第8話

 第一層の失せ物ペンデュラムの反応はまだ残されている。二人は探索を進めて回収を急いだ。

 回収できたのはエレノアの両親が書いた手記のページであった。そしてそれの回収に、ガーディアンは現れなかった。理由はまだ分からなかったが、見つかる物によってガーディアンが反応するかしないかに分かれていると推測された。

 一層での活動にもう心配事はなかった。

「エレノアいるぞ、ラージウルフ三体」

「分かりました。駿狼で行きますか?」

「ああ、このまま突っ込む」

 エレノアの隣から静かに速き風が吹く、ラージウルフは不意打ちで剛爪の斬撃を食らう、一匹が早々に首を刎ねられる。突然現れたガオウに混乱して二匹は距離を取ろうとする。が、エレノアがそれを許さない。

『炎よ上がれ』

 足元から燃え上がる炎に気取られ、ラージウルフの二匹は分断される。数の有利が無くなってしまえばラージウルフに成す術はない、一匹はガオウにまた首を落とされて、もう一匹はエレノアの魔法の礫を乗せた強風が体を貫いた。

「よっしゃ!完璧だな」

「ええ、連携ばっちりです!」

 二人は片手を上げてハイタッチする。マキシムに鍛えられ、失せ物探しの為に迷宮を探索するうちに、互いにできる事を分かり始めていた。

「エレノアここじゃないか?」

 ペンデュラムは光を放つ、エレノアがそこを調べると、また一つページが見つかった。そしてペンデュラムは、まったく光を放たなくなった。

「一層はこれで終わりって事か」

「多分そうだと思います。完全に光が消えましたから」

 その事は、二人の冒険が次のステージに進む事を意味していた。


 ギルド本部に戻り、二人はリカルドに会っていた。

「そうか、回収を終えたか」

「はい、一層はすべて終えました。結局ガーディアンが現れたのは研究データが見つかった時だけでした」

「断定はできないが、これで傾向の信ぴょう性は確かになりつつあるな。二人共実力はもう充分二層に通用する。これからは活動域を二層をメインとして行ってくれ」

 リカルドの言葉に「はい」と返事をして、退室する。

「お二人共少しいいですか?」

 受付に座っていたシェラが声をかけてきた。

「何ですか?」

「実はお二人当てに仕事の依頼が来てます。それで私から伝えるように頼まれまして、ギルド一階の依頼受付までお願いできますか?」

 ガオウとエレノアは顔を見合わせた。名指しで仕事の依頼が入ったのは初めての事だ。

「分かりました。」

 普段二人は冒険者用の依頼を受ける事がない、採取に討伐、調査に護衛と様々に仕事がギルドの大きな掲示板に張り出されている。しかしそのどれもが競争率も高く、迷宮で生計を立てている冒険者にとって生命線とも呼べるものだった。ガオウとエレノアも最初こそ仕事を受けようと依頼を探していたが、4人以上パーティーが前提の仕事が基本なので、二人という異色のコンビには無理だという結論に至った。なので二人はギルドの依頼カウンターを利用することが初めてだった。

「すみません、シェラさんに聞いて来たのですが」

「はい、ガオウさんとエレノアさんですね。登録証をお願いします」

 受け付けの女性に言われるがまま登録証を手渡す。

「ありがとうございます。確認取れました。お二人に来ている依頼なのですが、実は一層で活動している他の冒険者からの連名の依頼なんです」

「冒険者からの依頼?」

 ガオウは少し訝しむ。

「珍しい事なんですか?」

 エレノアが聞いた。

「まあ普通冒険者だったら依頼するより、自分でやった方が金になるだろ?」

「なるほど、確かにそうですね」

「私も最初は少し怪しい依頼なのかと疑いましたが、事情を聞くに本当に困っているようでしたので、指名依頼として受理しました」

 どうぞと手渡された紙には、依頼の概要が載っていた。一層での活動中に、何度か複数のパーティーが正体不明のモンスターに襲われ、その強さが、一層に生息するモンスターとは比べ物にならない強さであったと書かれている。そのモンスターの調査と討伐が依頼内容であった。

