第5話

 迷宮探索を始めてから暫くは、ガオウとエレノアは二人の出来る事と出来ない事の確認の作業をしていた。

 連携の基本は補い合い、戦闘では変身したガオウが瞬く間にモンスターを蹂躙するが、戦闘中に相手を観察することが無かったガオウは、モンスターの攻撃パターンや性質の把握が苦手である事が分かった。その分エレノアは観察眼に優れていて、勤勉である事も幸いしてモンスターの性質を知り、動きを読む事が得意であった。エレノアは戦闘中モンスターの特徴をガオウに伝えて、作戦を立案する事で戦闘の効率は一気に改善された。

 逆にエレノアは、戦闘で貢献できる事はそれだけで、攻撃についてはからっきしであった。牽制の為に攻撃魔法を撃つも、素早く動き回るガオウの動きについていけず。モンスターに当てるどころか、ガオウに当ててしまうことが起こった。そして体力不足も顕著で、長い間迷宮で活動する事に難があった。

 二人はその互いの弱点をどうするべきか話し合い、迷宮でどう動くべきか相談しながら一層の比較的安全なエリアで冒険を重ねていた。ガオウはエレノアから教わりながら探索範囲を広げて地図作りを進める。ペンデュラムは一層のどこかに反応している。探索を進めて、発見に役立てるために機動力を活用していた。エレノアはリカルドに協力してもらいながら研究資料の調査と、ガストンからいくつか魔法を教わって戦闘の幅を広げようと努力していた。


「ベアさんこんにちは!買い取りをお願いします」

「よお今日はエレノアちゃんが来たのかい、どら見せてごらん」

 エレノアは迷宮で手に入れた素材をベアの店に売りに来ていた。ドワーフのベアが経営している店は、武器防具道具に大体すべての物が揃っている。ベアは技術力の高さを生かして、商品のすべてを自作している。そしてそのどれもが高品質だが、いかんせん気難しい性格が災いし、ベアが気に入った客にしか物を売らないので、あまり繁盛していない。

「うん、いいな。どれも質がいい。ガオウだけじゃこうはいかないだろう」

 金を受け取ったエレノアは、今度は冒険に必要なものをベアに注文する。

「ベアさん、いつもの回復セットと帰還石をください」

 回復セットとは、傷を治す霊薬や体力回復と魔力回復の飲み薬、帰還石は迷宮から帰還できる魔法が込められた魔石で、使うたびに砕かなければならない消耗品で、冒険には必須の物だ。「いつもの」と注文するのは、買い物を頼まれたエレノアがベアの店に来て、買い物メモを忘れて涙目になっている所を見かねたベアが、冒険に必要な物を説明して、それをまとめて売ってくれた事があってから、注文する時に「いつもの」と言うようになった。

「あいよ、いつものやつ」

「いつもありがとうございますベアさん。とても助かっています」

 エレノアが笑顔でお礼を述べると、ベアは恥ずかしそうに手を振ってごまかす。

「そうだエレノアちゃん、俺が新調してやった杖の調子はどうだい?」

「はい、とても調子がいいです。魔力の収束の効率も良くて、狙いが付けやすくなりました」

 ベアは満足そうに頷く、エレノアから相談を受けたベアが、二人の冒険で得た素材を用いて作った特注品だ。ガストンから魔法を習っているのもあってエレノアの魔法使いとしての実力は着実に上がってきている。

「そうだ、ベアさん少し相談があるのですがいいですか?」

「勿論いいさ、どうした?」

「私にも扱える盾や籠手のような物ってありませんか?」

 ベアは店の奥から小さめの盾と手の甲部が厚めに作られているガントレットを持ってくる。

「エレノアちゃんは身長もそんなに高くないし、力もないから、受け止めるような盾を扱うのは難しいだろう、使うとしたらこのバックラーで受け流すような使い方が良いだろうな。こっちのガントレットは盾として使うには心許ないが、衝撃を吸収分散する鉱石で作ってある。だけどやはり受けるのは危険だから防御の保険と思っていた方がいいだろうな」

