第4話

 迷宮入口にてガオウとエレノアは人を待っていた。

「エレノア準備はできてるか?」

「はい!何度も確認しましたから」

 エレノアはガオウの前でくるりと回る。エレノアが持っていた服や靴はすべて冒険向きではない、マキシムが装備を見立てて買いそろえた。利便性を考えられた装備の中に所々可愛らしさを取り入れた。如何にもマキシムが選んだものだとガオウは思った。

「魔法もばっちりか?」

「はい、教えてもらった魔法はすべて覚えました」

 エレノアは地水火風の四エレメントの基礎を修めていた。それさえ押さえていれば基本的な魔法は使う事が出来る。それでもガオウは感心していた。

「もう全部覚えたのか、エレノアはすごいな」

 ガオウは明かりや火付け、ダンジョンで使える初歩を覚えるのにも苦労した。

「えへへ、それほどでもありませんよ。ガオウさんもマキシムさんも教え方が上手です。色々と用意するのも手伝ってもらいましたし、あとは緊張を抑えるだけです」

 エレノアの手は小刻みに震えていた。

「それでいいんだよエレノア。俺たちは命がけで迷宮に挑む、緊張も恐れもなくしちゃダメだ」

「でもいざという時、緊張していて動けない事とかありませんか?」

「これはマキシムからの受け売りで、俺もモンスターとの戦いの中で思った事なんだけど、冒険者の資質は、ここで死ぬって確信した場面でもう一歩足を出せる事なんだ。そしてそうするには恐怖心がなきゃならない、体感できるまで難しいけど覚えておくといいよ」

 エレノアは理解できなくとも頷いた。ガオウは素直なエレノアなら大丈夫だと思った。

「よおガオウ、今日はよろしく頼むぜぇ」

 二人が話していると、待ち人がやってきた。痩せこけた男が手を振って歩いてくる、高い背が酷い猫背で曲がっていて、長い髪の毛を一束にまとめている。

「ガストンさん!お久しぶりです」

「こ、こんにちは」

 ガオウは挨拶を返し、エレノアは深々とお辞儀をする。

「そっちの嬢ちゃんがエレノアだな、リカルドから話は聞いてるぜ、よろしくな」

 ガストンはひょろ長い手を伸ばしてエレノアと握手を交わす。

「段取りを確認するぜぇ、今日は一層で冒険者があまり寄り付かないとこに行く、そこでガオウの変身形態での戦闘テストをする。もし、問題があって手が付けられないと判断したら少々手荒になるが俺が止めるからな」

「分かりました。ガストンさんなら俺も安心して暴れられます」

「あの、よろしくお願いします」

 ガストンが迷宮の扉に登録証をかざす。重厚な扉が音を立てながら開く、その先には長い階段が続いていた。

「じゃあ行こうか」

 三人は階段を下り始めた。


 迷宮は外の世界とは隔絶された構造をしている。外の自然法則や常識外れな事が当たり前で、迷宮から得られる資材は唯一無二だ。

 しかし、ただの宝の山という訳ではない。迷宮内ではモンスターが生息していて、それぞれに独自の生態を持っている。そして共通して冒険者に襲い掛かり排除しようとしてくるのだ。迷宮を専門に研究する学者もいるが、解明は進んでいない。

 そして迷宮は下へと続いている。外から穴を掘って繋げようと試みた事もあったが、迷宮があると思われた場所には何もなかった。迷宮を進むには中を攻略する以外方法がない、謎に満ちた不思議な空間だ。

 ラビラの迷宮の第一層は木々の群生する深い森になっている。生息するモンスターも動物種や昆虫種が多く、地下であるにも関わらず、豊かな自然と水源に、所々鉱脈が露出していて鉱石を採集する事ができる。穏やかな気候と自然豊かな日差しに油断しそうになるが、その油断は命取りになる。縄張り意識の高いモンスターは冒険者を見つけると容赦なく飛び掛かり、昆虫種は複数匹が列をなして襲い掛かる。気を抜けばあっという間にモンスターの餌にされてしまうのが迷宮である。


