鬼と少女は迷宮を歩む

ま行

第1話

「おいーすおっちゃん、素材買い取ってくれえ」

 少年は袋をカウンターにどさりと置いた。奥から長い立派な髭を蓄えたドワーフが出てくる。

「今日は何を持ってきた?」

「ヒョウリン鉱石、採集場にモンスターが少なくてさ、ラッキーだった」

「はあ、残念だったなガオウ、今日はヒョウリン鉱石の買い取り額は低いぞ」

 そう言って店主のドワーフはカウンター奥を指さす。ガオウが身を乗り出して確認すると、ヒョウリン鉱石がたっぷりと置いてあるのが見えた。

「はあ、やっちまった。モンスターも少ないけど鉱石も少ないのはそういう事かあ」

「三組のパーティーが手を組んで気合入れたみたいでな、俺の所だけじゃなくて他も一杯みたいだぜ」

「仕方ない、少なくてもいいや。ベアのおっちゃん買い取ってくれ」

「あいよ、査定するから待ってな」

 ガオウは暫く待って、あまり多いとは言えない額をベアから受け取ると店を出た。徒党を組んでの採掘場独占はマナー違反ではあるが、禁止されている訳ではない。せいぜいギルドマスターに文句を言う事くらいしか出来ない、ガオウは小銭の入った袋を手で弄びながら冒険者ギルド本部へと歩いていた。

 ガオウはここ迷宮都市ラビラで活動する冒険者だ。迷宮内でのモンスター討伐や、素材採集等で生計を立てて暮らしている。十八歳の男。冒険者としてはまだまだ若輩ではあるが、ある特殊な事情もあってベテラン並みの仕事も任されている。

「ようガオウ景気はどうだ?」

 露店街を歩いていると、ガオウは青果を扱っている店の店主から声をかけられた。

「今日は特に駄目だ。知ってるか?鉱石の採集場に徒党で荒らしてったやつがいるんだと」

「また他所から流れてきたやつらじゃないか?暫くすれば落ち着くだろ、一つサービスしてやるよ」

 そう言って店主はリンゴを一つガオウに投げてよこした。ガオウはそれを受け取って礼を言うと齧りながらまた目的地へと歩く。

 露店街を抜けて、裏道を通る。地元の道に慣れているガオウは冒険者ギルド本部への最短ルートを熟知している。その途中に四人の男に取り囲まれている少女がいた。

「譲ちゃんこんな人目のつかない所で一人でいたら危ないぜ?」

「俺たちが安全なところに連れて行ってやるよ」

 あからさまなチンピラだ。しかし少女の方も不用心だとガオウは思った。お世辞にも治安がいいとは言えない道を、誰だろうと一人で歩くのは危険だ。囲まれる前に逃げられる程度の実力がなければ、こんな所通らない方がいい。仕方なく助け船をだそうとガオウが近づくと、少女が囲まれた男たちに怯むことなく言った。

