第6話
ガオウが目を覚ますと見慣れた天井が見えた。そしてベッドの近くに座って眠るエレノアの姿があった。体の傷はもうすっかり治っている、上半身だけ体を起こして手を閉じたり開いたりを繰り返す。体の感覚にも問題はなさそうだとガオウは思った。
「エレノア」
起こすのが悪いとは思いつつもガオウは声をかける。その声に反応してエレノアは目を擦りながら小さくあくびをした。
「ガオウさん!目を覚ましたんですね!」
起きているガオウに気が付いて、エレノアはベッドに飛びついた。
「ああ、今目が覚めた。どれくらい寝てた?」
「三日です。本当に心配しました」
ガオウはそうかと呟いて、ベッドから起きて立ち上がる。
「もう大丈夫なんですか?」
エレノアは心配そうにガオウを見つめるが、ガオウは軽くストレッチをしてみせて、体調に問題がない事をみせた。
「体は大丈夫だけど、流石に腹減ったな。おばちゃんいるかな?」
「居ます。一緒に行きましょう」
エレノアはそう言ってガオウの体を支えた。
「おい、エレノア大丈夫だって」
「駄目です。ガオウさんはあんなに大怪我したんですから、絶対に支えます」
頑ななエレノアにガオウは「よろしく」と言って、支えられながら歩き始めた。
「起きたのねガオウちゃん!まったく心配かけて!」
ガオウの姿を見て、マキシムが駆け寄ってきて体をへし折られそうなほど強く抱きしめられる。エレノアが声を出せないガオウの代わりにマキシムの肩を叩く。
「ああ、ごめんなさいね。でも本当に心配したのよ」
「悪かったよおばちゃん。ついでに悪いけど何か食べる物ない?お腹すいちゃって」
マキシムは待ってなさいと台所へと行く、ガオウとエレノアは適当なテーブルについて座った。
「それで、俺が寝てた間の事教えてくれ」
「はい、元よりそのつもりでした。この後ガオウさんの体調さえよければギルドにも顔を出しましょう、リカルドさんが待ってます」
ガオウは頷いた。
「あの後すぐに帰還石を砕いて迷宮から脱出しました。あの謎のモンスターを仕留められたのか確認したかったのですが、ガオウさん大怪我してたので…」
「苦労かけたな、ありがとうエレノア」
エレノアはガオウの言葉に首を横に振った。
「私、全然何もできませんでした。ガオウさんが奮闘してくれなかったら、私たちあの場できっと」
「エレノア、もしの話は無しだ。取りあえず俺達は勝った。二人でな」
ガオウはエレノアににっこりと笑いかけた。
「改めてありがとうございます。ガオウさん」
エレノアはぺこりと頭を下げた。
「それで、その後はどうしたんだ?」
「その後は近くにいた冒険者の方の力も借りてガオウさんを治療院に運びました。そしてすぐにギルドに行って、戦闘後の確認を依頼しました。丁度ガストンさん達のパーティーがギルドに居て、話を聞いたらすぐに向かってくれました」
ガオウはそれを聞いて安心した。ガストン達ならもう一匹あの謎のモンスターがいても心配ないからだ。
「はいはい、お話はそれくらいにしてご飯食べなさい!エレノアちゃんも、ガオウちゃんの看病にかかりきりで殆ど食べてないでしょ!」
マキシムが一杯の料理を運んでくる。次々とテーブルの上に置かれる料理に、二人は一度話を切り上げて食べ始めた。
「エレノア、肉肉、肉くれ」
「ガオウさんいきなり消化に悪いものばかり食べないでください!」
「ほらほら喧嘩しないの」
あの死闘を終えた二人は、戻ってきた日常に心から安堵するのだった。
食事を終えた二人はギルドに向かった。ついてすぐリカルドの待つギルドマスター室へ向かうと、二人に気が付いたシェラが駆け寄ってきた。
「ガオウさん!大怪我したって聞きましたけど大丈夫なんですか!?」
「大丈夫大丈夫、もう傷も塞がってぴんぴんしてるよ」
シェラは驚いた顔をして言った。
「えぇ、すごい傷だったって話でしたけど…」
「それについてはあまり詮索しないように、彼は人並外れて頑丈なんだ」
リカルドが部屋から出てきてシェラに言った。これ以上探るなと暗に示している。それを聞いてシェラはすぐに身を引いて、仕事に戻った。
「入りたまえ」
リカルドに続いて二人は部屋に入って席につく。