「まあいいんじゃあないか?ド素人だって聞いていたがよく覚えたもんだぜぇ」

 先頭を歩くガストンはエレノアに迷宮についての話を聞いていた。時にガストンに補足されながらもエレノアは基本的な情報を覚えていた。

「でも、あのガストンさん、先ほどからモンスターに襲われないような気がするのですが」

 エレノアは辺りを見回しても、モンスターの気配すら感じない。

「エレノア、ガストンさんは凄腕の魔法使いなんだ。今俺達にはモンスターから気配を消す魔法がかかってるんだよ」

「まあ一層程度なら安全に散歩できるぜぇ」

 エレノアは驚いた。魔法が発動する時は微かでも魔力を感じるものだが、ガストンの魔法にはそれがない。

「魔力すら感じさせないのですか?」

「もっと下には鼻がいい奴もいるからな、まあコツさえ掴めば難しくない、知りたきゃ教えてやるぜぇ」

「ガストンさんのパーティーはラビラの迷宮冒険者で、唯一三層まで到達したパーティーなんだ」

「お前が自慢げに話してどうすんだ、いずれお前たちも行くんだろ?」

 ガストンはガオウの頭を小突く、そうしているうちに目的地にたどり着いた。少し開けた場所だ。

「よし、準備ができたら俺がモンスターを呼び寄せる。お前たちは話し合って、タイミングを教えてくれ」

 そういうとガストンは二人から少し距離を取った。

「エレノア、俺は普通に変身して戦っていいんだな?」

「はい、私とガオウさんの契約魔法は結ばれています。戦闘になっても理性を失う事はありません。それよりも私はどうすればいいですか?」

 エレノアは腰に差して携帯していた杖を握りしめる。

「いや、エレノアは戦闘に参加するな。ガストンさんと一緒に居てくれ、もしもの事があったらガストンさんが守ってくれる」

 ガオウは軽くストレッチをしながら言う。

「でも、私も何か」

「いや、エレノアは戦闘を見ててくれ。別に役に立たないとかそういう理由じゃない、実際戦闘を目にして、どんな雰囲気なのか感じて欲しい」

 エレノアはまだ少し納得がいかないような顔をしたが「分かりました」と言って引き下がった。

「でもガオウさん、もしもの事があった時、ガオウさんを止めるのは私がやります。ガストンさんには手を出させません。私なら安全に止める事ができるから」

 エレノアは強い眼差しでガオウを見つめる。ガオウはそれを見てふっと表情を緩めた。

「分かった。その時は頼んだぜ相棒。俺が変身したら合図だってガストンさんに伝えてくれ」

 エレノアはガオウから離れてガストンの元へ向かった。

「準備できたか?」

「はい、ガオウさんが変身したら始めてください」

 ガオウは振り返って軽く手を振ると変身した。

「よし始めるぞ!」

 ガストンが魔法を唱えると三匹の巨大飛蝗が草むらから飛び出してきた。エレノアはガオウの無事を祈ってギュッと両手を握る。しかし、その心配は全くの無用であった。

 エレノアの目で追えたのは、ガオウが一歩踏み込んだ瞬間だけだった。風切り音が鳴ったと思ったら、あっという間に巨大飛蝗の一匹の頭はガオウに蹴り飛ばされて宙を舞った。次の瞬間には二匹目が腕部のブレードで頭を切り離される。最後の一匹は何が起こったのか混乱したまま、返す刀で頭を握りつぶされていた。

「ははは、ハハハハハ!!」

 戦闘を終えたガオウが笑い始める。まさかと思いエレノアが前に出ようとすると、ガストンがそれを止めた。

「大丈夫だよ嬢ちゃん。制御は完璧だ」

 その言葉の後、ガオウは変身したまま手を振って二人に近づいてきた。

「やった!エレノア!成功だ!」

 エレノアはほっと胸を撫でおろした。しかし安心とは別の不安が心の中に浮かんでいた。


「エレノアこの魔法はすごいぞ!戦闘になっても思った通りに体が動く!狙った通りに攻撃ができるんだ!」

 倒した巨大飛蝗の羽を剥ぎ取りながらガオウは興奮して話していた。

「俺から見ても完璧に制御できていた。これなら文句なく合格をだせるぜぇ」

 ガストンも戦闘結果に太鼓判を押す。しかし二人とは別にエレノアの顔は少し暗く沈んでいた。

「どうしたエレノア?もしかして何か反動とかあるのか?」

 ガオウは心配そうにエレノアの顔を覗きこむ、エレノアは剥ぎ取り作業の手を止めて言った。

「いえ、反動はありません。ガオウさんの動きは完璧でした」

「それにしては浮かない顔してるぜぇ?」

 ガストンもエレノアを心配する。

「ガオウさんは、とてもお強いです。想像以上でした。私は、私に出来る事って何かあるんでしょうか?」

 エレノアはガオウの大立ち回りを見て、自分には何も出来る事はないのではないかと悩んでいた。そんな様子を見て、ガオウは笑ってエレノアの頭を撫でた。

「何言ってんだよ、エレノアがいたから俺は変身を制御できたんだ。今まで俺は相手をぐちゃぐちゃに潰しきるまで、理性を取り戻せなかった。こうやってモンスターの素材を剥ぎ取る事ができるのはエレノアのお陰だ」

「そうだぜ嬢ちゃん、俺は正直驚いている。ガオウ変身時の戦闘力が高いのは知っていたが、ここまでとは思わなかったからな、これで心配事が消えた。後は二人でどう行動するかを決めていけばいい、冒険者に必要なのは戦闘ばかりじゃあないんだぜぇ」

「ガオウさん。ガストンさん。ありがとうございます」

 エレノアは二人の励ましの言葉に笑顔が戻った。

「それよりエレノア、モンスターの剥ぎ取りは怖いとか気持ち悪いとかないのか?」

「え?何でですか?」

 エレノアはきょとんとした顔で巨大飛蝗の羽や脚を剥ぎ取っている。体液が顔に飛んでいてもまったく気にしていない。

「大したもんだぜぇ、大物になるなこの子は」

「ガストンさん、昆虫種苦手ですもんね」

 二人から少し離れた場所で、巨大飛蝗の死骸を見ないようにしているガストンは、そっぽを向いたまま口笛を吹いてごまかした。


 登録証に記録された戦闘の様子を見て、リカルドは満足そうに頷いた。

「想像以上の成果だ。ガストンからもまったく問題なしと報告を受けている。エレノア、君を冒険者として認め登録証を授けよう」

 リカルドはエレノアに登録証を手渡す。エレノアは飛び跳ねて喜んだ。

「但し、あくまで二人で一人前である事は忘れるなよ。ガオウとエレノア、君たちが迷宮で活動する時は必ず共に行動するように、いいね」

「はい!」

 ガオウとエレノアは同時に元気よく返事する。リカルドもそれを聞いて「よろしい」と満足そうに笑った。

「さて、改めて二人に依頼する。ギルドマスターである私からの依頼だ。ラビラの迷宮に入り込んだとされる実験体の調査、そして謎を解く鍵と思われる研究データの捜索、この二つの依頼果たせるように努力せよ、いいな」

 二人はリカルドの言葉にしっかりと頷いた。正式に誕生したバディは果たすべき目標のために今一度気を引き締めるのだった。

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