォルとエレノアの三人は、疲れ果てて眠ってしまった。静まり返ったキッチンで、マキシムが後片付けを、シェラがそれを手伝っていた。

「ごめんなさいね、シェラちゃん。片づけ手伝ってもらっちゃって」

「いえ、私も楽しかったですから、あのままだと一人で過ごす事になってましたし」

 シェラは洗い物をしながら話す。

「それにしてもシェラちゃんも立派になったわ、こんなに綺麗になっちゃって」

「マキシムさんそんな事言ってると、あっという間にお年を召されてしまいますよ?」

 二人は顔を見合わせて笑う。

「ガオウさん達は、大変な冒険をなされているようですね」

「そうね、あの子達は平気なふりをしているけど、重たい責任を背負って迷宮に挑んでいるわ。ウォルは別だけど」

 シェラは作業の手を止めて言う。

「リカルドさんから、この件にあまり関わるなと言われました。だから私も詳細な事は知りません。だけどあれほどの大怪我をして帰ってきたと時には、流石に私も黙っていられなくなりそうでした」

「シェラちゃん…」

 マキシムはシェラの顔を見る。表情には悔しさがにじんでいた。

「私、ガオウを迷宮に行くのを止めるべきだったかもって、今少し思っているんです。ガオウに相談されて、リカルドさんに引き合わせて、迷宮での仕事を紹介して、それが今、危険な冒険に出ている。ガオウがもし迷宮で帰らぬ人になってしまったら私、どうしたら」

 シェラはガオウと少し歳の離れた幼馴染だった。マキシムの民宿の近くにシェラの実家があり、ガオウはシェラによく懐いていた。普段は仕事時のように誰にでもさんと敬称をつけて呼ぶシェラであったが、感情が昂っているのか、昔のような呼び方に戻っていた。

「シェラちゃん、あの子が今どんな冒険をしているか、私も深くは知らないの。より正確に言うなら聞く気がないのね」

「そんなマキシムおばちゃんは心配じゃないの!?」

 声を荒げるシェラの唇にマキシムは指を一本立ててシーっと言った。

「シェラちゃん、私はあの子がどんな事をしていても、きっとただいまって言ってここに帰ってくるって信じてるわ。きっとエレノアちゃんと一緒にね、あの子は守ると決めたら必ず守る男だから。だから私はここで言ってあげるの、おかえりって。それだけで十分だと思うわ」

 マキシムのその言葉にシェラは押し黙る。

「だからシェラちゃんもガオウの事信じてあげて、帰ってきた時には、きっとのんきな顔してただいまって言うわ、そうしたらおかえりって言ってあげて、あなたがそうしてくれるだけで、きっとガオウには力になるわ」

 リビングの方からは、ウォルのガーガーと響くいびきと、ガオウの唸るような寝言、エレノアの小さな寝息が聞こえてくる。シェラはその幸せそうな三重奏を聞いていると何だか体の力が抜けるようだった。

「そうですね、ガオウさん達は強いですから、心配するより信じてあげたいです」

 マキシムがシェラにウインクする。それを見てシェラは満面の笑みを浮かべて応えるのであった。

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