第3話

 ガオウの提案で二人は冒険者が飲食によく利用する酒場へとやってきた。

「エレノア、これから俺達は迷宮に挑むことになる。その中でいくつか聞いておきたい事があるんだ」

 エレノアは運ばれてきた料理を夢中で食べていた手を止めて、ガオウと向き合う。

「まずお前、拠点の当てがあるのか?さっきの話では家を捨ててきたって言ってたろ?」

「ありません」

 ガオウはずるっと体を傾けた。

「おいおい、考えなしにもほどがあるだろう」

「持ち出せるだけのお金は持ち出してきたのですが、感情に駆られるままにここまで来てしまったので」

 エレノアは困り顔で「どうしましょう」とガオウに聞いた。

「ま、そこはいいよ、実は俺から提案しようと思っていたんだ。当てがないならないで丁度いい」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 エレノアはガオウの両手をがっちり握ってお礼を述べた。ガオウはいちいち距離感の近いエレノアにまだ少し慣れなかった。

「それでもう一つ聞きたかったんだけど、結局俺のこの変身能力は一体何なんだ?」

「私も詳細はまだ掴めていないのですが、その変身の名前は形態装着オーガと言います。資料があるので一緒に見ましょう」

 エレノアはそう言うと、バックからファイリングされた紙束を取り出した。ガオウの横に座りなおし、机の上に広げる。

「研究に使われたモンスターはエンシェントオーガという、特別に強力なオーガ種でした。何故捕獲されたかは分かりませんが、エンシェントオーガは、どれほど傷をつけても再生し、魔法や毒物等にも強い耐性を持っていたそうです」

「なるほど、それは研究にはうってつけって訳だ」

「はい、とても恐ろしい事ですが、研究に携わっていた者はそう考えていたようです」

 エレノアは暗く顔を曇らせた。

「やめろやめろ、エレノアの両親がこの研究にどう関わっていたか何も分かっちゃいないんだ。好き好んで非道に手を染めていたかは分からないだろ?それにそうだったとしてエレノアに責任はない、しゃんとしてろ」

 ガオウはエレノアの肩を叩いて励ました。エレノアの暗い顔が少し明るくなった。

「ありがとうございます。続けます。研究はやがてエンシェントオーガの力を人間が使えるようにする方向で進みます。エンシェントオーガの強靭な巨躯に込められた力を、いつでも使えるようにするのが変身です」

「難しい事は分からないが、人間がエンシェントオーガになるって事か?」

「概ね正しいと思います。人体実験では、エンシェントオーガから作られた魔石を心臓近くに埋め込み、その魔力を使って体にオーガの力を纏う実験が行われていました」

 エレノアが資料を指さしながらガオウに説明をする。強固な装甲、鋭利な爪や腕部や脚部の刃、常人離れした運動性能は、モンスターの中でも強力なオーガ種由来のものだ。ガオウは取りあえず使える力ぐらいにしか思っていなかったので、こうして説明を受けると納得できる事も多かった。

「それで、ちょっと聞いていいのか分からないが、あの契約魔法はどういうものなんだ?」

 ガオウは自分で言いながら顔を赤くする。エレノアもまた然りだ。

「あ、あ、あの不愉快じゃありませんでしたか?」

「そ、そ、そんな事はないぞ、少し驚いただけだ」

 エレノアは少し安心したように笑った。

「な、ならよかったです。あの魔法は、変身状態で戦闘を行うと、理性が失われる問題を解決するために開発された魔法です。強い感情の繋がりを利用して互いの魔力を繋げる。戦闘とその補助を担う一対での運用を想定していたみたいです」

「なあこれはあまりいい想像じゃないんだが、話していいか?」

 エレノアは頷いた。

「もしかしてこれは人体実験の被験者に、首輪をつけるのも目的だったんじゃないか?理性を失わないようにするんじゃくて、代替手段を用意する。しかもそれは感情で深く繋がりを持つ相手だ。命令に従わなければ…みたいな事も出来るんじゃないか?」