「ご親切にありがとうございます。だけど私は冒険者ギルド本部という場所へ生きたいのです。ですので貴方達のお誘いはお断りさせていただきます」

 囲んでいる男とガオウは全員ぽかんとした。四人のうちの一人がぷっと吹き出し、その後三人も同じように笑った。

「いいぜ譲ちゃん俺たちが案内してやるよ。ギルドだろ?ひゃはは任せとけよ」

「まあ助かります!実は道に迷って困っていまして、ご親切にありがとうございます」

 ガオウは余りにも無防備な少女が、にやけ面の四人組について行こうとするので、止めに入った。

「おい!こんな所にいたのか!探したぞ、大通りからでるなって言っただろ?」

 ガオウはやや大袈裟に声をかけて、少女の腕を掴んで引っ張った。

「え、あの」

 少女が声を出す前に、ガオウは小声で耳打ちした。

「いいから話を合わせろ、あんたを助けるためだから」

 少女は状況が飲み込めないようで、ぱちぱちと目を瞬かせる。ふわふわとした長い金色の髪の毛に仕立てのいい服装、見目もよく場所に似つかない事が一目でわかった。

「おいお前、その女は俺たちが目を付けたんだ。横から掻っ攫おうなんてそうはいかねえぞ」

 ガオウは爽やかな笑顔を浮かべて言う。

「俺は彼女の兄でして、遊びに来た妹を案内していたら裏路地に迷い込んでしまったようでしてね、助けていただいてありがとうございます」

 そう言ってガオウは少女の手を引いて立ち去ろうとする。

「待てってんだよコラ!」

 四人組の一人がガオウの肩に手をかける。ガオウはその手を素早くつかむと、指を一本手の甲側へぽっきりと曲げて折った。痛みに暴れる男に仲間が駆け寄る。

「何しやがるテメエ!」

「指一本で済ませてやるからどっか行っちまいな、それとも二度とまともに動けないようにしてやろうか?」

 ガオウの鋭い睨み顔に、チンピラたちは怯んだ。

「覚えてやがれよ!」

 捨て台詞と共に逃げていく四人を見送ってガオウは一息ついた。

「指一本で引くなんて度胸ないなあいつら。あんた何もされなかったよな?」

「はい、あの状況が飲み込めないのですが」

「あいつらはな、素直にもついて行こうとするあんたを、どっか別の場所に連れて行こうとしてたんだ」

 少女は驚いた顔をした。

「でも案内してくださるって言ってましたよ」

「あんた本当にそれ信じてるのか?」

 少女が素直に頷いたので、ガオウは頭を抱える。

「あんた冒険者ギルド本部に行きたいんだろ?」

「はい、そうなんです。地図を見て歩いていたのですが、いつの間にかよく分からない所に出てしまって」

「俺もギルドに用事があるんだ。連れて行ってやるよ」

 そう言ってガオウは懐からギルドへの登録証である水晶のネックレスを取り出した。それを見た少女は目を輝かせた。

「貴方冒険者何ですか!?」

 ぐいと顔を近づけてくる少女を手で押さえて、ガオウは頷いた。

「俺はガオウって言うんだ。あんた名前は?」

「私はエレノアと言います。どうぞよろしくお願いします」

 深々と頭を下げてからエレノアはガオウに手を差し伸べた。案内するだけなのに律儀なやつだと思いながらもガオウはその手を取って握手を交わした。


 エレノアを連れて大通りに出る。チンピラが仲間を引き連れて戻ってくる可能性もある。喧嘩を売ってくるような度胸がある連中には見えないとガオウは思っているが、面倒ごとを避けるためには人が多い場所に出るのがいい。

「エレノア、お前あんまり裏道に入らない方がいいぞ」

「どうしてですか?」

「あんた身なりがいいからな、あの手の輩だけじゃなく強盗とか、危険だらけだ。最低限自分の身を守れないなら入っちゃダメだ」

「そうだったんですか、分かりました気を付けます」

 しゅんとするエレノアを見て、ガオウは少し申し訳ない気分になる。しかし注意しておかないと、また同じ時に助けてくれる人がいるとは限らない、伝えておかないといけないと思った。

「ほら、そんなに落ち込むなよ。あそこが冒険者ギルドだ」

 エレノアは顔を上げてオウガの指さす先を見た。大きく荘厳な建物が眼前に広がる。目を輝かせるエレノアの姿を見て、ガオウは微笑ましい気分になった。

 ギルドに入ると多くの人で混雑している。冒険者達は集まって迷宮へ挑む準備をしたり、貼りだされた依頼掲示板の前で迷宮内での仕事を探していたり、ギルド職員は忙しそうに走り回る者もいれば、受付で大量の冒険者を捌いている者もいる。