「ガオウが眠っている間に、エレノアと協力して資料を読み進めさせてもらった。ガオウ、君は大きな怪我をしてもすぐに治ってしまうような経験がないか?」
「言われてみると、確かにそうですね。あまり気にした事がなかったですけど」
「それは君の中にあるエンシェントオーガの力だ。高い治癒能力があったそうだからな」
エレノアとリカルドは手に入れた資料を机に広げる。
「今回手に入れる事ができた資料は、エンシェントオーガについての物と被験者のデータでした。もう一つの契約魔法についてはまた後で話します」
エレノアがエンシェントオーガについて書かれた資料を指さす。
「エンシェントオーガは、長い年月を生きるうちに生と死が曖昧な状態になりました。生きていても動けなくなってしまったんです。強力無比なモンスターが捕獲された理由はこういう事だったんです」
「エレノアの両親はモンスターの持つ能力研究についての第一人者だった。この研究に呼ばれた理由はエンシェントオーガの持つ能力を抽出することが目的だった」
リカルドとエレノアは次々と資料を読み解いていく、ガオウは置いて行かれないように必死についていく。
「エンシェントオーガはすごいモンスターだったんだよな?」
「確認されているオーガ種の頂点です。討伐の為に多くの犠牲を出しましたが、結局討ち取ること叶わず、封じ込める事が限界でした」
それほど強いモンスターの力を自在に使う事ができれば大きな戦力になる。それはガオウ自身が強く感じている事でもあった。
「それで逃げ出した被験者は何人いたんですか?」
「その前に、この実験で被験者は何百人といる」
「え、そんなに逃げ出したんですか?」
「その中で成功例は十人だ。残りはすべて死亡した」
ガオウは思わず絶句して口に手を当てた。エレノアは俯いて膝に置いた手をギュッと握りしめる。
「エンシェントオーガの力は余りにも強大で、人の身には手に余るものだった。成功例がいることの方が奇跡かもしれないな」
リカルドもそこまで言うと顔を少し曇らせた。
「それで、エンシェントオーガの力って何なんですか?」
ガオウが切り出すと、エレノアがそれに答える。
「強靭な肉体と強固な外皮、そして多少の傷は物ともしない治癒能力に高い魔法耐性、そして魔法を操る事もできたそうです。怪力無双、天下無敵の怪物でした。死ぬことが出来ずに老衰で力尽きるとは皮肉ですが」
「それで、この能力を使うために変身という技術が生み出された。エレノアの両親が完成させたものだ」
そう言ってからリカルドはこぶし大の宝石のようなものを取り出す。
「これは?」
「変身者の心臓付近にはこの魔石が埋め込まれている。エンシェントオーガを解体して作られた魔石だ。これは君たちが未知のモンスターと戦闘して、撃破したところに落ちていた物だ」
ガオウはそれを聞いて一気に全身に汗をかく、手が震えて、体が冷えていくのが分かった。
「あのモンスターは逃げ出した被験者だ。理由は不明だが、資料を見つけた君たちを襲い掛かった事からガーディアンと呼称すると決めた」
ガオウは恐れる気持ちをぐっと抑え込んで、戦闘の時に気になった事について述べた。
「ガーディアンは明らかに他のモンスターとは違う戦闘をしました。理知的な行動や戦闘技術のようなものを感じました。戦った俺には分かる。ガーディアンは被験者で、理由は分かりませんがモンスター化してしまったんです」
ガオウの言葉にエレノアも続く。
「私もガオウさんと同意見です。ガーディアンは魔法を避けました。モンスターは魔法を耐性で受ける事しかしません。避けたという事は魔法についての知識があるとみていいと思います」
リカルドは大きくため息をついた。立ち上がって窓から外を眺める。
「ガーディアンについては分からない事だらけだ。どうしたら襲い掛かるのか、どこに潜んでいるのか、やはり調査を進める以外に道はないだろう。危険なモンスターがいるとしても迷宮は閉じる事はできない、この都市の根幹だからだ。ガオウ、エレノア、辛くとも二人には真実を追ってもらうほかない」
リカルドは神妙な面持ちであったが、二人は逆に強く意思を宿した眼差しで答えた。
「リカルドさん、俺達はこの調査から降りる事はありません。この調査で分かった事があります。恐らく俺の両親のどちらかは被験者だったんだと思うんです。俺はその力を引き継いだ子供なんじゃないかなって、俺は仇を追うだけでなく両親の事も知りたいんだ」