 エレノアはバックラーを手に取って感触を確認してみたり、ガントレットを装着して腕を振ったりしてみた。

「しかしエレノアちゃんは戦闘では前に出る事はないだろう?ガオウは前衛として文句のつけようがないからな」

「はい、確かに私が戦闘で前面に出る事はありません。だけど私にも出来る事を探したいんです。それがガオウさんを助ける事になるかもしれないですから」

 ベアは笑顔で答えるエレノアに、その覚悟と努力を感じた。

「エレノアちゃん、盾ってのは扱うのが意外と難しい。ガントレットなら手を空けながら防御力の強化もできる。俺が調整してやるからそっちにしな」

「ありがとうございますベアさん!」

「いいって事よ、後日また取りに来てくれ」

 エレノアは支払いを済ませてベアの店を出た。

「ガオウはいいパートナーを見つけたようだ。俺も仕事で答えてやらなきゃな」

 ベアは店の奥に引っ込むと、金属音を響かせて作業を始めた。


 買い物を終えて、エレノアはガオウとの待ち合わせ場所であるギルドへと向かっていた。足取り軽くガオウから教えてもらった裏道を歩く、そうしているといつの日か見知った顔の四人組が現れた。

「へへへ、お嬢ちゃんあの時以来だな」

「お前のお仲間に折られた指のお礼をしてやらねぇとな」

 エレノアがガオウに助けてもらった日に絡まれた四人組だ。

「こんにちは、あの時はどうも。指の調子はどうですか?」

「てめぇナメてんのか!?」

「いえ、そんなことはありません。まあでも指が折れた程度ですから、治りもそんなに悪くなかったでしょう」

 エレノアは本心から心配していたが、四人組は顔に青筋を立てて怒った。

「ずいぶん余裕じゃねぇかよ、痛い目にあってもらうぜ」

「その後はたっぷり可愛がってやるから安心しな」

 四人は笑い声をあげてエレノアに近づいた。

「すみません私急いでいますので、貴方達に付き合っている暇がないんです。少々手荒になりますが、私は指は折りませんのでご安心ください」

「あぁ?何を」

『眠れ』

 一人がどさりと倒れる。

「てめぇ何しやが」

『沈め』

 もう一人は卒倒する。

「やべぇぞ魔法だ」

『閉ざせ』

 一人が目が閉じたまま開かなくなる。

「ひ、ひ、ひいい」

『縛れ』

 四人組はまとめて風の縄で縛り上げられた。エレノアは宙に浮く四人に近づいて意識を残した一人に近づいて言った。

「強い魔法ではありませんから、三人ともすぐに元に戻ります。だけどしばらくはそこで浮いていてください、私が離れたら魔法も解けます。これ以上付きまとう気があるならもう少し高く浮かび上がらせて差し上げますが、どうしますか?」

 残った一人はズボンを湿らせながら首をぶんぶんと横に振った。

「物分かりがよくて助かります。指が折れなくてよかったですね」

 エレノアは軽く会釈してギルドへと向かう、意識の残っていた一人はすっかり心折れて気絶していた。


「あらら、あいつらまた絡んできたのか、災難だったな」

 ガオウと合流したエレノアは事の顛末を説明した。

「手心を加えたのでまた絡んでくるかもしれません」

「まさか、きっとすっかり心折れてるよ。指一本でやめときゃよかったのに」

 エレノアもすっかりたくましくなったとガオウは思った。魔法の腕も上がった。そろそろいいだろうとガオウは切り出した。

「エレノア、失せ物ペンデュラムが示す場所に見当がついた。行ってみよう」

「いよいよですね!」

 二人は互いの目を見て頷く、覚悟と決意をもって迷宮へと向かった。

 道中の戦闘はガオウが蹴散らす。エレノアとの連携はまだ練度が低いが、徐々に行動の間を埋めるように魔法を撃てるようになってきた。エレノアを狙う敵の攻撃はガオウが受けてカバーする。二人は一層の浅い階層では敵がいないようになっていた。

