第9話
ガオウとエレノアは第二階層へと下る階段の前に居た。
「やっぱり失せ物ペンデュラムが下に反応してるな」
「はい、二層に探し物があるのは間違いなさそうですね」
二人はゆっくりと、でもしっかりとした足取りで階段を下り始めた。
第二階層は、第一階層と打って変わって山岳地帯に似た。巨大な岩石が立ち並ぶ乾燥地帯だ。足場は悪く、ガタガタとして平坦な道はない。空間が狭い所も多く、十分に武器を振るう場所がとれなかったりと、戦闘経験豊富な者でも満足に動くことができない等、一層以上に知識と戦略が必要になる。生息するモンスターはリザード種と鳥獣種が多く生息し、一層以上に生存競争激しい環境に晒されているモンスター達は、独自の能力を発展させて一個体がそれぞれに強力になっている。少ない餌場、足りない自然を奪い合い、モンスター達はそれぞれに精錬されている。一方、二層では採れる素材がより貴重になり、モンスターから採れる素材も強力な武器防具の材料となる。そしてある岩場からは霊薬が湧く泉があり、冒険者達は一攫千金を求め、第二層を目指す者も多い。
二人が下り切った先で、太陽の光がきらりと光った。地下へと向かっているはずの迷宮でも太陽も月も空を照らしている。
「不思議ですよね迷宮って」
エレノアが目の上を手で覆って言う。
「ああ、本当に不思議な所だよ」
ガオウも眩しさに目を細める。ついに二層へと降り立った感動と、待ち受けている強敵を思い今一度気を引き締めなおした。
「今日はあまり長く迷宮に留まらず、何度か戦闘をしたら戻ろう」
「はい、まずは環境に慣れましょう」
二人は装備を確認すると、新たな冒険の舞台へと足を踏み出した。
「ガオウさんロックリザードの攻撃来ます!」
ロックリザードは長く硬い尻尾を鞭のようにしならせて、素早く攻撃する。ガオウは基本形態である鬼形態で防御するも、その鋭く重い攻撃はガードの上から衝撃を通す。
『硬き護りを!』
エレノアは契約魔法を通してガオウを強化する。支援を受けたガオウはロックリザードの尻尾をはじき、根本から切り落とした。
ギャアと声を上げ逃げようとするロックリザードを、エレノアが魔法で逃げ道をふさぐ、身動きが取れないロックリザードをガオウが止めをさした。
一息ついて変身解除するガオウ、エレノアは早々にロックリザードから素材を剥ぎ始めていた。
「やっぱり一匹一匹が強いな」
「ええ、攻撃速度もパターンも一層とは比べ物になりません」
ガオウもエレノアを手伝い、一通りの素材を剥ぐ。
「鱗も皮も強くてしなやかだな、こりゃベアのおっさんが喜ぶぜ」
「でもどれをどう剥いでいいかまだ分かりませんね、もっと情報収集が必要です」
エレノアが素材を鞄に仕舞い終えると、微かな人の呼び声が聞こえてきた。
「何か呼び声っぽいのが聞こえるな」
「ええ、他の冒険者さんでしょうか?」
「助けを呼んでるんだったら大変だ、駿狼で聞いてみよう」
エレノアが呪文を唱えて、ガオウは駿狼形態に変身する。
「おーい!だれかー!たーすーけーてー!」
「エレノア助けてって言ってる。声を追うからついてきてくれ」
ガオウはそのまま先行して、声のする方へと向かった。
二人は声のする所に辿り着いた。そしてその理解しがたい現状に立ち尽くしている。
「だーれーかーいまーせんかー」
男が岩の隙間に顔を突っ込んで動けなくなっていた。
「あのー大丈夫ですか?」
エレノアが男に声をかける。
「やや!どなたか存じませんがこれは僥倖!どうにか助けていただけませんか?」
「どうしてそんな事になったんだ?」
「おお!さらにもう一人!いや実はやむにやまれぬ事情がありましてな」
「取りあえず出してあげましょうよ、話はその後でいいでしょう?」
エレノアがそう言うと、ガオウと挟まった男は「そっか」と同時に言った。
エレノアの魔法とガオウが爪で周りの岩を丁寧に削り、十分な隙間ができて男は首を抜いた。
「いやー助かりました!この御恩は忘れません!拙者ウォルと申します」
ウォルと名乗った男はペコペコと頭を下げた。歳は壮年の程で背が高く、体はよく鍛えられていてがっしりとした体格をしている。一方髪の毛はぼさぼさと手入れされていなく、無精ひげを生やしてだらしない、どこかアンバランスな印象を与える男だ。
「ウォルさん、あんた何であんな狭い穴に顔を突っ込んでいたんだ?」
「いや、実は拙者二層に湧くと言われる、幻の酒を探して回っていたんです。湧くと言えば岩場の隙間かと思い、確かめてみようと顔を入れた所、抜けなくなって動けなくなってしまいまして、危うく死んでしまうところでした」
ガオウは呆れ顔でウォルを見た。
