第11話

「この計画は狂っている。人間の尊厳を奪うもので、とてもまともじゃない。モンスターの能力は人間の体には身に余るものだ。私はすぐにでも断るつもりであった。しかし計画の首謀者は愛娘エレノアと、我が研究室のチームを人質に取って、我々に協力を迫った。妻はやるしかないと覚悟を決めたようだ。私も覚悟を決めなければ…」

「私たちの研究成果が認められるなんて、とても光栄で名誉なことだと思った。なのに計画の概要を知らされて、私たちが前提にいる事を知った時、私はどこか仕組まれた事だと悟った。この気が狂った計画を、首謀者はどうやら本気で実行するつもりらしい、あの人はどうにか足抜けしようと画策しているようだけど、私は誰ともなくエレノアについて耳打ちされてから、もう逃げられないと知った。あの子を守るために、私は悪魔に堕ちよう」

 手記に書かれた内容を読んで、エレノアは深く暗い気持ちに落ち込んでいた。自らの存在が両親を地獄に追いやった。そう思うと、どうしていいのか分からなくて何も手が付かなかった。ベッドの上に座って、窓から外を眺める。月夜は明るいのに、気持ちはどんどんと暗くなっていった。

 その時、急にエレノアの部屋をトントンとノックする音が鳴った。

「エレノア、こんな遅くに悪い、起きてるか?」

 ドアの向こうからガオウの声がする。エレノアは自分の恰好を見て、髪の毛もぼさぼさで、ガオウの前に姿を現していいものかと慌てた。

「寝てるか、夜も遅いからな」

 ガオウが立ち去ろうとしている、エレノアは意を決してドアを開けた。ガオウはもう後ろを向いている。

「待って!ガオウさん」

「びっくりした。起きてたのかエレノア」

 ガオウはエレノアの元へ駆け寄った。

「はい、ちょっと眠れなくて。ガオウさんはどうしたんですか?」

「ああ、さっき風呂場に行く前に、エレノアの深刻そうな顔が見えてさ、それでもしかしたら手記になんか書いてあったのかなって」

 エレノアが少し涙ぐむ、それを見てガオウは慌てた。

「おい、大丈夫か?何かあったのか?」

「いえ、すみません、何だか少し安心したんです。私は一人じゃないんだなって、ガオウさん、見てもらいたい物があるんです」

「分かった。なら何か暖かい飲み物でも入れるよ、その後それを見せてくれないか?」

 二人は音を立てないように、そっと部屋を出て一階に下りた。


 ガオウはキッチンから、ホットミルクの入ったマグカップを二つ持ってくる。エレノアにそれを一つ渡し、自分も机に置いて席に着いた。暖かいミルクを口にすると、自然とほっと口からため息が漏れる。エレノアも同じようにミルクを飲み込んでほっと溜息をついた。

「それで?何かあったのか?」

 ガオウはエレノアに聞く、カップを置いて、エレノアは二枚の紙をガオウに差し出した。

「これは?」

「お父様とお母様、それぞれの手記です。今までの内容とは違い、研究に携わり始めた頃の記録のようです」

 ガオウはエレノアから差し出された紙を受け取って内容を読む、悲痛な叫び声にも似たその内容は、苦悩と苦渋に満ち溢れていて、読んだだけでガオウは心を締め付けられるようだった。