「ここだ、反応が強い」

 ガオウが地図と照らし合わせてペンデュラムを取り出す。先端の魔石が強い光を放っている。周りは何の変哲もない草原で、特に目立つ物はない。

「どうすればいいんでしょうか」

 そう言ってエレノアがペンデュラムを受け取ると、より強い光を放ち始めて、地面から箱が出てきた。

「なるほど、エレノアがいないと発動しない魔法がかけられてるのか」

「開けてみます」

 エレノアが箱を開けると、何枚かの資料と手記が入っていた。

「やっぱり研究に関する資料のようです。分散させて隠したのでしょうか」

「そう考えるのが自然だと思うけど、どうなんだろうな」

「少しだけ目を通してみたいので、周りの警戒をお願いします」

 ガオウは頷いて辺りの警戒をする。エレノアは手早く資料をめくって確認作業を行う、見つけた資料はやはり両親が遺した資料の一部のようだ。

「ガオウさん!これすごいです。契約魔法の使い方が」

「エレノアッ!」

 言い終わる前にエレノアはガオウの突き飛ばされる。箱を抱えたまま飛ばされた後には、ガオウが変身して未知のモンスターに襲われていた。

「ガオウさんっ!」

「来るな!」

 ガオウがモンスターから蹴られて飛ばされる。響き渡る轟音がその激しい衝撃を思わせる。ガオウと同じ速さで動くモンスターをエレノアは見た事がない、エレノアが行動する隙はなかった。

「エレノア隠れてろ!」

 ガオウは咆哮を上げてモンスターに殴り掛かる。モンスターはそれを腕で防御していなす。思いもよらない行動にガオウは目を丸くした。

「何だこいつ、人間みたいな動きしやがって」

 モンスターの見た目は狼男に似ている。しかしその風貌は異様で、他の狼男よりも体は大きく、黒く逆立った毛は刺々しい、大きな手足とそこに生えている鋭い爪は、攻撃を受ければ一たまりもない事を確信させる。

『我が敵の動きを縛れ』

 エレノアが隙をついて魔法で支援を試みるが、それを察知したかのように狼男は後ろに跳んで避ける。

「そんな…」

 エレノアの魔法を当てるには、体力を削らなければならない。そう判断したガオウは狼男に肉薄して殴り合う、目では追い付かないスピードでガオウと狼男は攻撃を繰り出す。打ち合いの中で、狼男は受ける攻撃と避ける攻撃を見極めている。次第にガオウは押され始めて、爪の一撃を食らってしまった。硬い装甲を突き破り深い傷をつける。

「ガオウさんっ!!」

「大丈夫だ!」

 強がりも込めてガオウは叫ぶ。相手の方が力量が上であると分かった今、ガオウは必死に勝ち筋を探る。ガオウがダメージを負ったとみると狼男は攻撃の手を強めた。ガオウもなんとか装甲の厚い部位で攻撃を受けるも、防戦一方に陥る。

『ガオウさん聞こえますか?』

 ガオウの頭にエレノアの声が響く。

『聞こえる!なんだこれは?』

『見つけた資料に契約魔法の使い方が書いてあったんです。これはそのうちの一つです』

 狼男の攻撃を必死に防御しながらエレノアの声に応える。

『なんかいい手はないか!?正直防御で手一杯だ』

『一つ見つけました。勝ち筋になると思います。一撃でいいのでモンスターに攻撃を加えてください』

『分かった!!』

 ガオウは防御より攻撃に意識を向け始める。多少当てられても怯まない、エレノアが策があると言うのなら、ガオウはそれを信じるだけだ。捨て身混じりの攻撃に狼男の防御に一瞬の隙が生まれる。

「うおおおおお!」

 咆哮と共にガオウが腕部のブレードで一撃を入れる。狼男が怯んだ一瞬を見逃すことなくエレノアは魔法を撃ちこんだ。

『大地よ敵の足を飲み込め』

 狼男の足元の地面が割れて、その足を掴んだ。

「ガオウさんいきます!」

『我は命ずるその身に宿る鬼の魂を解放せよ!』

 ガオウの体の奥底から熱く煮えたぎるような力が沸き上がる。体が動くままにガオウは地面を蹴って飛び上がり、そのまま飛び蹴りで動きを止めた狼男を貫いた。

「やった。はははすごいぜエレノア、やったぞ」

 ガオウはそのまま意識を手放した。変身解除されたガオウに駆け寄って、エレノアは帰還石を砕いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る