第12話

 念入りな準備を重ねて必要な物資を用意し、戦闘に備えて武器防具の新調も行った。それとガオウはマキシムとの戦闘訓練に加え、ウォルとも実戦的な訓練を行うようになっていた。

 ガオウは動きが速い、瞬発力がずば抜けて高く、その勢いのまま攻撃を繰り出せば大概のモンスターは一撃で致命傷を負う。しかし、ガオウには技術がない。強力無比な腕力は単純な暴力でも十分に致命傷を与えるが、狙いをつけて、弱点を狙って、隙を伺う、そういった効率的で効果的な攻撃方法は、鍛錬や指導によって身に着けていく技術だ。

「ほい、ほい、ほいっと」

 ウォルは大盾でガオウの四方八方からの攻撃を的確にさばく、鈍重な大盾を少ない動作で動かして、受け流せる場所に当てて流し、受け止められる場所で受け、実に巧みに盾を操りその攻撃のすべてを無効化する。

「ちくしょう、俺の方が速い筈なのに!」

「そうですな、実際ガオウ殿の攻撃は速く鋭いです。でも動きが素直すぎるのですな、拙者はそこに盾を置くだけ、受けたくなければ避けるだけ、まあガオウ殿は圧倒的な戦闘能力だけで驚異的ですが、当て方を覚えなければいけませんな」

 実際にガオウは二層のモンスターを一撃で仕留めきる事ができなくなってきていた。外皮の硬い部分を攻撃してしまったり、強固な硬殻で受けられたり、瞬発力のあるモンスターには避けられたりと、ウォルのフォローがなければ仕留めそこなっていたであろう状況が増えた。

「ウォルはどうやって弱点とかを把握しているんだ?」

「まずは観察する事が重要です。見て覚える、戦いの最中でも外からでもいいです。見ていると動きに癖がある事に気が付きます。実はそれは防御でなく攻撃に役に立つのですな」

「何でだ?動きが読めるなら、防御や回避の方が役立つだろ?」

 ウォルはちっちっちと指を振って答える。

「癖はですな、自らの弱点であったり、庇いたいところを自然と守ってしまうものなんですな。という事はそこを攻められたくないと言う事、なら攻撃はそこに集中して行うべきなんですな」

 なるほどとガオウはポンと拳で手のひらを叩く。

「で、それはどうやって覚えればいいんだ?」

「簡単ですな、攻撃を受け続けるのが一番ですな、では攻守交代です」

 ウォルが鞭を構える、ガオウは先ほどウォルに言われた通り、どう攻撃がくるのかを見ることに集中する。

「じゃあ始めますな!」

 その言葉の瞬間にガオウの側頭部に衝撃が走った。まったく見えない一撃に、ガオウは身を固めて備える。ウォルの動きを見ようとしても、タワーシールドを上手く物陰として利用していて、体の向きでさえ掴めない。

「おい!ウォル!まったく見えないぞ」

 バシンバシンと何度も体を鞭で打たれる。ガオウはそれを目で追っても、まったくそれを見る事ができなかった。

「見ても分かりませんぞ!どうして打たれているか、それを考えてみるといいですな!」

 どうして、そう言われてガオウは考える。早すぎる攻撃は見ることができない、攻撃者の動きも隠されている、ならばどこを見るのか。

 ガオウはまず自分が攻撃を受けている場所がどこか考えた。体の側面や足等に集中している、体の真ん中付近の打撃は少なかった。

「そうか、大盾の後ろから攻撃してるから、真っ直ぐの攻撃が打てないんだ」

 ウォルは鞭をしならせ操り、多角な攻撃をするが、身を隠しながらの攻撃では正面より側面の方が狙いやすい、必然的に攻撃は側面に集中するのだ。

「試してみるか!」

 ガオウは攻撃がくる方向の意識を、側面に集中して防御するようにした。鞭の先端は凄まじい速度を誇る、目で見て防御はできないと判断したガオウは、攻撃が来そうなタイミングを計って防御する事に意識を割いた。何度打たれても耐えて、その時を待つ。

「今!」

 ガオウは攻撃を受けるうちに、鞭を振るう時の音や空気の振動に気が付いた。それらは微かなものであったが、集中力の増している今なら、当たる場所を予測して防御する事が出来た。ガオウは完璧なタイミングで鞭の打撃を防御した。