 エレノアはきょろきょろと辺りを見回している。ガオウは慌ただしく動き回るエレノアに声をかけた。

「エレノア、お前ギルドにどんな用事があるんだ?初めて来たみたいだし、案内してやるよ」

「そんなここまで案内していただいて、またご迷惑を…」

「いいよ、乗りかかった船ってやつだよ。遠慮すんな」

 ガオウはエレノアにニカッと笑いかける。その笑顔を見てエレノアもガオウの提案を受け入れた。

「では、私冒険者登録をしたくて、どちらに向かえばいいんでしょう」

「ああ、それならギルドマスターに会わなきゃいけないんだ。本当に調度いいや、俺もマスターに用事があるから一緒に行こう」

「まあ!本当に奇遇ですね。ではガオウさんよろしくお願いします」

 ガオウはエレノアを連れてギルド本部の階段を上る。ギルドマスターの部屋は本部最上階にある。


 マスターの部屋の前で受付にいる秘書のシェラがガオウに気が付いて声をかけてきた。シェラは長い髪を丁寧に結わえ身なりを綺麗に整えた優秀な秘書だ。女性だが、異性だけでなく同性からも人気がある。

「ガオウさんお待ちしてました。そちらの方は?」

「ああ、ここに来る途中で会ったんだ。エレノア、こちらギルドマスター付き秘書のシェラさんだ。ここで冒険者登録を受け付けてくれるぞ」

 シェラはエレノアに丁寧にお辞儀をする。エレノアもそれに対して綺麗な礼を返す。身なりや所作から分かっていたが、やはりかなりいい所のお嬢様だとガオウは思った。

「私エレノアと申します。冒険者になりたくて王都コムノウから来ました」

 王都コムノウはガオウが活動する迷宮都市ラビラを支配下に置く大都市だ。ラビラから少し離れた場所に位置していて、迷宮から採集される希少な素材の研究開発で発展を遂げた。ガオウはエレノアの気品さに納得した。

「エレノアが街をうろうろしてたのは、王都から来たからだったんだな」

「ああ、ガオウさんはそこを助けてあげたんですね。相変わらず優しいです」

 茶化すシェラを手を振ってあしらう。王都の住人はラビラには滅多に近づくことはない、王都に住まうのは主に上流階級層だからだ。

「でも王都からの冒険者希望の方は本当に珍しいです。エレノアさん、冒険者登録はギルドマスターの面談を必ず行っていただきます。先にガオウさんの用事を済ませてからになりますが、すぐに面談できますよ」

