第2話

 ガオウは変身を解除した。

「この力を知ってるとはどういう意味だ?」

 今度はガオウがエレノアに詰め寄る。しかしリカルドがそれを制する。

「まあまあ、話の途中だ。仕切りなおそう」

 二人を座りなおさせ、リカルドは人数分のお茶を入れる。皆それぞれに一息つくとまた話し始める。

「見てもらった通り、ガオウはその変身能力によって多大な戦闘力をもつ。だが、戦闘中の連携が取れない以上パーティーを組むことはできない、それで彼には迷宮内で特別な仕事を頼んでいたんだ」

 それに続いてガオウが話す。

「俺は第一層で、死んだ冒険者の登録証を集めている。一層のモンスターには敵なしだから、俺一人で動き回る分には安全に回れるんだ」

 そう言ってガオウは懐から、登録証を四つ出して机に置いた。

「この登録証は魔法を込めた水晶で出来ている。冒険者であることを示すと共に、迷宮内での活動記録を集めて記録する」

 リカルドは机の登録証を一つ手に取って魔力を込める。すると水晶から光が浮き上がり文字や映像が映し出された。所有者はモンスターの攻撃によって絶命したところで映像が終わる。

「四人分見つかったということは、このパーティーは全滅してまったようだな、後でシェラ君に照会を頼まなければ」

「リカルドさん」

 話が逸れてきたところをガオウが声をかけて止める。

「失礼。しかし今見たように、迷宮のモンスターはとても驚異的だ。簡単に命をなくす。私はそれゆえ一人での活動を認めていない、エレノア、君は冒険者学校修了書は持っているかね?もしくは戦闘訓練証書でもいいが」

「いえ、持っていません」

 エレノアは首を横に振った。

「そうだろうな、王都には冒険者学校も訓練所もない。そんな君を迷宮に挑む冒険者として認める事はできない。がしかしだ」

 リカルドの言葉に俯いていたエレノアは顔を上げる。

「先ほどガオウの変身について君は知っていると言った。そしてその制御方法も、それについて教えてもらおうか、話次第ではガオウと一緒でなら冒険者活動を認める」

「本当ですか!?お話します!」

 エレノアは喜んでぴょんと飛び跳ねる。しかしガオウはそれに待ったをかけた。

「待ってくださいリカルドさん。俺はまだエレノアと組むとは決めてませんよ」

 隣で愕然とした顔をするエレノアを見ないふりをしてガオウは言う。

「それについても考えがある。ガオウ、エレノアが本当に君の力を制御できるのなら一層以降での活動を認める」

「本当ですか!?エレノア話せ!」

 今度はガオウが飛び上がって喜びを表す。リカルドは二人が案外似た者同士だなと思っていた。


「ガオウさんの変身能力は父と母の研究成果です」

 エレノアは話し始めた。

「モンスターの強靭な肉体、強固な外殻、鋭い牙や剛爪、その特殊な能力を人間に使えるようにするのが研究の目的です」

「なるほど、しかしそれは冒険者がやっている事と何が違う?」

 リカルドはお茶を飲みながら指摘する。

「冒険者たちはモンスターを討伐し、その皮をはぎ取り、爪や牙を集め、特殊な器官を切り取って武器防具に変えて身に纏い、そしてまたモンスターを討伐する。軍事的にも、王都の兵士たちはモンスターの素材や迷宮でとれた特殊な鉱石で作られた装備を使っている」

「はい、根本は似ています。でもこれは武器や防具を開発する事とは大きく異なります」

 ガオウは二人の話を聞くのが精一杯で、頭を使うほど乾く喉をお茶でごまかしていた。

「この研究は兵器開発です。父と母は人体実験をして人間兵器を作りだしました」

 ガオウのお茶を飲む手が止まり、リカルドも険しい顔がさらに険しくなる。

「まさかそれが」

「はい、ガオウさんが使っている力です」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺はそんな実験施設とかで生まれてないぞ。正真正銘迷宮で親父とお袋から生まれたんだ!」

 ガオウは取り乱した。しかしエレノアは落ち着てガオウをなだめる。

「もう少し聞いてください、私は父と母の研究を調べていくうちに、ある事件を知りました。人体実験を受けていた被験者たちが脱走したというものです。そしてその被験者たちはラビラの迷宮に潜伏したようです」

「何!?そんな話は聞いたことないぞ」

 今度はリカルドが声を荒げる。

「私もすべてを分かっていません。つかめた情報も正しいのか判断できません。しかし父と母からの手紙が届いた時、もう一つこれが届きました」

 そう言ってエレノアが見せたのは、失せ物探しのペンデュラムという魔法アイテムだった。

「このペンデュラムが指示した場所に研究データは隠されていました。しかしそれはすべてではなく、一部だけ少しずつ転々と隠されていたんです。そして今ペンデュラムが示しているのは」

