第7話

 ガオウは蹴り飛ばされて体を地面に擦る。もう何十回と打ちのめされてはまた立ち上がっていた。

「おばちゃん、もう一回だ」

 ガオウは変身して構える。マキシムは木剣を構えてただ立っているだけ、地面を蹴り、二度三度飛び跳ねて左右に揺さぶり視界から消える。背後に回り込んで拳を振るうが、拳の先にはもう木剣の柄頭があって止められる。止まった腕を上に弾かれて、空いた腹部に強烈な蹴りを叩きこまれて、ガオウはまた地面を転がった。

「ガオウちゃん一旦休憩しましょ、私疲れちゃったわ」

 マキシムはそう言うが、息一つ荒げていない、ガオウは呼吸も荒く体中が軋むように痛んでいる。

「ああ、休憩しよう」

 それだけ言って、ガオウはそのまま地面に倒れこんだ。

 ガオウはギルドの戦闘訓練場で、マキシムに稽古をつけてもらっていた。元冒険者のマキシムは剣の才覚に優れ、優秀な戦士だった。前衛としての能力が欠けていると感じていたガオウは、足りないものが何なのかを見つけるために訓練が必要だと感じた。

「ガオウちゃん、休むならキチンと休める場所に行きなさい。ほら立って」

 マキシムはガオウの腕を掴んでぐいっと持ち上げた。殆ど体格差がないうえに、引退してから時が経っているのにすごい力だとガオウは思った。

「おばちゃんは力が強いな、何で俺をあんなに蹴っ飛ばせたりできるんだ?変身中の俺ってめちゃくちゃ重たいのに」

「力が強いだけじゃ駄目よ、こういうのはコツがあるの。ちゃんと教えてあげるから今はぶっ飛ばされておきなさいな。傷もあっという間に治っちゃうんだから」

 マキシムはそう言って笑う、ガオウは面白くなさそうにちぇっと舌打ちした。空を眺めて、エレノアは今何をしているだろうか、そんな事を考えていた。


 エレノアはガストンと一緒にいた。魔導書についての知識をガストンに聞きに来た。エレノアが本に触れて開いているうちは文字を読むことができる。

「駄目だな、俺には読めても理解はできない」

「え?」

 ガストンの意外な返事にエレノアは戸惑った。

「それは何故ですか?」

「簡単な事だよ、こいつには鍵の魔法がかかってる。どんなに読めても理解を阻害されるんだ」

 当てが外れてしまったエレノアは残念そうに本を閉じる。

「ガストンさん、誰か魔導書に詳しい方はご存知ありませんか?」

「悪いが、冒険者の中にはいないと思うぜぇ。こういうのはそれこそ魔法を研究している施設がある王都とかに行かないと駄目だ」

 冒険者は実戦的な魔法が使えれば十分で、それ以上の研究発展は望まない。研鑽を積んで卓越した魔法を操る事ができても、魔法についての理解を深める機会がない。

「分かりました。ありがとうございました」

「いや、力になれなくてすまんな。ガオウの様子はどうだ?」

「今日も元気にマキシムさんに稽古してもらってますよ、マキシムさんとてもお強くてびっくりしました」

「ああ、あの人か。昔はなすごい剣の腕の戦士だったんだぜぇ。怪我で引退しちまったけどな」

 エレノアは初めて聞く話に興味をひかれた。

「そうだったんですか?一体どんなことがあったんですか?」

「まああの人はそういう事身内に話さない人だからな、失礼かもしれんが俺が教えてやるか」

 ガストンはエレノアの分の飲み物も注文すると、話し始めた。

「マキシムさんはなラビラとは違う迷宮を踏破したパーティーにいた人なんだ」

「ええ!?」

「すごいだろ?迷宮踏破を成し遂げたパーティーはそうはいない、本人は自慢とか一切しないがな」

 確かにマキシムは、武勇伝を吹聴する性格ではないとエレノアは思った。

「それで、次なる迷宮として選んだのがこのラビラの迷宮だったのさ。ここにパーティーと移り住んで、さっそく冒険にでた。その時に出会ったのが幼いガオウさ」

「ガオウさんが出てくるんですか?」

「ああ、ガオウはモンスターに襲われて逃げていた。マキシムさんは迷わず助けに行ったよ。第一層のモンスターなんて敵じゃない、ガオウを襲うモンスターは細切れになった。そしてガオウに手を差し伸べたマキシムさんの背後に、隠れていたもう一匹のモンスターがいた」