「おお!お見事ですガオウ殿」

 ウォルもガオウの技術の上達ぶりを称賛した。

「どうですかな?見極める事の重要性は分かってもらえましたかな?」

「ああ、少しずつ戦闘のコツが掴めてきた気がするよ」

「ガオウ殿の変身能力は、文句なく強いです。これに技術や経験が加われば、鬼に金棒なんですな!」

 ガオウは拳を握りしめる。挑むべきガーディアンは、強いだけでなく覚悟がいる。元被験者、モンスター化してしまったとは言え殺める事に変わりはない。

「ガオウ殿、ためらいがありますかな?」

「何だよいきなり」

「失敬、そう見えたのですな」

 ガオウは握りしめた拳を解く。

「ためらいはないよ、それはモンスターだろうと人であろうともだ。降りかかる火の粉は払う、それだけだ」

「ふむ、それにしては複雑な顔をしてますな」

 そう言ってウォルはガオウの顔を覗き込む、ガオウはそれを鬱陶しそうに手で払った。

「やめろ、まったく妙に感がいいなウォルは。俺はな、確かる術はないけど両親の仇はガーディアンだと思っているんだ」

「それはまた何故?」

「俺も小さな頃に記憶だから定かじゃないが、親父は一層のモンスターに惨殺されたとは思えない、一層で一番強いモンスターを武器も使わず仕留めていた。母親も強力な魔法使いだった。負けるにしたって、両親の死体だけが現場に残っていたなんておかしいだろ?」

 どちらにも抵抗した後がない、それがガオウには疑問であった。

「俺が倒した一層のガーディアンかも知れないけど、あいつが二人より実力があったとは思えない、それにガーディアンも移動するのかも知れない、二層三層に下りた可能性だってある」