「ラビラの迷宮。つまり君が迷宮を目指す目的の一つという訳だ」

 エレノアは頷く、父と母の贖罪の意味、そして導かれるように遺された研究データ。エレノアはそれが知りたかった。

「そ、それで俺の変身能力が制御できるってのは?」

「モンスターの能力を身に宿すと、その凶暴性や野性まで受け継いでしまって、感情の制御できなかったそうです。そこで考えられたのが二人一組での運用だったそうで、ペアの一人が変身者と契約魔法を使ってパスを繋ぎ、感情のコントロールを担うんです」

「じゃあ俺とエレノアがその契約ってやつをすれば、俺の力を制御できるのか?」

 エレノアは「おそらくは」と言って頷いた。

「リカルドさん!これならいけそうじゃないですか?俺の力が制御できるなら、俺の目的も果たせるかもしれない!」

 ガオウは興奮気味に言った。

「ガオウさんの目的?」

「ああ、俺は両親の仇を探しているんだ。迷宮で殺された二人の傷跡は、悲惨なものだった。一層であれだけの傷をつけられるモンスターはいない、それに二人共一層のモンスターに後れをとるような人たちじゃなかった。別の何かが仇としているはずなんだ」

 リカルドはガオウの言葉に続いた。

「しかし能力の制御ができないガオウを、迷宮の奥に進ませるにはリスクがあった。ラビラはまだ解明されていない場所が多い、ガオウの戦闘に巻き込まれる可能性は避けたいからな」

「そういう理由で、ガオウさんは迷宮で行動制限が課されていたのですか」

「リカルドさんも色々と根回ししたり、仕事をくれたりして、俺も文句はなかったけど」

「エレノアと協力が可能なら話は別だ。それに私としても、迷宮に逃げ込んだ被験者というのが気になる。そんな報告は受けた事がない、隠蔽されていたなら調査しなければならない」

 三人の目的は一致した。互いの利になると分かれば協力しない手はない。

「それでエレノア、本当にガオウの変身を制御できるのかね?」

「そうだ、それが出来なきゃ話になんないぜ」

「方法は分かっているのですが、その」

 エレノアは言い淀む、心なしか顔も赤い。

「契約魔法はいくつか知っているが、一体どんな魔法なんだ?大抵は強制的に従属させたり、完全に精神を乗っ取るようなものが多いが」

「いえ、そのような魔法ではありません。私も魔法の知識はありますが、この魔法は恐らく、この目的のためだけに作られた特別なものです」

「今執り行うことはできないのかね?出来る事なら目の前で確認したいのだが」

 エレノアの顔はますます赤くなった。ガオウは魔法に関しては門外漢で、話にはついていけない、しかし痺れを切らして言った。

「エレノア、俺は覚悟できたぜ。やっと掴んだ手がかりだ、俺はお前を守る。お前の目的にも協力する。俺とお前は、そうだなパートナーだ。だからやってくれ」

 ガオウは真剣な眼差しでエレノアを見つめた。その目を見てエレノアも覚悟を決めたように言った。

「分かりました。ガオウさん目を閉じてください」

 エレノアに言われるがまま、ガオウは目を閉じる。エレノアはガオウの手を取って呪文を唱える。ガオウは暗闇の中、だんだんと温かい光が身を包むような感覚を体で感じ始めた。

「行きますよ!」

 エレノアの言葉にガオウはぐっと身を固める。

 瞬間、ガオウの唇に何か柔らかいものが当たった。花のような香りがふわりとして、エレノアの顔がとても近くにある事に気が付く、キスされている事に気が付いて目を開けようとしたその時、体の奥底から熱さを感じて、何かが繋がったと本能でガオウは感じた。

「成功しました。繋がりました。ガオウさんどうですか?」

「ああ、俺も感じた。理屈でなく体が理解したみたいだ」

 エレノアとガオウは目が合うと、お互い顔を真っ赤にして背けた。

「接吻が必要な契約魔法とは、これは配慮が足りなかったな申し訳ない」

 リカルドの言葉に二人は耐えられないようにうなだれた。

「では、今日の所は一度解散としよう。この契約魔法でガオウの戦闘に問題がないと確認が取れたら正式に冒険者登録を認める事にする」

 エレノアはその言葉に顔をぱっと明るくした。ガオウもそれを見て微笑む。二人はそれぞれの目的のため、協力関係になった。共に目指すものは迷宮にある、長く険しい冒険の始まりがこれより始まった。

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