第10話

 ウォルを連れてマキシムの所へ二人は戻った。

「あら、お仲間が増えたのね!頼りになりそうじゃない!」

「拙者ウォルと申します。お二人の盾となり剣となりお守りする所存です!」

 マキシムとウォルはあっという間に打ち解けて、いつの間にか二人でお酒を酌み交わしていた。ガオウはそれを呆れたように眺めていたが、ふとエレノアがいない事に気が付いた。

 エレノアを探してガオウは見て回る。エレノアが外の石垣に腰掛けているのが窓から見えた。ガオウは盛り上がっている二人を放っておいて、エレノアの所へ向かう。

「隣いいか?」

「あ、ガオウさん。すみません何も言わずに出てしまって」

「いいよ、そんな事。何読んでるんだ?」

 エレノアの隣に座って、ガオウは聞いた。

「これまでの冒険で手に入れたお父様とお母様の手記です。集まった分をこうしてたまに読み返しているんですよ」

「そうか、どんな事書いてあるのか聞いていいか?」

「勿論ですよ」

 そう言ってエレノアはガオウに少し身を寄せる。ガオウは外が暗くて顔が赤くなるのが隠せてよかったと思った。

「一番書いてあるのは私の事です。家に置いて研究所ばかりにいたから、心配だったみたいですね」

「あの子は賢い子だから気持ちを上手く隠してしまう、私に悟らせまいと気を使わせてしまうのは親として忸怩たる思いだ。か、エレノアはあんまり我儘とか言わない子供だったんだな」

 エレノアは恥ずかしそうに、それでもどこか寂しそうに笑った。

「私はお父様にばれてないと思っていたんですけどね、やっぱり分かってしまうものなのですね」

「エレノアはどうして親に甘えたりしなかったんだ?」

「研究で忙しそうにしていた。それも一つの理由なんですが、本当のところはどうやって甘えたらいいのかよく分からなかったんです」

 エレノアはそう言って、ふふっと短く笑った。

「どうした?」

「少し思い出してしまって、お父様が私に誕生日プレゼントを用意しようとして、それとなく私に聞くんです。何か欲しい物はあるか?とか、最近の子供の流行りはどうだとか」

「それはまた露骨だな」

「ええ、それで私上手く欲しい物を伝えられなかったんです。本当はお人形さんが欲しかったんです。お父様、私から上手く聞き出せないので、喜びそうな物を揃えるだけ揃えようとしたんです。そうしたらお母様と大喧嘩になってしまって、お母様に怒られて沈んでいるお父様の背中を見て、やっと私は欲しい物を伝えられました。あの時のお父様のホッとした顔を思い出したら、何だか笑えて来てしまって」

 エレノアは堪えきれず笑い出した。ガオウもその話を聞いて、何だか面白い父親だと思い、一緒になって笑った。

「優しい人たちだったんだな」

「そうですね、だからこそ人体実験なんて恐ろしい事をしていたなんて、未だに信じられません」

「手記には研究について何かないのか?」

 エレノアは一枚だけ紙を引き抜いてガオウに渡す。

「研究に参加するよう要請された日の事が書いてあります」

 ガオウはそれを読み上げる。

「国を挙げての計画に参加要請がきた。私たちの研究成果が認められるなんてとても光栄な事だ。私たち夫婦の長年の研究がようやく実るかと思うと、感動で心震えてならない。か、よっぽど嬉しかったみたいだな」

「計画の内容を知らされていたのか、知らせれていなかったのか、どちらかは分かりませんが、やはり研究を認められる事は嬉しいことなのでしょう」

 エレノアもガオウも、それだけ話してから暫く言葉が見つからなかった。どんな因果か、計画は遂行され、そして今その足跡を追う冒険をしている。エレノアの両親はそれを贖罪だと表した。一体どんな謎が待ち構えているのか、二人は心の中で暗く重い覚悟を背負っていた。

「ガオウ殿!エレノア殿!こちらに居ましたか!こっちにきて飲みましょう!」

 ウォルがべろべろに酔っ払いながら、酒の瓶を片手に近づいてきた。

「そうよそうよ!そんな所で仲良く逢引きなんてしちゃって!悔しいわ!」

 マキシムも大分酔っぱらって陽気になっている。

「行くかエレノア」

「ええ、ガオウさん」

 二人はそう言って、ウォルとマキシムの所へ向かう。酔っぱらったウォルが倒れそうになるのを支えようとしてガオウがウォルに潰される。それを見たマキシムが「私も」と言って飛び込んで、三人は揉みくちゃになった。エレノアは楽しそうに笑いながら下敷きになったガオウを助けて、皆は大いに笑っていた。