「ガオウさんとエレノアさんの実力は、一層で活動している冒険者の中でもトップです。その戦いぶりを見た冒険者たちが協力を願うべく依頼したようです」

「ガオウさんこれってもしかしたら」

「ああ、あのすみません。この依頼内容ってギルドマスターには上がりますか?」

 受付嬢は首を横に振った。

「分かりました。この依頼受けさせてもらいます」『エレノアはリカルドさんの所に行ってガーディアンが出たかも知れないって伝えてきてくれ』

 ガオウは念話でエレノアに要件を伝え、自分は受付で手続きを進める。念話を受けたエレノアはさっそくリカルドの所へ戻った。

「ということで、もしかしたらこの依頼のモンスターはガーディアンかもしれません」

 エレノアはリカルドに先ほどの出来事の概要を伝える。

「そうか、私は依頼内容に目を通す事が殆どないからな、見逃していたよ。迷宮内に変化があるとの報告もなかった。冒険者達が先に見つけたか」

「私たちこの依頼を受けて、モンスターがガーディアンなのか確認してきます」

「ああ、よろしく頼む。しかしくれぐれも無理はするなよ。もし二人での討伐が敵わないと判断したら、すぐに私に報告しに来たまえ」

 エレノアはそれに頷いて、部屋を出る。

「行くか?」

「ええ、行きましょう!」

 すでに待っていたガオウと合流して、二人はギルドを後にした。


 依頼内容に書かれた場所に赴く道すがら、ガオウはエレノアが新しい装備を身に着けている事に気が付いた。

「エレノアそのガントレットどうしたんだ?」

「あ、気づきました?これはですね、ベアさんと相談して作った特注品です!」

 エレノアが自慢げにガオウに装備を見せびらかす。あまり変哲のない物だが、手の甲部分に魔石が埋め込まれている。

「その魔石部分はどんなことに使うんだ?」

「見ててください」

 エレノアがそういうと、魔石が光って薄く広がる青い膜のようなものが、盾のように展開された。

「なんだこれ?」

 ガオウがこんこんと膜を叩く。

「ガオウさんちょっと力を込めて殴ってみてください」

「いいの?よっしゃ」

 ガオウは拳を握り殴りつける。そうすると、薄い膜は攻撃を受けて割れるように壊れた。

「あれ?壊れた!?」

「これでいいんです。このシールドは魔力で出来ています。耐久力はありませんが、割れることで攻撃の威力と衝撃を弱めるのです。しかもすぐにまた展開できるんですよ」

 エレノアが自慢げにふふんと鼻を鳴らす。

「しかしエレノアに盾が必要か?俺がいるのに」

「いいんです。出来る事が多ければ多いほど、ガオウさんの力になれるじゃないですか」

 二人は顔を見合わせて笑った。そうしているうちに目的地へと着く。

「遭遇した場所はここらしいが、ペンデュラムはどうだ?」

「反応なしです。ガーディアンではないのでしょうか?」

 二人は周囲を警戒する。見渡す限りにモンスターの気配はない。

「エレノア、駿狼で警戒するから頼む」

『我は命ずるその身に宿る狼の力を目覚めさせよ』

 ガオウは駿狼形態に変身する。そのまま感覚を研ぎ澄ませて周囲を探る。

「見つけた。確かにでかい反応があるぞ」

「どこですか?」

 ガオウはくいくいとエレノアを手招きする。それについて行くと、森の奥で見たこともない大きさの熊が他のモンスターを食らっていた。

「確かに一層では見た事がないモンスターです」

「ああ、俺も知らない、どう攻めるか」

 その熊型モンスターは異様な出で立ちをしていた。上腕が長く筋肉が発達していて、上半身が他の熊型モンスターより大きい、毛は所々赤黒く変色しており、遠くから眺めているだけでも威圧感を放っている。

「取りあえず、駿狼で攪乱してみる。エレノアは何か気づいた事があったら教えてくれ」

「分かりました気を付けてください」

 そんな相談をして二人はモンスターに向き直ると、モンスターはすでに二人に気付いて顔を向けていた。

「ブオォォォ!」

 雄たけびと共に猛スピードで突っ込んでくる。ガオウは前に出て、エレノアは少し下がる。

 熊が振り上げた上腕の一撃をガオウは防御姿勢を取り受け止める。

「がああ!?」

 受け止めたガオウの腕がバキバキと音を上げて軋む、一撃が重い。バックステップで距離を取る。

『ガオウさん大丈夫ですか!?』

『まだ大丈夫、しかしこいつすごい腕力だ』

 ガオウは機動力を生かして動き回った。熊はガオウの動きを追いきれず動けずに止まる、その隙に何撃か爪で攻撃を加える。

「思った以上に皮膚が硬い!」

 ガオウは攻撃がそれほど深く入らない事が感じてとれた。

『エレノア!駿狼じゃダメージが入らない、元に戻ってあの決め技を使おう』

『分かりました!何とかして動きを止めましょう!』

 距離を取ってエレノアの近くまで戻り、ガオウは形態を変える。エレノアは杖を構える。

『炎よ敵を撃て』

 魔法を詠唱して炎弾を3発熊に向けて飛ばす。それと同時にガオウも飛び掛かる。熊は炎弾に怯みもせず、もう一度ガオウに飛び掛かる。熊は腕を振るうが、今度は腕の一撃も受け止める事ができた。そのまま殴りつけてダメージを重ねる。