 二人は顔を見合わせる。そうかも知れないがそうであって欲しくないと二人共思っていた。

「私、必ず迷宮で両親の痕跡を見つけます。私は二人の子供として、ちゃんと向き合いたい」

 エレノアの顔は決意に満ちていた。ガオウはそれを見て言う。

「俺もそれに付き合うぜ、何で俺がこの力を使えるのか、親父とお袋のどちらかがきっとこの研究に関わっていたんだ。その秘密を探って、仇もとって、エレノアの目的も果たす。俺たちはパートナーだからな、協力していこうぜ」

 ガオウはエレノアに拳を突き出す。エレノアはそれを不思議そうに見つめる。

「ほらエレノアも拳を出してみろ」

 エレノアは言われるままに握り拳をだした。ガオウはその拳と自分の拳をこつんと合わせる。

「これは?」

「まあそうだな、言わば友情の契約だ。パートナーとしてよろくなってやつ」

 エレノアはその説明を聞いてぱっと顔を明るくする。もう一度ガオウに拳を突き出してきたのでガオウも笑いながらもう一度こつんと拳を合わせた。


 店から出た二人は歩いていた。

「ガオウさん今からどちらに向かうんですか?」

「さっき話してた拠点の話、俺が世話になっている所に頼んでみようと思って」

 そうしてたどり着いたのは、表通りに面してはいるが、こじんまりとした民宿だった。

「おばちゃんただいま!」

 ガオウがドアを開けて一声かける。奥から青髭を生やした中年男性が、ハート柄があしらわれたフリルエプロンを身に着けて出てきた。

「あらあらガオウちゃんお帰りなさい、そちらの可愛い子はどうしたのよ!もしかし彼女?」

 状況が飲み込めず激しく混乱しているエレノアに、ガオウは耳打ちする。

「あの人心が乙女なんだ、見た目おっさんだけど言ったら怒られるから注意な」

 エレノアはそれを聞いて頷いて改めて自己紹介をする。

「初めまして私エレノアと言います」

「ご丁寧にありがとね、私マキシムって言うのよ、よろしくねエレノアちゃん」

 丁寧にお辞儀をするエレノアの横でガオウが言う。

「おばちゃん、俺エレノアと一緒に迷宮に挑むことになったんだ」

 マキシムはそれを聞いて、さっきまでの笑顔が嘘のように厳しい顔をした。

「あんた、それどういう事よ。説明しなさい」

 ガオウとエレノアは先ほどまでの出来事を説明した。

「そう、そんな事があったのね。エレノアちゃん辛かったでしょう、おばちゃんいつでも話聞いてあげるから、一人になっちゃだめよ」

 マキシムはエレノアの手を包み込むように握った。エレノアは嬉しそうに微笑んでマキシムに礼を言う。

「ガオウ、本当に変身は制御できたの?」

「そのテストはリカルドさんが確認したいって」

「まあそうね、あの男なら上手い事考えているでしょう」

 マキシムは少し考えこんで、二人に向かって真剣な眼差しを向ける。

「二人共、事情は理解した。だけどそれは貴方達がやらなきゃいけない事?命を懸けてまでしなければいけない?私はそうは思わないわ。別の道を探して、すっぱり忘れてしまえない?」

 二人はマキシムの問いに少しも考える事なくきっぱりと答えた。

「私は誰に何を言われようと、やると決めました」

「俺も知りたい事を知るために行く、それにエレノアを守ると決めた。一緒に行く」

 マキシムは二人の言葉を聞いて、ため息をつくと笑顔になって言った。

「二人共、覚悟充分のようね。これ以上私が何か言うのは野暮。エレノアちゃん、空いてる部屋があるわ、そこを使いなさい」

 二人は顔を見合わせ「ありがとうございます」と同時に頭を下げた。そんな二人の様子をみてマキシムは笑顔で二人の頭を撫でた。


「そうだ聞き忘れてたけど、エレノアは冒険者としての知識はどれくらいあるんだ?」

「え?まったくありません」

 エレノアはその夜、ガオウと元冒険者であるマキシムから、徹夜でみっちりと冒険者としての基礎知識を叩きこまれるのであった。

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