「モンスターに襲われずに、無事助けられてよかったです」
エレノアは満面の笑みで救助を喜んでいる。
「本当に感謝に堪えません。何かお礼をしたいのですが」
「それよりウォルさん、あんた他のパーティーの人はどうしたんだ?」
ガオウが話を遮って聞く。ガオウとエレノアは例外だが、冒険者はパーティーを組んでいなければならない。
「パーティー?拙者は一人ですが?」
「ええ?登録証は?」
「登録証?何ですかそれは?」
「エレノア確保」
「ごめんなさい」『縛れ』
エレノアが呪縛の魔法をかける。ウォルは腕を後ろ手に縛られた。
「何するんですか!?拙者何か気に障る事でもしてしまいましたか!?」
「登録証持ってない人が迷宮内に居たら、その場で逮捕しなきゃいけない決まりになっているんだよ。そもそも登録証持ってなきゃ迷宮前で止められる筈なのに、どうやって入ったんだか」
ガオウはウォルを捕まえて帰還石を砕いた。三人は脱出したその足で、ウォル引き渡しの為にギルドへと向かった。
ウォルがリカルドの取り調べを受けている間、ガオウはベアの店に素材を売りに行き、エレノアはシェラと話していた。
「二層のモンスターの情報ですか、やはり二層で活躍している冒険者に聞くのがいいでしょうね」
「そうですか、酒場に行けば会えますかね?」
「それかギルドの相談カウンターへ行くと、他の冒険者が報告したモンスターの情報が閲覧できますよ」
エレノアは情報取集を欠かさないようにしている。しかしラビラの迷宮はまだ三層までしか到達パーティーがいない、データもあまり集まっていないため、どんなモンスターが生息しているか程度の情報しか集まらないのだ。
「エレノアどう、まだかかりそう?」
ガオウがベアの店から戻ってきた。
「いや、丁度いいタイミングだ」
ガオウが戻ってきてすぐにリカルドが扉を開けて出てきた。そのまま二人とも入出するように促され、部屋へ入った。
「おお、お二人共先ほどぶりですな!」
ウォルが二人の顔を見てパッと顔を明るくした。
「あんた捕まってるのに随分余裕だな」
ガオウはあきれ顔で言った。
「いやーまさか登録証が必要だとは知らずに、不覚ですなぁ」
ウォルは能天気に話している。リカルドも疲れた顔を隠せずにいる。
「この男が迷宮に入れたのはな、この王都騎士の紋章のお陰だ」
そう言ってリカルドは、豪華な装飾が施された金色の首飾りをガオウ達に見せた。
「王都騎士!?」
エレノアは驚いて声を上げた。
「王都騎士って何?」
ガオウがエレノアに聞いた。
「王宮に使える直属の騎士で、とても厳しい訓練と教育課程を経ても尚、選別に選別を重ねられた騎士の事です。私も聞いたことしかないので、実際にお目にかかるのは初めてです」
「いや、お恥ずかしいですな」
ガオウは信じられないという顔でウォルを見た。
「でも、王都騎士さまが何故迷宮にいらしたんですか?」
「呆れた話だが、どうやら脱走してきたそうだ」
ガオウとエレノアは驚きの声を同時に上げた。
「拙者、無類の酒好きでして、ラビラの迷宮の二層に湧く霊酒が大層な美味と聞きましてな。いてもたってもいれずに隊を飛び出してきたのです」
二人は開いた口がふさがらなかった。
「お二人共、このままでは拙者王都に返されて罰を受けさせられる事になってしまいます!拙者もう騎士に戻りたくないです!規律規律とうるさくて自由にお酒が飲めないあんなとこもう戻る気はありません!助けていただけませんか!?」
「助けるったってどうすれば」
「お二人のお仲間に加えてください!拙者戦闘では負けた事がありません。きっとお役に立てると思います!」
二人はリカルドの顔を見た。
「私としては、君たちに仲間が必要な頃合いかと思っていた。しかし生半可な実力者では戦いについて行けないだろう、ウォルなら実力はお墨付きだ」
「そうなんですか?」
エレノアが聞く。
「この男が持ってる紋章は、戦闘で一番武勲を上げた者だけが受け取れる物だ」
またまた二人は驚いた。ウォルは恥ずかしそうに頭を掻いている。
「王都には私が話をつけてやる。本人も強く願っている事だし加えてやってもいいと思うが?」
「是非に頼みます!」
ウォルは頭を地にこすりつけて頼み込んだ。ガオウとエレノアは困惑しながらも、ウォルをこのまま放っておくのも考え物だと思い、ウォルをパーティーの仲間に加える事にした。
「感謝いたします!ガオウ殿エレノア殿!拙者存分に力を奮わせていただきます!」
こうして奇妙な出会いからガオウとエレノアの冒険に、酒好きの脱走騎士ウォルが仲間に加わる事になった。
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