 シェラの説明をふんふんと首を振りながらエレノアは聞いている。

「それでエレノアさん、他のパーティーの方はどちらに居ますか?」

「え?私一人です」

「は!?」

 ガオウとシェラは同時に声を上げた。エレノアはぽかんと口を開けて、不思議そうな顔をしていた。

「エレノアさん、冒険者登録は一人ではできません。最低でも四人パーティーを組んでからでないと」

 冒険者登録は一人ではできない、エレノアはそれを知らなかった。

「そんな!何とかできませんか?マスターさんにお話しだけでもできませんか?私どうしても冒険者になって迷宮に行かなければならないんです!」

 エレノアは必至になってシェラに詰め寄った。しかしシェラは頑なにそれを拒む。

「すみません、規則ですので。またパーティーを集めてから来てください」

 下唇を噛みしめてエレノアは下を向く、何やら事情がありそうだと思ったガオウは、また助け舟を出す事にした。

「シェラさん、取りあえず今日の所は俺の連れって事で中に入れてよ。マスターから説明を聞けばエレノアも納得するかも知れないし」

 シェラは渋い顔をしていたが、ガオウは何とか説得してエレノアと共にギルドマスター室へ入った。


「失礼します」

 ガオウが声をかけると、それに合わせてエレノアもお辞儀をする。

「ああ、来たか。待っていたぞ」

 ギルドマスターは作業中の手を止めて、顔を上げる。中年の男性で整えられた髭といかつく鋭い目つきが特徴の、やり手のギルドマスターだ。

「おや、そちらのお嬢さんは?」

「私、王都コムノウから来ました。エレノアと申します。ギルドマスターさん、私を冒険者として認めてください!」

 ギルドマスターはそれを聞いてふむと相槌を打つ。

「リカルドさん、俺の報告の前にエレノアの話を聞いてあげてください、何か事情があるみたいなんです」

 それを聞いてギルドマスターであるリカルドは、話を聞こうと言って二人を椅子に座るように促した。

「それで、エレノアさんの事情とは何ですか?」

「はい、少し前私の十六の誕生日にこの手紙が届きました」

 エレノアはバックから手紙を取り出すと、リカルドに渡した。所々血と泥で汚れている。それを開いてガオウにも内容が分かるように読み上げた。

『愛するエレノアへ、私たちは本当に君を愛している。君を一人置いてこの世を去ってしまうこと慙愧に堪えない。愚かな父と母を許す必要はない、だけど君を愛していた事だけは忘れないで欲しい。私たちはある目的のために今ラビラの迷宮に居る。私たちは決して手を出してはならない禁忌に手を出してしまった。その罪を償うためにはラビラの迷宮に住まう鬼を倒して救ってあげなければならない。しかし私も母さんもここまでのようだ。この手紙は死届蝶とは別に届くように魔法をかけた。強く生きるんだよ。』

「私の元にはもっと前に死届蝶が届いていました」

 死届蝶とは魔法道具の一つで、所有者が死亡するとその死を知らせたい人の元へ自動的に飛んでいく紙でできた蝶だ。冒険者の殆どが所持している。死亡した事を証明する事は、遺族にしてあげられる最期の優しさでもある。

「私は父と母は冒険者で、迷宮で力尽きたものと聞いていました。しかしこの手紙が届いてから、私は父と母が行っていた研究について調べ上げました。父と母は迷宮のモンスターを使って、その能力を軍事転用するための研究を行っていました」

「その話でようやく掴めてきた。エレノア、君の両親はアレン博士だ。夫婦で迷宮研究に携わっていると聞いてはいたが、まさかそんな後ろ暗い研究を行っているとは、調べるのにも苦労しただろう」

「はい、何度も危ない橋を渡りました。でもお父様とお母様について私は知りたい、少しでもいいから遺品を見つけてあげたい。そして志半ばで遂げられなかった贖罪を果たしてあげたい。私は王都の屋敷を焼き捨てました。私にはもう帰る場所はありません、ただ目的を果たしたいのです」

 ガオウはその話を聞いて驚いた。この少女の覚悟は本物だ。目に宿る強い輝きも揺るぎない意志を示している。

「なるほど、それで迷宮に挑むために冒険者になりに来たんだな」

「まあちょっと詰めが甘かったですけどね」

 ガオウの言葉にエレノアは顔を真っ赤にした。からかうと面白い子だとガオウは思った。

「事情は分かった。そして例外を認めてもいい、ここにいるガオウも例外の一人だからな」

「ガオウさんが?」

「ああ、ガオウはパーティーを組んでいない。一人での活動が認められている。まあ一人でしか活動できないと言った方が正しいのだが」

 リカルドがガオウに目配せをする。それに応えて頷いてガオウは立ち上がって二人から少し距離を取った。

「あの、何をなさるのですか?」

「まあ見てな、変身」

 ガオウの掛け声と共に黒い膜のようなものが全身を包む、そして腕や足、胸部や肩に鋭く硬い真っ赤な装甲のようなものが体から浮き出て、鋭い爪と凶悪な牙、頭部には鬼を思わせる二本の鋭い角が側頭部から生えた。

「俺は迷宮で生まれた子供、それが理由なのかは分からないが、俺はモンスターに変身できるんだ」

「戦いになると理性が失われてしまって、連携がとれない。パーティーを組ませることが出来ないのはそういう理由だ」

 エレノアは異様ないでたちのガオウに怯むことなく近づいて手を握る。

「おい、危ないから離れ」

「私はこの力を知っています。そして制御する術も、ガオウさん私の仲間になってください、私と一緒に迷宮へ行きましょう!」

 少女は鬼の手を握りしめる。この時からガオウは自らの出生を知る事になり、エレノアは両親の罪と立ち向かう物語が始まる。

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