「ではその時のモンスターに?」

「いや、油断してたとしてもそんなつまらない不覚をとる人じゃない、背後のモンスターに気が付いていただろうさ、でもそれはガオウも気が付いていたんだ」

 ガストンは神妙な面持ちで、続きを話した。

「ガオウは助けてくれたマキシムさんを、助けようと思ったんだ。そうして変身してしまった」

 エレノアの顔がさっと青くなる。

「ま、嬢ちゃんなら想像がつくだろ?変身したガオウはモンスターをすり潰した。そして戦闘状態になったガオウはマキシムさんとパーティーに襲い掛かってきた」

 変身の制御ができていない、未契約時の出来事。精神的にもまだ幼い時に変身して戦闘を行えばどうなるのか、エレノアには悲惨な想像しか思いつかない。

「パーティーはガオウを倒そうとしたよ、いや、殺そうとしただな。だけどマキシムさんがそれを止めた。そして暴れるガオウを抱きしめたんだ」

「そ、そんな事をしたら」

「ああ、暴れるガオウはマキシムさんの体に深い傷を負わせた。それでもマキシムさんはガオウが落ち着くまで抱きしめ続けたんだ。幼い子供をなだめるように、強く抱きとめていた。パーティーはその壮絶な光景に手がでなかった」

 マキシムとガオウの過去にエレノアは驚きを隠せなった。

「大人しくなって変身が解けた時、マキシムさんは倒れた。冒険者を引退した怪我ってのはその時のもんだ」

 話し終えたガストンは深いため息をついた。エレノアは一つ気になっている事を聞いた。

「ガストンさん、今の話まるで見てきたかのようですけど、もしかして」

「そうだな、俺はマキシムさんとその時にパーティーを組んでいた一人だ」

 それだけ言うと、ガストンは注文した代金を机に置いて去っていった。エレノアがお礼の言葉を投げかけたが、ガストンは振り返らずただ手を振っていった。


「あれ?エレノアだ」

 マキシムにまた地面に転がされているガオウが、こちらへ来るエレノアを見つけた。

「あらほんと、エレノアちゃんこっちよ!」

 マキシムが手を振ってエレノアを呼ぶ、それを見つけたエレノアは二人の元へ駆け寄った。

「エレノア、収穫はあったか?」

 立ち上がって砂を払いながらガオウは聞いた。

「いえ、やっぱりこの魔導書は私の力で解明していく他ないようです」

「あら、ガストンでも駄目だったの?よっぽどの物なのねぇ」

 マキシムは頬に手を置いて言う、エレノアはどうするべきか迷ったが、先ほどガストンから聞いたことをマキシム達に聞いた。

「その話か、懐かしいなおばちゃん」

「ええ、久々に思い出したわ」

 エレノアは二人の軽い態度に驚いた。

「あの、何でそんな軽く話せるんですか?壮絶な出来事だと思うのですが」

「いやね、もう過ぎた話よ。それに私は今の生活の方が気に入っているのよ。剣を握るより、お料理やお掃除、お客様のお世話してるのが性に合っているの」

 マキシムは笑顔でそう話す。

「俺もそれこそ最初の内は償いたいって食い下がったんだけどな、おばちゃんから私の事はいいから人助けをしなさいって怒られたんだ。ならそうするかって俺も思ったんだ」

 ガオウもあっけらかんとしていた。エレノアはそれを見て、二人には不思議だが、確かな絆があるのだと感じた。

「さあ、今度はエレノアちゃんも一緒に特訓しましょうか」

「はい!お願いします」

「よっしゃエレノア、新形態も使って慣らしてみようぜ」

 ガオウは駿狼形態に変身する。エレノアも横に並び立ち構える。

「覚悟しろよおばちゃん!」

「では行きます!」

 マキシムはくいくいと手招きをする。飛び掛かったガオウは軽くいなされて転ばされ、エレノアもあっという間に制圧されるが、二人は「まだまだ」と声を合わせてまた立ち上がった。

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