 冒険の仲間は、ガオウ、エレノア、ウォルの三人になった。三人は二層に下りて、改めて探索を再開する。

「ウォル、あんたの実力頼りにしていいんだよな?」

「お任せくださいガオウ殿、拙者戦闘だけなら一端です」

 ウォルの装備は頑丈な鎧を着こんだ非常に重装備をしている。大きなタワーシールドを背負い、細かい携帯品を含めても総重量は相当な物だ。

「ウォルさん、武器は何を使われるんですか?」

「よくぞ聞いてくれましたなエレノア殿、拙者の武器はこれですな」

 そう言ってウォルが取り出したのは、長い鞭だった。先端には分銅が付いていて、素材はモンスターの革や硬殻などが使われている。

「盾に鞭って、何だかよく分からない組み合わせだな」

「まあまあ拙者の実力は、見ていただいたら分かりますな。期待してくだされ」

 ウォルはどんと胸を叩いて自信たっぷりに言った。エレノアは目を輝かせているが、ガオウはまだ半信半疑の気持ちだった。

「じゃあ行くか」

 ガオウはペンデュラムを取り出して、反応を確認する。入口付近ではまだ微かに光る反応しかない、マッピングを行いながら奥へと足を進めていく。

「あれ?ウォルさんは?」

「え?」

 エレノアが声をかけて、ガオウが地図から顔を上げると、いつの間にかウォルの姿が見えなくなっていた。

「あいつどこ行きやがった!ウォル!」

 ガオウが大声で呼びかけると、少し先の方からウォルの声が聞こえてきた。二人は急いでウォルの元へ向かうと、ウォルは果実を抱えて二人の元へ走ってきた。

「お二人共見てくだされ!おいしそうな果物を見つけました!」

「ウォル!お前勝手に音もなくいなくなるな!」

「いやー、失敬失敬。見つけてしまったら体が動いてしまうんですな!」

 怒るガオウをエレノアがまあまあと言ってなだめる。

「これ食べれるですかな?」

「どうでしょう、私は見た事ありませんね、ガオウさんは?」

「俺も知らない、どちらにせよ、迷宮で見つけた食物は安全が分かっているもの以外に手を出さないのが基本だ」

「へーそうなんですな」

 ウォルは果実を食べながらもごもごと話す。

「話聞いてなかったのか馬鹿!」

「中々うまいです。お二人もどうですか?」

 そう言って果物を差し出しながら、ウォルは後ろにばたんと倒れた。急いで駆け寄ると、すぅすぅと寝息を立てながらウォルは眠っていた。

「くそ、だから言ったのに!多分強い睡眠作用のある果物だったんだ」

「どうしましょう、ガオウさん」

 ガオウは自分の荷物から状態異常を回復させる薬液を取り出すと、幸せそうな顔で寝ているウォルの顔にぶちまけた。

「うお!びっくりした!もう朝ですか?」

 跳び起きたウォルの頭をガオウが叩く。

「その果物食って寝てたんだ馬鹿!安易に手をだすなって!」

「まさか!そんな効能があったとは、美味いのに…」

「エレノア、ウォルを見張っててくれ」

 エレノアは苦笑いを浮かべながら、ウォルの手を掴んで一緒に歩く事にした。また果物を食べようとするウォルから果物を取り上げて、ガオウが先行して、その後をエレノアに手を掴まれながらウォルが続いた。


「ん?モンスターですな」

 暫く歩いていると、ウォルがぴくっと反応して言った。

「本当か?どこだ」

 ウォルが指さす方を見たら、確かにロックリザードが四匹群れでいた。とは言う物のまだ遠くにいる、

「よく分かりましたねウォルさん」

「気配がしましたから、それではあまりいい所を見せられていない拙者が片づけてきますな」

 そう言うと、大盾を左手に装備してウォルは止める間もなく飛び出した。

 ウォルはまず大盾をガンガンと叩いて音を鳴らした。それに気が付いたロックリザードは一斉に警戒し威嚇する。ウォルは注意を引いたまま、戦闘態勢に入った群れに突っ込んでいく、飛び掛かってきた一匹に合わせて大盾を勢いよく前に出す。壁のような大盾に勢いよくぶつかりロックリザードの首が折れ曲がる。そうして息絶えたロックリザードをウォルは掴むともう一匹に全力で投げつけた。投げつけられたロックリザードを避けることが出来ず、ぶつかり合ったもう一匹もぐちゃりと潰れて絶命する。残りの二匹はウォルの電光石火の動きに混乱して、動けずにいる、そのままウォルは二匹の間に割り込み大盾を勢いよく振り回した。鉄塊のごとき大盾にぶち当たり、あえなく二匹とも体を吹き飛ばされて、戦闘はあっけなく終わった。

「終わりました!二人共いかがでした?」

 ウォルが手を二人に向かって笑顔で手を振っている。その凄まじい鬼神の如き戦闘の有様を見て、ガオウもエレノアも目を丸くしていた。

「どうです?拙者、お二人のお役に立てそうですかな?」

 ガオウとエレノアは声をなく、ただただ頷くしかなかった。


 ガオウとウォルのお陰で、戦闘面では問題がなかった。ウォルが敵の気を巧みに引いて、その隙をガオウが刺す。ウォルの卓越した戦闘技術は、ガオウの攻撃力を大幅に引き上げた。

 さらにウォルは、重装備を着込んで大盾を背負っていても、息切れ一つすることなく、何度戦闘を重ねても疲れを見せる事が無かった。足場の悪い二層の岩道も平気で動ける体力は相当なものであった。

 道中で何度か、ペンデュラムの反応があったが、見つかったものは手記のページを何枚か見つけただけだった。ウォルはまだまだ動けるが、二人の体力は限界だった。ウォルを加えた初めての冒険を切り上げて三人は冒険を切り上げて帰還石を砕いた。


「ただいま帰りました!」

「おかえりなさい、あら?ガオウとエレノアちゃんは大分お疲れね」

 一人元気なウォルの横で二人は心底疲れた表情でいた。

「ただいまおばちゃん、風呂沸いてる?」

「ただいま帰りましたマキシムさん、ご飯ありますか?」

 ガオウはそのままふらふらと浴室に向かい、エレノアは倒れるように椅子に座りこんだ。ウォルは楽しそうにお酒を飲んで、今日採取した果実を口にしてばたっと眠った。

 エレノアは、今回の冒険で見つけた手記のページを眺める。いつものように他愛のない内容が書かれているだろうと思っていたが、書かれている内容を見てエレノアは声をあげた。

 手記の内容は、研究中の両親が書いた日記であった。初めて研究中の両親の感情を知る機会を得たエレノアは、不安と期待が入り混じった複雑な感情で、文字を眺めていた。

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