「ぐぅぅ」

 着実に攻撃を当てて熊は少しだけ怯み始めた。

「行ける!」

 ガオウがそう心の中で思った時、熊は咆哮を上げて渾身の一撃を放ってきた。油断がうまれたガオウは防御も間に合わない。

「ガオウさん!」

 その時エレノアがガオウと熊の間に割って入ってきた。そして盾を展開して熊の一撃を受ける。防御は間に合って盾は割れたが、勢いを殺し切れずにエレノアは熊に殴り飛ばされる。

「エレノアッ!」

「大丈夫です!それより今です!」

 ガオウはありったけの攻撃を熊に打ち込む、ダメージを負い過ぎた熊はよろけて隙が生まれた。

『我は命ずるその身に宿る鬼の魂を解放せよ!』

 エレノアは倒れながらもガオウに魔法をかけてリミッターを外す。ガオウは沸き上がる力の衝動のままに熊の胸部をパンチで貫いた。そして心臓を掴んで握りつぶす。

「エレノア大丈夫か!?」

 変身を解除してガオウはエレノアに駆け寄った。細かい擦り傷はあったが、腕もきちんと防護できていたようで、大きな怪我は見当たらなかった。

「大丈夫ですよ、ちゃんと防御しました」

「どうして飛び込んできたんだ!俺なら怪我をしてもすぐに治る、でもエレノアはそうはいかないんだぞ!」

「でもあのままでは、ガオウさん攻撃を食らっていました。前は回復できたけど、今回もそうとは限らないじゃないですか!」

 エレノアは怒った顔でガオウを睨む。

「私、ガオウさんが大怪我した時。ガオウさんが死んじゃうって思いました。なのに私は何もできず動けなかった。それだけはもう嫌なんです」

 エレノアはよろよろとしながらも立ち上がった。

「それに前ガオウさんが言っていた事思い出しました。死んじゃうかもしれない時に一歩足を出せる事が冒険者の資質だって、だから体が勝手に動いたんです。ガオウさんが死んじゃうかもしれないってそう思ったから」

「エレノア…」

「私も守られてるばかりではないんですよ、ガオウさん。私たちはパートナーなんですから」

 そう言ってエレノアはにっこりと笑った。ガオウもその顔を見て気を引き締めなおして言った。

「そうだな、俺たちは二人で一人前。これから二層にも挑むんだ。頼りにしてるぜ相棒」

 二人は笑い合うと拳をそっと重ね合わせた。


「調査の結果、あのモンスターは一層にいるハニーベアだと分かった」

 リカルドの言葉にガオウは驚く。

「嘘だろ、あいつらは強いけど、縄張りに入らなければ基本的に大人しいモンスターだ。それにあんな見た目じゃないし」

「まあ待て、続きがある」

 そう言ってリカルドは一つの石を机に置いた。

「これはウキヨカ石ですね、エネルギーを秘めた鉱石です」

 エレノアが取り出してきた石の説明をする。

「このウキヨカ石は一層の鉱脈で採取できる。あるパーティーがこの石を採取している時にハニーベアの縄張りに踏み込んだ。襲われたパーティーはウキヨカ石を縄張りに置いて逃げたんだ。そして一匹のハニーベアがこれを食した」

「え?そんな生態確認されたことありますか?」

「ない、本来のハニーベアの主食は花の蜜や、果実だ。だがそれが起こった。ウキヨカ石を食したハニーベアは体内に取り込まれたエネルギーで体が変異した。そして目につく物をすべて襲い捕食するモンスターになったという訳だ」

 ガオウはウキヨカ石を手に取る。

「そんな力が秘められていたなんて」

「迷宮にもモンスターにも資源にも、まだまだ謎は多く存在する。しかし今回の出来事はそのパーティーの不始末が原因だった。お前たちにはその後始末をさせてしまったな」

「いえ、問題ありません。それに二層に挑む前の大きな自信になりました」

「ええ、私もガオウさんも成長してるって思えましたから」

 自信漲る二人の姿を見て、リカルドも笑みを浮かべる。

 二人は共に問題を乗り越えて、また次の冒険へ向かっていくのであった。

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