「なるほど、エレノアはこれを見たからあんな顔を」

「心配させてしまってすみません」

「謝るなよ、むしろ聞いてよかったと思ってる。これを一人で抱え込むのは辛すぎる」

 ガオウはそう言うと、エレノアを真っ直ぐに見つめた。

「エレノア、今度手記を見つけて、同じような内容が書いてあったら必ず俺にも見せてくれ。勿論見せてもいいと思えた物だけでいいけど、一人で抱え込もうとするなよ?」

 エレノアはそれを聞いて、胸の奥がギュッと締め付けられるように嬉しくなった。

「分かりました。私たちは相棒ですもんね」

 ガオウとエレノアはお互いに笑顔を見せあう、穏やかな空気が流れたその時、がたんと後ろから物音がした。

「あーえー、邪魔するつもりはなかったのですな」

 ウォルがばつが悪そうな顔で頭を掻いていた。

「ウォル、ここで何してんだ?」

「いやーあの果物が美味しかったから、食べると寝てしまう事をすっかり忘れてて食べてしまったんですな」

 ガオウはあきれ顔でウォルから果物を取り上げた。

「食うなって言ったのに、売ったら高いかもしれないだろうが」

「それに、体に悪影響があるかもしれませんよ?あまり口にしない方がいいですよウォルさん」

 エレノアにも叱られて、ウォルは何とか笑って誤魔化そうとする。

「しかし、偶然とは言え拙者もお話を聞いてしまいました。何か事情がおありのようですな?」

 ガオウはエレノアの方にちらりと目配せをする。エレノアはそれに頷いて、ウォルにも紙を渡した。ウォルは一通り目を通すと、二人から事情の説明を聞いた。

「何と、お二人にそのような事情があったとは。拙者、仲間として全力で力になる事を改めて誓います。拙者に出来ることがあれば、何でもお申し付けくだされ」

 ウォルは丁寧に騎士団式の敬礼を行った。頼もしい仲間が増えて、ガオウもエレノアもこの先の冒険に少しだけ明るい展望が見えてきた。

「でも、勝手に物食ったり、蝶を追いかけたり、珍しいからって離れたりするなよ?」

「約束はできないですな!」

 自信満々に答えるウォルの頭をガオウが叩いた。


 二層で活動するようになって、ガオウ達のパーティーはこと戦闘面では八面六臂の活躍ぶりであった。ガオウはその変身能力と類まれない身体能力で、迅雷の如き攻撃力を誇った。ウォルは豊富な戦闘経験からの高い技術で、パーティーの強固な盾として一片の隙もない防御でモンスターを通さない。エレノアは必死に契約魔法の魔導書の解析を進めて、ガオウの支援と連携の隙を埋める攻撃魔法、そして優秀な情報分析能力で、重要な司令塔の役割を果たしていた。

「ウォル!頼む!」

「承知!」

 ガオウの掛け声でウォルが大盾を構えて前に飛び出す。ファイアホークの群れが飛ばす炎の羽の炎弾をすべて受けて、大盾の影から巧みに鞭を操り、ファイアホークの足を絡めて落とす。

『敵を撃て氷の礫よ』

 無防備になったファイアホークにエレノアの魔法が襲い掛かる。動けなくなったファイアホークたちは、ガオウの手によって素早く仕留められた。

「よし、戦闘終了!」

 ガオウは変身を解く、ウォルとエレノアも戦闘態勢を解いて各々武器をしまう。モンスターの素材を剥いで、鞄へしまう。素材の選別も大分知識が付いてきた。

「そろそろ休憩にしますかな?」

 ウォルはそう声をかける。休憩のタイミングはウォルに任されている。体力消費の見極めが上手だからだ。安全な場所を見つけて、三人は腰を下ろす。

「大分連携もとれるようになってきたな」

 ガオウは干し肉を齧りながら言う。

「私も攻撃魔法や、支援するタイミングが掴めてきた気がします」

 エレノアは魔力回復ポーションを口にしながら同意する。

「拙者も探索中のよそ見が減ったと思います!」

 ウォルは水筒に入れた酒をがぶがぶ飲みながら言った。

「ウォルのよそ見はそんなに減ってないけどな!ふらふらするのはまだいいけど、何も言わずに居なくなるのをやめろ!」

「まあまあガオウさん、ウォルさんのお陰で戦闘はとても助かってますし」

 怒るガオウをエレノアがなだめる。

「エレノアはウォルに甘いぞ、大体冒険中の飲酒だって俺はどうかと思ってるのに」

「ガオウ殿、これはお酒であってお酒でないんですな、言わば命の水なんですな」

 怒るガオウをエレノアが必死に抑える。ウォルはどこ吹く風で酒を飲んでいる。

「はあ、もういいや。とにかく、俺達も大分上手く動けるようになってきた。そろそろガーディアン戦に挑んでもいいんじゃないか?」

 ガオウの言葉を聞いて、空気間に緊張感が増す。

 探索の最中、ペンデュラムの反応に違いがある事が分かった。明らかに強く反応する場所では光る強さも増し、ペンデュラムの先端も小さく振動している。他の反応のある場所で、試してみたところ。反応の大きさが明らかに変わっていて、見つかるのも手記の一ページだけだった。ペンデュラムが強く反応を示す場所には、研究データが隠されている可能性がある。そう仮説を立てた三人は、強い反応を示す場所を探して、その場所をマーキングしつつ、戦闘を重ねて連携を高め、仮説を実証する機会を伺っていた。そしてそれに挑むという事は、ガーディアンとの戦闘がある可能性を示唆していた。

「私も賛成です。準備をして挑んでみましょう」

「拙者もそれでいいと思います。場所の当たりもつきましたし、試してみる価値はあると思いますな」

 二人の同意を得てガオウも黙って頷いた。あの激戦を思い出すと身が震える。しかし同時に事の真相に近づく事のできる唯一の方法でもあった。その震えが武者震いか臆病風か、ガオウには分からなかったが、確実に二体目のガーディアン戦が近づいていた。

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