殺し屋だった彼女の旅立ち

 ギルドマスターの見舞い?をしてから2日後の昼過ぎ。旅支度を終えた僕は街の門の前にいた。


「フウさーん!」


 そう後ろから呼び掛けられ振り替えると、クーリさんと見知らぬ幼女の2人がこちらに駆けてくる。


「クーリさん?」


 ギルドも忙しいだろうに、どうしたんだろう。


「心底不思議そうに"クーリさん?"じゃないですよ。何で旅立つ前に一度ギルドに寄ってくれないんですか?!」


「いや、今日街を出るって話したじゃないか」


「ハァ…そうでしたね、フウさんはそういう方でしたね」


 クーリさんはため息を吐いて、呆れたような眼差しをこちらに向ける。


 心外だなぁ。何でギルドマスターもクーリさんもこう、呆れたような目で僕を見るんだろう。別に変な事はしてないはずなんだけど。


「それで、私達がフウさんを追いかけて来た理由なんですが、これを渡すためです」


 そう言って、クーリさんが1枚の封筒を差し出した。


「ジャッ…コホンッ、ギルドマスターが書いた推薦状です。それがあると王都のギルドでも多少活動しやすくなるだろう、と」


 へぇ、なるほど。中々気が利くじゃないか。


「それは助かるよ。ギルドマスターにお礼を伝えといてくれるかい?」


「えぇ、分かりました」


 何でちょっと嫌そうな顔をするんだい?というかちょっと怒ってる?


「それで、その子は?」


 クーリさんの隣、何処か緊張した様子の幼女に目をやる。


 年の頃は6歳くらいってとこかな。容姿はそれなりに整ってるし身なりも綺麗だけど、ちょっと痩せすぎだね。


「この子は新しく入った冒険者ギルドの見習い職員、ちゃんです。私について仕事を学んでいる途中でして」


 っ?!そうかこの子が…タンジ少年の…全く、会うつもりはなかったんだけどな。こう目にすると情が移りそうになる。


「あ、あの。フウお姉さんがこの街を、みんなを守ってくれた冒険者さんなんですよね。ありがとうございましたっ!」


 ヨギちゃんはそう言って、僕に深々と頭を下げた。


「僕じゃないよ。この街を、人々を、そして何より君を守ったのは」


 僕があの時、領主の館に戻って戦うと決めたのも、ロットドラゴンの魔核を撃ち抜いて討伐することが出来たのも、


「1人の勇敢な少年のおかげさ。誇ると良い。君のお兄さんは誰よりも偉大な、英雄なんだから」


「…はい、お兄ちゃんは私の誇りです」


 ヨギちゃんはそう言って、満面の笑みを浮かべる。その目には屈託のない強い光が宿っていた。


 これは確かにタンジ少年の妹だ。さすが、強いね。


「私の方からも、冒険者ギルドを代表してフウさんに感謝を」


「気にしなくて良いよ。僕はこの街や見知らぬ人達のために戦った訳じゃないからね」


「それでも皆が救われたのは事実です。それに、こういう時は素直にお礼を受け取っておくのが良い女ってやつなんですよ、フウさん」


 クーリさんのその言葉に、僕はきっと、面食らったようなさぞかし間抜けな表情を浮かべていた事だろう。


「アハハハハッ、そうかい?じゃあ、どういたしまして、だね」


 何処か清々しい気持ちでそう言って僕は「じゃあ」と2人に背を向け街を後にした。


 ヨギちゃんがクーリさんの会話が微かに耳に届く。


「クーリさん。私いつか、フウお姉さんみたいな冒険者になりたいです」


「冒険者よりこのままギルド職員になって欲しいんだけどなぁ……」


 きっとヨギちゃんは、僕なんか目じゃない立派な冒険者になるね。何せタンジ少年の妹なんだから。




 さてさて、王都まではけっこう距離があるみたいだし、途中途中でいくつかの街や村に寄りながら向かうことになるね。


 買っておいた地図を広げながら街道を歩いていると、すぐ横に荷馬車が停まり、


「おや、お嬢ちゃん」


 そして、声を掛けられた。


 ん?なんか見覚えのあるおじさんだな…あぁ、この街に来る時、荷馬車に乗せてくれた、あの親切なおじさんだ!


「久しぶりだね、おじさん。無事で何よりだよ」


「それはおじさんのセリフさ。まぁお嬢ちゃんは強いから大丈夫か。それで今度は何処に向かってるんだい?」


「いや、ちょっとこの国の王都まで行こうと思ってね」


「それはまた随分遠くを目指してるんだね。そうだ、王都迄の街道の途中におじさんの住んでる村があるんだ。そこまで乗ってくかい?」


 おじさんがそう言ってニヤリと笑う。


 なんだか、覚えのあるやり取りだね。


「それは助かるよ、ありがとう!」


「あぁ、お嬢ちゃんみたいな綺麗な娘を乗せられるなら、役得ってもんだよ、ってな」




 ガタリゴトリと荷馬車に乗って、殺し屋だった彼女は進んで行く。気の向くままに、思いのままに。  

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