「私も右に同じです。もっと強くなって両親の遺産を追います。それが娘である私の責任でもあると思うから」
リカルドは二人の顔を交互に見て言った。
「そこまで決意しているのであれば、私から言うことはもうない。強力は惜しまないから励みたまえ。それとその魔石は君たちで所持しているといい、何かの手がかりになるやもしれん」
「分かりました」
そう言ってガオウは机の上に置かれた魔石を手に取った。その瞬間、魔石は強く光を放ち始める。そしてそこにいる皆が呆気に取られているうちに、ガオウの胸部へ魔石が吸い込まれていった。完全にガオウに吸収されると、光は消えた。
「今のは何だったんだ?」
「エレノア、分かるかね?」
リカルドは驚きつつもエレノアに尋ねる。
「いえ、私にも何が何やら…」
エレノアがそう言いかけると、今度はエレノアの持つ本が輝く、今回の冒険で得た契約魔法について書かれている本だった。輝きが収まると本は浮かび上がり、パラパラとページが自然とめくれて、あるページで止まった。宙に浮いた本を取り、エレノアは書かれた文字を読み上げる。
「駿狼の型?」
そうエレノアが読み上げるとガオウの体は勝手に変身を始めた。変身が終わると、それはいつものガオウが変身した姿とは大きく異なっていた。
「何だこの姿。体がすごく軽いぞ」
全体的に刺々しい装甲が追加され、それぞれが流線形になっている。体の色は全体が青色を基調とし、装甲は白く輝いている。手甲型の装甲から鋭い爪が四本伸びていて、その見た目はあの時戦った狼男を思わせる。
あっという間の出来事に、全員の時間が少し止まる。リカルドが二人より先に我に返った。
「いや、驚いた。何が何だか分からんが、仕切りなおすとしようか」
その言葉にガオウは変身を解いて、エレノアは本を閉じた。椅子に座りなおしてお茶を飲み、全員が一斉にはぁと息を吐いた。
「さて、先ほど話を飛ばした契約魔法についてだが、エレノアが説明しなさい」
「はい、実はこの契約魔法について書かれている本、私以外読むことが出来ないんです」
ガオウは驚いて言った。
「そうなのか?そんな事ってあるのか?」
「まあ魔導書が読み手を選ぶというのは珍しい事ではない」
リカルドがガオウに説明する。
「それで読んでいくと、契約魔法はただ変身を制御するだけが目的でなく、共に戦うパートナーとして活動するために作られている事が分かりました」
「あの時の魔法か!」
ガオウは自分から力が漲って敵を打ち破った時を思い出した。
「そうです。あと念話の魔法も使いましたね」
「確かに、あれは便利だった。連携取りやすかったし」
戦闘中でのスムーズな意思疎通は大きなアドバンテージとなる。ガオウはうんうんと頷いた。
「今使えるのは、念話、瞬間強化等補助魔法が主です。だけどそれ以外のページは真っ白でした。さっきまでは」
「駿狼の型だったか?」
「はい、素早い動きと優れた反射神経に、気配を察知する力が強化されて、その剛爪は岩をも引き裂くと書かれています」
ガオウは先ほど感じた事を話した。
「あの姿になった時、すごく体が軽くなったんだ。それにギルドに居る人の数やその動きまで感じ取れた」
「では内容に間違いはないみたいですね」
「でも俺からはあの姿に変身できないみたいだ。変わろうと思っても変われなかった」
三人はそれから暫く話し合いを進めた。遺された研究データ、ガーディアンの存在、ガオウの変身能力の覚醒、結論はでた。
「研究データを追って、ガーディアンを討伐しましょう。元被験者ですが、完全にモンスター化していました。もし私たち以外を襲い始めたら大変な事になります」
「俺が魔石を取り込んでいけば、データも埋まっていく」
「迷宮に逃げ込んだ十人の二人か三人はもう確認できた事になる。ガオウの両親のどちらか、または両方。そして討伐した狼男。目標は決まったようだな」
エレノアとガオウは顔を見合わせて頷いた。手がかりは見つかった。後は冒険がその答えを教えてくれる事になるだろう。
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