「まあまあそこまででいいですな、いずれにしても倒さなければならない敵である。それさえ分かれば拙者は力を尽くすまでですな」

 そう言うとウォルは大きく伸びをした。ガオウも腕や足を伸ばして、二人は稽古を終えた。


「エレノア殿!ただいまです」

「ガオウさん、ウォルさん、お疲れ様です」

 エレノアは広げていた魔導書を閉じて、二人を迎えた。

「エレノア、リカルドさんは何だって?」

 二人が稽古している最中、エレノアは買い出しとギルドへの報告を済ませていた。

「はい、挑めるタイミングを選択できるのなら、準備を入念にするべきだと仰ってました。それとウォルさんの問題も片付いたそうですよ」

「リカルドさん一体どんな手を使ったんだ…」

「いやぁ面目ないですなぁ」

 ウォルは間抜に頭を掻いている。

「それでガオウさんもウォルさんも、準備はできましたか?」

「ああ、どうなるかは分からないけど、一応自信はついたぜ」

「拙者も問題ないですな、ガオウ殿も仕上がっていると思います」

 三人はそれぞれの顔を見合わせて、頷く。それが準備完了の合図であった。


 迷宮へ向かい二層へと下りる。マッピングに従って動き、なるべく戦闘をしないように移動する。流れる緊張感に、ウォルもお酒を飲まずに冒険に挑んでいる。

「ここです」

 エレノアがペンデュラムを取り出して言う、少ない戦闘回数でここまで到着できたので、消耗も少なく済んだ。準備も条件も整った。

「エレノア基本形態で行く、強化と駿狼も準備しといてくれ」

「分かりました」

「拙者は打ち合わせ通りエレノア殿のカバーに回ります。状況に応じてエレノア殿は支持をお願いします」

「ウォルさん頼りにしています」

 ガオウは変身し、ウォルは大盾を構える。準備ができた所で、エレノアはペンデュラムの魔法を解き放った。あの時と同じように箱がエレノアの手元に現れた。

「む?」

 ウォルが反応して大盾を動かす。突然どこかからエレノアに向かって光弾が放たれた。ウォルはそれに反応して盾で防いだ。着弾と同時に強い衝撃がある。

「ウォル!大丈夫か!?」

 ガオウは辺りを見渡して、敵を探しながら声をかける。

「問題ありませんが、威力が高いです!当たらないように気を付けてください!」

 その後も3発光弾が放たれてそれをウォルが防ぐ、エレノアはウォルにカバーされながら弾が跳んでくる場所を探った。

「ガオウさん!見えますか!?」

「いや目視できない!かなり遠くから撃たれてるみたいだ」

 ガオウとエレノアは必死になって敵を探す。その間も光弾はエレノアを狙って撃たれる。

「ぐぅぅ…!」

 ウォルの口からうめき声が漏れる。どんな攻撃を受けても平気な顔をしていたウォルのうめき声を聞いて、ガオウもエレノアもその攻撃の激しさに焦りが見え始める。

「二人共、拙者の事は気にする必要はないです!それより、光弾が着弾するまで大分間があります!そうとう遠くから撃たれていると思います!」

 轟音を響く攻撃を防ぎながら、ウォルは冷静に分かった事を二人に伝える。

「エレノア駿狼だ!それで遠くまで探ってみる」

『我は命ずるその身に宿る狼の力を目覚めさせよ!』

 ガオウは駿狼形態へと姿を変えて、探知できる範囲を隅々まで探る。

『風よ、気配を運べ!』

 エレノアが魔法を使って、ガオウの探知をサポートする。

「いた!明らかに他のモンスターとは違う気配!」

『その身に力を!』

 エレノアの補助を受けてガオウは飛び出す。走り、蹴り、跳び、気配の元へと急ぐ、しかし気配の方も動いているのを感じた。ガオウがやっと気配に追いつくと、そこは岩場の天辺だった。

 背中の大きな翼をはためかせる、鷲の頭に片腕が筒状になっている筋骨隆々な肉体に、鳥の足をしている、他のモンスターとは一線を画す出で立ちのモンスターがそこには居た。

『エレノア見つけた!鳥みたいな人間みたいな変な見た目だ。空を飛んでる』

 念話で状況を送る、鷲頭のガーディアンはガオウを一瞥すると、飛び去って行く。

「こいつ、移動しながら撃ってやがるんだ!」

 どこから撃たれているか分からなかった理由を、エレノアに伝える。鷲頭は一二発光弾を撃つたびに場所を変えていた。空を飛んで自在に位置取りを行う鷲頭は、スピードはそこまで速くはなかったが、飛んでいるだけで手が出せない程驚異的であった。

 足場も悪く、落ちたらガオウでも一たまりもない、何とかもっと動きやすい場所に誘い出したいが、敵が空のアドバンテージを捨てるはずがない、ガオウは何としてでも攻撃を与えて、ダメージを稼ぐほかなかった。意を決して地面を蹴って跳ぶが、攻撃が届く前に避けられてしまう。

「くそ!届かない!」

 ガオウは狭い足場にぎりぎり着地した。衝撃でボロボロと岩が崩れる。ガオウは思った。このまま相手の好きに攻撃をさせていては、ウォルに限界が来てしまう、さらに相手はガオウに目もくれずエレノアを狙っている。最悪の状況であった。

『エレノア、何か作戦を思いつかないか?このままだとジリ貧だ』

 念話を受け取ったエレノアは思考を巡らせる。相手は空を飛び、長距離からの攻撃を動き回りながら正確に行う、自らが近づけば魔法を当てる事ができるかもしれないが、飛んでいる相手に近づくのは至難の業だ。何とか空から落とす事ができれば、しかしガオウに危険が及ぶのは避けなければ、せめて翼にダメージを負わせる事ができれば、機動力を削ぐことが出来るかもしれない。

『ガオウさん基本形態に戻っても鷲頭に追いつけますか?』

『ああ、幸いそんなに素早くはない』

『では基本形態に戻ってください、駿狼形態より装甲も厚いし、もし落ちても怪我が少なくすむかもしれません』

『それはいいが、どうする?基本形態だとジャンプしても鷲頭に届かないぞ?』

『作戦をお伝えします。危険な行為をさせてしまいますが、お願いします!』

 ガオウはエレノアの強い願いを感じ取って、勿論とだけ返事をした。


「おおお!」

 攻撃を防御し続けるウォルは、自分の体力より大盾の耐久力に限界が来そうな事を悟った。

「エレノア殿、盾が先に壊れてしまいます。策はどうですか?」

「ガオウさんには作戦をお伝えしました。ウォルさん申し訳ありませんが、もう少し耐えられませんか?」

 ウォルはエレノアの言葉に笑って答える。

「エレノア殿愚問ですな、エレノア殿が耐えろと言うのなら、拙者はそれを実行するだけです!」

 ウォルは盾を巧みに操り、攻撃を防ぐ。

「この身一つとなってもエレノア殿に攻撃は一撃も通しません。これが拙者の覚悟です!」

「ウォルさん頼もしいです。ありがとうございます!」

 エレノアは守りをウォルにすべて任せ、見つかった研究データの箱から、契約魔法に関わる資料がないか探した。ガオウの支援を強化する事ができるものが見つかれば、それだけで戦況をひっくり返す事ができるかもしれない、策が成らなかった時の切り札を必死になって探した。

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